第45章.蟻と飛蝗
《第2柳森商店街 小道》
まだ太陽が真上に上がって間もない時間帯。ここ第2柳森商店街に人気は無く、耳が痛いまでに静寂の中にあった。
そこに、不自然なまでに淡い光を放つ古びたカンテラが道の真ん中に横たわっていた。
一際目を引く怪しいカンテラであるが、突然、カタカタと揺れ動き、淡く光っていた輝きが急激に強くなり、周囲を覆い尽くす程の光を放ち始めた。
そして、僅か数秒後、強い光は吸い込まれるようにカンテラの中に収められると誰もいなかった筈の道に三人の少女の姿が現れた。
「ッ…………戻って、きたの…?」
光に目が眩んでいるのか。目を何度も閉じたり開いたりとさせながら、その場に座り込んでいた令奈は誰に聞くわけもなく一人呟いた。
「かもな…あ”ぁ”ー、本気で死ぬかと思った…」
令奈の言葉に、激戦に勝利したカガリは大きく伸びをしながらその場に盛大に倒れた。
すると、気の抜けたカガリの腹が空腹を訴えかけるように盛大にぐぅぅ!と鳴き喚いた。
「腹へったぁ~…もう動けねぇ~……」
『やれやれ、戦いの後はいつもそうだな。貴様……もう少しシャキッとするである』
「うっせぇ、今回マジで使えなかったくせにえらそーにいうんじゃねぇよ」
『使えなかったとは聞き捨てならんであるな、わが輩の助力抜きでは変身も出来んくせに』
「あーやだやだ、今は聞きたかねぇんだよそんな説教」
「……それだけ血を流して……ホント、元気ね。アンタ」
「イーハー…」
ディアの小言を遮るように耳を塞いでいたカガリの二人のやり取りを見ていた令奈とオモチャの拳銃から元に戻ったトットはその能天気ぶりに思わず嘆息する。
「ん、うぅぅん……あ、あれ…ここは……?」
すると、カガリのすぐそばで顔面蒼白でうなされ寝転がっていた杏が意識を取り戻したのか、起き上がりながらゆっくりと瞼を開き、寝ぼけ眼を擦りながら不思議そうに辺りを見渡し出した。
「……今さら起きんのかよ、お前って奴は、っと」
「ふひゃ……と、どろきぃ…?」
そんな杏を見て、カガリはやれやれと微笑と杏の額を指で軽く弾くと……杏は弾かれた額を押さえながら呆気に取られたようにカガリを見つめた。
「……いつまで寝ぼけてんだ。おら、しっかりしろ」
「………………う…」
「あ?」
「うわぁぁぁぁん!!!!轟ぃぃ!!!」
「うおっ!!!?」
今までボーッとさせていた杏であったが、意識が完全に覚醒した瞬間、突然カガリの胸に飛び付き大号泣をし始めたのだった。
「やめ、やめろバカ!なんだよ急に!?ちょっ、鼻水……きたねぇって!!きたなあ”あ”あ”あ”あ”!!!」
「なんで置いてくんだよ。轟ぃ!!あたし…轟の為ならなんだってがんばるから!大好きなピザだってやる!!だから…あたしを……うわぁぁん!!一緒に居させてくれよぉ!!!うぉぉぉぉん!!!」
「い・い・か・ら……!離れやがれ!!」
「ぎゃん!!!」
顔面を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにさせ、カガリの胸をびっしょりと濡らす杏に、カガリは容赦なく拳骨を振り下ろした。
「い、痛いぞ轟!な、涙の再会に……なんてこと…!」
「ざっけんな、なぁにが涙の再会だ!一丁前に相棒面しやがって。テメェの鼻水でオレの一張羅を台無しなんだよ。どうする気だこれ?!」
「え、えっと…洗濯する、とか?」
「…………変身を解いたら良いんじゃないの?」
「お」
『……騒々しい奴である』
『ヒャイーハー…』
令奈の冷静なツッコミにカガリは手を叩き、納得する姿にディアとトットたちは呆れたように嘆息するのであった……
>>
「な、なるほど……あたしが寝てる間に、そんな事があったんだな……」
「おう。アリンコ女が居なきゃ危なかったぜ。ニヒヒ!!」
「…………なにがアリンコ女が居なきゃ危なかったぜ、よ…」
「あん?」
静寂な商店街を歩きながら今までのあらましをカガリが杏に説明していると、二人の後ろを歩いていた令奈がぼやくように呟いた。
「……なんか言ったかよ、アリンコ女?」
「アリ子…どうした?」
「っ…………だから、アタシはアリンコ女でもアリ子でも無いっうの…」
カガリは取り残された壊れたカンテラを手の上で投げたり、ボールのように弄びながら振り返ると、令奈は顔を反らし不機嫌そうに表情を歪ませた。
そんな令奈の態度に、カガリは苛立ったように眉間にシワを寄せ小首を傾げさせた。
「んだよ。いきなり、なにキレてんだよ。言いたいことがあんならハッキリ言えよ」
「別に、何でもないわよ。ただ……アタシは…アタシなんか居なくてもアンタならあんなガキンチョ、簡単に勝たんじゃないのって思っただけよ」
「………ワケわかんねぇ奴だな。一体何が言いてぇんだ、テメェ?」
「……ワケわかんない…か。そうよね、幹部格の願望者も倒しちゃう超絶強い願望者様のアンタにわかるわけないわよね…」
「テメ……オイ!!」
吐き捨てるように嫌みを言い、そのまま立ち去っていく令奈の背にカガリは引き止めようと叫ぶが……令奈は立ち止まることなく早足で姿を消してしまった。
「チッ!!なんだよあの野郎、急にワケわかんねぇ事言いやがって…!!!」
「ど…どうした、んだろうな…アリ子のやつ……」
『わが輩にも分からん、大方レディーがまた気に障ることを言ったのであろう。ま、何事も素直に謝るに限るである。次に会ったら謝ることだなレディー』
「うるせぇな!もう知るかよあんな奴!!ほら、行くぞ!今日はもう学校なんざ行かねぇ!さっさと帰って寝る!疲れた!!」
「あ……ま、待ってくれよぉー!」
引き止め損ねた手で乱暴に髪を掻きむしり、腹を立てながら大股で歩いていくカガリの後を、杏は立ち去ってしまった令奈を尻目に追いかけていくのであった……
>>
(バカ!バカバカバカバカ!!バーーカ!!!なぁにがアタシが居なきゃよ!あれだけ死にかけて何、平気な顔でヘラヘラしてるんだってぇの!!正真正銘の大バカよ!!!)
薄暗い路地でぶつぶつと言葉を漏らし、甦るカガリの戦う姿に令奈は唇を噛み締めた。
(攻撃だって見切ってたくせに!!本当なら傷つくこともなかったくせに……アタシがどうなろうと知ったことじゃないくせして、なんでアンタが庇うなんて真似するのよ!!いつもみたいにほっとけば良かったのに!!)
次々と溢れる煮え切らない怒りに令奈は思わず、右手の拳に魔力を込めてコンクリートの壁に叩きつけた。
しかし、壁はビクともせず、むしろ、叩きつけた拳の方が傷ついた。
「い…たぁ……なんで、アタシなんか……」
ポタポタと血が滴る手で胸を押さえ、令奈は胸の痛みに小さく体をうずくまった……その時であった。
「らしくない姿やなぁ。【女王蟻】」
「な!?ぐえっ!!!!?」
突然、背後から声が響き渡り、慌てて立ち上がり振り返った同時に影から勢いよく手が伸び、令奈の体を壁に押さえ付け、そのまま首を絞め始めた。
「かはっ……ぐぅっ、ぁぁ……!!」
「相変わらず、力は弱いなぁ。【女王蟻】…蟻言われてんねんし、願望に頼ってばっかおらんと…少しは力つけた方がえぇんとちゃうか?」
「あ……アン、タは…!!【飛蝗】……!!」
「カカ!しばらくぶりやなぁ、令奈ちゃぁ~ん。元気しとったぁ?心配しとったんやでぇ?」
首を絞められ、苦痛に歪んだ表情で忌々しげに吐き出した名に、影に潜む飛蝗と呼ばれた少女は不敵に微笑んだ。
「な、なにが……心配してた、よ……離しなさい…よ!!」
「心外やなぁ。うち、ホンマ心配しとったんやで?おまえがどこの誰か知らん馬の骨に負けたって聞いて……なんの冗談かと思たわ」
「うるさ、い……!い、い…から……離せって、言って…んのよ……!!」
首を締め上げてくる手を引き剥がそうと必死に手足をバタつかせる令奈の姿を見て、飛蝗は軽口でケタケタと嗤う。
彼女の悪趣味な嫌がらせに令奈は苦しげにしながらも、飛蝗をきつく睨み付けた。
すると、飛蝗は「おぉ、怖っ…」とわざとらしく怖がるふりをしながら、令奈の首から手を離す。
「ゲホ!ゲホゲホ!!っ……相変わらず、乱暴なまま成長していないわね。暴力バッタ女……!野蛮人にしても少しは現代人っぽく振る舞えないのかしら……?!」
ようやく解放され、慌てて肺に取り込んだ酸素に苦しげに咳き込みながら令奈は目の前の飛蝗を睨みつけ、悪態を吐いた。
だが、そんな令奈の悪態に飛蝗はギャハハと笑い、睨む令奈の目線までしゃがみ、嘲笑うかのようにニタリと目尻を下げた。
「アホ抜かすなや、女王蟻。うちらは超人願望者さまやで?そこいらの凡人雑魚の尺度に合わせる必要がどこにあるって言うんや。力ぁ無い者が物言うなんざ百年早いわ。まあ、うちに文句抜かす奴生かす価値なんか…あらへんがなぁ」
「……それが野蛮だって言ってんのよ。クソ虫……!」
「カカ…!ジョークやジョーク。それに……口の聞き方は気ぃつけよ?害虫なんは…お互い様なんやからなぁ…?」
飛蝗の見せる凶悪な猛獣が嗤うかのような笑みに、令奈は心の底から不快だと言わんばかりに吐き捨てる……だが、嫌悪感でいっぱいで睨む令奈に、飛蝗は下卑た笑みを浮かべた。
「……それで、一体アタシに何の用よ。不可視夜祭のアンタが知らないわけないでしょ?アタシは組織から追い出されてる。いくら同期だったアンタでももう関係無い筈よ。それとも、ただ単にアタシに嫌がらせをしに来ただけかしら?」
「嫌がらせとは冷たい奴なぁ……まあ、否定はせんが、ただ嫌がらせだけなら……うまい話は持ってこんわなぁ」
「ッ…………何よ、うまい話って…」
苛立つ令奈の肩に手を回し、飛蝗は誰にも聞かれないように令奈の耳元で囁く。
馴れ馴れしい手つきに令奈は表情を歪めるが、覗き込む飛蝗の瞳に気圧され下手に抵抗せず、やむなく耳を傾ける。
「カカ!なぁに、そんな警戒すなやメッチャ簡単なことやで」
裏のあるあからさまな言動に令奈はジロリと横目で見つめると飛蝗は邪悪に微笑んだ。
「うちらと一緒にブラックローズを消さへんか?」
「なっ……!アイツを……!?」
「あん…?なんや、その反応は?」
動揺する令奈の反応に、予想だにしていなかった飛蝗は小首を傾げさせ、不思議そうに表情を歪めた。
「幹部を落としたちゅう奴の首があれば、おまえかて、組織に戻れるようになるんやぞ?おまえをぶちのめした奴や、なにを躊躇する必要があるんや」
「そ、それは……そうだけど……でも、そんなの出来るはず無いじゃない!!」
だが、令奈は頭を振り、無理やりに飛蝗から離れると困惑したまま言葉を続ける。
「あ、アイツは……ブラックローズは強いわよ。それもものすごく!幹部の【オリオン】さんだって……それに、あの【魔女狩り】だって倒したわ!そんな奴、アンタとアタシだけでどうにか出来ると思ってるの!!?」
「誰がうちらだけや言うた?」
令奈の言葉に、何度目になるのか。飛蝗は目尻を下げ、不気味な笑みを浮かべた。
「忘れたか?女王蟻……不可視夜祭にはまだまだ仰山、蟲が居ることを……それに、おまえが言うたんやないか。どんな強い獲物やろうと、蟲の群れには敵わんってな」
「っ……昔の話よ、そんなの……!アイツは、数いれば勝てる相手じゃない!」
「…なんやえらい腑抜けたなぁ、女王蟻……おまえ、組織抜けて変になったんちゃうか?敵を殺るのに正々堂々戦うアホがどこにおんねん。逃げられへんよう囲って袋してまえばそれで終いや」
「それが無駄だってのよ。飛蝗……!!アイツは……ブラックローズは単細胞の脳筋バカだけど、騙し討ちや数で勝てる相手じゃない…!そうじゃなきゃ…アタシが負けることだって……!!」
「ああ!?ブラックローズと戦って牙でも折られたか?拍子抜けや、女王蟻!おまえが負けたことなんて知ったことやない…力が無理なら頭使えばえぇ……それともなんや?一緒に居すぎて情でも湧いたか?」
「な…なんでそのこと…!それに、関係ないわよ!!アイツに情なんて、あるわけ………あるわけが…!!」
飛蝗の言葉に、令奈の胸が針で突き刺されたように痛んだ。
困惑した表情で言葉に詰まる令奈を見た飛蝗は、眉間にシワを寄せ不愉快だとばかりに令奈に詰め寄る。近付いただけで肩をビクりと跳ねさせた令奈に飛蝗は心底、苛立ったような表情を見せた。
「弱わぁなったのぉ、令奈……吐いて息するくらい当たり前に他人を裏切っとったおまえがまさか、情に流されるとはなぁ……夢にも思わんかった。しょうもないくだらん女に成り下がりやがって……!!」
「っ……ち、ちが……ぐっ!!」
「違う言うなら態度で表せ。これ以上、うちらを失望させんでくれや…なぁ?女王蟻…?」
「っっ…な!!?」
震える令奈の胸ぐらを掴み上げ、脅すように言い終えた飛蝗は乱暴に令奈を地面に放り投げる。
地面に投げ出された令奈は慌てて上体を起こし、飛蝗を見上げると…飛蝗の頭上高くの屋根の上に数人の影がこちらを覗いていることに気がついた。
「な、なんなのよアイツら…!?」
「カカカ、やっと気づいたんか…紹介するで。アイツらはな…うちがここ、数日間で集めた……新しい蟲や」
「集めたって…!全員、強い魔力を感じるのよ!?そんな奴らが簡単に見つかるわけ……!!」
「……カカカカ!!時代遅れやのぉ」
「ッ!?時代遅れですって……?!」
「そや」
信じられないと言う令奈に、飛蝗は下卑た笑みを浮かべると両手を広げ、言葉を続ける。
「おまえが不可視夜祭から居らんようになって、2週間ちょっと……この町にな。妙な奴が現れたんや」
「妙な奴……?」
「そうや。得体の知れん奴やったわ…うちの前に突然現れよってな。顔までフード被りよって顔はわからんかったが、そいつがな。面白いこと言うんや」
「………まさか…」
息を飲み訝しむ令奈に、飛蝗は「あぁ、そや」とニヤニヤと笑みを浮かべた顔により深く、邪悪な笑みを浮かべ言う。
「そいつはな……願望者を生み出せるんや」
「願望者を、生み出す…ですって…!!!?」
「あぁ、うちも最初は驚いたで…そんでバカにされたと思ってムカついてな、そんな事出来る筈ないって言ってやったんや。でもな……そいつは嘘を吐いてへんかった」
飛蝗はそう言って上を向き、覗いている人物らに顎で降りてこいと指示すると全員が続々と二人の前に降り立ってきた。
降り立ってきた数人のその姿に、令奈は思わず短い悲鳴を上げた。
降り立ってきた人物たちは全員が自分と年の変わらない少女たちだったが……少女たちの姿はそれぞれ、触角や屈強そうな甲殻を持ち、あるものは背中にある大きな羽根をバタつかせており、あるものは爪や牙と昆虫を模した格好をしていた。
全員のその異様な姿に、令奈はキッと飛蝗を睨み付けた。
「アンタねぇ……!!!それじゃあ、何!?アンタは得体の知れない外道と一緒に願望者を造ったってわけ!?馬鹿げてる…笑えないわよ!!願望者は強い欲望を願った者だけがなれるもの!!人の手で作れる機械じゃない…!そんなの、武器や兵器と変わらない……こんなこと、許されるわけが……!!!」
「外道とは聞き捨てならんなぁ、女王蟻。うちはおまえの為思うて穴を埋めただけや。抜けた戦力は補わなあかん……うちのやったことは全ては組織の為…おまえの為………そんで、姐さんの為や」
「ッ……!!そうよ…【雀蜂】さんは……シズル姐さんはこの事を知って……グッ!!?」
「ごちゃごちゃいつまでもやかましいのぉ!!それにや……組織を追い出されたおまえが姐さんの名前を気安く口にすんなボケ!!この恩知らずが!!!」
先程まで見せていた表情を一変させ、鬼のような剣幕で令奈を蹴り飛ばし、倒れた令奈の髪を乱暴に引っ張り出すと、地面に無理やり押さえ付け、怒気で満たされた飛蝗は令奈を鋭く睨み付けた。
「勘違いすなよ?!堂坂令奈!!お前を幹部候補に姐さんが推したんわ、【血狩り異端者】の情報を奪ったからや!!その功績が無きゃおまえなんか、誰にも必要なんかせん!姐さんに付きまとう、ただの金魚の糞じゃ!!」
「グッ……そ、そんな事……アタシが一番分かってるわよ……!!だから……アタシは幹部にはならなかった……シズル姐さんの、期待を裏切りたくなかったから……!!」
「まだ抜かすかこのボケがぁ!!自惚れてんとちゃうぞ!」
「ガハッ!!」
地面に押さえ付けられていた令奈の腹部に荒れ狂う激流のように怒鳴り散らした飛蝗の鋭い蹴りが入り、令奈は壁に叩きつけられた。
だが、飛蝗の怒りは収まらず、追い討ちとばかりに横たわる令奈の体を怒りのままに蹴りつけ、踏みつけた。
「グッ!!ギャッ……!あぐっ!うぅうぅぅッッ!!!」
「クソが!クソが!!何が女王蟻や!!アリの分際で偉そうに物言いよって!!!ボケが!!」
令奈は必死に頭を抑え、一切の抵抗もせずに体を丸めて踞りながら蹴りや踏みつけを堪える。
罵声を浴びさせられ、何度も何度も踏みつけられる度に飛蝗の手下である少女たちのクスクスと笑う声が聞こえてくる。
「っ……あかんあかん。悪ぃなぁ、女王蟻…つい、興奮してやり過ぎてもうたわ…おい!こいつを立たせぇ」
ボロボロで横たわる令奈を、飛蝗は手下に無理やり立たせるとぐったりとした令奈の顎を指で軽く上げニヤリと笑った。
「おまえの言う通りや。姐さんはまだこの事は知らん。勿論、上の連中もな…おまえならうすうす気づいとんのやろ?ブラックローズ討伐も、追い出されたおまえに近づいたんも……うちら以外、だぁれも知らん」
「ゲホッ…!だったら…尚更協力なんて願い下げよ……!それに、アタシに話したのは…間違いだと思わなかったのかしら…?アタシがどう言う性格か、知らないわけじゃないでしょ…?」
「カッカッカッ、あぁ、じゅーぶん知っとるよ…」
見つめる飛蝗に、傷だらけの顔で負けじと睨み付ける令奈。
だが、令奈が不敵に笑って見せようと、飛蝗は全く動じず、より深く、令奈の顔に近づけ邪悪な笑みで返した。
「おまえはうちを裏切らへん。だって……」
________うちらは友だちやろ?
「っ…!!!!」
飛蝗の言葉に、令奈は擦りきれんばかりに歯を食い縛る。
怒りと嘆きが混じる令奈の鋭い眼差しを愉悦とばかりに嘲笑う飛蝗は背を向け、お供と共に闇へと進んでいく。
「安心せい。ぜぇ~んぶ、成功させれば何の問題もない…それになぁ。願望者造る願望者かて、もうどこか行きよってこの町にはおらんのや…くくっ、おまえとの狩り…楽しみにしとるでぇ…?カカカカカカ!!!!」
そう言い残し、闇に溶けるように消えて行った飛蝗たちの背を、令奈は見えなくなった後も一人悔しげに、怒りをぶつけるように睨み続けた。
まとわりつく彼女の嗤い声がいつまでも耳から離れないまま……令奈はやがて怒るのを止めて空を仰いだ。
「…………こう言うときに、雨が降ればいいのに…」
思わず溢した悪態を笑うように、建物と建物の間から覗く空はどこまでも染み渡るような、絶望したくなるほど晴れ晴れとした青空であった。




