第48章.デンジャラスアント
2019年、初投稿です。
今年も頑張って書きますです
◆◆◆
アタシの声は誰にも届かないと思っていた。
___だって、アタシは自分勝手に沢山の人を傷つけてきたのだから。
でも…彼女にはアタシの声が届いていた。
_____傷つけたのに。突き放したのに。殺そうとしたのに。
助けてくれる価値なんて、アタシにはない。アタシは酷い奴なのに。
一緒に戦ってだなんて…身勝手にも程がある。全部、全部自分のせいなのに…だけど。
_____任せろ。
アタシの言葉に彼女は笑ってそう言った。バカにするわけでもなく、ハッキリと、不安や恐怖を吹き飛ばすように笑った。
_____あぁ…そうか。ようやく分かった気がする…
何故、彼女たちと一緒にいたのか。アタシはようやく、理解した。
◆◆◆
「カカッ!何、さっむいセリフ言うとんねん!友情ごっこのつもりか?アッホらし!どいつもこいつもヒーロー気取りでお笑いやのぉ!!」
「………ヒーロー?」
二人のやり取りにゲラゲラと笑う飛蝗の言葉に、カガリの眉間がピクリと動き、ゆっくりと立ち上がる。
その反応に飛蝗は訝しむが、すぐにニヤリと卑しく口角を吊り上げ、両手を広げて挑発な仕草を見せた。それを合図に周りの願望者たちは一斉に戦闘態勢を取っていく。
「なんや気でも触ったか?幹部格一人仕留めたか知らんが…おまえの悪行もも今日までや!たった一人でここに乗り込んでくるなんて、ヒーローのくせになんちゅう………!!」
「誰がヒーローだゴラァ!!!」
「な!?」
この数の有利さに、飛蝗は強者の笑みを浮かべた……の、だったが。
数人もの願望者に囲まれていることよりも、罵声を言われたよりも、二度もヒーローと呼ばれたことに激怒した。
カガリの予想外の怒りに驚いた飛蝗はその迫力に圧倒され言葉を失ったのだった。
「プッ……ぐっ!!?」
「何が可笑しいんや、女王蟻…!!おまえ、まだ自分の状況が分かって………うがッ!!?」
「テメェに三つほど教えてやるよ…!」
ブレないカガリに思わず吹き出した令奈に、飛蝗は怒りの形相で黙らせようと足に力を込めたその時、カガリは言葉を遮るように飛蝗の顔面を掴み上げ睨み付けた。
「ひとぉぉつ!!テメェが踏みつけてるそいつはオレのパシリだ!!なに、勝手に人のパシリに手ぇ出してくれてんだ、ああん!!?」
「はぁ!?」
「ぐ…わ、ワレ!!はな………離さんかいゴラァ!!!なんやいきなり…!?ワケわからんこと抜か………!!!!」
「ふたぁぁぁつ!!!」
「ウガガガガッ!!!!?」
掴む手の力を強め、訳もわからないまま手を引き剥がそう叫んだ飛蝗を力ずくで黙らせ、カガリは周囲の願望者たちが狼狽する中、悶える飛蝗に向かって叫んだ。
「テメェ、こいつがどういう奴なのかを知ってんのか知らねぇがさっきから、こいつのことをよぇーだの役に立たねぇだのみっともねぇだの全部テメェが悪いだの……どーでもいいことをいつまでもごちゃごちゃと、うるせぇーんだよ!!!あんまうるせーとその口縫うぞコラァ!!」
「ギ……グッ!!ど、どうでもいいやと?!!お……おまえはコイツがどういう奴か…知らんから言えんのや!コイツはなぁ!!他人を騙して食いもんにしてきたロクでなし…………!!!」
「んなことは知ってんだよ!!!!」
「ウギャァァァッ!?」
頭蓋骨を砕きかねない力で鷲掴むカガリに、飛蝗は激痛のあまり悲鳴を上げ、必死になってカガリの腕を引き剥がそうとするが……カガリは激しい剣幕で一向に力を緩めず話を続けていく。
「こいつがロクでなしの卑怯者で、どうしようもない嘘つきヤローってのはとっくの昔に知ってんだ!!!自分でよぇーよぇーと決めつけてるくせにそのことで悩むくだらねぇ上にちっせぇー奴だってのも!!つぇー奴には媚びうるくせに影でコソコソ嫌味ばっか言いやがる性格悪ぃ性悪ヤローだってのも、隙があれば逃げようとする腰抜けだってのも全部分かってんだよ!!」
「………!!」
「ウギ、ッァ……!!!お、おま………そこまで、わかって…なん…で、コイツの……ザコの味方…する……んや…!!!?」
「あぁん?ふざけんな。ザコの味方なんざ真っ平ごめんだっつうの。むしろ、弱い者いじめは好きな方だぜ?苛め甲斐がある奴だとなおさらだ」
「な、なら……なんで、や!!?」
言葉すら痛みでまともに喋れない飛蝗の途切れ途切れの言葉に………カガリはニッと歯を見せ挑発的に笑って見せた。
「三つめだ………こいつはな。テメェをよぇーって決めつけてるくせに、テメェよりつぇーバケモンからガキ二人を命懸けで守る為に戦えんだ………そんなこいつが弱い訳ねぇだろ」
(…………ぁ)
_____あやつはあれでいて人をよくみている…
そうハッキリと言い張ったカガリの言葉に…令奈はふと、あの時ディアが言った言葉を思い出した。
_____轟カガリは、ちゃんと視てくれていたのだ。そして何より、勝てなかった自分を弱いと蔑むこともせず………
「とど、ろき……カガリ…」
こいつは弱くない。そう言ってくれたカガリの名を…令奈は無意識に口にした瞬間目からゆっくりと、一筋の涙が流れ落ちた。
「ざ、戯れ言言うてんちゃうぞ、臭いんじゃボケナスゥゥ!!!!願望者は強くてなんぼや!!こんな、こんなザコ当然の凡人と一緒のこいつが強いわけがあるかぁ!!くそくだらん友情ごっこ見せつけてんちゃうぞぉぉ!!!」
「……最後に一つ」
「なっ?!グギャァァ!!!!」
激しい怒声を上げ、荒々しい激昂にカガリの手を引き剥がそうとする手に力が増した飛蝗を願望者の一人に向かって力任せに放り投げた。
そして、カガリは眉をひそめ、今さら過ぎる事を口にしたのだった。
「誰だよ、テメェ」
一人の願望者を巻き込み、無造作に投げ飛ばされた飛蝗を見つめたまま固まる願望者たち。騒がしかった広場は驚くほど静まりかえっていた。
「………三つじゃなくて四つじゃない…っわ!?」
「こまけーこと言ってねぇで今のうちに行くぞ」
「ちょ、なにすんのよ!?」
「黙ってないと舌噛むぞ!」
傷ついた体を起こそうとした令奈を、カガリは軽々と小脇に抱えて、動揺した願望者たちが動かない隙にその場から早々と離脱していく。
願望者たちの包囲網を抜け、二人の姿が暗闇に消えたその時…
「こぅぉのボケがああああああッ!!!!おまえら!!追え!あのクソ共を捕まえてぶち殺せ!!!」
工場全体に轟くような怒号を上げ、ぶつかった願望者を押し退けた鬼のような剣幕で勢いよく立ち上がった飛蝗は瞬時に周りの願望者たちに命令をする。
我に返った願望者たちは大慌てで駆け出し、カガリたちの後を追跡し始めた。
「ケケッ、来やがった来やがった!」
「わ、笑ってる場合!?このまま逃げ切れる相手じゃないわよ!!それに……もう時間が…早く戦わないと!!」
「あ?どういうことだよ?」
遠くから聞こえてきた飛蝗の叫び声と背後から迫ってくる様々な願望者たちの気配が迫る。
カガリの楽しんですらいる様子に令奈は焦るが、それ以上に…姉弟たちに迫る時間が無いことに焦っていた。
「アイツに…嵌められたの。マコトとハヤトの体には毒が流れ込まれてて…アタシの体にも今、同じモノが付けられてるの…」
「…アイツか?」
「……えぇ、そうよ。それに…二人に付けられた毒ももう二時間もない…このままじゃ、二人の命が危ないの……!!せめて、せめて、逃げるなら解毒する方法を見つけてから……!!」
「ケッ。テメェはよ。ホント、考え方がアリンコみてぇだな」
「な、何ですって………きゃっ!!?」
唇を噛みしめ、令奈は滲むような悔しさに拳を震わせていたその時、カガリはつまらなそうにそう言うと小脇に抱えた令奈を捨てるように地面に降ろし始めた。
「っぅ~…!!なにす………っ!?」
「時間が無ぇから戦わなきゃ?毒のせいで二人が死ぬ?逃げんなら解毒する方法を見つけなきゃだぁ?寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ。アリンコ女!バカかテメェは。戦うってのにそんなこと気にしてんのか?」
「ば、バカ!?このまま逃げてたらマコトやハヤトの命が危ないって言ってるのよ…?!!アタシ一人が助かったって意味ないの!!それなのに……一緒に戦ってくれるんじゃないの?!」
「間違えんな」
「え…?」
怒りのあまり詰め寄ろうとした令奈に、カガリは真剣な眼差しで言い、令奈の胸ぐらを掴み自分の目の前まで引き寄せた。
「テメェがオレと一緒にあいつらと戦うんじゃねぇ…オレがガキ二人を守るテメェと一緒にあいつらと戦うんだよ」
「あ、アタシが!?そんな…無理よそんなの!アタシなんかがアイツらに勝てるわけが………!!!」
「ケケッ!あぁ、テメェじゃまずあの数相手に倒せねぇな。囲まれて袋だ」
「だったら………!!」
「けど、お前はバッタヤローに勝てる」
「っ…!!」
確たる保証はどこにも無いにも関わらず、カガリは自信を持って令奈に言う。
「…どっちかだぜ。あいつを見逃して三人まとめて死ぬか。あいつをブッ倒して三人助かるか、な」
「………勝てるの?」
「舐めんな。このオレが戦うんだ、勝つに決まってんだろうが。それに…任せろったろ。まだ疑うのかよ?」
「………だって、しょうがないじゃない…」
「楽しぃ楽しぃ女子話は終わりかぁ?ボケ共…!もう逃がさんぞ!!」
不敵な声が響き、二人は声の聞こえた方角へ勢いよく振り返ると、そこには怒りに満ちた顔で睨む飛蝗と手下の願望者たちの姿があった。
殺気に満ちた気迫に令奈は思わず、後ずさってしまったが、隣に立つカガリは怯むこと無く負けじと飛蝗を睨み返した。
「テメェこそ、逃げんなら今のうちだぜ?コイツらに付けたコレ、外すっうんなら…特別に見逃してやっても良いがな」
「アアン!?外すわけ無いやろうが調子に乗んなよ、ボケ!!若輩者が…生意気な口聞いて粋がとんちゃうぞ!!!」
「ふん!粋がってんのはそっちの方だろうが。こんだけ沢山の願望者を集めておいて、大将気取りになってんじゃねぇよ。テメェなんざ、コイツ一人で十分だ!」
「ちょっ、アンタ何言って………!?」
「上………等、じゃ……この…ボケナスがあああッ!!!!!」
啖呵を切ったカガリの挑発に、飛蝗は目を見開き、誰から見ても分かる程の怒気を魔力ともに身体中から溢れさせた。
その瞬間、飛蝗の身体に異変が起きた。
魔力を放出させた飛蝗の身体から、メキメキと嫌な音が鳴り響き、背中の衣服を突き破りバッタのような羽根を飛び出し、さらには背腰部からバッタの強靭な脚までもが飛び出していく…
「んだありゃ…変身じゃねぇのか?」
「ば、バカ!挑発し過ぎよアンタ!!ほ、本当に勝てるのよね!?と言うか、早く変身しなさいよ!!それに、今宵坂は!?一緒じゃなかったの?!!」
「あ?あいつは今、近くにゃぁ居ねぇーよ。変身もディアが居ねぇと一人じゃあ出来ねぇ」
「な……!?それじゃあ、打つ手無しじゃない!生身の体でアイツらに勝つつもりだったの……!?」
「今さら何をゴチャゴチャ言うとんのや…!!」
音が鳴り止み、飛蝗の声に振り向くとそこには…バッタと人間の混合、合体をも思わせる奇怪な姿をした邪悪に嗤う飛蝗の姿があった…
「んだあの気持ち悪ぃ変身…悪趣味過ぎんだろ」
「変身じゃないわよ!あれはアイツの……きゃぁ!!!?」
令奈がカガリに伝えようとしたその瞬間…爆発したかのような風圧と衝撃が二人の間に起こり、二人を分散するかのように地面が粉々に砕け散った。
「グッ…なんだ!!?」
「ギャハハハハ!!大したこと無いなぁ、ブラックローズ!ウチの動きに着いてこれんとは話にもならんわ!!」
「なんだと、ッ!!?」
あまりに一瞬の出来事に慌てたカガリはすぐさま、態勢を整えるも、舞う砂ぼこりの中から令奈の首を掴み嗤う飛蝗を見て動きが止まってしまった。
「うくっ………!!ご、ごめん!とどろ…き…ッッ!!」
「テメェ…!!」
「カカカッ!!動くな!おまえの相手はこいつらや………!《螻蛄》!《蜻蛉》!《蟋蟀》!《蟷螂》!!」
人質に取った令奈を盾に押さえつけ、向かってきたカガリを静止させ、ニヤリと嘲笑し飛蝗は声を張り上げる。
すると、矢を放つが如く四人の願望者たちが次々とカガリの前へと現れた。
螻蛄のような爪を持つ、小柄で猫背な《螻蛄》に、蜻蛉のようなゴーグルに四枚の羽根を持つ、長身の女性《蜻蛉》。
凶暴な蟋蟀と呼ばれる、マスクを突き出た牙と大きな体を持つ、特攻撲殺と書かれた長服を着た《蟋蟀》。
そして、手に持つ鎌以外に蟷螂の鋭く鋭利な二つの大鎌を首の後ろから生やした、学生服の《蟷螂》。
個性豊かな昆虫を模倣した姿だが、ただならぬ気配を漂わせる四人の願望者に囲まれ、カガリは舌打つ。それを見た飛蝗は再び邪悪に嗤うのだった。
「こいつらはうちら蟲組ん中でも折り紙つきの実力者や!おまえなんぞ一瞬で細切れのミンチにされてお終いじゃ、ブラックローズ!!後悔しても遅いぞ!!」
「轟…ッ!!」
カガリの前に立ちふさがる四人の願望者。飛蝗に取り押さえられ、令奈は必死になって抵抗するが、しっかりと首筋を腕に固定され、容易に抜け出すことは出来ない。
せっかくの逆転チャンスから一気に危機的状況に陥ってしまったと、令奈は狼狽える。だが…
「…人質取ったくらいで勝ち誇った顔するなんて、ダッセェにも程があんじゃねぇか?」
この危機的状況で、目の前に佇むカガリは冷静な態度で…逆に、大胆不敵にも飛蝗に笑みすら浮かべていた。
「な、なんやワレェ…!!なに笑てんのや!?これが見えんのか?!こんなザコの首をこっちはいつでもへし折れんのやぞ…!?」
「へー、そうかい。じゃあ…やってみろよ」
「へ…!?」
「あ、頭イカれとんのか!!?おまえ、こいつの味方ちゃうんか?!!」
「なんだ出来ねぇのか?あれだけ偉そうに言っておいてやれねぇってのかよテメェ?そりゃねぇだろ。テメェが口先だけの三下じゃねぇとこをオレに見せてみろよ。それとも何か?勝ち誇りたいだけで殺す覚悟もねぇくせに…オレらに喧嘩売ったってか?!!」
思わぬ発言に人質を取る飛蝗が動揺した姿に、カガリは抑えていた激情を爆発させるとともに鋭く睨み付けた。
カガリの眼光に飛蝗の体が強張り、動きが一瞬、膠着する…次の瞬間だった。
_____カガリが立つ遥か後方から一筋の閃光が煌めき、乾いた音が辺りに小さく鳴り響いた。
「………は?」
光と音に一人を除いてその場にいた誰もが驚愕した。誰も彼もが驚いている中…令奈を捕らえていた飛蝗だけは何が起きたのか理解が追い付いていなかった。
「な、なんや。今の光と音は…?あ?どないした、おまえら?そんなか………お……して…?」
一体、何が起きたのか。訝しむ飛蝗であったが願望者たちが真っ青な顔でこちらを見ていることに気付き、飛蝗は首を傾げさせたが………
飛蝗はそこで、ようやく異変に気付いた。
「う…う…あ……ウギャァァァァァ!!?ウチの、ウチの肩がぁぁぁ!!!!」
気付いた自身の異変に、飛蝗は人質にしていた令奈を投げ捨て、驚愕すると同時に悲鳴を上げて絶叫した。
全身に巡る焼かれる痛みが飛蝗に肩を撃ち抜かれた事実を無慈悲に与えていく。
「ヒュー、見事に当たったなぁ。流石だぜ」
「く、ぐぉぉっ…ッッ!!お、おま…!!こ、この卑怯もんがぁ!!一体、一体何をしよったんやぁぁぁ!!!!?」
「あん?ケケッ!卑怯とは面白ぇ事言ってくれんじゃねぇか。テメェ、オレら舐めすぎだろ?」
「お、オレらって……アンタ、まさか…!」
カガリの軽快な態度に、令奈は慌てて光が煌めいた場所に目を凝らすと…
「あれは………こ…今宵坂…!!」
令奈が見つめる先には…雲間から漏れた月の光に照らされた、親指を空に向かって突き上げた変身した杏、ミッドナイトスターの姿があった。
杏に驚く令奈を見て、カガリはニヤリと笑い徐に右手を横に広げた瞬間、再び一筋の光が煌めき、夜空に乾いた音が鳴り響いた。
「ちゃんと言ったぜ。近くにゃぁ居ねぇってな」
鳴り響く音に願望者たちが一斉に身構える中、カガリは嘲るように笑みを浮かべる。すると、カガリの右手に小さな何かを飛んできた。
右手に飛んできたモノをしっかりと掴むとカガリはそれを自身の首筋に当てた。
「ッ…!!そいつに何もさせるなぁ!!殺せ!!はよ殺してまえ!!!!」
カガリの行動に危機を感じた飛蝗は慌てて四人の願望者に命令する。
だが、向かってくる四人を前に取り乱すことなく、カガリは静かに唱えた。
「変身…!」
青く輝く閃光がカガリを瞬く間に包み込み、向かってくる四人の前で光が弾けるや、カガリは…ブラックローズに変身したカガリは鋭い蹴りを放つ。
「引っ、込んでろぉ!!!!」
「ッッ………!」
変身したカガリの放つ蹴りに、四人の願望者は一斉に吹き飛ばされ、壁に激突し砂塵を巻き上げた。
ブラックローズの力を目の当たりした飛蝗は撃ち抜かれた肩を抑えながら、歯を砕けんばかりに食い縛った。
「何、力負けとんのやアホんだら!!はよ立ってこいつを殺せ!!おまえらもや!!いつまでぼさっとしとんじゃ!さっさとあそこ行ってこいつの仲間もブチ殺してこんかい!!!はよ行けノロマ共!」
怒りが真骨頂に達した飛蝗の怒声に残っていた五人の願望者たちは大慌てで、我先にと杏のいる場所へと向かって跳んでいく。
カガリはそれを横目で見送りながらと起き上がってきた四人の願望者に拳を構えた。加勢する素振りすら見せないカガの行為に、飛蝗は思わずたじろいだ。
「か、カカッ!その姿がホンマのブラックローズちゅうわけか、どおりで最初に見た格好と違うわけや。ま…まさか、変身しとったとはなぁ…正直、驚いたわ!」
「ご託は良いんだよ。テメェらが束になろうが関係ねぇ、さっさと掛かって来いよ」
「ず、ずいぶん余裕やのぉ!?ブラックローズ!止めんでエェんかぁ?!おまえのお仲間がやられてしまうかもしれんでぇ?!!」
「のぼせ上がんな、タ~コ。テメェの肩を撃ち抜いたうちのオタクが、テメェのよぇー虫共に負けっかよ」
「ッ…!へ、減らず口はそこまでにしとけよ。若輩者…!!カカッ!だけどやなぁ、いくらおまえらが強かろうとこいつらを倒すんは時間掛かるやろうが…!!」
「あ?!テメェ…!!」
「きゃっ!!?」
「残念やったな、ブラックローズ!!こいつはウチが殺す!!おまえらはそれまでせいぜいそいつらと楽しんどけ!ギャハハハハ!!!!」
カガリが四人を前に迂闊に動くことが出来ないのを逆手に取り、飛蝗は令奈を捕まえるや跳躍し、暗闇へとあっという間に姿を消してしまった。
>>>
「カカッ!カカカッ!!ザマーないのぉ、女王蟻!!マヌケなヒーロー共はおまえを助ける余裕は無いみたいやぞ?!残念やったなぁ!!!」
「っ……きゃぁぁぁぁ!!」
空跳ぶ飛蝗の後方の方から銃声らしき音が聞こえるが、飛蝗の動きに変化は無い。それに、カガリが後を追ってくる気配もない。
飛蝗は捕まえた令奈に向かって邪悪に表情を歪ませると廃屋の窓に向かって放り投げた。
「ぐぅ!!ぐぇ…がはっ…!ッ、ゥゥ……うぁぁ!!!」
「オーオー!エェ眺めやわぁ。ぼろ切れみたいなその顔…もっと痛め付けたるわ……カカカッ!」
古く脆くなっている窓を破り、ガラスの砕けた音がけたたましく鳴り響く部屋で、令奈は地面を軽く跳ねるように転がる。
破れた窓から飛蝗もやって来るや、倒れた令奈を見つけ、髪を鷲掴み持ち上げた。
「そう言えばあのマヌケ。ウチを倒すんにおまえ一人で十分とかほざいとったよなぁ?カカッ!面白い冗談やで。弱い奴にしか効果ない願望しか使えんおまえが………どうウチに勝つつもりなんか、教えて欲しいよなぁ?ギャハハ!!」
「ぐ…!だ、だったら見てやるわよ!!『命令よ!今すぐ、この手を離しなさい…!!』」
頬を近づけ、令奈にやってみろとわざとらしく促す飛蝗。
令奈は歯を食い縛り、飛蝗が望み通り、魔力を込めて命令を命じた。
「『アタシに…従え…クソバッタ!!』」
「カカッ!誰がおまえに従う………ウッ!」
すると、『命令』が通じたのか。飛蝗は表情を曇らせ、令奈の髪から手を離すと体をよろめかせた。
(効いた………!!?)
顔を手で抑え、悶える飛蝗の姿に、令奈は自身の魔法が通じたことに驚いた。
______勝てるかもしれない。そう期待を抱いた……だが。
「な~~んてなぁ~?」
「ッッ…!ぐぎゃぁ!!!」
「ギャハハハハ!!!!ホンマに効いたと思っとったんか?!!そんなわけないやろ!!バ~~カ!」
無防備となっていた令奈の腹部に飛蝗の蹴りが入り、令奈は再び地面を転がり、柱に背中を強打させた。
ズルズルと地面に落ち、蹴り飛ばされた激痛で横たわるしか出来ない令奈に、飛蝗は嘲笑しながら近づいてくる。
「ゲホッ!ゲホゲホ…ッッ!!『止まり』なさい!『止ま』りなさ……!!?」
「カカカッ!!なんやそのカスみたいな魔力は!まともに魔法すら使えんようになったか!?」
(どうして!?昼間より格段に魔力が弱まってる!!これじゃまともに魔法が使えないじゃない…!!)
命令を唱えようと声に魔力を込めた先から魔力は塵のように消えていき、どういうわけか。令奈の魔法は怪魔に襲われていた時よりも遥かに使い物にならなくなってしまっていた。
「願望は使えん。戦う力も無い。弱すぎて話にならんわ。それでよう、ウチに勝つなんて大口が聞けたなぁ!?」
「ぐぅ…!ぎゃぁぁぁ!!!」
令奈を無造作に掴み上げるや地面に叩きつけ、そのまま押し潰さんと力を込めながらゲラゲラと嘲笑う飛蝗との圧倒的力の差に。令奈はどうすることも出来ず、ただ苦痛に顔を歪め悲鳴を上げることしか出来なかった。
「ぐぁぁあぐぅ…!!アアァァァアアッ!!!や、やめ………助け………!!」
「ギャハハハハ!!無駄や無駄や!!お仲間に助けを求めた所であいつらは来ん!せやから思う存分泣け!泣き喚けや!!みっともないおまえにはその情けない姿がお似合いや!ざまぁーないなぁ。女王蟻!弱くてちっぽけな蟻でしかないおまえに、妹も弟を救う力なんか無い!!」
(そうよ……やっぱり、勝てる筈ない。アタシの、アタシの力が通じるわけなんかない。無力でしかない。怪魔にも勝てないのに………弱いアタシなんかがコイツに勝てるわけが………)
______ホント、考え方がアリンコみてぇだな。
「ッ!!」
心が折れかかったその時……ふと、カガリが言った言葉が令奈の頭を過った。
励ますような素振りなどない。ため息すら聞こえる。カガリの言葉…
(…だって…だって、本当のことじゃない……アタシの魔法じゃ…アタシの力じゃ………コイツに………)
_____けど、お前はバッタヤローに勝てる。
「ッッ!!!!ウァァァアアアァァ!!」
「あん?」
「バカ…カガリぃぃ…!!アンタの…アンタの、せい………よ!!アンタが、バカみたいに………カッコつけて言ったから…!!アタシは、ッッ…!!アタシはぁぁぁ!!!!」
確信も、保証なんてどこにもない。けれど、いつまでも卑屈で弱気なこんな自分に…轟カガリは勝てると断言したのだ。
だったら、悲鳴を上げていた口で、腹の底から声を叫び上げ、押さえ付ける飛蝗の手を力の限り押し返しながら…
「アンタの言葉を、バカみたいに信じるしかないのよーーーーーッ!!!!」
令奈は…堂坂令奈は______轟カガリの言葉を信じて。もう、諦めることを止めた。
「アホくさ…!!今さら意気込んだところでもう遅い!おまえなんぞ、逆立ちしたってウチに勝てるわけがあらへんのや!!!」
「ぐぅぅぅうううぅぅぁぁぁぁああッッッッ!!!」
無駄だと力を更に込め、力を見せつけるようにねじ伏せようとする飛蝗を相手に、令奈は懸命に、半狂乱したかのように、無我夢中になりながら押し返した。
飛蝗にやられたダメージで体はすでにボロボロ。しかし激痛に襲われながらも押し返す手を弱めることを、令奈は絶対にしなかった。
(負けない…!!負けたりなんかしない…!!なにがなんでも、もう倒れない!!!どんなに惨めでも、情けなくても、哀れまれようと、嗤われようと…!!勝ってやるんだ………アタシは信じさせる…信じるアイツを!!勝つって信じさせる!!)
「無駄や無駄や!!足掻くだけ無駄やぁぁ!!!!」
「ま、負けない…!!負ける、もんですか!『アタシは…!!アイツに、勝つって信じられてるんだからぁぁぁあああぁぁ!!!』」
どれだけ圧倒的力で押し返されようと、固めた意思を更なる強固にさせるように諦めないと叫び、令奈は無意識に体から全魔力を放出させた。
令奈の全力全開の《命令》。その魔力の強さはこれまでの比ではない程であったが……
飛蝗は余裕の笑みすら浮かべる程、令奈の《命令》は全くの効果が無かった。
「カカカカ!!!効かん言うとるやろうが!!何べん言わせればわかんのや!おまえのショボい願望がウチに効くわけが………あ?」
令奈の《命令》の効果は全く無い。それは間違いない。だがそれ故に、飛蝗はある違和感に気づくのに遅れてしまった。
「おまえ…今、誰に命令を………?!」
その事実に気づき、慌てて口にした瞬間、令奈の体から放出されていた魔力が突然、強い閃光のように迸り、辺り一面、令奈の体は目映い淡いオレンジ色の光に包まれ出した。
「へっ!!?な、なに!?一体、なんなのよこの光…?!」
「っ!!!ま、まぶし…目が、潰れる…!!!」
手で光を遮ろうと見るものを焼くような強い閃光に飛蝗は堪らず、光の発生源である令奈から離れる程で………突然の出来事に令奈は目を細め、困惑していたが………
「あ、あれ………眩しく…ない?」
恐る恐る目を開けると………光は令奈本人の体を優しく包み込んでおり、むしろ目映い筈のオレンジ色の閃光は暖かな日だまりの中にいるような心地よささえあった。
「と言うか…この光、もしかして………」
全身を包み込む暖かなこの閃光に…令奈は見覚えがあることに気がついた。
そう、この光は、轟カガリが変身する時の光と同じ………!
(そんな、なんで、一体どうして?アタシには、変身出来るような強い魔力も、願望ですら無い筈なのに……いや、そんな事、今はどうだっていい!!)
______これでようやく戦える!!
不可解なこの出来事を考える事は後回しにし、令奈は深く深呼吸をした後、腕を頭の上でクロスさせ、呪文を唱えた。
「変身!!!!」
「な、なんやとーーーーッ!!!?」
令奈が唱えると、オレンジ色の閃光は再び強く迸り、令奈の身体中を鮮やかに纏われてく。
それは自分は動かず、誰かに命令するだけの、誰も信じなかった小さな女王蟻が初めて、信頼する者と戦いたい、信じ合いたいと願がった想いの力。本当の願望。
体を包み込む光が、オレンジ色の二本線があしらわれた大き目の厚底ブーツに、ドレスのようなフリルの付いた黒のトップスとホットパンツ。
両腕に現れた無骨でやや大きな黒いガントレットとオレンジ色の虫目のゴーグルがキラリと輝いた。
胴体へと広がる光が黒い丈の長いコートへとなり弾け、最後に残った光が令奈の頭の上で女王を表す蟻の触角にも似た装飾が付いた黒の冠へと変わっていった。
「これが………変身したアタシの姿…?」
蟻と女王。その姿は、堂坂令奈本人を表すかのように、持ち前の気高さと意思固き愚直な逞しさ。そして、カガリや杏には無いちょっぴりの色気のある変身スーツ。
それは紛れもなく、令奈自身の決意と令奈本来の強さの象徴であった。
「か、カカカ…!まさか、おまえが変身するとはなぁ…思いもせんかったわ…」
まじまじと変身した自分の姿を確認する令奈に、飛蝗は開いた口を閉じ、驚きを誤魔化すように空笑った。
「しかしまぁ、どんな姿で出て来る思うたら…なんやそりゃ。そんなチンケな格好でウチと戦うつもりか?」
「…そうね。これじゃ、ただのコスプレよね。もっとクールで可愛いのを想像してたんだけど………まあ、良いわ。見た目だけでもアンタには勝ってるしね」
「……なんやその笑みは…?」
手を閉じたり、体に不具合が無いかを確かめたりしながら、令奈は目の前の飛蝗に僅かに微笑んだ。
彼女に向けられた笑みに、飛蝗は苛立った。
令奈は決して、挑発するために微笑んだのではないのだと、飛蝗は直感的に理解していた。彼女は自分を恐れているからだ。それは分かっている。分かっていたのだが………
彼女のあの笑みは自分を恐れていたわけでも、慢心をしたわけでもない。恐れる事はないと言う自信からだ。
あれだけ痛めつけられていたくせに。泣きながら怯えていたくせに。自身の無力さを情けなく認めたくせに。
堂坂令奈は勝つ気でいる。それが何よりも飛蝗は腹立たしかった。
「図にッッ…!図に乗ってんちゃうぞぉ!!!いくらおまえが変身しようと、そんなもんコケ脅しにもならん!おまえはウチには絶対に勝てんのやボケェェ!!!!」
「ッ!?」
激昂しその場から勢いよく跳躍した飛蝗は、狭い建物内であろうと縦横無尽に令奈を囲むように飛び回り、いたぶるように奇襲を仕掛けていく。
飛蝗の怒りの猛攻に令奈は必死に避けていくが、それでも避け切れずに体の至るところから血が流れていく。
「クッ!」
「ハッハッハッ!!!どうや!?ウチの跳躍速度は蟲組随一や!おまえなんぞ蟻ごときにウチに指一本触れることは不可………っ!!!」
目にも止まらぬ速度で移動し、令奈に攻撃を食らわせていた飛蝗であったが、突然、自身の体が空中で急ブレーキを掛けたように止まってしまった。
「は?………ぬぉぉぉぉぉああぁぁ!!!?」
何が起こったのか。咄嗟の出来事に思考が停止していた飛蝗だったが、次の瞬間。飛蝗の体は自分の意思とは関係なく、勢いよく正反対の方へ投げ出されていた。
「ぐはっ!?な…なにが起きた…!?」
「ほぉ……ぁぁ…………」
「ッ……おまえ、ウチに何をしよったぁぁ!!!!?」
地面を転がり勢いよく立ち上がった飛蝗は、両手に見とれている令奈に向かって再び、跳躍しながら大きく脚を振りかぶった。
バッタの跳躍と脚力から繰り出す飛蝗の蹴りは変身したカガリを越えるだろう。
当たれば人間の体など容易く破壊するだろう。一切の躊躇なく振り抜かれる蹴りは令奈の首を捉える…
ことは無かった。
「なっ!!!!!!?」
「スゴい………やっぱり、動きが見える!!」
飛蝗の蹴りは、令奈の手によって止められた。それも、繰り出された蹴りを見ることなく。
動くこともせず蹴りが当たる直前に、令奈は飛蝗の脚を掴んで止めてみせたのだった。
「ふ、ふざけんな!!ウチの、ウチの蹴りがおまえに…おまえに止められるわけあるかぁぁ!!!!」
掴まれた脚を体を捻ることで令奈の手から脱し、今度は至近距離から蹴りを放つが………令奈は再び飛蝗の蹴りを受け止めてみせた。
「んなぁ!!?」
「……あら、意外と簡単だったわね。指一本どころか両手で触れられちゃったわよ…!」
「ッ~~~~…!!!図に乗るなぁぁぁぁぁ!!!!!!」
二度も攻撃を受け止められ、令奈の急激な成長を…受け入れがたい事実を飛蝗は否定するように攻撃する。
だが、どれだけ攻撃を加速させようと、不意を突こうとして部屋中を飛び回ろうとも…何度攻撃しようとも飛蝗の攻撃は令奈には当たらない。
「ぜぇ…ぜぇ、ぜぇ…ぜぇ…ッッ!!当たらん筈がない…ウチの蹴りが当たらんわけない…!!!おまえにウチの…ウチの速さに着いてこれる筈がないんや…!!クソ…クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ!!!!!!!クソったれがーーーーーッ!!!!!!!」
「うっ…うおぉぉぉ!!!てりゃぁぁぁ!!!!」
「ぐげばぁッ!!?」
攻撃が通じない。意地でも認めようとせずやみくもに攻撃を繰り出した一瞬の隙を突き、令奈は無骨で分厚い鉄拳を前に突きだし、飛蝗の腹部を殴り付けた。
令奈が勢いそのまま、拳を力一杯振り抜いた瞬間、飛蝗の体は予想だもしなかった速度で、柱を突き抜け、ものすごい勢いで吹き飛んでいった。
「ゴハァ!!ッッッ!!が…うぅ、うげぇぇ………!!」
柱を突き抜けたまま壁に激突した飛蝗は地面に膝を付き、嗚咽をこぼしながら何が起きているのかわからない驚愕と尋常ではない苦痛に、鬼のように表情を歪ませた。
「うっそ、でしょう…?!なに今の力!怪力にも程があるでしょ?!魔力無しでこの威力とか………!!?」
だが、一番驚いていたのは令奈本人の方であった。
非力であった筈の力が何倍以上も上がっており、さっきまで反応することも敵わなかった飛蝗の動きが見える。
「まるで、アリそのものになったみたい…!」
自身のパワーアップに、思わず身震いを起こした令奈は胸の鼓動が高鳴るのを感じた。
こんな力が自分にあったなんて夢にも思わなかった。自分は弱い、そう決めつけていた。でも、それは違った。
「これが…アタシの力、本来の力…これが、変身……これが魔法少女…!!」
こんな自分でも戦える。誰かを守れる。大切なモノをちゃんと守ることが出来る。
今度こそ、自分の手で妹たちを守ることが出来る…!
「あ、あり得ん………あり得へん…!おまえに、こんな力は無い筈や…!!こんな、こんな馬鹿げた力があるわけ無いんや…全部ハッタリや!!!」
「…いいえ、認めなさい飛蝗。全部現実よ、アンタは負けるの」
「黙れぇぇ!!認めへん、そないな危険な力…ウチは認めへん…!!!危険なんはウチや…!!強いんはウチや!おまえの力なんぞ脅威やない!ウチの力のが脅威なんや!おまえは蟲組最弱や!!ウチが蟲組最強なんや!!おまえや無い!!おまえや無い!!!おまえや無いーーーーッ!!」
「好きなだけ言ってなさい、飛蝗…!アンタはアタシの本当の《願望》で倒れるの!!」
罵詈雑言を呪詛のように叫びながら身を屈めて身構える飛蝗を迎え撃つ令奈は拳に軽く口づけすると、拳の上にハートの矢のような紋章が浮かび上がった。
そのまま、令奈は拳をまさに弓矢のごとく構えたと同時に、飛蝗の脚が二倍以上に膨れ上がった。
「くたばれぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「『《言霊》…!“言霊命令セット”、アンタはアタシに敗北する!!!』」
飛蝗が渾身の力で地面を蹴り出すとほぼ同時に、令奈も前に飛び出し、拳をまっすぐに突きだした。
極限まで力を溜め、音速を超える飛蝗の突進と、令奈本来の魔力と魔法を纏った拳が激突。
瞬間、二人周囲にあるもの全ては衝撃波で吹き飛び、壁や地面に亀裂が入った。
「ぐぅぅぅぅうががぁぁぁぁぁぁッ!!」
「ッッ!!」
「カカ、クカカカカカカカ!!!!みろ!これが現実や!!ウチが最強や!!負けるのはおまえや!!!諦めて死ね…れいなあぁぁぁぁぁ!!!!」
力の差は互角、しかし、怒りのままに激情に駆られている飛蝗の力が僅かに勝っており、令奈は徐々にその力に押されていく。
勝利を目前に飛蝗はゲタゲタと邪悪な笑い声を上げた………だが_____
「『《言霊命令》…!!』」
令奈は_____微塵も絶望などしていなかった。
「『もっと、もっと強く……!!!』」
「なっ…!!!?!?」
「『強く、強く、強く、強く…もっと前へ!!!』」
押されていた筈の令奈の拳が、令奈が叫ぶ度に前へ、拳が令奈の言葉に応えるように飛蝗を押し返していく。
「こ、の………クソ、がぁぁぁあああぁぁぁーーーーッ!!!!!」
「『たぁぁぁおぉぉれぇぇぇろぉぉぉおおぉーーーーーッ!!!!!』」
「ぐげぇ!!ぐぎやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
負けじと押し返そうとした飛蝗を令奈は更に魔力を込め、激しい激突の末、令奈の拳が飛蝗の顔面をついに捉え、令奈は力の限り飛蝗を殴り付けながら地面に叩き付けたのだった。
「ハァッ…!ハァッ…!!」
パラパラと激突した衝撃で部屋中を飛び散っていた小石や砂塵が晴れると、令奈の目の前には大きなクレーターの上で意識を無くし倒れた飛蝗の姿。
もはや、敗北した彼女に立ち上がる気配はない。令奈は肩で息をしながら何度も自身の手を見やり…そして。
「やっ、たぁ~~~!!!!!!!」
自分の手で勝ち取った勝利に、令奈は両手を上げて盛大に声を上げ喜んだのだった。
その姿には不可視夜祭にいた人を操るかつて女王蟻の面影はもうどこにもない。
そこにいるのは黒い冠を輝かせ、見ている方が嬉しくなるような、とびっきりの笑顔で勝利を喜ぶ一人の少女…
______女王蟻では無くなった彼女は後に、新たな名前を名乗ることになる。
____________危険な蟻。
蟻のような力と声に力を与える力を持ち、ちょっぴり嘘つきの卑劣で高飛車だけど…
しっかり者でがんばり屋さん。自称危険な三人目の魔法少女の誕生である。




