第六話 絶界と魔法
一連の出来事が終わった後、自室に着いてからアムリタに、アンリを生き返らすにはどうしたら良いのか、説明を求めていた。アムリタは、姿を見せないが、彼女の声が俺の頭に響いていた。
『どう助けるか、その答えは簡単だ。蘇らせる魔法を使えば良い』
その突拍子も無い答えに、普通なら馬鹿にするなと言うところだが、先程の光景と、アムリタという存在を加味すれば、あり得ないことでは無かった。だから、魔法というものを、詳しく知る必要があると考えた。
「そのお前が言う魔法って何なんだ。それに絶界とか言ってた、アレも何なのか教えてくれるか?」
『面倒ではあるが、我は寛大だからな、一つずつ答えてやろう。だが、それらの説明をする前に、魔導書について語らねばなるまいな』
「魔導書?」
また聞き慣れない言葉に、俺は困惑する。まるで、ゲームの話を聞かされているみたいに、胡散臭さと現実味の無い絵空事を聞かされているみたいだった。
だが、これは紛れもない、俺に今起こっている現実の話であると、認識しているため、茶化すこと無く真剣に聞き入る。
『うむ、魔導書とは、魔法を導く書物であり、意思を持った本だと思えば良い。魔導書がどう作られたかの説明は、今は必要ないので省かせて貰うがな・・・・・・。さて、魔導書には、一つの感情と、一つの魔法と、一つの使命が与えられて生み出された存在だ。だが、魔導書だけでは、その魔法を使うことが出来ない、だから依り代となる人間が必要になるのだ』
「依り代?」
『わかりやすく言うなら、取り憑くということだろう。だが、誰にでも取り憑くわけでも無い、魔導書それぞれの相性もあるし、一番重要なのは、依り代になる人間の願いを叶える必要があると言うことだ』
願いを叶えると、魔導書に取り憑かれる。それは、アンリを生き返らせたら、アムリタが俺に取り憑くと言うことなのだろうか? すでに取り憑かれているような気がするが、具体的にどう言う事なのか、先が聞きたくて、俺は黙って固唾を飲んでいた。
『より正確に言うなら、願いを聞き出すが条件だ。願いを言った人間は、自らの欲望を魔導書にさらけ出すことになるから、魔導書はその欲望に取り憑くのだ。そして取り憑かれた人間は、己の欲望が制御出来なくなるまで膨れ上がり心を侵食される。心を侵食されすぎた人間は、完全に自我を失い魔導書の操り人形となるのだ』
「・・・・・・それって・・・・・・俺もお前の操り人形になるってことか」
『何か勘違いしているようだが、我は魔導書では無い魔人だ。だから貴様を操り人形にする気も無い。と、話がそれたでは無いか、先程の続きだが、願いそのものは、魔導書は無碍に出来ないので、結果的には叶えることになる。まぁ本人の望んだ結末では無いだろうがな』
アムリタの言葉通り、嘘では無いらしい。そもそも俺を操り人形にする気なら、こんな説明もしないはずだろうから、その点は安心できる。ただ、魔導書と言う物が、人間にとって害悪であるのは、間違いなさそうだった。
「本人の望んだ結末じゃ無いって・・・・・・どうなるんだ」
含みのある言い方に、疑問を投げ返すと、アムリタは、どことなく楽しげな口調で、返答を返す。
『たとえば、金が欲しいと望んだ場合、他の人間を殺して金を奪う殺人鬼となる。結果だけ見れば、金を得られるのだから、願いは叶ったと言えるだろう。もしくは、誰かの命を救って欲しいと言う願いの場合。ゾンビに変える時もあるな。結果として、不死の生命体になれたのだから命は救ってるだろう、まぁ意識はないわけだがな。その様に、結末は望んだものにはならないが、願い自体は叶えたことになる。勿論どういう風に、願いを叶えるかは、魔導書によって変わるので、今言ったのは基本例ってところだと思ってくれ』
「そんなの何一つ叶ってないだろう!!」
アムリタの楽しげな口調と、話す内容の胸くそ悪さで、怒りがこみ上げてくる。
アンリを生き返らせたいという、願いを馬鹿にされているような気がしたからだ。もし、アンリをゾンビとして蘇らせたら、俺はアムリタを許すことが出来ない。
話を聞く度に、不安な気持ちになるが、アムリタに頼らざる終えない事も事実。今は、アムリタの事を信じるしか無かった。
『我に怒りをぶつけたところで、何も変わらん。では、話を戻すが、魔導書に取り憑かれた人間は、自我を失い完全に呑み込まれた時、心の姿が肉体を得て、現世に影響を与える存在になった魔導書を、裏返りし者という。前にムヨクと貴様が出会った時にいた大蜘蛛、アレが心の姿で、それがこの世界に現れると言うことだ』
「・・・・・・あんなのが、出てくるのかよ」
アムリタの言葉に絶句した。あの大蜘蛛が現実に現れる、その言葉は、昨夜の恐怖を思い出させたからだ。もし、またあの大蜘蛛に追いかけられて、今度こそ生きて帰れる気がしない、だが、俺の不安をアムリタは、笑い飛ばした。
『何を弱気になっている。貴様の望みを叶えるには、あの大蜘蛛を殺さねばならんと言うのに、今からそんなのでは、貴様の望みも叶うまいよ。どういう事か聞きたげだが、今は絶界の話に戻らせて貰うぞ。絶界は、裏返りし者が世界に出ようとした時に出来る亀裂だ。そしてあの子蜘蛛は、心から漏れ出した悪意の欠片、これを悪意の獣と言う。今回は本体は出てこなかったが、代わりにあの子蜘蛛が出てきたと言うことだな。そして悪意の獣の本能は、魔力の補充と栄養の確保、つまり食欲で動くのが基本だ。あと悪意の獣の姿と思考は、生み出した欲望に影響される。だから必ずしも子蜘蛛とは限らないと言うことだ』
つまりあの異様な空間は、絶界というもので、その原因はあの大蜘蛛がこの世界に出るためのものって事だろう。子蜘蛛は大蜘蛛から生み出された兵隊といったところか?
その兵隊は、知性は本体の影響を強く受けているって事か・・・・・・確かに、あの醜悪さは大蜘蛛に似通っていたな。
「要するに兵隊蟻みたいなものか?」
『その認識で良いだろう。以上が絶界の話になる。それで次は、魔法について説明するとしよう。魔法とは、人の感情を力として使う奇跡である。と簡単に言えばこんな感じだ』
「説明が投げやりすぎないか?」
ここまでの話で分かったことは、魔導書と絶界、それに大蜘蛛を倒さないとアンリは生き返らせる事が出来ないと言うこと、望みを叶えるためにも、武器となり得る魔法については詳しく知りたいのだから、不満の声が出てもしょうが無い。
『まぁ不思議な力とだけ思っておけ、説明したところで、理解できるモノでは無いと思うしな。ただ、使うために何が必要かだけ覚えておけ。まず、魔法を使うために必要なのは、人間の感情だ、精神力と言い換えてもいいな。感情から生み出される力を、魔力と呼んでいる。勿論魔力は魔法を使う度に、消耗するモノだから、人間に求められるのは、如何に魔力を生み出すかと言うことになる。今日も実際に魔法を使ったが、その度に貴様に蓄積されていた、絶望と怒りが和らいでいったはずだ』
「確かに・・・・・・」
思い返してみると、あの燃えるような憎悪が和らいでいたのは確かだった。普通ならあっさり終わって気が済むはずが無い。それにアムリタ召喚の際に、何かを奪われた感じがしたのは、感情を奪われたと言うことなのだろうか。
『感覚的には、覚えがあるだろう。そして、魔力が切れた場合、人間は感情を失うことになる。感情を失った人間は、思考の無い生きる屍のようなものだ。貴様に求める事は、魔力を切らさないように、強く思い続けることだ。以上が絶界と魔法についてになる』
簡単に言うが、アムリタが魔法を使う度に、俺は生きる屍に一歩ずつ足を踏み込んでると言うことじゃないのか!!
とはいえ、あの大蜘蛛にアムリタの力なしで倒せというのは、無謀としか言い様がない。
「ぶっ飛んだ話だけど・・・・・・本当の話なんだよな・・・・・・。それでさっき言ってた、俺の願いの為には、大蜘蛛を殺す必要があるっていうのは、どういう事なんだ?」
『それは簡単な話、貴様の願いを叶えるのに必要な魔法を、大蜘蛛が所持していると言うことだ。元は我の魔法であったが、体を食われた時に、初期魔法以外は、奪われてしまったのだ』
「奪うだけなら、殺す必要は無いんじゃ無いのか?」
『魔法を奪うというのは、魔導書の中身を取ると言うことだ、それは必然的に命を奪うと言うことになる。我が魔法を奪われても生きているのは、魔導書の一部を奪われただけだからだ』
なるほど、どう足掻いても俺の望みを叶えるのには、あの大蜘蛛を殺す必要があると言うことか、殺せる力があるなら、殺したい・・・・・・アレには憎しみ以外の感情がわかないからな。
少し安心したのが、あの時死んだとばかり思っていたアムリタが、生きていたことは嬉しく思う。 あの時は、自分の事で精一杯だったが、結果的に二度も助けられてるのか。
ただ、アムリタの言葉を聞いて少し気になることを言っていた。
「ん? 結局アムリタも魔導書ってことなのか?」
先程アムリタは自分の事を、魔人だと言っていたが、魔法を奪われて死ぬのは魔導書の事では無いのかと言う疑問が、浮かび結局アムリタは、どう言う存在なのか気になった。
『我の半分は確かに魔導書だが、半分は人間だ。正確に言うと我は魔人ということだ』
「それって、さっき言ってた裏返りし者とどう違うんだ?」
さっきの説明では、人間の体を奪ったものは、裏返りし者なのではないのか?
魔人とは、どういった存在で違いがよく分からない。
『我はこの体の持ち主を、乗っ取ったわけでは無い。それに、その違いを説明して何か意味があるのか?』
「し、信用できるかどうか変わってくるだろう」
『我は貴様に信用されなくても構わない。信用できないなら、願いを諦めたらどうだ?』
先程と違い明らかにアムリタの口調が不機嫌なのを表している。確かに信用できないなら、願いを諦めれば良いのだが、俺にその選択肢を選ぶ勇気は無い。アムリタがどう言う存在だとしても、従うしかないのだ。
「悪かった・・・・・・」
『まぁ良いだろう。我はもう寝る、貴様も寝ると良い』
俺はまたあの大蜘蛛と対峙し合わなければいけない、その事実が重くのしかかる。
ただ今は、泥のようにベッドの上で眠る。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「お兄ちゃんの馬鹿!!」
夕暮れ時の土手の上で、妹は俺に暴言を吐いて走って行く。
何故その様なことになったかと言えば、つまらない事で、喧嘩をしてしまったからだ。
三つ年下相手に大人げないという気持ちもあったが、すぐに謝るのは癪だったので、いつもよりゆっくりと歩いて、帰ることにした。
家に着いたら、母さんに怒られると思うと気が滅入る。
兄という立場は、理不尽に責められる為にあるんだろうな。たまには、妹が怒られないものかと考えるが、そんなことは起きないんだろうなと自己完結する。
「はぁ・・・・・・面倒くさい」
つくづく妹がいなければ楽なのにと思ってしまう。
最初はそりゃー妹ができて嬉しかったけど、今となっては鬱陶しくてしょうが無い。
怒るなら俺に付いてこなければ良いのに、構ってやらないとそれはそれで面倒だからな。
「帰りたくないな」
そう思ったところで、帰らなかったらその分余計に怒られるんだろうな。
最悪だ・・・・・・何もかも最悪だ。
家に着いた俺はそんな憂鬱な気持ちで、玄関を開けた。
その瞬間、異臭が漂ってきて思わず顔を歪めてしまう。
何の臭いだ?
恐る恐る臭いがする方向に、足を進めていく。
「あ!! お兄ちゃん・・・・・・私の願いが叶ったよ」
異臭の先で、妹は笑顔でそう言った。