第6章.最期に嗤うのは誰かは分からない
“ごめんなさい…ごめんなさい……”
少女の泣きじゃくる声が聞こえる。
(声……夢…?)
暗闇の中を漂っていたカガリの意識が、目を覚ますようにゆっくりと、覚醒されていく…
何故だか、カガリはすぐにそれが“夢”であると理解した。
“ごめんなさい…ごめんなさい…”
目を覚ました暗闇の世界で一人、泣きじゃくる少女はうずくまり、カガリの目の前ですすり泣いていた。
(おいこら、ガキ。なに泣いてんだ)
声をかけ、手を伸ばす。が、少女に伸ばした手は虚空を掴み、声は響くことなく消えてしまう。
“何故、良い子になれない!!”
突然、怒りに満ちた怒声がカガリの背後から飛んできた。
少女はその声が聞こえてきた瞬間、怯えたように小さな体をさらに小さく縮み込ませ、体を強張らせてしまう。
(この声は……)
聞き覚えのある声。二度と聞きたくない声…
投げつける声は嫌悪感で満たされ、疎外感を与え拒絶する。
振り返ったカガリは見るなり、自身を蔑む目で見下ろす存在を憎悪を込めた鋭い目付きで睨み付けた。
沸き上がる憤怒を噛み締める歯は擦りきれんばかりに強く。爪が手のひらに食い込み血が滴る程、強く握られた拳が震える。
“お前には失望した”
だが、体はその声を。その存在そのものを怖れ戦き竦み上がってしまっていた。
“出来損ないめ”
これは“夢”だ。“夢”であってくれ。“夢”に違いない。
“何故、お前なんかが産まれてきた”
(うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい…!!!!!!)
否定、否定、否定…
怒りが、憎悪が、いつの間にかカガリの中から消え去り…
カガリは聞きたくない声から逃れるように耳を塞ぎ、その場でうずくまる。
“期待していたのが間違いだった”
(やめろ。やめてくれ…聞きたくない……聞きたくないよ……)
塞いだ筈の耳に聞こえる罵声の言葉。
うずくまり、体を震わせるその姿はいつしか泣きじゃくる少女と何らわかりない姿となっていた。
“もう二度と、私の前に現れるな”
その罵声を最後に、声は聞こえなくなっていたが……鋭く突き刺さった痛みはカガリの心を蝕み続ける。
(ごめんなさい……ごめんなさい……)
不条理なまでの罪悪感に体を震わせ、涙を流しながら彼女は見えない存在に自責の念に飲まれ絶望する。
「可哀想なお姉ちゃん」
突如、泣いてうずくまっていたカガリの頭上から、幼気な少女の無邪気な声が聞こえてきた。
だが、顔を上げても少女の姿はどこにも見当たらない。
(だれ……だれなんだ…?)
「それが貴女の“望み”なのね。良いよ、特別に対価以上の“力”をあげるね。だから、誰よりいっぱいいっぱい“壊し尽くしてね”?」
(な、なんだッ?!)
無邪気に嗤う少女の声が言い終えると同時に、カガリの足元から赤い魔方陣が出現した。そして、無尽蔵の幼い子供の手が湧き出るように飛び出すやカガリを魔方陣の中へと引きずり込み始める。
(やめろ!!離せ!きもちわりぃ!!うわぁっ!!)
カガリは逃れようと必死にもがくが幼い子供の手は際限無く増え続け、カガリは瞬く間に魔方陣の中に引きずり込まれていったのだった。
(うわああああああああああああッ!!!!!!)
>>
「っはぁ!!?はぁはぁ…?!」
悪夢から逃げるように飛び起きたカガリは、じっとりとした嫌な汗を顔中から滝のように流し、うるさいほど脈打つ心臓の鼓動と一緒に呼吸を荒くさせながら辺りを見渡した。
見渡すとそこは好き放題に雑草が生え、誰にも使われなくなり寂れてしまっている。夜の小さなサービスエリアであった。
どうやら、カガリはそこにあるベンチの上で眠っていたらしい。
「ゆめ……ゆめ、だったのか…?」
さわさわと夜風に吹かれ揺れる草木の音が静寂なサービスエリアに心地よく響く。
カガリは滝のように流れ落ちる汗を拭い、大きく深呼吸し息を整える。
先ほど見た“夢”は一体なんだのだろう。カガリは思い出すだけでも身の毛がよだつ思いにかられ、肌寒さも重なり身震いを起こした。
「やれやれ、ようやくお目覚めかね…レディー」
静寂な空間にバサバサと羽音を鳴り響かせ、デ・アールの声が背後から聞こえてきた。
愛想の無い呆れた声色の声を聞き、カガリは無意識の内に胸をホッとさせていたが、うんざりとした態度で彼女は振り返る。
「誰がレディーだ。不良高校生に対する嫌味かよ、くそこう…もり……?」
悪態を吐きながら振り返ったカガリは目の前にいる“デ・アール”を見るなり、時が止まったかのように体を固まらせ膠着した。
「これでも敬意を払っての言葉なのだがね。まあ、貴様がお気に召さなかろうとわが輩には関係のな……」
「誰だ“おっさん”!!?」
反応に遅れてカガリが驚いたのも無理もない。
何故なら目の前にいたのは嫌味を含ませて語る“コウモリのデ・アール”ではなく。
青い薔薇を首輪のようにぶら下げ、まさにザ・執事だと言わんばかりの燕尾服を着た二本の小さな巻き髭が特徴的な“猫目の長身な男性の姿をしたデ・アール”だったのだから。
「テメェ、人にもなれんのか!!?」
「当たり前である。貴様、コウモリの姿のままで主さまの従者が務まると思っているのか?」
「いや、じゅうしゃ?っうのが何かわかんねぇけど…ちっせぇなりに頑張ってんだなぁって思ってた」
「ハァ…まあ、貴様にまともな答えを求める方が間違っているのかもしれんであるな…」
「なんだよそれ、バカにしやがって」
やれやれと頭を振り、呆れた表情でカガリを見下ろすデ・アールの態度にカガリはムッとさせ、不愉快だとばかりに舌打ちそっぽを向いた。
「あっ、おい。“ディア”」
「デ、ディア…?」
ふと、何かを思い出したかのようにもう一度、視線を戻したカガリの“ディア”と言う言葉に首を傾げさせたデ・アール。
呼ばれたデ・アールは怪訝そうに眉を寄せ、自身を指差しカガリに確認する。
「ディア…とは、わが輩の事であるか?」
「ん?おう。ディアールって言いにくい名前だし、“ディア”って響きの方が言いやすいし、カッコいいんじゃね?って思ってな」
「わが輩は“ディアール”では無いぞ!?“デ・アール”である!!」
「わっかんねぇよ。どっちも一緒だろ?そんな細かいこと気にすんなって。それよりあのクソ女はどうなったんだ?」
「むぐぐ…!!あの娘なら貴様が“魔力切れ”して寝ている間にわが輩が送り届けたである…!」
デ・アール…改め。ディアは取り合わずに話を進めるカガリに不満げに表情を歪ませながらも、カガリが意識を失った後の出来事を説明していく。
まず、怪魔戦時に己の魔力をまともに制御出来ないにも関わらず、魔力を出し切り、“魔力切れ”が原因となり気絶したと言うこと。
その気絶した後、変身が解けてしまったカガリを人型の姿となったディアが小脇に抱え、元に戻った廃墟の床で同じくカガリの頭突きで気絶していた少女と一緒に脱出し。
カガリを今いるサービスエリアのベンチで寝かせた後に少女を彼女の自宅前に置いて戻ってきたら丁度、カガリが目を覚ました。と言う流れであった。
「ちょっと待て。おいコラ、ディア。テメェ、こんな真夜中の寂れた場所にオレを置いてテメェはあのクソ女の家に行ってたのか?」
「案ずるでない。人に見られるようなヘマはしていないである」
「それもそうだがそうじゃねぇ!テメェ、使い魔のくせにオレを後回しにしやがるたぁ、どう言う了見だコラ!!」
「なら、少しはわが輩の主らしい主の振る舞いをして欲しいであるな…訳を話せば、貴様を後回しにしたのには理由があるのだよ」
不機嫌な態度でがなり立てるカガリにディアは心底、呆れたため息を吐くや。胸元から弱々しく仄かに輝く光の球体らしき物を取り出し、カガリの前に差し出して見せた。
「“これ”の説明をするには人目の無いここが最適であったからである」
「…なんだよこれ?」
「……ちゃんと説明をしなかったわが輩が悪かったである。貴様が気絶する前にも言ったのだが…これは“怪魔の元”となった『魔力の塊』のようなものである。簡単に説明するとだな…」
差し出された物が何か分からず、カガリが眉間にシワを寄せながら首を傾げさせているのを見て。
ディアは呆れを通り越し悲しみを感じながらカガリが理解できるよう簡単な説明を教えていく。
「怪魔は二種の存在がある。“魂”と“肉体”を同質化させ領域を持たず自由に蠢く存在と、“肉体”と“魂”を隔離させ“根元”を作り領域を持つ存在…この二種が主な生態である。わかったか?」
「今日、戦ったあいつが最後の隔離型だ、ってのは理解した」
「うむ、そうである。隔離型の対処方法としては怪魔の原動力そのものであるこの、元は“人の魂であった欲望の根元”である…『魔力の核』を破壊、もしくはこのように肉体から引き剥がすことで初めて、怪魔を滅することが出来るのだ」
「ふ~ん…」
ディアの手のひらの上で揺らめく『女性の魂』をまじまじと見つめているわりには興味が薄いカガリは理解したのかしていないのか、いまいち分かりにくい反応をしながらディアの説明に頷いてみせた。
「その魂をどうすんだ?破壊すんのか?」
「まさか!破壊などと野蛮な真似はせんよ。主さまは無類の収集家なのでな。怪魔の魂は独特な色合いを持っている為、希少価値が高いのだ。無事にお渡しするまでわが輩が大切に預かる所存である」
「悪趣味なジジイだな。人の魂をなんだと思ってんだ…」
「なんとも思われておらんよ。主さまにとって、人や魂と言ったものなどは“ただのコレクション”でしかないである」
「………チッ」
『女性の魂』を丁重に胸元にしまうディアのやや冷めた物言いにカガリは納得がいかなさそうに舌打つとベンチから立ち上がり、不機嫌そうに歩き出す。
「…どこに行く気であるか」
「帰るんだよ。テメェもとっととクソジジイの世話でもしに帰りやがれ」
「わが輩もできるならそうしたいが、そうするわけにもいかんのである。あの方に命じられた以上、貴様の傍を離れるわけにはいかないのだ。それに……」
ボフン!とディアの体が煙に巻かれるとコウモリの姿となり、カガリの行く手の前まで羽ばたき、鬱陶しそうに睨み付けるカガリに不敵な笑みを浮かべる。
「わが輩が居なくては夜道の下山もままなるまい」
「……勝手にしやがれ」
「…言われなくとも勝手にするである」
ディアを押し退け、ずんずんと今は使われてはいない車道を歩いていくカガリにディアはやれやれと嘆息し、後を追いかけていくのであった…
(あの、悪夢のような夢はなんだったんだ…?)
ふと、ほんの少し前に見た夢を思い返すカガリであったが…
どれだけ考えようと自分の頭では分かる筈がないと、次第に、車道を歩いていく内に見た夢の内容は薄れて消え、最後には思い出せない程きれいさっぱりに忘れてしまった。
残ったのは髪を優しく撫でる夜風と小さくてバサバサと騒がしい羽音。
歩く足音が静寂な夜空にリズミカルなテンポで鳴り響く。
車が通る事なく、カガリはディアの二人は夜通し車道を歩き続け、朝方にはようやく町へと戻ってきたのだった。
そして、この時はまだ、今は誰も知るよしもなかった…
物語の終着点。彼女の存在が世界にある“強大な厄災”を招くことになる事を…
ただ、“一人の人物”を除いては……知る術はなかった。
“最期に嗤うのは誰かは分からない”
この物語はひょんな事から魔法少女となってしまった不良少女『轟カガリ』の奇想天外の出来事が待ち受ける“絶望になるかもしれなかった物語”。
彼女の、轟カガリの魔法少女としての物語が今、始まったのだった。