第50章.ヴィラン・ザ・チーム 前編
不可視夜祭蟲組率いる飛蝗を轟カガリたちが迎撃した数日のこと。
柳森町と他県を行き来する為の開通予定あったが、建設途中で打ち切られた夜の道路に、一台の車がやって来た。
車は何年も放置されて古びた立ち入り禁止のロープが張られたトンネルを正面に見据えたところで停止すると、中から三人の人物が降りてきて入り口の前で立ち止まった。
「………ここが例の場所か?谷田…」
手に持っていたライトで奥行きの見えぬトンネルの先を照らしながら三人の中で一番の大柄な人物の川内刑事は強面な顔を更に険しくさせながらタブレットを手にした谷田に聞いた。
「はい、川内刑事。間違いありません。『十種市怪談スポット』の一つ、十種市山道トンネル工事跡地…別名“人食いの洞穴”……中をバイクで通ると人が消えるって怪談みたいですけど、本当なんですかね?」
「知らないよそんなの!ねぇ、川内さん!今からでも遅くないですし帰りましょうよ!!薄気味悪いし、絶対ヤバいですってー!」
真夜中の怪談現場に居ようと変わらない冷静さで平常運転の谷田に対し、彼女の先輩に当たる警官小鳥遊は顔を青ざめさせ、二人よりも離れた場所で情けなく体を震わせていた。
「……センパイってホンットにダサいと言いますか、ヘタレですよね…そんなでよく警察官になんてなれましたね…怖いんなら車で待っていたらどうですか」
「いやだよ!こんな場所で一人で居ろって言うの?!そんなの余計に怖いに決まってるじゃないか!」
「だったらどっちかに決めてください。センパイのそう言うところめんどくさいったらありゃしませんよ」
「谷田ちゃんの鬼!意地悪悪魔!!先輩は敬うものなんだぞーー!」
「やめろお前ら!!」
子供のように半泣きで抗議する小鳥遊とそんな小鳥遊を哀れむ冷めた目で見下げる谷田の間に割って入った川内刑事は二人を一喝した。
「いつまでくだらん言い争いしてるつもりだ!学生の肝試しをしに来たんじゃないんだぞ!分かってるのか!?小鳥遊!谷田!!」
「ヒッ!す、すみません川内さん!!」
「ぶぅ……すみませんした~…」
「ったく…!おら、ぼやぼやしてないで行くぞ!こんな場所に長居する気はないんだからな」
二人を叱り飛ばした後、川内刑事は臆すること無く、立ち入り禁止のロープをくぐり抜けトンネルの奥へ奥へと進んでいき、二人もその後を追っていく。
トンネルの中は非常に真っ暗で、川内刑事だけが持つライトの唯一の光が無ければまさに一寸先は闇であった。
「うぅ…怖いぃ…!!何だってこんな夜中にわざわざ、心霊スポットになんか…。川内さぁん、こんな場所に一体何の用があって来たんですかぁ…?」
「センパイ、声震えすぎ…そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。心霊スポットって言われても一昨年、違法賭博行為を行っていた走り屋だった男が金銭取引で言い争いになって殺害されたってだけですよ」
「さらっと怖がらせに掛からないでくれる!?と言うかここ、殺人現場なの?!!まさか、中をバイクで走ったら消えるって怪談はその殺された男の犯人に対する怨念の腹いせのせいなんじゃ…!!?」
「怨念の腹いせって何ですか……すでに犯人は事件当日に自首してきているので事件としては終わってるから腹いせも何もないでしょうに……」
「その通りだ。怪談なんて作り話にいつまでも怖がってるんじゃない、小鳥遊。谷田を見習え」
「そうです。見習ってくださいセンパイ。そもそも、怪談なんて尾ひれはひれは付き物ですし、オカルト好きが言いそうなことですよ。現実主義の警察から言わせてもらえば、ここにあるのはもう掘り返す必要もない終わった事件現場である事実と結局開通すること無く計画倒れした残念無念の工事後だけってことですよ」
「谷田ちゃんみたいに平気でいられるほど僕の心臓は強く無いよ!それにこんな場所怖がるなって言う方が無茶ですよ川内さぁん!帰りましょうよ~!!」
泣き顔で引き返そうと説得する小鳥遊とは裏腹に、川内刑事と谷田現場の不気味さに臆することなく前に進んでいく。
二人の冷たい対応に小鳥遊はグスリと鼻をすすり、諦めて二人の後を追いかける。追いついてきたのを横目で確認した川内刑事は小さく息を吐き、歩みを止めることなくゆっくりと口を開き始めた。
「今日、ここに来たのは情報を得るためだ」
「じ、情報ですか…?」
「望み薄だがな。谷田」
「はい。良いですかセンパイ」
川内刑事の代わりにタブレットで検索をかけていた内容を小鳥遊に見せつけながら、谷田は説明していく。
「ここ最近、十種市内で起こった二つの大事件。一つはセンパイが唯一の目撃者になっていた『集団洗脳催眠事件』と先々週に起こった『柳森街高層マンション爆発事件』があったのを覚えていますよね?」
「も、もちろん!先々週のは当然覚えているし、洗脳催眠事件に関しては僕、被害者だよ?先輩たちに銃で撃たれた時は生きた心地がしなかったよぉ…それがどうかしたの?」
「それがですね。あの事件、捜査打ち切りだそうですよ」
「へぇー、打ち切りされたんだぁ…って打ち切りッ?!!」
「センパイ、声でかいです。それに驚くのはまだ早いですよ」
声を出して驚く小鳥遊に谷田は心底、呆れ果てたように嘆息し、タブレットにある記事を出した。
映し出された記事の内容に、小鳥遊は更に目を見開いた。
「『夜の町を飛び回る謎の少女』…これって、あの時の…!!?」
「そうだ。お前が見たって言ってた拘束具を引きちぎって逃亡した少女の目撃証言だ。谷田が見つけたそのサイトは柳森近辺で起こると噂の怪談サイトでな、谷田が見つけてくれたんだ」
「最近見始めたんですけど、これが中々嘘八百のくだらない怪談話ばっかりで面白いんですよ~。簡単に言いますと十種市で起きてる怪談や都市伝説の目撃、体験談が嘘っぽいのから本当っぽいのまで色々乗ってるサイトなんですよ…その名も『十種市怪奇情報掲示板伝説』です」
驚く小鳥遊を放って珍しく意気揚々とした谷田は更に画面をスライドさせて続けていく。
「このサイトによりますと『夜の町を飛び回る謎の少女』って話は数週間前……丁度、センパイが被害者になった『集団催眠事件』があった頃くらいに出来た都市伝説らしく、結構目撃者も多いみたいです…よっ…ほら、こんなにいっぱい書かれてますよ」
「…『黒マントを翻しながら女の子が夜の空を飛んでいたのを見た』?」
「他にも『夜、軍人みたいな軍服少女が跳んでるの見た』とか『部活の帰り道、黒い格好した子が夜、公園で何かと戦ってるの見た!』とか、『空を見上げたら三人の人影をみた』だとか。夜の目撃例が結構多いんですよ………まあ、たまに『この少女あたしの相棒』とか変なのもありますけど」
「あれ?でも、軍服少女とか三人ってどういうこと?コスプレ少女って一人だったんじゃ…?」
「確かにな。だが、どういうわけか一人二人と増えてるらしい…仲間がいるのか、はたまた別の奴なのかは分からんがな」
「どうなんでしょうね…でも目撃情報だけ見ると一緒にいたところを見たって記事もありますし、増えてる可能性も否定できませ…っおと!」
「っとと!き、急に立ち止まっちゃったりしてどうしたんですか。川内さん?」
タブレットを見ながら歩いていた二人だったが突然、前を歩いていた川内刑事が立ち止まり、二人はぶつかる寸でのところで立ち止まると川内刑事に訊ねた。
しかし、二人の問いかけに川内刑事は答えようとはせず立ち止まったまま動かない。
「…川内刑事?」
「あの…一体どうしたんで……」
「しっ!静かにしろ!」
不思議に思った二人は再び川内刑事に問いかけようとすると、川内刑事は二人の口に手を当て黙らせた。
「何か聞こえないか?」
川内刑事に言われ、二人は耳をすませると三人が来た後方から騒音らしき音がトンネル内に響き渡ってきた。
「この音…バイクのエンジン音…?」
「あ~…もしかして元気の有り余ったやんちゃな学生が肝試ししにでもやって来たんじゃないですかね…どうします、川内刑事?」
「どうするも何も無視するわけにもいかんだろ…行くぞ。小鳥遊、谷田。ったく…!こんな時間に出歩きよって…!さっさと追い払って調査を続けるぞ!」
「了解で~す」
「あぁっ!ちょっ…!待ってくださ……?」
表情を険しくさせ来た道を走って戻る二人の後を、出遅れた小鳥遊は慌てて追いかけようとしたその時、背後の方で何かが動いた気配を感じ小鳥遊はとっさに振り返った。
しかし、そこには何もなく、多少暗闇に慣れた目にも動くものはいなかった。
「今…なんか居たような…?気のせいかな?」
「センパイ、早くしないと置いていきますよー」
「え、あっ!わー!!待って待って谷田ちゃーん!!置いてかないでー!」
首を傾げさせている小鳥遊は先に行く谷田の声に我に返り、慌てて後を追い掛けていくのであった。
_____去っていく小鳥遊の背後を見つめられているとも思わぬまま…
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三人がトンネルの外に出るとそこには四人の男女がバイクに跨がり、深夜だと言うのもお構い無しにアクセルを吹かせ辺りに騒音を響かせていた。
「オイお前ら!!ここは立ち入り禁止だぞ!それに今何時だと思っているんだ!近所迷惑だぞ!さっさと家に帰らんか!!」
「ハァー?いきなり出てきてなんだよオッサン!!自分らだってここが立ち入り禁止だって知ってるくせに入ってんじゃねぇかよ!!」
「私たちは警察だから良いんですー、中は危険ですので入らないでくださーい。肝試しならよそでどうぞー、わかったら逮捕される前に今すぐ帰れ~」
「うるせーんだよブス!!てか良いのかよ?婦警さんが真夜中にこんな場所にオッサン連れ込んでてよ!援交でもしてんのかよ?!」
「はい、公務執行妨害と侮辱罪、婦警軽視罪により逮捕するー。抵抗してもしなくても撃ってやるから覚悟しろ。クソガキ」
「ちょちょちょっ!!なんで非番なのに拳銃所持してるの谷田ちゃん!?てか、撃っちゃダメだって!!!」
「いいから帰らんか!これ以上騒げば補導だけじゃ済まないぞ!!」
「川内さんもダメですって!二人とも落ち着いてぇ!!」
川内刑事と谷田の話に聞く耳を持たない四人は迂闊に手を出せないと知りながら煽っては憤る二人を見て嘲笑する。
今にも掴み掛かりそうな二人を必死に押さえる小鳥遊だったが、ヒートアップしていく口論の勢いに次第に押さえられなくなっていく。
「へへ…お先ー!」
「キャハハハ!いけいけー!」
「なっ…!?くそ!危険だと言ってるのに…!!コラ!貴様ら待て!!!」
すると、前の二人に気を取られていた川内刑事たちの隙をつき、二人乗りをした男女のバイクがトンネル内に入っていってしまった。
川内刑事はその場を二人に任せ、慌てて後を追いかけようとしたその時であった。
「「ぎゃあ”あ”あ”あ”あ”ッ”ッ”!!!!!」」
突如、トンネルの奥から二人の男女の突くような悲鳴が響き渡った。
「……ハッ!?付いてこい小鳥遊!谷田は救急車を呼んでくれ!」
「え…あ、は、はい!!」
「待ってください川内さん!」
先程まで激しい口論をしていたとは思えぬ静寂さから我に返った川内刑事は瞬時に二人に指示を出し、小鳥遊を連れて中に入ろうとしたが、谷田は川内の手を取り慌てて引き留めた。
「な?!オイ、谷田!ふざけてる場合か!!」
「なんで……バイクが転けた音がしないんですか…?」
谷田の言葉にその場にいた全員が怖気に襲われた。
先ほどの悲鳴は紛れもなく何かが起こった証拠なのは間違いない。だが、何が起こったのかはわからない。
事故ならばトンネルで音が反響する。しかし、悲鳴の後もバイクのアクセル音はけたたましくトンネル内に鳴り響いている。
それも、徐々に、徐々に入り口に近づいてきているかのように大きくなっていく。
込み上げる得体の知れない恐怖に誰もが動けなくなっていた。
その瞬間、トンネルの奥からバイクが勢いよく回転しながら飛び出してきた。
「谷田!!」
とっさの判断で川内刑事は佇む谷田を庇い地面に倒れると同時に先ほどまで谷田が立っていた場所にバイクが通過していき、停めていた車に激突し轟音を響かせた。
「…え、あっ!!?か、川内さん!谷田ちゃん!だ、大丈夫ですかぁ!!」
「イッッ…全然大丈夫じゃないですけど川内刑事のおかげでなんとか……ありがとうございます、川内刑事」
「礼なんか後だ!それより一体なんだってんだ!?何がどうなったらトンネルの奥からバイクが投げ出されることになるんだ!!?」
「う、うわぁぁ!!“人食い洞穴”の祟りだぁ!!!」
「さ、さっさと出せ!!!呪われる!逃げろーー!!」
「な!オイ、お前ら待っ……!!!」
突然の出来事に三人が驚愕していると、横にいたバイクに乗っていた二人組は恐怖に戦き、川内刑事が止めるより早く、我先にとその場から逃げ出してしまった。
だが、アクセルを思いっきりひねり、爆音と共に走り出した瞬間、トンネルの奥から再び、黒い影のような塊が突風の如く物凄い速度で飛び出してきた。
暗闇から飛び出してきた黒い塊は三人が言葉を発するより早く頭上を飛び越すや、慌てて走り去っていくバイクへと飛び掛かった。
後ろから来た存在に気付き、後ろを乗っていた男が悲鳴を上げるも、飛び掛かった黒い塊はそれすら飲み込むようにバイクごと二人組を覆い被さる。
______一体、あれはなんだ…?
誰もが理解出来ないこの状況下に戦慄しそう思った矢先、蠢いていた黒い塊の動きがぴたりと止まり、鎌首をもたげるようにゆっくりと三人の方へ振り返った。
三人の前に映る黒い塊の正体。それは人の目を幾つも持つ、巨大な甲殻類に似た怪物であった。
「チッ!なんの冗談だこれは!ただのホラ話じゃなかったのか!?」
「あ、あんなバケモノが出るなんてき…聞いてませんよ!!ヤバイですよ!!早く、早く逃げないとヤバイですって川内さーーん!!」
「バイクに追い付くようなバケモノですよ、そう簡単に逃げられるとは思えませんよ…!!」
青い顔で慌てふためく小鳥遊を背に所持していた拳銃を構える川内刑事と谷田であったが、目の前の怪物は三人を獲物と判断したのか。嘲笑うかのような低い奇声を上げ、鋭利なハサミを鳴らしながらゆっくりと近づき始めた。
「ひぃ!!?こ、こ、こ。こっちに来ますよ川内さん!!!」
「怖がる暇があるなら応援を呼べ小鳥遊!!出来ないなら黙ってろ!」
「川内刑事!」
谷田の声に川内刑事が振り返ると、怪物は巨大なハサミを振りかぶり今にも襲い掛かろうとしていた。
二人は慌てて発砲しようとしたが時はすでに遅く、怪物は三人の頭上目掛けてハサミを振り下ろす。
潰される。まさにその瞬間であった。
「……?」
「あれ……」
振り下ろされた怪物の一撃が、待てども待てどもやってこない。
不思議に思った川内刑事と谷田は閉じたまぶたを恐る恐る開けると……振り下ろされたハサミは目と鼻ほどの距離でピタリと静止していたのだった。
「い…一体なにが…」
困惑するあまり川内刑事が思わず疑問を口にしたその時、辺りに力強いアクセル音が轟いた。
突然鳴り響いてきた爆音に怪物は再び奇声を上げ、体を大きく身震いを起こさせると獲物と判断していた目の前の三人などどうでもいいと言わんばかりに音が聞こえてきた背後に振り返り、川内刑事と谷田に背を向けた。
怪物の視線の先には……一台のバイクに跨がった二人の影。
「……あれは…?」
「か、川内刑事!今のうちに逃げましょ!私一人じゃセンパイは無理です!」
「あ、あぁ……すまん!そう、だな…」
泡を吹いて気絶している小鳥遊を必死になって引きずる谷田に言われ、我に返り、慌てて小鳥遊の肩を担ぐ川内刑事だったが、興奮する怪物の先にいる人物から目を離すことが出来なかった。
「……だ、誰か…いた、みたい…だけど………同業者…だ、だったのかな…?」
物陰に隠れていく三人の様子を眺めながらバイクの後ろに座っていた軍服姿の少女は独特な調子で言う。
すると、バイクのアクセルを吹かせていた青黒いローブを纏った少女はやれやれと嘆息した。
「んな訳ないだろ。ありゃどう見たってただの一般人だ。食われかけてたの見えたろ」
「そ、そっか……じゃあ、ギリギリセーフ……って、やつだな…」
「バーカ、ギリギリアウトに決まってんだろうが。オレは人助けするつもりで怪魔を狩りにきた訳じゃねぇぞ!」
暢気とも言える軍服の少女の一言に怒る青黒いローブの少女であったが、軍服の少女はからかうように奇妙な笑い声を上げた。
「分かってる…よ。だってあたしたちは……」
「おうよ、善人も裸足で逃げ出す極悪魔法少女だからな!」
アクセルを全開に、バイクのタイヤから煙を巻き上げながら両バサミを振り上げる怪物、怪魔に向かって全速力で二人を乗せたバイクは走り出す。
迎え撃つように怪魔も向かってくるバイクに猛進してきたが、青黒いローブの少女、ブラックローズはニヤリと不敵に笑い、急ブレーキをかけると同時にハンドルを切り、怪魔の側面にバイクの後輪を勢いよく叩きつけた。
避ける間もなくまともに受けた怪魔は体ごと吹き飛ぶも、大きなダメージはない。
怪魔は再びブラックローズへと飛び掛かろうとしたが、ブラックローズの後ろに座っている少女、ミッドナイトスターの二丁拳銃が放つ銃弾に拒まれ阻止された。
「ウッヒッヒッ…す、座っているだけ…と思ったら……や、火傷する…ぜ…!」
「カッコつけて落ちんなよ!」
「が、ガッテン…!って、あり?」
怪魔が動けないよう。魔弾を放ち続けるミッドナイトスターだが、甲殻類に類似した怪魔の外殻では大した足止めにしかならないのか。弾幕を浴びながらも怪魔は徐々に二人へと近付き、ハサミまでも振り下ろした。
「チッ!」
「わわわ!!!」
カガリはバイクを急発進させ、怪魔から距離を取ろうとしたが怪魔はその巨体に似合わぬ速度で追いつくと再びハサミを振り下ろしてきた。
「ミッドナイト!」
「“GAMEOVER”!」
攻撃を避けるカガリのハンドル操作に合わせ、杏もすかさず必殺技である魔弾の集中砲火を浴びせるが怪魔の甲殻を貫くことは出来ない。
「んだよ。無駄に硬ェ野郎だなコイツ……!」
「ロブスターな見た目は伊達じゃない…ってことだな……ど、どうするんだ?ブラックローズ…」
「ケッ!やっぱ、作戦通りやるきゃねぇか」
カガリは不服そうにそう言うとアクセルを響かせ、その場から離れるようにバイクを爆走させ出した。
それにつられ、怪魔もまた負けず劣らずな奇声を辺りに響かせカガリたちの後を追いかけ始めたのだった。
その場が静寂に変わると、物陰から隠れていた川内刑事と谷田の二人が出てくると、カガリたちが走り去っていた方を見つめた。
「……今の見てたか。谷田…」
「は、はい。ちゃんと、見てました。今のが『夜の町を飛び回る謎の少女』の正体…なんでしょうか…?あんな子供が、あんな怪物を相手に全く怯まず……それにもう一人の子も変な銃まで所持して……何者なんでしょうか…?」
「…確か、黒い方がブラックローズって呼ばれてたな…」
「へ?え、えぇ。軍服を着た子…ミッドナイト?とか呼ばれた子が言ってましたね……って、川内刑事?」
二人と一体の怪物が過ぎ去った後を信じられないと言う顔をしていた谷田に川内刑事は突然、背を向け半壊した車の元へと歩き出した。
「ちょ、川内刑事!一体、どうしたんですか?」
「二人の後を追う。お前も早く乗れ、谷田。置いてくぞ」
「え、えぇぇ!!?ちょ、ま……本気ですかぁ!?」
気絶したままの小鳥遊を後部座席に放り込み、川内刑事は返答を待たずに車に乗り込むと車のキーを回した。
「……よし、まだ動くな…」
激しい損傷はあるものの、エンジンは快調に動き出し、運転に支障は無さそうであった。
「……ようやく見つけた手がかりだ。このまま黙って何もせず手放してたまるか…!」
川内刑事は一人そう呟くと覚悟を無理矢理に決めたらしい谷田を乗せ、半壊した車を発進させたのだった。
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時刻は深夜、誰も利用者のいない道路を突風のような速度で突き進む一台のバイクがあった
その速さは百キロは軽く超えているであろう速度であったが、そんな猛スピードで爆走するバイクの後を離れることなく、巨大な影が同じ速度で追いかけてきていた。
「ぶ、ブラックローズ!アイツ、ぜ…全然、引き離せてないぞ…!と言うか…も、もうすぐそこまで来てる!」
「わーてるよ!黙ってねぇと舌噛むぞ!!」
後部座席に座り慌てる杏にカガリはアクセルを全開に回し、更に速度を加速させるが、後方から迫る見た目からは思いもしない速度で移動する怪魔を引き剥がすには至らない。
「ろ、ロブスターの出せる…速さじゃ、ないぞ…!す、スピード違反だ!!」
「言ってる場合か!チッ!走ってる物をしつこく追いかけてくるってのは聞いてたがこうもしつけぇとはな…ディア!合流場所まで後どんくらいだ!?」
『もう少しである!この先のカーブを曲がればすぐにトンネルが……ッ!レディー!右だ!!」
「チッ!!」
うなり声のような爆音を轟かせた速度で走るバイクの隣に、いつの間にか並んで並走しハサミを振り上げていた怪魔の存在にディアの言葉で気付いたカガリは盛大に舌打ちをした。
怪魔がハサミを振り下ろすと同時にハンドルを大きく動かし攻撃をかわすも怪魔は絶対に逃さないとばかりに連続してハサミを振り回し、カガリたち二人は道路の隅へと追い詰められてしまっていく。
「野郎……ッ!調子に乗ってんじゃねぇぞ…!!今宵坂、運転変われ!!」
「え、えぇ!?ま、まてまて轟ぃ!!あたしはRCGはあんまり得意じゃ…あっ!」
引き止める杏の話などお構い無しにカガリは手甲に巻き付く茨を後部座席に伸ばし巻き付けると猛スピードの中、ハサミを振り回す怪魔へと飛び出した。
「オラァ!!!」
飛び出してきたカガリに狙いを定め振り下ろされた巨大な怪魔のハサミを蹴り弾く。
その際、衝撃で剥がれた怪魔の外皮甲殻をボード代わりにカガリは波乗りのようにバランスを取ると、砕けた甲殻を再生させている怪魔を睨み付けた。
『無茶をするなレディー!この速度で地面に叩きつけられれば如何に魔法少女言えど無事では……!!』
「落ちなきゃ良いんだろ落ちなきゃよ!てなわけでヘマすんなよ今宵坂!」
「お前マジで恨むからなぁァ”ァ”ァ”!!!!!」
人の話も聞かず挙げ句に勝手に命まで預けられ、半ば狂乱気味に必死になってハンドルを握る杏が怨念を飛ばしてきたが、カガリは知らぬ顔で聞こえないふりをした。
『作戦地点まで後、五分もすれば到着するである!』
「あいよ!さぁーて、そんじゃまそれまで一丁………うぉっと!?」
身構えようとしたその時、砕けた甲殻を再生し終えた怪魔は傷つけられたことに腹を立てたか。奇声を上げて、切り裂くようにハサミを振るい始めたのだ。
『右だレディー!』
「よっと!」
『上!左!右斜め!!今だ!』
「うらぁ!!」
縦横斜めと振り回してくる怪魔の攻撃をカガリはディアの合図で限られた足場の中次々にかわし、避けきれない攻撃は蹴りで弾き防いでは隙を突いて怪魔に蹴りを叩き込んだ。そして、攻防の末ついにトンネルが見えるまでの距離までやってきたのだった。
「み、見えた。轟ぃ!つ、着いたぞ…わわっ!!」
「そのままスピード落とすな!!ガンガンスピード上げろ!」
「お、おう!」
トンネルを前に安堵した杏が後ろに振り返ろうとすると、カガリは後部座席へと戻り杏に指示をした。急に戻ってきたカガリに驚く杏だったがすぐにカガリに言われたように、メーターが振り切る程アクセルを全開にさせしまっすぐにトンネルへとバイクを走らせた。
速度を上げたことで怪魔もバイクに追い付こうと更に速度を加速させる。
まるでレースの最終ラップのごとく一心不乱に追い上げてくる怪魔はぴったりとバイクの後部に近付くと挟み込むかのように両手のハサミを振り上げようとした…その時。
二人の乗るバイクの遥か前方にあるトンネルから何か真っ直ぐに向かって飛んできたのだった。
前方から飛行してくる存在との距離は最大まで加速したバイクと重なり、あっという間に目と鼻との距離へと変わり……飛んできているモノの輪郭がハッキリと捉えられるようになるとカガリは不満げに息を吐いた。
「……とっとと決めろよ。デンジャー」
「言われなくても決めてあげるわよ。ブラックローズ」
バイクとすれ違う瞬間、飛行してきた人物…それは魔法少女に変身した、虫の羽を羽ばたかせた堂坂令奈は軽快にそう言うと、カガリたちのすぐ後ろまで迫っていた怪魔に向かって勢いそのままに令奈…“デンジャラスアント”は強烈な拳を叩き込むのであった。
彼女たちは魔法少女。十種市柳森町で噂される生きた都市伝説『夜の町を飛び回る謎の少女』の正体であり…
人を襲う闇夜に潜む形ある怪奇、怪魔を狩る者たちである。
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「粉々じゃねぇかよ」
戻ってくるなり、カガリは現場の散々たる現状に呆れ果てていた。
時速百キロ以上は下らない速度同士の真っ向からぶつかり合い。
その衝撃たるや硬い甲殻を持つ怪魔と言えど無事では済まず、令奈の怪力から繰り出される拳により頑強な体は粉々に砕け散り、辺りに飛散した怪魔の残骸でまみれてしまっていたのだった。
怪魔との戦闘を終え、戻ってきたカガリの冷たい視線に令奈は唇を尖らせ目を合わせようとしなかった。(因みに杏は膨れっ面でカガリの腰辺りにパンチを繰り出し続けている)
「どーする気だよオメェ。これじゃあジジイに命令された怪魔の魂取れねぇじゃねぇか」
「し、しょうがないじゃない…!アタシはまだ変身出来るようになって間もないし…?!そ、それにこの姿だと力の加減が難しいのよ!と言うか!と言うかよ!?アンタたちだって走るだけの怪魔なんか敵じゃないとか言ってたじゃない!」
「せ…責任転嫁するな…よ…」
「なんですって今宵坂!?」
ぼそりと呟いた杏に聞き捨てならないとばかりに令奈は逃げた杏を追いかけた。
「……お前らなぁ…」
カガリを挟んで行われる令奈と杏の攻防をただ傍観するカガリは辟易しながらため息を吐くしかなかった。
『やれやれ、なかなか上手くいかぬであるなレディーよ』
「あー?上手くいくもなにも知るわけねぇだろ。そもそもなんでオレらがジジイのくっだらねぇ趣味の集めをしなきゃいけねぇんだよ」
ディアに言われ、カガリは頭を乱暴に掻くとうんざりした顔で夜空を睨むように見上げぼやくのであった。
「ったく…めんどくせー事頼みやがって……あのくそジジイめ…」
カガリがぼやいたそれは、今から二日前の出来事である。




