第5章.魔法少女ブラックローズ
「テメェの願いを、踏み砕く!!」
邪悪なオーラを出し惜しむ事なく発揮させた変身衣装をその身に纏い、カガリは床を力強く踏み怪魔へと跳躍した。
そして、弾丸の如し速度で瞬く間に怒りの唸りを上げ起き上がる怪魔の目の前へと移動した。
怒る怪魔の薙ぎ払い攻撃を軽々とかわし、カガリは右足を振りかぶる。
「オラァァァァ!!!」
勢いを殺さずに回転しながら蹴りを叩き込む。その蹴りの一撃で怪魔の体はくの字に折れ、衝撃で床を砕き突き抜けた。
落ちていく怪魔をそのまま追い、カガリは今までの鬱憤を晴らすが如く、一撃、二撃、三撃と蹴りの追撃を重ねていく。
カガリが攻撃する度に下の階へと怪魔は凄まじい衝撃と一緒に落ちていき、遂には最下層であろう岩盤へとその巨体の体を打ち沈めたのだ…
>>
「よっと!」
最後の攻撃を終え、クルリと回転しながら着地を決めたカガリは驚き声を上げた。
「スゲーな…。これが魔法少女……魔法の力なのか…?」
『“魔法少女”とはほど遠いであるがな』
自身の劇的超人的パワーの変化を肌身で感じ、驚きを隠せずにいると耳元からデ・アールの声が唐突に聞こえ、驚いたカガリは慌てて片耳に付いていたコウモリの形をしたイヤリングに触れた。
「テメェ!?いつの間に?!」
『好きでいるのでは無い。貴様の助力……サポートを円滑、スムーズにしやすいようにしているのだ』
「へぇ…便利なコウモリだなテメェ」
『今さら褒めても遅いである(しかし、“わが輩”を無くして変身出来ないとは……何とも不憫な“魔法少女”である。この小娘は本当に主さまのお力を授かったのか?)』
イヤリングとなって喋るデ・アールに素直に感心しているカガリにデ・アールは怪訝に思った。
(それだけじゃない……先程の動きはなんだ?いくら“魔法”で思い通りに動けるとは言え、何の力も持たなかった人間が容易く成せる“動き”では無かったぞ…?!)
デ・アールが不思議に思ったのはそれだけでは無い。変身せずとも驚異的なカガリの身体能力。
初めての怪魔との戦闘でも臆さず、正面から突っ込む躊躇の無さ。
そして、何よりも驚いたのは彼女の戦闘時の冷静さと機転である。
カウンター気味に放った怪魔の攻撃をかわした反射速度だけでは無く、そのまま攻撃に転ずる際の無駄の無い動作。
それにあの蹴りの一撃は怪魔の体にダメージを与えただけでは無い。
怪魔に的確なダメージを与えると同時により床を砕き最下層に落とした事で……
偶然か否か、それはカガリにしか分からないが…
彼女はあの“気絶させた少女”から怪魔を遠ざけ、さらに自身が戦いやすいように仕向けている。
(こやつ……今日までただの人間の身でありながら一体、どれ程の場数を踏んできているのだ…?)
見抜けぬカガリの底知れぬ本質にデ・アールは静かに身震いを起こし、無意識に畏れを抱いたのだった。
「へへ!!それにしてもこの変身スーツ!自分で言うのもなんだが…かなりイカしてるよな!見ろよこのサングラス!!サイコーにカッコいいじゃねぇか!!」
(…わが輩の考えすぎかもしれんである)
自身の“想像”で生み出した変身スーツを何度も(特にサングラスを)満足げに見てははしゃぐ。如何せん変わったセンスを持つカガリの喜ぶ様子を見たデ・アールはイヤリングの身でありながらガックリと肩を落とした。
その刹那、不穏な空気が辺りに立ち込め出した。
張りつくような空気に気づいたカガリはすぐさま、臨戦態勢を取るや辺りを警戒した。
デ・アールもカガリ同様、より深い暗黒の世界となった広い地下部屋を注意深く探るように意識を集中させる。
その瞬間、暗闇の中で素早く蠢く気配が背後から急接近してきた。
『後ろである!!』
デ・アールの合図にカガリは振り返ると同時に叩き落とさん勢いで回し蹴りを放つ。
殺人的な蹴りで捉えた脚がゴム性の弾力ある物体を弾いたかのような違和感を感じ取り、カガリは気づいた。
(“ブラフ”か?!)
その事に気づき、逃げようと床を蹴り後ろへ跳躍した瞬間、カガリの両腕と片足に三つに分かれた触手のようにしなった怪魔の巨腕が絡みついた。
「しまっ…!!」
『ま、不味いであ…!!』
まんまと怪魔の罠にかかったカガリはそのまま地面に叩きつけられ、縦横無尽にコンクリートだらけの部屋をえぐりながら引きずられていく。
ガードしようにも両腕を封じられ、止めようにも片足だけでは純粋に力負けして止められない。
全身、人間おろし状態となっていた。
「ぐぅっ…!!ぐあっ!!て、テメェ…調子に乗ってんじゃ…!!ねぇぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
壁が削られる破壊音にも負けない怒声を吠え、カガリは残った片足で引きずられていく体を止める為に深く地面に突き立る。
後先など考えてなどいない。無茶苦茶な行動にブレーキをかける脚が、その勢いに耐えられず、ズタズタに引き裂かれていく痛みと共に血飛沫を撒き散らす。
部屋中に流れる血で出来た一本の線がなぞられようとしていたが徐々にそのスピードは衰え、血で顔面が真っ赤に染まったカガリは割れた片面のサングラスの下でニヤリと嗤った。
「今度はこっちの番だぜ…バケモノ野郎!!」
両腕に巻き付く触手を掴み力任せに怪魔の体を引き寄せる。
伸ばしたゴムが勢いよく戻ってくるかのような速度と反動を乗せ、カガリは地面に突き立てた脚を引き抜き、怪魔に向かって跳ぶ。
「顎でも砕けやがれ!!」
互いに引かれ会う力から放たれる膝打ちが怪魔の頭部を打ち抜き、カガリはその勢いで触手から脱出を果たした。
体をのけ反らせ、再び床に倒れる怪魔にデ・アールが叫ぶ。
『今の内だ、『ブラックローズ』!“欲望の根元”を探すである!!』
「あぁ?!そんなめんどくせぇ事はしねぇったろ!っうか、ブラックローズってオレの事か?!ダサすぎんだろ!!」
『ゴチャゴチャと言うでない!!元を断たねば怪魔は倒せん!』
「チッ…だったら、どこにあんだよその元は?!」
舌打つカガリは悠然と立ち上がりカガリを見つめている怪魔に向かい合いながらデ・アールを怒鳴り付ける。
あれだけの攻撃を受けて尚、平然としている怪魔の頑丈さにカガリは冷や汗をかき、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「これだけ手応えを感じて立ち上がられるとか初めての経験だよちくしょう…結構、傷付くんだからな!!?」
『言っている場合か!とにかく、わが輩が“欲望の根元”を探している間は戦わず逃げ回るである!!』
「その相手はオレを逃げ回させる気はねぇみてぇだがな…!」
壁、柱、瓦礫。ありとあらゆる場所から怪魔の瞳が浮かび上がり、その全てがカガリを凝視している。
怪魔は空気が振動する程の叫びを上げ、瞳をギラつかせながらカガリに向かって巨腕を振り回し駆け出す。
『なんとしても逃げ回れ!攻撃の効かぬ相手など、戦えば戦うほどこちらが不利になる一方だ!!』
「そりゃ論外だ!カタブツこうもり!!」
だが、カガリにはデ・アールに言われたように素直に逃げることも…
ましてや、追いかけ回される気など更々無い。寧ろ…
「効かねぇなら、効くまでボコる!!」
『このバカ脳筋単細ぼーーーーーーーうッ!!!!!!』
怪魔に真正面から跳び出すカガリに悲鳴を上げるデ・アール。
怪魔の巨腕とカガリの右脚が、ほぼ同時に激突する。
力の差は歴然。怪魔の方が勝っており、依然としてカガリの劣勢である事実は変わらない。
蹴る右脚が怪魔の力に負け、血管から血が噴き出し、カガリは痛みに顔を歪ませる。
だが…
「舐め……んなオラァァァァァァァァ!!!!!!」
(む、無茶苦茶である!!この娘!!)
一体、今日だけで何度思った事だろう。驚愕の言葉。
覆すことは不可能に等しい状況でありながら、カガリは左脚の蹴りと右脚の蹴りを連続して交互に繰り出し、押し負けてなるものかとあらんかぎりの声で吠えた。
暴風雨の如し蹴りの嵐から繰り広げられる衝撃はダメージを受けすぎている本人の体が耐えきれずに跳ね返ってくる。
それでも、カガリは血を吐こうとも歯を食い縛り、蹴りを放ち続ける。
「つぅぅぅぅらぁぁぁぬぅぅぅぅぅけぇぇぇやぁぁがぁぁぁぁれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
腹の底から雄叫びを上げたその刹那、今までどう攻撃しようとも、傷一つ負うことなかった怪魔の巨腕に小さな真っ赤な亀裂が走る。
それはやがて、蹴りの一撃ごとに少しずつ大きくなっていき、渾身の力で放った最後の蹴りと共に怪魔の片腕はこなごなに粉砕した。
「へへ…!まだまだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
耳が割れんばかりの声で叫び、傷つき身体中から流れ落ちる自身の血液を撒き散らしながらカガリは目を刮目させ、怪魔の舞い散る残骸を踏み蹴り、空中を跳ねるように駆け出す。
脳から溢れるアドレナリンが痛みを打ち消し、言葉通り。カガリは瞬く間に怪魔の“目”の前にまで移動する。
そして、その手に纏う邪悪な手甲の拳をカガリは、キザッ歯を惜しみ無くさらけ出した笑みを浮かべながら大きく振りかぶった。
「テメェがした落とし前だ。悪く思うなよ?!」
悪魔の一撃。カガリは怪魔の瞳を何の躊躇いもなく拳を突き立てあっという間に“目玉”を潰したのだった。
視界を奪われ、悶える怪魔の隙だらけとなった頭部に踵落としまでも決め、追い撃ちまでかける。そのカガリの表情はまさに悪魔。
慈悲など微塵も感じさせない悪の笑みを浮かべているのであった。
>>
「こんだけ痛みつけときゃ、暫くは動けねぇだろ……いや、でも“元”を始末しねぇとダメージになんねぇんだっけか…?どうなんだ?」
『……いや、体を支えていた腕を無くし、その上、目も潰されてはさすがの怪魔も……貴様の言う通り暫くは動けもしない筈である』
「よっしゃ!じゃ、さっさと“欲望の根元”とやらを探し出してこんな場所からとっととおさらばしようぜ」
『……同感である』
首に手を当て、首の骨を鳴らしながら歩くカガリを見つめているデ・アールの胸の内は穏やかではなかった。
怪魔の戦闘を見たのは今日が初めてではない。自身の主である老人が魔力で水晶に写し出し見つめているのを傍らで見ていた程度でしかなかったが……
今日見たカガリの戦い方は今まで見てきたモノの比ではない。
圧倒的な獰猛さ。非情とも言える攻撃。そのどれもに躊躇いなど無かった。
四世紀もの長い刻を生きてきたデ・アールですら、恐怖の念を抱かざるを得ないカガリの魔法少女として素質と悪魔の片鱗を見た時は震えすら起こしていた。
(この娘は……危険である。主さまはこの者の力をわかっていてお与えになられたのか…?いずれにせよ…危険すぎる存在である)
「おい、もしかしてあれがそうか?」
『なに?』
「あれだよあれ。違うのか?」
『……当たりだ。魔力を感知したである』
考え込んでいたデ・アールはカガリが指差す方へ意識を集中させると広い部屋の片隅に禍々しく揺らぐ魔力の塊を感じ取り、カガリに伝える。
遠目で見ていたカガリはデ・アールが魔力を感じる方へ近づいてき、その魔力の塊を見た瞬間、眉間に皺を寄せ表情を歪ませた。
『ふむ…どうやら、『これ』が怪魔の“欲望の根元”で間違いないであるな』
デ・アールが言った怪魔の“欲望の根元”の正体は…
両手に鎖のついた枷をつけられ、十字に吊らされ項垂れている“女性の遺体”であった。
見るも無惨なその遺体からは異臭が漂い、酷く腐敗している。
(死後、“6ヶ月”……と言ったところか)
「監禁されてたのか?コイツ…」
『む?何故そう思う?』
「前に“警察”に手錠をかけられた事があってな。手錠ってのは抵抗しても外れねぇし、抵抗した後は手首に傷が残るんだよ」
カガリの言葉にデ・アールは納得したかのように頷いた。
確かに、目の前の遺体の手首は今にも擦りきれてしまいそうな程に損傷が激しく、腐敗している頭部には目も背けたくなる傷までもがある
その痛々しい傷跡を見て、カガリは苛立ったように舌打った。
「胸くそわりぃ…」
『…生きていれば、美しい女性であったであろうな。そんな人物を監禁、辱しめいたぶるだけでは飽きたらず、殺害するまでに至るとはな…』
“ズッ……ズチャ……”
不意に、カガリの耳に大きなものを引きずりながら歩く足音が聞こえてきて、背後を振り返ると無数の瞳をギラつかせた怪魔の姿がそこにあった。
だが、その動きは非常に弱々しい。無数の視線に睨まれようとカガリは構えることなく、ジッと怪魔を見つめながら佇んでいた。
『ブラックローズ……相手にするだけ無駄である』
「黙ってろ、くそこうもり」
『おい!何をする気だ!?』
デ・アールの言葉を無視して歩き出したカガリは怪魔と目と鼻の先の距離で立ち止まる。
カガリを見下ろし唸る怪魔に、カガリはフンと鼻を鳴らし一蹴した。
「テメェが願った本当の願いが何かはオレには分からねぇが……大方、テメェをこんな目に合わせた奴への復讐だろ。でもって、見つからねぇから手当たり次第に平穏な毎日を過ごしてる“がくせー”をテメェの監視部屋に拉致って、八つ当たりになぶり殺しにした後にテメェ同様に吊し上げてたってとこか?」
カガリの言葉に、怪魔の無数の瞳に動揺の色が見えた。
耳元でデ・アールが騒がしく怒鳴りつけているが、今のカガリの耳には聞こえない。怪魔のみに意識を集中させていた。
「さぞ、気持ちいいだろうな。そんな体になってまで願ったんだ、オレには想像もつかねぇくらい、憎い奴等を捻り潰す快感は最高だろうよ。だが、心中お察ししてやってもテメェのやり方には同情の余地はねぇよ」
なにが気に入らないのか。悪意を言葉に乗せて詰るカガリ。
動揺と怒り、憎しみ。その複雑に入り交じった感情を吐き出すかのように唸り声を上げた怪魔は残った片腕を振るい、カガリを吹き飛ばそうと叩きつけ続ける。
だが、なんとカガリは怪魔の攻撃を防ぐことなくまともに直撃を受けながら怪魔に歩み寄っていく。
攻撃を受け血を流そうとも、その度に意識が消えかけようとも…
一歩ずつ歩みを進めるカガリは怪魔を鋭く睨み付け、憤激する。
「こんなもんかよ?!あぁ!?大した力もねぇくせにいい気になってんじゃねぇぞ、ダボが!!!」
『なんのつもりである!?いくら魔法少女と言え、攻撃を受けすぎれば只ではすまんぞ!!』
「黙って見てろ!!!!」
常識はずれな行動に驚くデ・アールを無理矢理に黙らせ、ついに怪魔の正面に立ったカガリは攻撃を受けながら、拳を強く握り締めた。
「おい、バケモノ!!殴るってぇのはなぁ……!!!!」
強く握る拳に力を込め、魔力が集まり青く輝く光を放つ。
憤怒と闘気。カガリの激情を具現化するかのような荒々しいオーラを拳に纏わせ一気に解放させる。
「こうすんだよおおおおおおおおーーーーーーーーーーッ!!!!」
持てる力全てを爆発させるように。
カガリは怪魔目掛けて拳を前へと突き出した。その瞬間、青い光は部屋中を照らすかのように輝き怪魔を飲み込んだのだった。
>>
『な…なんと言う……桁外れの魔力だ…』
一体、何が起こったのか。一部始終を見ていた筈のデ・アールは余りの衝撃に己の目を、目の前の風景を疑った。
カガリが繰り出した拳から正面に放たれた魔力はまるで隕石が衝突したかのような破壊痕を刻み込み、まともに直撃をした怪魔に至っては体の半分以上をも抉り、跡形もなく破壊していた。
もはや、まともに立つこともままならなくなり、崩れ落ちた怪魔を見下すカガリは口角を少しつり上げ、ニシシと意地悪そうな笑みを浮かべた。
「オレを殺せなくて残念だったな。バケモノ…」
倒れた怪魔の体がバラバラと崩壊し灰になっていく。
その様を見ていたカガリはそう呟き、背後に吊るされたままの遺体の方へと振り返り、両手に付けられた鎖を引きちぎると唖然としていたデ・アールに言う。
「コイツ、このままどうなるんだ?」
『む、む…?!あぁ、それは案ずるな。この遺体は実体のある深淵色の空っぽの魔力の器……頭の悪い貴様でも分かるように言えば様々な色や形を持った魂のようなものである』
「へぇ……そう…なんだ……」
『ブラックローズ?!』
デ・アールがそう言うと女性の遺体が輝き小さな光に変わると辺りの風景がゆらりと揺らめき、広い空間だった地下の部屋はただの壊れた家具が散らかった小さな廃墟へと変わっていく。
“欲望の根元”。もとい女性の魂を手にし、聞いていたカガリは力が抜けたのか。
意識が途端に事切れ始めたかのように遠退き始め、デ・アールの心配する声がはるか遠くから聞いてくるかのような感覚と一緒に……
カガリは今日、三度目の意識を失い倒れてしまったのだった。
>>
「ほほ……雑な戦いではあったが、初めてにしては良くできていた」
本だらけの部屋で水晶玉から浮かび上がるカガリたちの映像を見つめながら、ペストマスクを着けた老人が上品に笑う。
「だが、今のキミではギリギリ及第点にもならないのなら、話にならないよ。魔法少女ブラックローズくん…キミにはまだまだ“やってもらう使命”があるのだからね……」
“それまでは彼女の面倒を頼むよ。デ・アール”
老人は静かに聞こえることの無い映像の外で気絶しているカガリを心配し慌てて起こそうとしている使い魔にそう呟くのであった…