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欲望と願いのグリモワール  作者: 藤ゐ馨
日常崩壊編
1/10

第一話 願い事は何ですか?

 ――母さんが死んだ。

 文字にすると短文だけど、僕にとっては大きな出来事だった。



 寒い。そう思い窓の外を見ると、雪が降っていた。

 道理で寒いと思った。でも、十二月になろうとしているし、雪ぐらい降るよね。それよりもこの木造立てのアパートを囲むように、数台のパトカーが止まっていることの方が、珍しいかな・・・・・・。別に殺人事件とか、凶悪な事件が起きたわけじゃ無い。ただ、母さんの死体を一ヶ月ほど置いておいただけでこの騒ぎだ。



 六畳一間の狭い室内に、優しそうな婦警さんと大家さんが話し合っている。鑑識の人達は、母さんを写真に収めたり、辺りに粉をまぶしていた。何もやることの無い僕はただ、窓の外を眺めている。




 「お母さんは、何か病気とか、していたのかな?」




 婦警さんが僕を見て喋っている・・・・・・。大家さんじゃ無く、僕に話しかけたのかな? 母さんに肉体的な病気は無かったと思うけど、心の病気は確かにあった。もしかしたら、肉体的にも病気があったかも知れないけど、よく分からない。




 「・・・・・・わかりません」




 僕が母さんについて知っているのは、心が病んでいたという事だけ。その原因は、八年前に父さんが家を出て行ったからだ。そのせいで、この貧乏アパートでの暮らしを、せざる終えなかったことに、母さんは嘆いていた。




 母さんは仕事から帰ってくると、毎日のように僕を叩いて憂さを晴らしていた。ただ、憂さを晴らし終わった後は、泣き崩れるように「ごめんね」と何度も謝っていた。その事に僕は何も感じなかったし、父さんを恨む気持ちも無かった。僕を叩くことで、憂さが晴れるなら、それで良いと思っていた。




 僕は母さんの言いつけを守れば良いだけなのだから、母さんの事を詳しく知っている必要を感じなかった。だから、母さんの事を聞かれても、分からないとしか言い様がない。




 「困るんですよね・・・・・・近所から苦情も出てますし、一ヶ月も放置って・・・・・・常識的に考えてもおかしいですよね?」




 怪訝な顔の大家さんは、婦警さんに同意を求める様に尋ねるけど、婦警さんは答えづらそうにしている。




 母さんは生前”人に迷惑をかけてはいけない“と、何度も教えてくれたけど、何が人の迷惑になる事なのか、よくわからない。大家さんも婦警さんも困っているみたいだし・・・・・・と言うことは、僕は人に迷惑をかけているんじゃ無いのかな? やっぱり、そのまま置いていたのが良くなかったのかな? 燃えるゴミの日に出した方が良かったのかな? こんな事なら母さんに聞いておけば良かった・・・・・・。




 玄関先で二人のやりとりを見ていた、無精髭を生やした如何にもベテランという感じの刑事さんが、婦警さんを見かねて会話に割り込んできた。





 「死因は急性心筋梗塞らしいですわ、たぶん過労からきた事故死じゃ無いですかね。まぁ私からの個人的な意見で言えば、大家さんの言動の方が、常識的にどうかと思いますがね」





 ベテランの刑事さんが、チラッと大家さんに目線を送ると、大家さんはバツの悪そうな顔をして、部屋から出て行った。大家さんと入れ替わるように、別な刑事さんがやってきて、ベテランの刑事さんと話し始める。




 鑑識の人達は、忙しそうにしてる。この部屋にこんなに人が居るのは、初めてのことで床が抜けるんじゃ無いかと思ったけど、まだ大丈夫そうだ。



 時計を見ると、もう学校に行く時間だ。人が居るけど・・・・・・とりあえず制服に着替えよう。

 僕が高校の制服に着替え始めると、先程まで作業していた鑑識の人達と刑事さんは、驚いた表情をこちらに向ける。僕はまた何か迷惑をかけたのかと、思っていると婦警さんが困った表情で僕に話しかけてくる。




 「ごめんね、パジャマだと寒かったよね。でも、着替えるなら一言言って欲しかったかな」





 僕が着替えるだけで、困らせてしまうみたいだった。その証拠に婦警さん以外の大人の人は、一時的に外に追い出されてしまっていた。




 「・・・・・・ごめんなさい」




 「あ、うんん、謝らなくても良いのよ。それより・・・・・・その痣は、どうしたの?」




 僕の痣だらけの体を見て、婦警さんを不快な気持ちにさせてしまったのかも知れない。その証拠に、とても強ばった表情をしている。こんな時、母さんが言っていた事を言えば良いんだっけ?




 「転んだんです」




 「そう・・・・・・なんだね・・・・・・ところで、どうして学校の制服に着替えてるの?」




 「え? 学校に行く時間なので・・・・・・」




 婦警さんが、困った様子になっていく。やっぱり母さんが生きていないと、僕は駄目らしい。ちょっとした会話すらまともに出来ないのだから・・・・・・。




 「ち、ちょっと待っててね」




 婦警さんは、顔を背けて部屋を出て行ってしまった。

 人が死ぬって言うのは、これだけの人に迷惑をかけることなのか・・・・・・。母さんも居ないし

、いつ死んでも良いやと思っていたけど、生きていないと駄目みたいだ。でも、母さんなしで、生きるってどうすれば良いんだろう。




 「・・・・・・この世から僕が消えられれば良いのに」




 僕は誰も居ない部屋の中で、ぽつりと呟いた。この世界から消えてしまえば、母さんの言いつけどうり、誰にも迷惑をかけないで済むのに・・・・・・。母さんの居ない今、誰も答えるはずの無い問いに、姿の見えない何かが答えた。




 『汝は、面白い事を言う』




 頭の中で声が響く。幻聴かな? 男性とも女性とも思えない声。

 幻聴だとしても、僕の問いに答えてくれるなら何でも良かった。




 「面白いことかな?」




 『我にとっては、面白い事ではあるな。その願い叶えてやろうか?』




 僕の願いを叶えてくれる? 願いというモノでも無いけど、生きていく煩わしさが消えるならそれに越した事は無いかな。




 「じゃあ、お願いします」




 その言葉に答えると、当たりはまぶしい光に包まれた。僕の体は、まるで砂を崩すみたいに、パラパラと崩れ落ちていく。



 そして僕の意識も、徐々に遠のいていった。

 恐怖という感情があるなら、怖いと思うのかも知れない。でも、僕にはそんな気持ちは無い。この声は、幻聴では無く、悪魔だったのかな? という素朴な疑問しかわいてこない。



 まぁどうでも良いことだ。




 「若い女性の死体が、でたそうですよ」




 「何でも旦那さんが家を出てって、貧乏暮らしだったらしいわ」




 「孤独死なんて、可哀想にね。一ヶ月も放置されてて、死臭で大家さんが気付いたらしいわよ」




 アパートの外に群がる野次馬が、うわさ話を続けている。

 その話の中に、僕は存在していなかった。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 光に包まれてから、二年の月日が流れた。

 六畳一間の貧乏アパートに、僕は一冊の白い本を抱き寄せて座っている。

 窓の外に広がる風景は、何処までも続く闇ばかり。部屋の中は、壁の隙間すら再現されているのに、家具は何一つ置いていない。生活臭を、感じられないところだった。




 この六畳一間は、僕の心の世界であり、その為、僕以外の人間は存在していない。外の世界が闇に閉ざされているのは、僕が外に関心をいだいていないせいだと言う。




 『いい加減、願いを言ったらどうだ』




 確かに生命は、僕だけしかいない世界だが、会話相手が居ないわけでは無い。

 僕に語りかけてくるのは、抱えているこの白い本だ。

 この本は、二年前に僕の願いを叶えた張本人で、その後はずっと一緒に行動している。名前はアムリタ、魔導書と言われる意思のある本だと言う。




 今アムリタが、何故僕に願いを言えと、言っているのかには、理由があった。

 魔導書とは本来、人の願いを叶える代償として、体を乗っとるらしいのだが、僕の場合は、他人から与えられた命令を叶えて貰っただけで、僕自身の願いでは無いから体を奪えないのだと言う。



 正確に言うと、願いに込められた欲望を利用して体を乗っ取るらしいのだが、僕にはそれが全くないらしい。



 だからアムリタは暇を見ては、僕に願いを聞いてくる。

 僕自身は、体に執着が無いので、あげても構わないのだけれど・・・・・・。




 「・・・・・・特に願いは、無いんだからしょうがないよ」




 この決まったやりとりは、朝の挨拶みたいなものになっていた。

 二年前に僕は、肉体ごとこの世界に連れてこられた。それ以来、現実と言われる世界には干渉出来なくなっていた。



 アムリタ曰く、現実と言われる世界では、僕という存在そのものが、無かった事になっているとのことだ。



 僕はその事を聞いた時、これで誰にも迷惑をかけないで済むと理解した。だから、この生活は僕に許された唯一の存在できる場所であり、僕に願う事なんて何も無い。その事がアムリタにとっては、不満らしく文句を言っている。




 『ムヨクよ、早く自分の欲望を見つけるのだ。それが願いの一歩というものだ』




 「アムリタは、僕の体を手に入れて何がしたいの?」




 願いの無い僕のことを、アムリタは欲の無いところから、ムヨクと呼んでいる。元々の僕の名前は、この世界に来た時からもう、意味をなさないモノになっている。



 僕の質問に、アムリタは暫し沈黙を続ける。




 『我は道具だからな、与えられた使命を果たすのみだ』




 「それって、人類を抹殺する事だよね? 使命じゃなくて、アムリタに願いはないの?」




 道具だからとアムリタは言うけれど、僕よりも人間らしい一面があるのを知っている。冗談が好きで、感情も豊かだ。だからこそ、アムリタの願いが知りたかった。




 『道具に願いなんて無い』とアムリタは素っ気なく答えた。




 なら道具よりも道具らしい僕に、願いなんてあるはずが無い。心で思うけれど、口にはしない。その言葉は、アムリタを傷つけるかも知れないから。




 「じゃぁ一緒に、願い事が見つかると良いね」




 『・・・・・・変わった人間だ』




 「それに、僕はアムリタが居てくれて助かっているから」




 『ムヨクの為に、我が存在していると? まぁ願いが決まるまでは、しょうが無い』




 家具一つ無い部屋だけれど、現実に居た時より、暖かさがここにはあった。

 もし現実に、この様な暖かさがあったら、何か変わっていたのかもしれない。

 僕は、アムリタと出会ってから確実に変わってきている。

 それは、この世界を生きる為に、必要な過程のおかげだとも言える。




 この世界の継続には、魔力と言われる力が必要なのだと言う。

 魔力は、人間の精神エネルギーから生み出される力であり、魔導書はその精神エネルギーを得ることで、存在を保っているのだとか。ただ、僕みたいに感情の無い人間は、魔力を生み出すことが出来ず、このままだとアムリタの存在を維持する事が出来ない。



 それを補うために、アムリタ以外の魔導書を狩る必要があった。

 それに魔導書には、一つの感情と、一つの魔法が記されていて、狩る度に感情と魔法を会得していった。四十八種類ある魔導書全てを刈り尽くす事が出来れば、僕は人間の感情を手に入れる事が出来て、そうすれば願いが見つかるかも知れないと、アムリタは考えているみたいだ。



 だから、魔導書の狩りは、魔力を得るのと、僕に感情を与えるのが目的だと言っていた。




 僕自身は、感情に興味が無かったけど、アムリタが言うので狩る事にしている。

 とはいえ、二年間の間に狩れたのは、3種類、【好感】【後悔】【無謀】の感情だけ。四十八種類を狩るというのは、気の長い話だ。



 一応、魔導書同士で、殺し合いをして問題が無いのか聞くと、『道具にそんな殊勝な考えは無い』と言っていた。



 僕はアムリタを抱えたまま、窓際に立って外を眺めてみる。

 何処までも続く闇が、波打つように蠢いている。




 『・・・・・・魔導書の反応があるな、どうやら久し振りの食事にありつけそうだ』




 こことは違う別な心の世界を魔導書が干渉した時、僕の世界の外はこの様な反応を見せる。例えるなら、水面に小石を投げた時に、出来る波紋のようなモノだろう。それほど、無意識に受けている魔導書の影響は、大きいと言うことだ。




 「狩りに行く?」




 『魔力が底を付きそうだから、枯れる前に狩るしか無いだろう』




 「わかったよ」




 ゆっくりと玄関に向けて歩き出す。

 少しそこまで買い物しに行くぐらいの感覚で、殺し合いをしに行く。

 小脇にアムリタを抱え、玄関の扉を開ける。

 玄関の先には、闇が広がっていた。




 「じゃぁ案内頼むね」




 『うむ』




 何も躊躇すること無く、闇の中に沈んでいく。この何も見えない中でも、アムリタが目的地を教えてくれるから、問題なく進める。



 歩く度に、とどろく闇が体に纏わり付いてくる感覚がするが、実際には実態が無いため触れられる事は無い。もし、僕に恐怖という感情があったら、怖いと思うのだろうか? アムリタが言うには、発狂してもおかしくないとのことだけど、僕にはよくわからない。それぐらい、人にとって闇は、狡猾で恐ろしいものらしい。



 奥に奥に進んで行く。狩り場を求めて、進んでいった。

私生活に戻れたので、これから書いていこうと思います。

のんびり続けていけたらと思っていますので、気長にお付き合いくだされば幸いです。

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