第9章.境界線
直接書いてはいないですが一応、カガリも学校指定の制服を着ています。
ポケット代わりにジャージを腰に巻き、スカートの下にはスパッツを履いてます。決してスケバンではないですよ?
“ガサガサガサガサガサガサ”
「おい、あったか?」
「い、いえ!こっちにそれらしいものは…」
「はぁ…さすがに堪えるぜ」
互いに自己紹介し合った後、どうしてもカガリにお礼がしたいと頑として聞かない保立 巫女を、カガリは渋々、未だ見当たらないディア探し(巫女にはイヤリングだと説明している)を手伝わせる事、早二時間…
一向に見つからない事に嫌気が差してきたカガリはジャージのポケットからタバコとライターを取りだし、気分を変えるため一服し始めたのだった。
「ぷはぁ~…(一体、どこに落っこちたんだか。あのコウモリ野郎は…)」
「あ、あの…轟さん。未成年の喫煙は…」
「あん?…吸おうが吸うまいがオレの勝手だろ。法律が怖くて不良なんかやれっかよ、タコ」
「こ、高校生の内からおタバコだなんて…将来、癌を発症しやすくなり、寿命を縮めちゃいますよ?それに…体力の低下だって、体に悪影響しか……」
心配そうに言う巫女に……カガリは心底嫌そうな顔をする。
不良故に、耳タコである。
「かぁ~、やだやだ!!これだからお利口さんは……名前を知っただけの他人の体の健康なんざ、気にかけてんじゃねぇよ。説得なんか無駄無駄、余計なお世話だっうの。そういうのは…」
やれやれと頭を振り、カガリは反抗的な目で睨みを効かせ、指の変わりに火の付いたタバコを心配そうな表情の巫女に向けると、きっぱりと言い切る。
そして、再びタバコを吸い直し、カガリはしょぼめた口からゆっくりと煙を吐き出し、干渉されたせいか。不機嫌そうに眉を潜めながら持て余した手でライターを手のひらの上で弄ぶ。
「で、でも…“お友だち”を心配するのは当たり前のことです…!」
「…誰が“お友だち”だ」
「え?」
巫女がそう言った瞬間…カガリの雰囲気が一変した。
「もういっぺん言ってみろよ…誰が“お友だち”だって?あぁ?!勘違いしてんじゃねぇぞ!!押し付けがましいテメェが散々、恩返しがしたいっつうから手伝わしてやってるだけだ!!」
巫女の発言にカガリはタバコをくわえたまま、ギロリと、不愉快なモノを見るかのような目で睨み付けるや、唖然としている巫女に詰め寄り、胸ぐらに掴みかかる。
掴まれた巫女は目が泳ぎ、カガリの突然の怒りの豹変に訳もわからず、酸素の足りない魚のように口をパクパクと動かすだけで声が出せなくなる。
「と、轟さん…?ごめ…わ…わた、わたし……!」
「……もういい。さっさとどっか行っちまえ」
「ぁ…」
絞り出すかのように声を出す巫女であったが…それと同時に、動揺と悲しみと恐怖。複雑に絡み合った感情が止めどなく目から溢れ、言葉が上手く出てこない。
懸命に言葉を探しながら泣き堪える巫女に興味が失せたカガリは憎々しげに言い捨てる。そして、巫女の胸ぐらから手を乱暴に放すと放心状態の巫女に背を向け、その場から立ち去るように歩き出した。
「ま…待って……轟さ……」
追いかけようと手を伸ばし必死に引き留めようとした巫女であったが、空しくも…
カガリが巫女に振り返ることは無かった…
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「くそ、くそ、くそッ…!“友だち”だと?ケッ!!ふざけやがって!誰がテメェなんかと…くそ女め!オレを誰だと思ってんだ!!」
前のめり気味に歩きながら愚痴をこぼすカガリ。巫女が言った言葉を思い出す度にイライラが次から次へと募っていく。
心底、ご機嫌ななめと見て取れる態度に偶然鉢合わせた不良たちでさえ、今の彼女の迫力に圧され、喧嘩を仕掛ける事なく二つに別れるように避けていく。
(あんな甘ったれのお嬢様学校の奴とオレがダチだって知られたら、バカどもに“人質”にでもされんのがオチなんだよ…!そうなったら……って、オレはなに考えてんだ?!)
カガリは己の考えにハッと我に返り、慌てて頭を振って思考を振り払った。
(そんなんじゃねぇ!断じてそんなんじゃねぇぞ!!オレは馴れ合いなんかいらねぇんだよ!!)
雑念を振り払おうと木に頭を打ち付けたりと、カガリは必死に己に言い聞かせる。
“お友だちを心配するのは当たり前のことです……!”
ゴン!っと最後に強く頭を木にぶつけたまま、カガリはもう一度、巫女の言葉を思い出す。
今日、知り合っただけで真面目な性格だと分かる彼女のあの言葉は、その場の出任せで出た言葉などではなく、一欠片の疑いも無い、眩しいほどの純粋なものであった。
それゆえに、カガリの目には見つめているのが辛いほどに輝いて見えた。
「……あんなの、どうしていいかわかんねぇよ…」
モヤモヤした感情に戸惑いを隠せないカガリは頭をぶつけていた木にもたれ掛かり、静かに呟いたのだった…。
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「ひっく…ひっく……うぅ…」
カガリが木にもたれ掛かっていたその頃、巫女は次から次へと零れ落ちる涙を拭いながら、自身の家に帰るべく最寄り駅へと向かって歩いていた。
東海学園の生徒がいるのが珍しいのか、すれ違う人たちは皆、好奇な目で振り返り巫女を見てくる。
「轟さん…うぅ、うわ~ん…!」
普段、人の目が苦手な彼女なのだが、今はそれ以上に悲しみが勝っている為、ついには人目を憚らずに泣き出してしまった。
歯止めの効かなくなった感情が、激流のように涙となって溢れてくる。
その時であった。
「ミコ?」
「え?」
背後から名前を呼ばれ、涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま顔だけ振り向かせると、そこには一人の少女が怪訝そうな表情をさせながら立っていた。
「レイちゃん…?」
「おぉ!やっぱ、ミコじゃん!久しぶり!!こんな所でどうした…って、なんでそんなに泣いてんの?なんかあった?」
巫女とは正反対にピアスやネイル。服装などにもおしゃれさを見せる少女がにこやかに言うと、巫女はより涙を流すのだった。
「レ"イ"ぢゃ~~ん"!!!」
「ちょっ!ちょっと!?」
レイこと、“堂坂令奈”に抱きついた巫女は盛大に泣きじゃくるのであった。
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「ハァ!?あんた、轟カガリに会ったの!!?」
「こ、声が大きいよ~…レイちゃん!み、みんなびっくりしちゃってるから…もう少し……」
泣きじゃくる巫女を見かねて道端で話すより、どこかでお茶をして落ち着こうと提案した令奈に言われ、二人は喫茶店に入っており。
席に座るや、令奈がすぐに目に入った『頬張りメロンの贅沢イチゴパフェ』を頼んだ後、巫女の話題に令奈が驚愕のあまり、大声を上げていた。
「いやいやいや!!?そりゃみんな驚くよ!!だって、あの轟カガリでしょ!?」
「お、大きいってば~!!」
令奈の大声に店内にいた人たちは何事かと、驚き向けてくる視線に巫女は恥ずかしそうに頭を押さえ、縮こまる。
だが、人目など知ったことではないと興奮治まらぬ様子な令奈は全く意に介さない。
「轟カガリがどんな奴か分かってるの?!アタシの学校でも危険人物なんだよ!?血も涙もない残忍な事件ばっかし起こしてるのに警察も手が出せないとかで有名な超ヤバい不良なんだよ!!?」
「で、でも…詳しくは言えないけど…わたしを助けてくれたんだよ…だから、そこまで悪い人じゃないよ…たぶん…」
「あんたね…お人好しにもほどがあるよ?あんたの話が事実だとしても、あたしは轟カガリがあんたを助けただなんて、とてもじゃないけど信じられないよ」
「御待たせしましたー。『頬張りメロンの贅沢イチゴパフェ』になります」
令奈の呆れた様子に、巫女はガックリと肩を落とすと、そこにタイミングよく店員が令奈の頼んだ品を持ってきた。
「ひゅぅ!美味しそう!」と話題をそっちのけでパフェを食べ始めた令奈は「まあ…」、と落ち込む巫女をみかねて慰めるように言う。
「轟カガリと会ったって言うのに、あんたが無事であたしは何よりだよ。もうあんな怖くて得体の知れない不良に近づいちゃダメだからね?“親友”の令奈さんとの約束だぞ~」
「…うん(確かに怖いけど…そんなに悪そうな人には見えないんだけどなぁ…)」
巫女は令奈がパフェを食べ終わるのを待ちながら、少し雲行きが悪くなっている空を眺め、カガリの事を思い更けるのであった。
(どうして…轟さんはあんな事を言ったんだろ…?)
本人にしか分からない問題を巫女は一人、悩んだ。
親友である令奈を始め、轟カガリと言う人物を邪険視している。
だが、どうしても…巫女にはカガリの事が皆が口々に噂が信用出来なかった。
しかし、どうして?と聞かれれば、確信は無いとしか言えないのも事実である。
(……轟さんの言うとおり、本当に助けるつもりなんて…無かったのかな…?)
そう思うと、彼女にとって自分は邪魔な存在だったのかも知れない…
単なる思い違い…だから、あの時…
「怒らせてしまったのかな…」
「ん?ミコ、なんか言った?」
「え?う、ううん。何でもない」
「…ふーん。…まあいいや!さてと、帰ろっか!」
「う、うん!話を聞いてくれてありがとう、レイちゃん」
「ふふ~!お礼をするならパフェ代でも奢っておくれよ~!」
「も、もちろん!任せてよ…!」
パフェを食べ終えた令奈は満足げに伸びをした後、席から立ち上がるのを見て、巫女も慌てて立ち上がり、伝票を手にレジへと向かい代金を支払う。
問題が解決する事はなかったが…親友が話を聞いてくれたのは嬉しかった。やはり持つべきものは友なのだ。
再確認した巫女は少し元気を取り戻し、店の外で待っている令奈の元へ駆け寄り、二人は駅の方へと歩き出した。
「そう言えばさ、ミコ。こないだ“行方不明”になってたんだって?」
「え?」
突然の令奈の話題に巫女の心臓が大きくはね上がる。
こないだ、と言うものは恐らく、あの“バケモノ”に襲われた日のことだろう。
「ど、どうして知ってるの?わたし、誰にも話してないのに…」
「あれ?そうなの?あたしの親がミコのお母さんから家に連絡あったって聞いたんだけどな…」
「もう…お母さんたらまた大袈裟に…きゃっ!?」
なるほど。きっと学校から連絡があったのだろう。心配性の母の事だ。
慌てて聞いて回ったに違いない。巫女は恥ずかしさに頬を赤くさせていると急に令奈が腕を巫女の肩に回し、抱き寄せてきて、心配そうに言う。
「良い?ミコ。頼むからあたしを置いてどこかに離れて行かないでよ?頭が悪くて、どんくさくて、お人好しで、ドジばっかりなのに真面目なあんただけど…あたしにとっては大事な“親友”なんだからね?分かってる?」
「ひどい言われよう…もう!そんなに言わなくても分かってるよ!」
「いや!あんたは言わなきゃ分かんない子だ!悪い人に捕まんないようあたしが見張ってなきゃならないくらいにね!!」
「もーう…レイちゃんもお母さんと一緒で心配性なんだから…」
からかい笑う令奈。
そんな親友の姿に巫女は嬉しさで胸がいっぱいになり、令奈につられて巫女の表情から自然と笑みがこぼれ落ちる。
それから暫くして、二人は他愛ない会話を弾ませながら家路が違う令奈に手を振り別れ、巫女は一人、電車に揺られながら窓の外の景色を眺めていた。
“ポタ…ポタポタ…”
その時、電車の窓に数滴、雨粒がぶつかり、やがて雨が降り始めた。
(そう言えば…夕方から降るって、テレビで言ってたっけ…)
電車が停車し、駅を出て改札口を抜けると雨が強く降りだしており、傘を持っていなかった巫女はついていないと、深いため息を吐いた。
「傘…持ってれば良かったなぁ…」
「まっっったくだな。くそ女」
「え?きゃぁ!?と、轟さ…あいた!!!」
隣を見るとそこには、ずぶ濡れなのにお気に入りのヘアスタイルである前髪を反らせようとして眉をひそめるカガリがおり、巫女は驚いたあまり、雨水で足を滑らせ盛大に尻餅をついた。
「うぅぅ…いたた…」
「チッ…どんくせぇなヤツだな…」
「うわっ!?」
尻餅をついた巫女を見て、呆れ果てたように嘆息したカガリはそっぽをむきながら巫女の手を引き、乱暴に立ち上がらせた。
あれだけ怒ったカガリが何故、ここにいるのか状況が理解できない巫女がどうして良いのか考えあぐねていると…チラリと横目でカガリが巫女を確認し、再び、呆れたように嘆息した。
「起こしてやったんだ…礼くらい言えよ…」
「あっ!?ご、ごめんなさい!ありがとうございます!」
「チッ…いちいち謝んな。取って食うわけじゃねぇんだからよ…」
「あ、あぅ…ごめんなさい…」
謝るな、そう言ったにも関わらず謝る巫女に…カガリはブスッと、ふて腐れたようにそっぽを向きなおす。
「「………」」
「あ、雨…止みませんね…」
「………だな」
気まずいほどの沈黙に巫女の胃がキリキリと音を立て痛くなっていく。
雨の音が唯一の救いだが、黙って立ち去るわけにもいかないと動けなくなっている巫女。
「と、轟さん…どうしてそんなにびしょ濡れなのにこんな場所におられるのですか?だ、誰かと待ち合わせ…ですか?」
「………」
「え、えっと…ご、ごめんなさい。関係がないのに…聞いたりして…
本当にどうしたら良いのかと焦っていた巫女は意を決して雨を見つめているカガリに訊ねるが…
聞いていないのか、カガリはそっぽを向いたまま一向に口を開かない。
「……そ、そうですよね。わたしには関係がないのに………すみません。お邪魔したりしたらいけないので…わたし、もう………」
「テメェを探してたんだよ」
「えっ?」
巫女が立ち去ろうとしたその時、カガリは頬を掻きながらポツリと呟いた。
「…東海学園に通ってるとしか分かんなかったからよぉ…“こいつ”でこの辺りをしらみ潰しに探してる途中で雨にやられたんだよ…ついてねぇったらありゃしねぇぜ。全く…」
カガリが親指で指差した方を見るとそこには雨でずぶ濡れとなってしまっているバイクがカガリの傍らに静かに置かれていた。
しかし、なにより、巫女が驚いたのは…
「わ、わたしを…探していた…?」
「あ?だから、そう言ってんだろ?」
「あぅ…ご、ごめんなさい。…でも、一体、どうして…?わたし、また轟さんに何か……」
「…ケッ!さっきから暗い奴だなくそ女!あぁくそ!少し“言い過ぎた”と思ったからここまで来たってぇのに……あっ!!」
「言い過ぎた…?えっ?」
カガリの言葉に、巫女はキョトンと間の抜けた顔をすると…
カガリは乱暴にヘルメットを巫女の頭に被せ、無理矢理視界を外させる。
「うるせぇ!!深い意味なんてねぇよバカ!!あれだあれ!ほっっっっんのちょっぴり、探し物を手伝った礼をしに来たんだ!濡れても良いなら乗れ!送っててやる!!」
バイクに乱暴にまたがったカガリはエンジンを吹かし、「早くしろ!」とヘルメットを押さえる巫女に目を合わせずに怒鳴り付ける。
「……はい!」
誰の目からしてもそれが照れ隠しにしか見えなかったが…巫女は嬉しそうに返事をし、巫女はカガリに抱きつくように乗り、雨の中だと言うのに、二人を乗せたバイクは雨の中を突っ走っていくのであった。