第47章.弱いアタシは 後編
____……じゃない、よな……は……
__うるせ……た……ま通……だろ……!
真っ暗の中で二つの話し声が聞こえた…
怒鳴るような不満げな声に、たどたどしい呆れる声。その二つの声に反応するかのように、暗闇に四散していた意識がゆっくりと元に戻っていく…
「ッ……ここ、は…家?」
目を覚ますと…真っ先に見知った自分の家の天井が映った。
「どうして……アタシ……イッッ!!」
体を起こそうとしたが、激しい激痛にうまく起き上がる事が出来ない。
____何が起きてる?怪魔は?あの時一体、何があった?二人は無事なのか?
「よぅ、目ぇ覚めたのか?」
「ッ!?轟カガ……ッッ!!」
困惑していたその時、轟カガリの声が聞こえて意識が覚醒したアタシは思わず飛び起きた……が、全身に走る痛みにうずくまってしまる。
痛みに堪えながら顔をあげると……そこには変身した姿の轟カガリが座っていた。
「あ、アンタなんで……ッッ!」
「だ、大丈夫……か?。アリ子…」
「こ、今宵坂……!!?あ、アンタたちなんで!?いや、それよりもなんで家にいるのよアンタたち……!!」
轟カガリだけではなく、今宵坂までもが変身したままの姿で顔を覗かせていたが、それよりも、アタシは彼女たちが家にいること事態に驚愕した。
「う、うぅ……ほ、本当は帰る……つもりだった、んだけど……」
状況が全く整理出来ていないと言うのに、目の前に現れた会いたくなかった二人に半場八つ当たりするように睨み付けると、今宵坂は少し困った顔をしたのだが……
轟カガリだけはそんなアタシをフン、と鼻であしらい背を向け何も答えない。その時だった。
「「お姉ちゃーん!!」」
「ぐほぅ!!?」
轟カガリを睨んでいると奥からマコトとハヤトの二人がバタバタと忙しなく走ってきた。
そして、痛みに堪えていたアタシに容赦なく突っ込んできた。
「いっ、たいわね!!二人と、も……?」
突っ込んできた二人を叱ろうとしたその時、怒ろうとしたアタシの顔を覗く二人の目は涙でいっぱいになり、今にも溢れそうになっていた。
「良かったよぉ…お姉ちゃん、死んじゃったのかと思った…!!」
「怖かった、怖かったよぉ…!!」
「……ったく。二人とも…怪我とかしてない?」
「「うん!」」
これだけ心配を掛けてしまっては…怒るに怒れない。泣きじゃくる二人の頭を撫でアタシはやれやれと嘆息した。普段は生意気なくせに……世話のやける弟妹たちだ。
「あのねあのね!あの変なお姉さんが助けてくれたの!」
「そう!ビュン!って飛んできてオバケをボールみたいに蹴っ飛ばしてお姉ちゃんを助けたんだ!!変な格好だけど、スッゴくかっこ良かったんだよ!!」
「!……アイツが?」
涙を拭い、元気になったマコトとハヤトが興奮しながら背を向けたままの轟カガリを指差した。二人の言葉にアタシは驚いた。
轟カガリが助けてくれた?それじゃあ、あの時の衝撃は……
「勘違いすんなよ。今宵坂がガキの声が聞こえた、っうから見に行っただけだ」
アタシの心を読んだかのように、轟カガリはちらりとだけ顔を向け、無愛想にそう告げると再び背中を向けた。
その態度にマコトとハヤトは「ありがとうって言うなって言うの」、「言うと怒るんだよ変なの」と口々に言い、首を傾げさせる。
信じられない…どうして助けてくれたの?
「……何が目的よ。アンタ…」
「あん?」
「何が目的か、って聞いてんのよ…!」
どうしても信じられず、何かあるのでは?と勘ぐってしまったアタシは、つい、声を荒立ててしまった。
「目的だぁ…?ケッ!!ずいぶんな言いがかりじゃねぇか…ア?いつからそんなデケェ面出来るようになったんだテメェ…?何様のつもりだ」
「偉そうなのはそっちの方じゃない。アンタこそ何様のつもり…?!家にまで勝手に上がり込んで何を企んでるのよ!」
「んだとテメェ…!!?」
「お、落ち、落ち着け轟!!」
聞き捨てならないと怒り立ち上がった轟カガリに飛び付いた今宵坂は必死になって引き止めるが……轟カガリは不機嫌な目をより鋭くさせ、アタシを睨みつけている。
一触即発。いがみ合いその緊迫した空気にさすがのマコトとハヤトの二人はすっかり轟カガリに怯えきり、アタシの腕にしがみついたまま離れようとしない。
「……お願い今宵坂。マコトとハヤトを連れて外にいててくれないかしら…?」
「え?!」
アタシの言葉に、今宵坂は心底驚いた顔をする。怒っている轟カガリも驚いたのか。呆気に取られた顔をしていた。
「お姉ちゃん…?」
「…大丈夫よマコト。ちょっと二人で話すだけよ…話終わるまであのヘンテコなお姉さんとハヤトと一緒に遊んでて」
「……うん」
不安げに顔を覗かせるマコトとハヤトの頭を撫で小さく微笑んで安心させる。
二人はおずおずと今宵坂の元に行き、今宵坂に手を引かれ外に向かっていく。
「と、轟…あ、あんまり乱暴、なのと…手は出しちゃダメ…だぞ……?」
「…………チッ!わぁーてらぁ…黙って待ってろ……」
これ以上……姉として、こんな姿は二人に見せられない。アタシはありがとうと小さくお礼を言うと今宵坂はたどたどしく「気にするな」と言ってくれた。
玄関の閉まる音が聞こえ、三人が出ていったのが分かると、チッ!と、轟カガリは盛大に舌打ちした。
「……話すなら手短に話せ。オレは始めっから長居する気なんざねぇんだ…」
「そ…なら安心したわ。アタシも長居させるつもりなんかないもの」
不機嫌な顔で頬杖を付き苛立った轟カガリと向かい合い緊迫した空気の中、アタシは気圧されぬよう意を決して言う。
「…妹と弟を助けてくれたのは礼を言うわ。でも、金輪際…アタシに近づかないで」
「んだと……?!」
これ以上、コイツと関わる訳にはいかない。アタシたちは敵同士なのだから…憎むべきなのだ。
アタシがそう言い切ると、轟カガリは今にも殴りかかってきそうな剣幕で、アタシを鋭く睨み付けてきた。
「随分、上から言うじゃねぇかアリンコ女……!テメェ、一体いつからオレにそんな生意気なこと言えるようになったんだ?ア!?」
「ッッ…!!だから……アリンコ女って呼ぶな!!!!」
怒鳴る轟カガリに、アタシは……感情任せに、轟カガリの胸ぐらを掴み上げ、大声で怒鳴り返した。
「いつもいつもアタシに怒鳴って偉そうにするな!!!アタシはアンタの便利な道具じゃない!なのに…アリンコアリンコってうっさいのよ!馬鹿にしないでよ!!アタシだって…好きで弱い訳じゃない!アンタが現れなきゃ、アタシは誰にも馬鹿にされなかった!!強くいられた!!それを……それをアンタが全部ぶっ壊したのよ!!勝手に助けたくせに……自惚れんじゃないわよ!!」
「ッ…勝手にだと!?自惚れんてんのはテメェの方だろうが!!」
胸ぐらを掴んでいた手を払われ、轟カガリは力強くアタシを突き飛ばし、そのまま馬乗りになると、拳を握り構えた。
「テメェがオレをどう思っていようがどうだっていい!だがな……オレがやったことにテメェ一人で惨めになって妬んでんじゃねぇ!!テメェ自身が気に食わねぇからって何でもかんでもオレのせいにして不幸面すんじゃねぇよ!!」
「な……なによ…なによなによなによなによ!!!!じゃあ、アンタには分かるって言うの…?!!弱い奴にしか使えない力が…たった一人の大切だった親友を傷つける……!家族すら守れない力しかない奴の…!!こんな惨めな願望しか持てなかった弱いアタシの気持ちが強いアンタには分かるって言うの?!!」
感情のままに、アタシは爆発した思いの丈を轟カガリにぶつけるように叫んだ。
どうしてこんなに腹を立てているのか。自分でも分からない。
だけど、叫ばずにはいられなかった。吐き出してしまいたかった。ヘドロのようなナニかが胸を抉り掻き乱して苦しい、気持ち悪かった…
顔を真っ赤にさせ、感情的に叫び醜態を晒そうと……そのナニかから一刻も早く解放されたかった。
「ざっけんなよ……アリンコ女!!」
アタシの叫びを聞いていた轟カガリはより表情を鋭く険しくさせ、振りかざしていた拳を振り下ろそうとする。
殴られる。そう思ったが…轟カガリの拳は振り下ろされる瞬間、彼女の拳は振り下ろされる前に阻止された。
轟カガリの拳を止めたのは…紳士のような見知らぬ男性だった。
「…そのくらいにするのだ。レディー」
「ッ、邪魔すんじゃねぇよディア…!」
何故か変身の解けた轟カガリの前に、睨まれようと怯むことなく落ち着いた声色で諌める紳士が立っており、その正体は…コウモリだった筈の彼女の使い魔ディアさんだった。
「杏殿に言われたであろう。暴力はするな、と」
そうディアさんに諭され、轟カガリは盛大に舌打ちをしディアさんの手を振り払うと腕を組みながら背を向ける。
その姿を見たディアさんは大きく息を吐いた後、ポン!とコウモリの姿に戻り、アタシに振り返った。
「……すまんであるな、令奈殿。迷惑をかけた」
「別に…いいわ。アタシじゃあ…アイツを止められないもの」
そう言っていて…いっそのこと殴られた方が良かったと思う自分がいた。
そうすれば、彼女を殺す気持ちに踏ん切りがついていたかもしれない。もしくは…全てを捨てて、逃げ出してしまえたかもしれない。
「……馬鹿みたい…」
轟カガリの背中を見つめながら……アタシは無意識のうちにそう呟いていた。
ディアさんは不思議そうな顔をしたが、何も問おうとはせずに、パタパタと羽ばたきながらアタシの肩に止まると轟カガリに聞こえないように耳打ちしてきた。
「……あやつはな…今日一日、ずっと令奈殿を気にしていたのである」
耳打ちしたディアさんはそう、呆れるように呟いた。
_____気にしていた…?
「…何よそれ、アイツが……アタシの何を気にするって言うのよ?」
「さあ…それを、わが輩の口から言うのも野暮と言うもの………だが、あやつはあれでいて、人をよくみている」
そう言い残すと、ディアさんはアタシの言葉を聞く事なく轟カガリの元に戻り、轟カガリは再びブラックローズの姿へと変身して出ていってしまった。
「……意味わかんない」
「「お姉ちゃぁん!!」」
しばらくして、外で待っていたマコトとハヤトの二人が部屋に入るなりアタシの元へと駆けよってきた。
「お姉ちゃん大丈夫?喧嘩してたの!?」
「怪我してない?怪我してない?!外まで声が聞こえたからすっごく怖かったよ~!」
「だ…大丈夫、こら泣くな!アタシは大丈夫だから……って」
勢いよく飛び掛かってきた二人に押さえつけられるように抱き締められた。泣きじゃくる二人をなだめていると不意に、ハヤトが顔を上げた。
「ぐすん…そう言えばね。さっきね。ロボお姉ちゃんたちが帰って家に入ろうとしたら、知らない変なお姉ちゃんが来たんだ」
「え…」
涙を拭いながら言うハヤトの言葉に、全身の血の気が引いた感覚に襲われた。
飛蝗だ。アイツの事だと直感的にそう感じた瞬間、アタシは無意識には二人の肩を掴み、問いただしていた。
「そ、その人はどうしたの?!何かされた!?」
「う、ううん。お姉ちゃんは?って聞かれただけで、何もされてないよ。でも、そのお姉ちゃん、すぐに帰ったよ…?」
「帰った…?」
鬼気迫った表情をしてしまっていたのだろう。アタシの顔を見た二人の表情は強ばっていた。
妙だった。アイツの事だ、今宵坂が玄関にいたのもあるだろうが、アタシに用があってきたに違いない。それなのに帰ったと言う。
確信はない。だけど、何かあった筈だ。
言い様のない不安に駆り立てられていたその時だった。
「あれ…?マコトお姉ちゃん。首に変なの付いてるよ?さっきまで無かったのに………」
「え?首?」
ハヤトに指を指され、マコトが振り返る仕草をすると…マコトの首筋に小指の爪程の黒い点のような小さな塊が付いているのが目に入った。
何だこれは?マコトの首に付いている黒い塊をアタシは指先で剥がそうしてみたが…その黒い塊は引っ付いていると言うよりも吸い付いているかのようで一向にマコトの首から取れない。
「あっ。お姉ちゃん、見て!ハヤトにもあるよ!」
なんとかして取ろうとしていたアタシはマコトに言われるがまま、ハヤトの首を見るとマコトと全く同じような物が確かにあった。
「何なのこれ……?全然、剥がれないし。一体…い…つ……」
言葉を言い切る直前……アタシは、この黒い塊が何であるのかをようやく思い出した。
瞬間、全身の血と言う血が全て凍りついたかのような感覚に陥った。
青ざめるアタシに気づいた二人が何かを話かけているが、アタシの耳には届かない。
「……二人とも、ごめん…ちょっと、留守番してて」
「「え?」」
二人の返事を聞くよりも早く、アタシは駆り立てられていた衝動のままに家を飛び出し、日が沈み始めた町中を駆け抜けていく。
______許さない…許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!!!
(絶対に許さない…飛蝗!!!!)
絶望よりも、怒りが勝っていた。殺気立つ気配すら隠そうとせず、アタシはまだ近くにいるはずの飛蝗を探し続けた。
家の周辺。学校へと向かう通学路。近くの公園。住宅街に商店街…
そのどこにも飛蝗の姿は見当たらない。しかし、それでもアタシは一時も休まずに辺りを走り回った。
(まだ見てない場所は…!!)
思い付く限りの場所は全て回った。残す場所は…?
懸命に飛蝗が居そうな場所を思い浮かべていたその時、アタシの目の前に誰かが突然、飛び出してきた。
「ッァ…!!?」
余りに突然のことに、止まることが出来ず、無理に避けようとしてバランスを崩し、ぶつかることは避けられたがアタシは無惨に転んでしまった。
「ッッ~……ご、ごめんなさい…!!怪我とか…!!」
「こんな所でどうしたの?おね~さん」
謝ろうと慌てて立ち上がろうとしたアタシが顔を上げると、そこには手を後ろに組み、不思議そうに小首を傾げさせた小春がいた。
「あ、アンタ!アンタこそ……なんでここにっ!!?」
「お姉さんが走ってるのが見えたから何かなぁ~?って…お姉さんこそ、どうしてこんな所に?」
「ッ…な、何だって良いでしょ!悪いけど、今アンタに構ってる暇なんてないの!!」
「ムッ!何かは知らないけどそんな態度はいけないとハルは思うよ!」
「だから…!!」
立ち去ろうとするアタシを引き止めるように頬を膨らませ怒る小春だが、急いでる今、煩わしいことこの上ない。
「アンタに構ってる暇なんてないって言ってるでしょ!!?良いから退いて!!!早く探さないと……!」
「探す?あっ、もしかしてジメジメ団のバッタちゃんを探してるの?」
「…!アンタ、何か知ってるの!?」
小春の含みある言葉に彼女に詰め寄ると、小春は小さく微笑んだ。
「暗殺組織は情報が命だもん、情報屋の一つは仲良くしてる………」
「どこにいるか教えて!!!」
アタシは勢いよく小春の肩に掴みかかり問いただすと、かなり驚いたのか、小春は目を丸くさせながら道を指指した。
「あ、あっちに古い廃工場があるでしょ?あそこにいるらしい……って、あっ!ちょっと!!お姉さん!!?」
小春から場所を聞くなり、アタシはお礼も言わず走り出していた。
背後で小春が何かを叫んでいるが、どうだって良かった。
日は沈み、辺りが暗くなろうとも一心不乱に、アタシは廃工場へと向かって走り続けた。
>>>>
住宅街から少し先に行くとそこには今は使われていない、長い間放置され続けているうらぶれた小さな町工場がある。
昔はそこで車の部品や電化製品のパーツを扱っていたらしいが時代と共に錆びれていった町の負の遺産。
立ち入り禁止と書かれた門を超え、人気の無い沢山のプレハブの建物が建ち並ぶ工場内で一人、アタシはゆっくりと辺りを警戒しながら進んでいた。
すでに日も沈み、時々残された蛍光灯の頼りない光に誘われるように進んでいくと、工場の中心地に当たる少しだけ拓いた場所にたどり着いた。
「……いるんでしょ?飛蝗!出てきなさいよ!」
静まりかえった工場内に声が反響する。もう一度叫ぼうとしたその時、辺りをいくつもの影が蠢いた。
突然辺りに現れた蠢く影たちを睨み付けていると、どこからともなく、ゲラゲラと下品に嗤う声が響き渡る。
「なんやなんや。騒がしいなぁ…こんな夜中に来るとは、ウチらのアジトに何の用や?女王蟻」
わざとらしく戯けるような声色で探していた願望者、飛蝗が暗闇から、アタシの目の前にゆっくりとその姿を現した。
なに食わぬ顔で嗤う、飛蝗の飄々とした態度に……心の底から怒りが込み上げてきた。
「この…くそバッタ!!!よくも妹と弟にあんなモノを……!!」
「はぁぁ?なんや藪から棒に……ウチが何かしたか?」
「とぼけんな!!妹たちの首に付いてたアレ、アンタがアタシに渡そうとしてた奴じゃない!!どうして妹たちにあんなモノを!!!」
「カカッ!何のことか知らんなぁ~?ウチはなぁぁ~んもしとらんで~?ちゅうかぁ……たかだかガキ二人にあーしたこーした所でどうでもエェやろ」
アタシがどれだけ鋭く睨み、怒りを向けようと、飛蝗はまるで意に介した様子も見せず、そればかりか。悪意に満ちた笑みをニタニタと嘲笑し続ける。
______クスクス、ケタケタ、ウフフフ……
それだけではない。周りからも、ひそひそと話す声が飛蝗につられるように、そこかしこから嗤う声が聞こえてくる。
彼女たちは楽しんでいるのだ。アタシを怒る様を眺め、サーカスのピエロを見て嘲笑うかのように……
「ッ…!な、何が可笑しいのよ!!ふざけるのも大概に……!!」
「ふざけるなやと…?」
まともに相手をする気のない彼女たちに、我慢出来ずに叫ぼうとしたが、それを飛蝗が低く冷たい声色で遮った。
表情鋭く一変した飛蝗の様子に、辺りに聞こえていた笑い声が恐れるかのように一斉に静まり返る。
「ふざけとんのはおまえの方や。女王蟻…おまえ、なにブラックローズに助けられとんねんや?」
飛蝗の言葉に、心臓がはね上がった。
どうしてそのことを?いつから?だらだらと額から汗が流れ落ち、取り繕うとするも息を飲んだ喉は酷く乾いていた。
「見てたんやでぇ?全部な…おまえ、言うたよなぁ?アイツに情なんて無いって……?やのに、変やのぉ……おまえを陥れた敵が、怪魔に襲われとったおまえを助けたばかりか、おまえん家から出てきるなんて……笑い話にもならんやないか」
なお重く冷たく発せられる言葉を発し、飛蝗はゆっくりと歩を進める。
その目は鋭く、放たれる眼力で辺りの空気は肌が痛いほどに張り詰められていく。
距離が近くなる度にその重圧は増してゆき、アタシは、飛蝗が目の前に立たれようと、逃げることはおろか、瞬き一つ出来なかった。
「組織を追い出された可哀想~なおまえを戻したろう思って来てやったちゅうのに…おまえにはガッカリや。敵に情けかけられるまで弱り腐っとったとはなぁ…!かつての女王蟻の姿は見る影もないくらいに堕ちとるとは思いもせんかったわ!!」
「ッッ!!」
「カカッ!なんや急に青い顔しよって?さっきまでの意気はどないした…?まさか、ウチにビビったんや無いやろうなぁ?ギャハハハ!!」
______アハハハハハハ!!!!
怯んだアタシを見た飛蝗が笑うと、騒がしい夏虫の合唱のように、辺りにいる願望者たちも一斉に笑い声を上げ、工場中に響かせる。
「だ、誰が……!アンタにビビってなんかないわよ…!!小さい子に手を出すような卑怯者のアンタに弱いなんて言われたくなんかないわよ!!」
「卑怯者…?ウチがか?……プッ、ギャハハハ!おまえが卑怯とは、よー言うわ!ヒヒヒヒッ!!卑怯卑劣はおまえの専売特許やないか!!それをそんな、耳まで真っ赤しておまえっ…!!!ヒーヒヒヒ!!なにマジ顔でキレとんねん…!!アハアハハ!!はら、腹痛い!アハハハハハハハ!!!!!」
飛蝗の言葉に、再び周りがドッ!と笑いが吹き出す。
「わ、わらうな……馬鹿にするな!!!!良いからさっさと妹たちからあの黒いのを外しなさい!さもないと痛い目にあわせるわよ!!」
「ククッ…!!ほー、そら楽しみや!散々人を操ってきた卑怯者のおまえが……たかがガキ二人の命でヒーロー気取りになるとはなぁ!!とんだ茶番劇やわ!!」
「だまれ!」
工場中にこだまする嘲笑の嵐の中心で…アタシは、内から溢れ出続ける憎しみと悔しさに、手に拳を握りながら飛蝗に向かって走り出した。
「くそバッタァァ!!!!!!」
お腹の底から叫び声を上げ、アタシは一心不乱に飛蝗に殴りかかる…
しかし、常人と何ら変わりの無い身体能力のアタシの拳では、飛蝗の体に触れる事はおろか、かすり傷すら与えることが出来ない。
「ヒャハハ!ほれほれ、頑張れ頑張れ!ウチに当てられればガキ共を助けてやらんでもないで~?!ギャハハハ!」
「ッ…!!!うぁぁぁぁ!!!!」
軽々と避けては周りをまとわりつく飛蝗に何とか追いつこうとアタシは必死になって拳を振り回し続ける。
だが、何度やってもアタシの拳が飛蝗の体を捉える事はなく、かわされ、空振りする度に疲れだけが溜まっていく。
「ハァ…!ハァ…!!この、ッ…!くそ、バッ……ぐえっ!!?」
「はい残念でした……!!」
伸ばした右手の拳がかわされた瞬間、飛蝗の強靭な足がアタシのお腹を蹴り上げる。
内臓が引き裂かれるような痛みに膝ついたアタシは更に横から蹴飛ばされ、アンタはお腹を抑えながら地面を転がった。
「うぎぇ…!!ぐ…おぐぅぇぇ…!!!」
「おいおい、きったないなぁ…吐くなら他所でやれや他所で。廃墟言えどウチらの家なんやぞ?」
たったの一撃。それも、魔力も使っていない生身の力でだ……それだけで、アタシの体は立ち上がれなくなってしまった。
痛みのあまり、思考は定まらず、胃が空っぽなのもお構い無し血の混じった嘔吐をし、視界は涙と気持ち悪さに歪み、手や足はガクガクと震え力が入らない。
怪魔に受けたダメージなど比ではない。力の差が違いすぎる。
それでも、今度こそ二人を守らなければ……
「ぐ、ぐぇ…く、クソバッ……ぐぎゃぁ!!!!」
「それしか言えんのかおまえ?」
ギザッ歯を見せつけるように、大口を開き下品に笑いながら飛蝗は、横たわるアタシを何度も蹴り上げ、蹴り飛ばす。
飛蝗が一蹴りする度に周りからわき上がる歓声と嘲笑。その後に起きた出来事は圧倒的な暴力だった。
蹴る。蹴る。蹴る。蹴る……腕や脇腹、足を立ち上がれなくなるまで蹴り続け、倒れたアタシにさらに馬乗りになると一切の躊躇なく、今度はアタシの顔面を殴る。殴る。殴る。殴る……殴り続けた。
抵抗は全くの無意味だった。やめてと泣きわめこうと彼女はやめない。もう許してと哀願しようと彼女には通じない。助けてと叫べば誰もが嘲笑する。
地獄だ、地獄でしかなかった。彼女は飽きるまで繰り返し繰り返し、執拗なまでにやり続け……アタシの顔の半分以上が腫れ上がり、悲鳴も出ないほど血と痣で埋め尽くされた頃になって、飛蝗はようやくその手を止めたのだった。
「カカッ、弱いちゅうのはかわいそうやのぉ。女王蟻…これ以上痛い目みとうないちゅうなら見逃したるで?たぁだぁし…おい!」
抵抗する力も残っていないアタシの髪を掴み上げ、飛蝗は卑しく口元を歪めて言う。
すると、周りで見ていた願望者二人が飛蝗の目の前に現れ、アタシを左右から抱えるように拘束するのだった。
そして、飛蝗はニヤリと邪悪に笑い、胸の中心にマコトたちに付けたあの黒い物体を張り付けてきた。
「エェこと教えたろ。女王蟻。ガキ二人に付けたこれはな。時間を掛けてゆっ~くり体に毒を流し込むって単純な代物なんや。外せるんは付けた本人だけ……つまり、ウチしか外せん。せやけど……ウチの命令に従うんなら外したる…」
「ッ…な、なに…を、させる……気…?」
「決まっとるやろ……ブラックローズを今夜消せ。それが出来たら外したる」
「……っっっ!!ほ…本当……に、約束は……守るのね……?」
「あぁ、ちゃーんと守ったる」
二人が助かる。そう約束した飛蝗に、アタシは腕を掴む願望者二人の手を振りほどき、動く度に激痛が走る体にムチを打ち足を引きずりながら精一杯急ぎ工場の入り口に向かって歩いた。
「あぁ、そや。一つ忘れとったわ……」
その時だった、背後で見ていた飛蝗が突然、声を上げて血の引く言葉を呟いたのだった。
「ガキ二人に付いとるアレな、効果は半日なんや……ククク、急いだ方がエェで~。あと三時間しか残ってへんのやからなぁ~!ギャハハハハハ!!!!」
それを聞いたアタシは……言い返す暇すらせず様々な嘲笑を背に矢が放たれるが如く無我夢中で走りだした。
走る度に起きる激痛など今はどうでもいい。今はただ一分一秒が惜しい。
自分がどうなろうと、轟カガリを探すのが何よりも先だ。よろける体、足がもつれてまともに走れない自身が何よりも煩わしく憎い。
「はぁ……!はぁ……!!っあ!?」
あまりにもがむしゃらに急ぎすぎた。薄暗い上に整備されなくなった工場地だと言うのに足元を見落としていたアタシはあろうことか地面の窪みに足を取られてしまった。
しまった。と叫ぼうとした時にはすでに地面が顔面に迫ってきていた……
だが、アタシの体は地面にぶつかることはなかった。
何故なら……目の前に現れた彼女によって受け止められたからだ。
「……なにやってんだよ、テメェ?」
「と、轟……カガ、リ…?!」
幻ではない。体に走り続ける痛みがこれは現実だと訴えてくる。間違い無く、轟カガリが不機嫌そうな顔で目の前に立っていたのだった。
「あ、アンタ……なん…ッッ!!!」
「……その傷はどうしたんだ」
「ッ…!な、なんでも……ないわよ…アンタには関係ない!!」
「……お前…」
「来るなっっ!!!!!!」
轟カガリから勢いよく離れたせいで痛みにうずくまっていると、轟カガリは静かに呟いたが…アタシはとっさに落ちていたガラス片を拾い上げ、轟カガリに突きつけた。
「……何のつもりだテメェ」
「あら…見てわかんない?!アンタを殺そうとしてんのよ!忘れた訳じゃないでしょうね!?アンタとアタシは敵同士!!アンタのせいでアタシは組織から追い出されたんだ!!アンタには恨みしかないわ!」
「………………そうか」
「ッッッッッッ!!!!!!何なのよアンタッッ!!!?」
興味が無さそうに、轟カガリはため息を吐くかのような声色でそう呟いた。
敵と見なされていないようなその態度に、アタシは悔しさのあまり握ったガラス片で手を切り血が滲むほど強く握り締め、恥も知らずに怒声をあげた。
「金輪際関わるなって言ったわよね!!それなのになんで現れるのよ!!?なんで殺されそうになってるのにそんなに落ち着いているのよ!?アタシなんて敵じゃないって言いたいの!?弱いアタシなんか怖くないって言いたいの!!?アタシを侮辱するのもいい加減にしろ!!!!」
工場一帯に響かせんばかりのアタシの怒声に、轟カガリは一言も言葉を発しない。
眉一つ動かさずただ黙ってアタシを睨みながら立ち尽くすだけ。
「~~~~~~~ッッ!!!!どれだけ馬鹿にすれば気がすむのよ……なんとか言ったら……!?」
「やかましいのぉ、そないに騒いでどないしたんや。女王蟻…?」
「っ!?ほ、飛蝗!!」
「あん?誰やおまえ…」
きっと、怒鳴るアタシの声を聞きつけてやって来たのだろう。
話の間に割り込むようにして、突如、背後の暗闇からぬぅっと現れた飛蝗に驚いている…と、轟カガリの存在に気がついた飛蝗は訝しみながら明らかな敵意を持って睨み付けた。
いや、それよりも………
(轟カガリに気づいてない…?)
轟カガリを睨む飛蝗の表情に嘘はなく、間違いなく知らない様子だった。
まさか……ブラックローズの顔を知らない…?
「………誰だテメェ」
「は?こっちが聞いとんねん。なんやおまえ?どこのどいつか知らんが、あんま舐めた真似しとるとタダじゃ済まさんぞ?」
冷淡な轟カガリの態度に飛蝗は苛立ったように言うと、周りからぞろぞろと飛蝗の手下の願望者たちが姿を現していく。
だが、轟カガリはぐるりと一瞥はしたものの、大した反応を示さなかった。
「なんやねんホンマ……普通はビビるとこやぞ……ちゅうか。おまえ、願望者か?……何者や」
「………ブラックローズ」
「……なんやと?」
轟カガリが名乗った瞬間、辺りにいた願望者全員がざわつき始めた。
「おまえが………カカカッ!そうかそうか!おまえがブラックローズか!なるほどなぁ、わざわざ鴨が葱を背負って来てくれたちゅうわけや!」
ようやく轟カガリの正体に気づいた飛蝗もまた表情を険しくさせたが……すぐさまニヤリと口元を歪め、アタシの肩に手を回して邪悪に笑い出した。
「ようこそ、ウチら不可視夜祭蟲組のねぐらへ………歓迎するでぇ?なあ、女王蟻?カカッ!!」
「ッ………えぇ、そうね。たっぷりおもてなししないとね…」
飛蝗の手から離れ、アタシは手にガラス片を握りながらゆっくりと轟カガリへの間合いを詰めていく。
轟カガリはそんなアタシをじっと見つめるだけで、やはり立ち尽くすだけで構えることすらしない。
「……どうしたのよ!早く構えなさいよ!!」
「………おまえ、その胸の黒いの何なんだ?」
「アンタには関係ないでしょ!?良いから構えろ!!そして、アタシと戦いなさい!今度こそ………っ、アンタの息の根を……止めてやる…!!」
迷いを払うように叫び、歯を食い縛り、アタシは真っ直ぐに先の尖ったガラス片を轟カガリに向ける。
だが、体は正直で心臓の鼓動がうるさい程高鳴っており、呼吸は荒く手足も震え、周りの嘲笑する野次すら耳にうまく入らない。
それでも殺らなければ、二人は助からない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!!っ…っっ!わあぁあぁぁぁぁ!!!!」
がむしゃらだった。走り方も、ガラス片を握る手も何もかもメチャクチャで、アタシは真っ直ぐに轟カガリに向かって走った。
ガラス片の尖端が轟カガリに迫ると周りから歓声に似た声が上がる…だが、次の瞬間…アタシの視界は暗転した。
「グギャッ!!?」
何が起こったのか。目の前が暗くなったと思った矢先、気づけばアタシの体は勢いよく背中から地面に激突した。
遅れて手から離れたガラス片のけたたましい音が鳴り響き、顔面に強烈な痛みがやってきた。
そこでアタシはようやく轟カガリに殴られたのだと自覚した。
「ギャハハハー!!なにしてんや、女王蟻!!おまえ、貧弱な力のくせに真っ向勝負とか、いくら何でも必死過ぎや!ほらほら、はよ立ってブラックローズを殺さな、夜が明けてまうで~?!ギャハハハ!!」
「っっ…!!う…うっさい…わね…!黙って…みてなさい…!!」
「……来いよ」
ガクガクと震える手足に力を込め、何とか立ち上がると、轟カガリは静かにそう言って、拳を構えた。
「なによ……?ようやく、アリを潰す気になったってわけ…?それともいい加減鬱陶しくもなったのかしら?」
皮肉を言うも轟カガリは拳を身構えたままやっぱり、何も言い返してこない。
けれど、言葉を返してこようがなんだろうがどうでも良かった。
二人を助ける為に轟カガリを殺す。非道だと言われようとも、アタシにはそうするしかないのだ。
アタシは魔力の鞭を取り出し、轟カガリ目掛けて渾身の力で鞭を振るう。
だが、前の戦いですでに見切られてしまっているアタシの攻撃は、轟カガリに通じることはなく、轟カガリは意図も容易く鞭の先端を掴んで見せた。
「ッ……だったら!」
「イッ……!?」
魔力を操作し、轟カガリが握る鞭の先端のみをイバラ状に変化させる。これには轟カガリも驚いたのか、苦悶の表情を浮かべ、鞭を手放した。
チャンスだと、アンタは瞬時に鞭を激しく振るい、防ぐので手一杯の身動きの取れなくなった轟カガリの体をカマイタチのように切りつけ痛め付けていく。
だが、加速の乗った反撃も許さぬ鞭を止める事は常人には不可能に等しいアタシのこの全力攻撃ですら、本来なら轟カガリには通用しない。
「何でよ……アンタ何で、何で変身しないのよ!!」
そう。変身だ。彼女にはそれがある。
轟カガリが変身さえしてしまえば、文字通り蟻が象の足に噛みつくようなモノだ。アタシなんて手も足も出ぬまま押し潰される。
それなのに、轟カガリは両手で頭を守るようにするだけで動こうともしない。
「バカにしないで!!それともなに!?アタシ相手じゃ本気になる必要がないって言いたいの!!!?」
「うっ!?」
轟カガリの腕に振るった鞭を巻き付け、地面に引き倒すや、アタシは彼女の上に股がり拳を振り下ろす。
「えぇそうよね!!アタシは…アタシは弱いものね!運動も、見た目も中途半端で!取り柄なんて何にも無いし!!魔法だって自分より弱いものしか使えない役立たずな願望者だもの!!!マコトとハヤトが……怪魔に襲われている時ですら戦えなかったものね!!」
殴打、殴打、殴打、殴打、と…轟カガリの頬を左右交互から慣れない拳で殴り付ける。
「このっ!このっ!!キャッ!!?」
「っ……!!いい加減にイッッ!!!!」
マウントを取っていたにも関わらず、轟カガリは馬乗りしていたアタシを引き剥がし、すかさずアタシを押さえ付け拳を振りかざす。
しかし、なりふり構わないアタシは押さえ付けてきた轟カガリの手に噛みついた。
「て、テメェ…!噛みつくのは反則だろ!!!」
「フゥ”ゥ”ゥ”ッ”!!!!」
手から離そうと地面に力強く押し付けられようとも、アタシは必死に痛みに堪えながら、食らいつき続けた。
手に噛みつく。その幼稚な行為に、周りから飛蝗たちの嘲笑う声が響き渡る。
「ギャハハハ!!オイオイ、女王蟻!噛みつくってガキのケンカや無いんやぞ!!そんな事でブラックローズを殺せるんのかぁ?ギャハハ!」
(うるさい!笑うな!黙ってろ!!)
すでに飛蝗のせいで全身ボロボロ。噛みつくだけでも精一杯なのに離してしまったら反撃の力など………
そう意識が逸れたその一瞬の間であった。
「オラァ!!」
「っぁ!!?」
意識が散漫になった隙を突き、轟カガリは噛みついたままのアタシごと手を思いっきり振り回し、強引に引き剥がされてしまった。
「し…しまっ………あぐっ!!?」
「あん…?!」
「はいはい、そこまでや。少ーしコイツ借りんでー」
向かってくる轟カガリに、慌てて立ち上がろうとしたその時、飛蝗が突然、アタシの頭を押さえ付けるように踏みつけ割り込んできたてきた。
「なぁ、オイ女王蟻…おまえ、ホッッッンマ使えん女やなぁ。みっともない姿晒して勝てんとか…おまえ、弱すぎにも程があるやろ!お得意の《命令》はどないしたんや?お?!ショッボイ魔力で作った鞭で勝てる思たんか?!役立たずが!!!!」
「う”あ”あ”ぁ”ぁ”!!!!や、やめ……!!」
「な…!」
「カカカッ!!おまえみたいなザコはもういらん!何の役にも立たんゴミクソなんか何の使い道もあらへん!さっさと道端の踏まれたアリンコみたいに死んでまえ!!」
頭を踏み砕かんとばかりに力が込められていく力に、呻きもがくしか出来ないアタシに、飛蝗は容赦なく睨み付け罵声を浴びさせる。
「ご、ごめん…なさい”…役に”…!立たなくて…ごめ…んなさい……!だがら…許じで……!!」
「バーカ!おまえ、今までそう言って泣いて謝る奴を許したことあんのか?無いよなぁ?だったらしゃーない……なんせ…おまえは人も仲間も食いもんにする…血も涙もない冷酷なアリ……バッタに殺されたって…だーれも文句は言わんのや……ギャハハハ!!!!」
あぁ、そうか。これは今まで人を操り弄んだ罰なのだ。
人の感情を踏みにじることもした。誰かの人生をメチャクチャにしたこともあった。人を操って徹底的に痛め付けたこともした。
これは因果応報なんだ。人を傷つけ、思いのままに操った罪…
「カカカッ!!あのガキ二人もこんな姉ちゃんでかわいそうやなぁ!おまえが弱いせいで死ぬことになるなんて………!」
自分のやった仕打ちが……家族を死なせてしまう結果になってしまったのだ…
「ぜーんぶ、おまえのせいや。おまえが弱いから悪いんや。恨むなら、自分を恨め!カカカッ!!」
(ぜんぶ…アタシが………)
飛蝗の言葉を聞く度にヒビが入るような音が聞こえてくる。
抵抗する気力もなくなり…もう嫌だ、と言う言葉が頭の中を埋め尽くしていく。
弱いせいで、弱い、アタシが弱いばっかりに、弱い弱い、こんな弱いアタシは嫌だ、弱い弱い弱い、弱くてごめんなさい、役立たずでごめん、弱い弱い弱い弱い、アタシのせいで二人が、誰か助けて、弱い弱い弱い弱い弱い、なんでこんなに弱いの、役立たず、アタシは弱い……弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い、弱い。
呪詛のような劣等感の言葉にに頭の中も、心も黒く塗り潰され何も見えなくなっていく……その時だった。
「いい加減、ハッキリ言え」
(と…ど…ろき…カガリ…?)
埋め尽くされた頭の中に声が聞こえ、涙で滲み歪んだ視界の先を見ると、そこにはしゃがみ込みこちらを見つめる轟カガリの姿があった。
「は?なんやいきなり?何を言うとんや?ちゅか、おまえ、この状況分かっと………」
「ぐちぐちネチネチうじうじして隠すな」
目の前で飛蝗が怒鳴ろうと、轟カガリは聞こえていないかのようにアタシを見つめて、ハッキリとした声で言った。
「テメェの声はオレにちゃんと聞こえてんだ」
「っ……………!!!!!」
轟カガリの言葉に、頭の中を埋め尽くしていた言葉が一瞬にして消え……片隅に残った言葉を、アタシは涙で枯れた声で轟カガリにハッキリと、言った。
「一緒に…戦って……轟…」
「………ケケケ、任せろ!」
彼女はそう、弱いアタシに向かって頼もしく笑って答えたのだった。
 




