第7章.轟カガリは嫌われている
「すまないレディー。少々わが輩の質問を答えてはもらえないだろうか?」
お昼休みの午後、校舎からも外部からにも人目のつくことが少ない体育館裏で休んでいたカガリにディアは言う。
「あぁ?いきなりどうした?」
唐突な質問に、カガリは飲もうとしていたパックジュースを持っていた手を止めて。目の前で飛んでいるディアに怪しみ訊ねる。
「いやなに、ここ最近の一週間、わが輩は不思議に思っていたのだよ。貴様の行動をな」
「オレの行動がどう不思議なんだよ?」
「ほーぅ…ここまで言ってもまだ分からぬか。そうかそうか…」
妙ににこやかな表情で一人頷くディアにカガリは眉間にシワを寄せ、ジト目でいぶかしむカガリは飲む途中であったパックジュースに刺さったストローをくわえた。その時だった。
「なら言ってやろう!小娘が!!」
「ぬ、ぬあにをだっ!!?」
「貴様の体たらく且つ血気盛んすぎる日常行動についてだ!!バカ者!!!」
今ままでにこやかだった表情が一変し、鬼の形相で目を見開いたディアはカガリに詰め寄りながら怒りを爆発させた。そのあまりの突然の豹変に驚いたカガリはストローをくわえているのを忘れて反論しようとするが、反論する余地も与えぬほど怒鳴るディアは矢継ぎ早に言葉を繋げていく。
「この一週間、まともに授業を受けるどころか今日以外、学校にすら行かずにダラダラダラと自堕落な生活をしよって!!いや、それだけじゃない!!怪魔なら未だしもあろうことか!魔力で強化されている身でありながら生身の人間相手に暴れまわるとはどういう神経をしておるのだ!!?」
「ひや、しょれはもにょにょついでひむひゃついでふぁふぐるーひゅがあっひぇだにゃ…?(いや、それはもののついでにムカついてたグループがあってだな)」
「貴様に人道と言うものは無いのか!!言い訳は貴様の今日までの行いを一から全部聞いてからにしてもらおうかぁ!!?ブラックロォォォズゥゥゥゥ?!!」
(うるせぇコウモリだな本当に……)
カガリの額に小さな体を押し付け、血走った目で語るディアの気迫に気圧されながら、カガリはうんざりとした表情でズズズ…とパックジュースを飲み干す。
「貴様、聞いているのか!?全く、貴様と言うやつは……!!」
「へぃへぃ、聞いてる聞いてる。ったく、ギャーギャーめんどくせぇ……教室に行きゃぁいいんだろ行きゃぁ…」
「ちょっ、待つである!!わが輩の話をちゃんと聞けええええっ!!!!」
話が終わっていないにも関わらず、言葉を遮ったカガリは空になったパックジュースをポイ捨てし、億劫だと言わんばかりな態度で自身の教室へと向かっていく。
話を折られたディアは置いていかれまいと慌ててカガリを追いかけ、虚しい叫びを上げるのであった…
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『全く…人が話していると言うのに貴様と言う奴は!!少しはわが輩の言葉に耳を傾けるである!』
「わぁーたから少しは黙ってろ。テメェみてぇなピアスと会話してるのがバレたら極悪非道の正統派不良の名で売ってるカガリ様がついにシャブに手ぇ出したって騒がれんだろうが……」
自身のクラスに向かうべく校内を歩いているカガリは小さな声でイヤリングの姿となってまで説教を続けるディアに苛立ったように言う。
今は授業中の為。廊下には生徒の姿はないが、たまに授業の準備で教室に移動している教師と鉢合わせる度に悲鳴と共に逃げるように早歩きで去っていくため。その教師の怯えて逃げる様子を見ていたディアは呆れたように嘆息した。
『町を歩いていた時もであったが、学校での評判もかなり良くないみたいであるなぁ。レディー』
「ケケッ!入学初日に気に食わねぇ奴は片っ端からぶん殴って即停学食らったからな。停学処分が終わった後も他校の不良とケンカばっかしたりして必要以上に問題起こしゃぁ、いくら教師だろうと下手にオレに関わって怪我したくねぇから見て見ぬふり決め込むしかねぇわな」
『最早、かける言葉も見つからんである』
悪行をあっけらかんと言い放ち悪どく笑うカガリにディアは慣れてしまった自身にため息を吐く。
そして、自身の教室の前へと到着した。
「さて。何があっても黙っとけよ?バレたら即投げ捨てっからな」
『ふぅ…承知したである』
「そんじゃま、聞く気も起きねぇクソつまんねぇ授業でも聞いてやるとすっか…」
授業中であろうとお構い無しに教室の後ろの扉を開け、一体何様のつもりなのだろう。カガリは心底億劫そうに教室へと入って行ったのだった。
「ウース」
軽快な挨拶と共に教室へ入った瞬間、一点に集中された視線が教室中から一斉に注がれ、どよめきも一切なく場の空気が一瞬にして凍りついた。
授業を教えていた教師でさえ、黒板に勉強内容を書いていた手を止め青ざめた表情でカガリを見つめていた。
「……なんだよ?」
「ッ!こ、ここは再来週のテストに出るからな!かか、各自しっかり予習をするように!!」
注がれた視線が不快だと感じたカガリが喋った瞬間、教師は不味いと上擦った声で慌てて授業を再開させる。
生徒たちもまるでカガリから逃げるように机へと目を落とし、教室は瞬く間に字を書く音が広がった。
「……ご苦労なこって…」
最初から何も起きなかったかのように一心不乱に勉強に意識を向けることで存在を除外されたカガリであったが。全く気にも止めず、自身の席に座るや机の上に勢いよく足を乗せ組んだ。
「……ふぁぁ~…」
(本当にこの小娘は……ん?)
すぐにやることがなくなり、退屈しのぎに生徒に背を向け、黒板と向かい合い続ける教師や久々にやってきた教室をぐるりと見渡し、やはり退屈だと欠伸を吐きうとうとし始めるカガリ。
彼女の体たらくな授業態度に心の中で呆れていたディアはいくつかの不審な視線を感じ、窓から教室の外を見渡す。
(誰かに見られている。レディーと同じような魔力を持った者たちか…?しかし、一体何故…それにこの異様な数はなんなのだ?)
『おい、レディー。気を付けるであ………』
どこから見られているのかは分からないが少なくとも十人以上の視線と魔力を感じ取ったディアは疑問に思い、様子を伺いながら誰かも分からぬ者たちの読めない意図に警戒すべく、睡魔にやられ船を漕いでいるカガリに小声で耳打ちした。その瞬間。
「喋んなってんだろ!!!!」
『ぬあああぁぁぁぁぁ………!』
「あっ」
誰にも悟られぬよう配慮して囁いたディアであったが、耳元で囁いたゆえに驚き寝惚けたカガリは話も聞かずに容赦なく、イヤリングのディアを窓から校舎の外へと放り投げてしまい、カガリが気づいた頃にはすでにディアの姿は見えなくなっていた…
「やっべぇ……どこ行った!?」
「と、轟カガリ…くん?」
「あん?」
さすがに不味いと表情を焦らせ、窓から身を乗りだしながら投げ捨てしまったディアを探していると恐る恐るに名前を呼ばれ、カガリが振り向くと…
そこにはカガリの突然の行動に青ざめている教師と引き気味に怯えている生徒たちが一斉にカガリを見つめていた。
「い、一体、どうしたんだ?なな、何か、あったのかい…?」
「あー…いや、その……今丁度、こないだ見つけたムカついたヤロー共がいて、手持ちがピアスしか無かったもんッスから窓から投げたら頭くらいは当たッかなぁ、って思ったんッスよ」
(((絶対、嘘だ!!)))
震えた声で聞く教師に我ながら完ぺきな言い訳だと心の内で自己賛しするカガリであったが、クラスの全員がそれが嘘だと見抜くが彼女ならやりかねないと誰一人として声には出さず口をつぐむのであった。
“キ~ン~コ~~~ン~カ~~~ン~コ~~~ン!!”
「お、そんじゃま…ちょっとばかしシメに行こうかなぁ~…っと」
授業終了のチャイムが鳴り、カガリはやれやれと頭を掻きながら投げ捨てたディアを回収するため教室のドアに足で開け、さっさと教室を後にしたのであった。
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“ざわざわざわざわざわ…”
「ねぇ、あれって不良のカガリさんだよね?」
「ほんとだ。怖いなぁ…なんで退学にならないんだろ…?」
「すぐ暴力振るうから警察も迂闊に手が出せないらしいよ」
「おれ、前にあの人が喧嘩してるの見たけど…相手の人が動かなくなるまで蹴ってた…あの人は人じゃねぇよ…」
「えっ、暴走族五十人相手にして勝ったって話知らねぇの?」
「喧嘩して人を殺した事もあるんだって……」
「ヤバイ!今、こっちみて睨んだ!」
「あたし、お金とられたことある…」
「“こないだの事件の話”…聞いた?あれって、本当の話だって…」
「しっ!関わったら何されるかわからんないよ!」
(うぜぇ…マジ、うぜぇ…)
授業が終わり、移動や休憩時間を利用して廊下に出てきた生徒が廊下を歩くカガリを見てはざわめき、ヒソヒソと会話していく。
学校に来る度にそんな様々な噂が毎度のように飛び交い、腹は立てども所詮は戯れ言だと。カガリは気にしないようにしている為、幾分かは苛立ちを抑えられるのだが…
「よお、どこ行く気だぁ?カガリさんよぉ?」
「…ああ?」
こうしたように、カガリを見つける度に倒そうと喧嘩を吹っ掛けてくる不良が後を絶たない為、カガリの悪評は広がるばかりなのである…
しかし、カガリが手加減や情けをかけないのも少なからず影響があるのだろうが…
「テメェ…この前、おれらの仲間の歯を全部蹴り砕いてくれたんだってな…?あんま調子に乗った真似されっとよぉ…面目丸つぶれなんだわ…」
「はっ!こっちは毎度毎度、喧嘩三昧なんだ。いちいち踏み潰した虫けらなんざ覚えちゃいねぇよ」
「言ってくれんじゃねぇか…!ボケが!」
「えっ、なに?喧嘩!?」
「やっべ!」
不良グループのリーダーらしき男とカガリが一触即発のいがみ合いをしている間に二人を取り囲むように、鉄バットや角材、ナイフなど様々な凶器を持った男たちが一斉にカガリを睨み付ける。
その一部始終を見ていた生徒たちは巻き込まれるのを恐れ各自の教室へ逃げ込んでいく。
「死ねやゴラアア!!」
「テメェが死ね!!」
逃げ惑う生徒の悲鳴を合図に、ナイフを持っていた一人の男が背後からカガリに襲いかかる。だが、瞬時に反応したカガリはナイフを右へとかわす。
そして、ナイフを持つ手を肘打ち、痛みとその重い衝撃でナイフが宙に舞い、男の頭が下がった所を強烈無慈悲なハイキックが男の顔面に入り、一撃で床へと打ち沈めた。
「な…ひぃ!!?」
「さっさと退きな。オレは今、忙しいんだよ…」
僅か五秒にも満たないカガリの反撃に戦慄し、皆戦意を失い後ずさる。
倒した男が手放し宙を舞って落ちてきたナイフを掴み取り、カガリは青ざめた表情へと変わっているリーダーの男の眼前にナイフを向け威圧する。
もはや、戦々恐々…ここから逆らう気力すら起きない男たちは蛇に睨まれたカエルの如く。先を急ぐカガリに恐れ戦き、言葉も出ずに素直に道を譲るのであった。
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「くっそ~~…この辺りに落ちたと思ったんだけどな~」
運動部がサボって延び放題となった茂みをガサガサと掻き分け、草の根を分けて探すがイヤリングディアの姿は見つからず、一人愚痴るカガリ。
呼んでみようかと考えてはみたが…茂みの奥、フェンスの向こう側では授業で走る生徒や一般市民が通る為、勘違いは極力避けたいカガリはやむ無くその案を没にした。
「あぁもう、あのカタブツコウモリめ…どこ行きやがったんだ?」
「あのー…すみませーん…」
「でも待てよ?このまま見つからない方が口うるさく説教されなくて済むのか…?」
「あ、あの…」
「いやいや…それはそれで後でめんどくせぇ事になりそうだしな…」
「す、すみません…!あの…!」
「ハァー……こんなことなら学校になんか来るんじゃなかったぜ…」
「あの!すみません!!」
「うるせぇな!!さっきからなんだよ!!?」
草の根を分けながらぶつぶつと文句を垂れていたカガリは先程から聞こえていたのを無視していた声についに声を荒立て怒鳴り付ける。
その瞬間、フェンスの方で誰かが頭を引っ込めたような影が動いたのが見え、カガリは眉を潜め、正体を探るべく怪訝そうに首を傾げながらフェンスの方へと近づいていく。
すると、そこにいたのは…
「あわ、あわわわわ…!!」
「あん?テメェは……?」
フェンスの下を見下ろすと…そこにはカガリが着ている学校の制服とは違う。別の学校の制服を着た一人の少女が頭を抱え表情を青ざめさせながらカタカタと小刻みに体を震わせていた。
少し怒鳴られただけで号泣寸前な顔で怯えるその少女の姿に…カガリは見覚えがあった。
「たしかその制服は…隣町の…?」
そう、それは一週間前のあの日。カガリが魔法少女となった時、怪魔の被害者となっていた最初に出会った隣町に住んでいる筈の少女であった。