第44章.テメェはオレだけに負けんじゃねぇ
「テメェの願いを、踏み砕く!!!」
全身を包む光が弾け、魔法少女に変身をしたカガリが吠えるように叫ぶ。
カガリの怒濤の叫びに、壁際まで吹き飛ばされた小春は忌々しげに舌打つ。
「お姉さんが言ってた事は本当だったんだね。防いだのに…凄く痛い♪どういう原理で悪夢から抜け出せたの?それに…精神を削られていて、これだけの魔力……噂の魔法少女は伊達じゃないってわけかぁ…でも、うん♪」
度重なる不測の事態。だが、小春は沸き上がる激情に翻弄されることなく心に蓋をし、平常心を保つかのような笑みを浮かべ、上体をだらりと下げて手元に手斧を出現させる。
「殺せない程じゃない…!♡」
言い終わるや否や、小春は手にした手斧を勢いよく横たわる令奈へと投げ付ける。
「ひ…!?」
『レディー!』
「なっ!?チッ…!!させっかよ…!!!」
突然の不意打ちにカガリは慌てて令奈の元へ跳び、回転しながら飛んでくる手斧を寸での所で両手で白刃取った。
「ッぶねぇ…!!野郎ぉ………ッ!?」
「シャハハッ!!♡」
手斧を止めたカガリが小春を睨み付けようとした瞬間、小春はすでに先程立っていた場所から高く跳躍しており。
その手には大斧が握り締められ、頭上高くまで跳んだ小春は不気味な笑い声を上げながらカガリへと襲い掛かる。
「チッ!!!!」
手斧に意識を向けさせ、その隙に相手の虚を作り出す小春の戦略。
無駄の無い動きから繰り出す騙し討ちにカガリは舌打ち、すぐさま手斧を手放し腕を交差させ、迫る大斧を手甲で受け止める……だが。
振り下ろされた大斧は並大抵の威力ではなく、防いだ手甲がその重さに耐えきれず、ぶつかった衝撃で刃が深く刺さり亀裂が入る。
「ッッ…!おらぁぁ!!!!」
斬られるだけでなく、押し潰され兼ねない一撃。食い込んだ刃で手甲の下から血が流れ出たが、カガリは歯を食い縛り、痛みに堪えながら小春ごと大斧を弾き飛ばした。
_____だが、小春はこうなる状況を狙っていた…
「隙あり…!♡」
「なっ…!?」
吹き飛ばされている小春はニヤリと笑い、空中で猫のように身を翻し、右手に握り締めたナイフを構え、防ぐ両手も回避する術も潰されてしまったカガリの顔面に投げ付けたのだった。
「と、轟ぃぃ!!!!」
「うふふ…♪」
一直線に飛んでくるナイフはカガリの顔面を捉え、当たった衝撃でカガリの頭と身体が大きく仰け反った。
直撃した、顔面を青ざめさせた令奈の叫び声に。天井に着地した小春は倒れていくカガリを見つめながら邪悪に笑みを見せた。
だが……
「ふんぬがぁぁぁっ!!」
後ろに倒れかけていたカガリだったが突然、奮起しながら勢いよく、一気に身体を起こし踏みとどまった。
_____その口には……ひび割れる程に強く、ナイフが咥えられていた。
「「………へっ!?」」
「ぬりやぁぁぁぁぁっ!!!!」
「うわっとと!!!!?」
余りにも無茶苦茶なナイフの防ぎ方に令奈と二人して唖然としていた小春に、カガリは跳躍すると同時に飛び蹴りを繰り出すも、我に返った小春にギリギリのところでかわされてしまった。
「ヒッ!!!あひゃんなかひゃか!!」
『あの娘の身体能力と戦闘技術はかなりのものだが……貴様の常識はずれな行動もさすがであるな……』
「ペペッ!…そりゃどうも、くそコウモリ。にしても今のはヤバかったぜ……牛乳飲んでなきゃ死んでたな…」
「「カルシウムでなんとかなるか!!」」
咥えたナイフを吐き捨て、二人のツッコミを無視してカガリはこれからも牛乳を飲むことを固く誓ったのだった。
「ぷっ…そのイヤリング?もだけど、本当に……面白い人…♪普通、今のはかわせないよ?♪」
「ああん?!偉そうに上からモノ言ってんじゃねぇぞ、くそガキ……!デカブツで切りつけられたくらいで調子に乗ってるか知らねぇけどな!!こんな傷、薄皮めくれた程度でしかねぇんだよ!」
「うふふ…強がりな人だなぁ♪でも…安心して、ニワトリお姉さん♪お姉さんの弱点は見つけてるよ…!!♡」
小春は愉しげに小さく笑って見せた後、今度は“マチェット”を手元に出現させた。そして、それを肩に掛け、上体を低く。四足獣のような構えで部屋中を素早い動きで駆け回り始めた。
『彼奴、今度はなにする気だ……!?』
「チッ…!跳ねたり走ったりすばしっこい野郎だぜ、ったくよ!!おい、ディア!しっかり感知てろよ!!」
「ちょ、ちょっと!?アンタ、なんで自分から行かないのよ!?アンタならあんなガキんちょ、一発で終わりでしょ?!!」
「うっせぇ!!テメェは黙ってじっとしてろ!」
「そうそう、ニワトリお姉さんの言う通り♪じっとしてないと……殺しちゃうよ?♪」
縦横無尽。不規則な動きで獲物の隙を狙う獰猛な獣のようにカガリと足元で倒れている令奈を中心に、ぐるぐると駆け巡り続ける小春はそう言い終え……
『……来るぞ!!』
ディアが感知した同時に、小春は令奈に向かって数本のナイフを飛ばした。
「チッ…んのぉやろッッ!!」
「ひっ!きゃぁ!!?」
「キャハハ!!♪」
令奈に投げ飛ばされてきたナイフを、ディアの合図でカガリは素早くナイフを全て弾き落とすが、間いれずして小春は再び令奈へ狙い澄まし、別方向からナイフを投げ続けてくる。
「ちょこまか、ちょこまかと……うざってぇ!!」
『は、速すぎて感知しきれんである……!!』
「ほらほらほら!!♪もっと動いて!しっかり防いで!!傷ついてでも防がないと、みぃーんな死んじゃうよーー!?♪キャハハハハハ!!!♡」
「ッ……!だ、ダメ!ソイツの刃先に触れたら終わりよ轟カガリ!!毒が塗られてる……!」
「あ?!ケッ、力じゃ敵わねぇから毒で弱らせるってか…!?ガキのくせに、小賢しい…んだよッッ!!!」
令奈の叫びにナイフを警戒したカガリはその場で空を切るように力強く回し蹴りを放ち、向かってくるナイフを全て風圧で凪ぎ払う。
風圧の威力にナイフは宙を舞い、部屋中を駆け回っていた小春は吹き飛ばされぬよう足を止め、その場に踏みとどまる。
その瞬間、カガリはすかさず跳躍し蹴りを打ち下ろす。
「くらえ!!」
身体をしならせ、鞭の如く振り抜くカガリの蹴りは小春を的確に捉える。だが、その蹴りは小春に届くことは叶わない。
カガリの蹴りは当たる寸前に小春が出したマチェットにより防がれてしまった。
「ッッ…♪」
しかし、それでも小春の小柄な身体ではカガリの力から繰り出される蹴りの威力を防ぎきることは出来ず、僅かにその身体は後ろへと吹き飛んだのだった。
「チッ…!生意気に防ぎやがって…!!」
『だが、効いている!彼奴の軽い体では貴様の馬鹿力を防ぎきることは出来アダダダダ!!!』
「こ、こんな時に喧嘩してんじゃないわよ!!ほら、前!また来るわよ!!!」
「あ?って、うぉ!?」
ディアを握り潰そうとしていたカガリに令奈が呼び掛けた瞬間、カガリの目の前にマチェットを突き刺すように構えた小春が跳んできた。
「また不意打ちかテメ……ッ!?」
「……くふふ♪」
カガリはとっさに頭を下げ、マチェットを回避することに成功すると、小春はくるりと地面に着地し、両手に握りしめたマチェットをバトンのように器用にくるくると回し身構えた。
「………さっきからアリンコ女ばっか狙いやがって…!!喧嘩吹っ掛けておいてまともにヤリ合う気はねぇーってか?!」
「うふふ♪そんなの……当たり前だよ♡お姉さんみたいなパワータイプとまともに戦えば、ハルじゃあお姉さんを仕留めることは出来ないもの。で・も……♡そこに転がってる足手まといのお姉さんなら……話は違う♡」
マチェットの刃先を鳴らす小春の舌舐めずりする蛇のような笑みに、令奈の背筋がゾクリと凍りついた。
(だから…アイツはアタシを……!!)
笑みの下に隠された。殺すことに一切の躊躇がない眼差しに込められた殺意は決して冗談ではないと物語っており、令奈はようやく理解した。
(轟カガリの邪魔になるアタシを狙って……!)
その事実に、令奈の顔は絶望に青ざめ、頭は真っ白になった。
(あ、轟カガリなら勝てる。そう、思ったのに……思ったから…だから、ここまで必死に足掻いて、走って……!!)。
轟カガリを助けることには成功した……だが、轟カガリを助けた筈の自分が今度は逆に轟カガリの足かせとなってしまっていたのだ。
(アタシは………なんの役にも立たない…)
小春の言うとおりだ。自分は最初から足手まといでしかなかった。
その時だった。
「余計なこと考えてんじゃねぇーぞ。アリンコ女」
「……え?」
絶望に打ちひしがれていた令奈の耳に、カガリのそっけない声が響いてきた。
令奈は不意に顔を上げると呆れた顔で見下ろすカガリと目が合ったが、カガリはすぐに目を逸らし、小春へと再び向き合う。
「わりぃな。テメェを泣かして謝らせるのは止める。全力でブッ飛ばすことにした」
そう言うカガリの横顔はいつになく冷静に見えた……だが……なぜだが、令奈の目には怒っているようにも見えた。
「ブッ飛ばす?アハハハ♪お姉さんってば本当、面白い人!♪でも、どうやってするつもりなの?ハルの動きはお姉さんより上…その上、足手まといまで付いて……そんなじゃあ、ハルをブッ飛ばすなんて出来っこないよ!!♪」
小春は言い終えるや否や、目にも止まらぬ速さでカガリの背後に回り込み、マチェットを振りかざし斬りかかる。
「と、轟カガリ!!うし……!」
「アハ!!♪遅いよ!♡」
背後から迫る小春の存在にいち早く気づき、カガリに知らせようと叫ぼうとした令奈の言葉を遮り、小春は狂気を含んだ笑みを浮かべた……その一瞬の出来事であった。
「だったら、テメェより速く蹴ればいい話だろ」
令奈の叫び声に反応するより早く、又は小春の行動を読んでいたかのように、カガリが静かにそう呟いた瞬間……小春の体に重い衝撃が起きた。
「……え」
思わず口から漏れた声はメキメキと骨が砕けた音に掻き消され、衝撃の威力に体がくの字に曲がりながら、小春の体は壁を破壊する程、勢いよく吹き飛んだ。
その衝撃は部屋だけに無く、小春が生み出した空間全体が揺れ、一体何が起きた?と小春は口から血を吐き、全身を激痛に襲われていながらも事態を理解できず唖然としていた。
「え……え?!あ、アンタ今、何やったの!?」
我に返り、慌てた令奈が聞くとカガリはふん、と鼻を鳴らした。
「別に大したことしてねぇよ。いつもより速く蹴っただけだ」
「イヤイヤ!!いつもより速く蹴っただけって、サッカーボール蹴ってんじゃな…………きゃぁ!?」
「うっし、アリンコ女。そこから動くなよ」
ただ当たり前の事をしただけだと言うように言うカガリの非常識さに令奈が騒ぐ中、小春が吹き飛んだ際に手放したマチェットを手に取ると突如、カガリは令奈の周りを囲うように円を描いた。
「う、動くなって……なによこれ?」
「良いから動くなよ。怪我したくなきゃな」
困惑しながら訊ねる令奈にカガリは腕を軽く準備運動させながら、壁から剥がれ落ちふらふらと立ち上がっている小春の元へと歩いていく。
「ゲホッ……ふ、ふふ。全然、見えなかった…♪今のがお姉さんの本気?♪」
「だったらどーすんだ。ようやくオレとサシでやり合う気になったってか?」
「くふふ…残念だね。二対一だよ…!!♪」
明らかさまにやせ我慢の笑みを見せた小春の声に呼応するように、カガリに投げ飛ばされたまま、今まで沈黙していた黒髪の女が突如、起き上がり、再び小春の元へ動き始めた。
だが、カガリは見下ろしてくる黒髪の女を一瞥したあと、再びふん、と鼻で一蹴する。
「そいつもテメェの魔法か?」
「うん、そうだよ♪この子はね。恐怖の思いが強ければ強いほど強く怖くなるの…あそこにいる役立たずのお姉さんのおかげでとっても強くなってるの♪それに…お姉さんの恐怖だって、ね♡」
「……なるほどな。この気味の悪ぃ場所も、あの胸くそ悪ぃ夢もそのテメェの後ろにいる変な女も全部、テメェの恐怖が作ってるってわけか」
「…正確にはお姉さんたちの、だけどね♪今さら気づくなんて…鈍い人だね♪やっぱり、ニワトリお姉さんって面白い♪殺すのがもったいないくらいだよ……!!♪」
小春がマチェットを自身の前で振るうと黒髪の女は勢いよくカガリへと向かっていき、拳を叩きつける。
振り下ろされる無数の腕から繰り出される拳の雨。だが、カガリはそれらを見切ったかのようにかわし、黒髪の女の顔高く、眼前へと跳んだ。
「……テメェに用はねぇんだよ」
カガリは黒髪の女の前髪を引きちぎらんばかりの力で鷲掴むと、紫電を放つ拳を握り、地面に叩きつけると同時に黒髪の女の顔面を殴りつけた。
カガリの拳の衝撃に巨大な体躯を持つ筈の黒髪の女の体は床ごと地面に沈み、一瞬にしてピクリとも動かなくなった。
「い、一撃って…嘘でしょ……?」
さんざん追いかけ回され、トットの変形を持ってしてもわずかな傷しか与えられなかった黒髪の女を一撃で倒したカガリに令奈は思わず言葉を漏らし、震えると共に息を飲んだ。
それは小春も同様で、倒れた黒髪の女を驚いた表情で見つめたまま動かない。
「次はテメェの番だぜ、クソガキ」
「…この子はハルの魔法でも特別なのに……一瞬で倒しちゃうなんてすごいね。そんなにハルを苛めたいの…?良いよ♪お姉さんがそう言うなら正真正銘……実力で戦ってあげる♪」
黒髪の女を文字通り叩きのめし、軽々と着地をしたカガリの言葉に小春は静かに笑みを浮かべ、マチェットをくるりと回し上体を低く身構えた。
「ケッ、また毒かよ?実力勝負するったくせに」
「毒なんて使わないよ♪ちゃんと…ハルの手で切り刻んであげる…♪だって、ハルは【魔女狩り】だもの♡」
「そうかよ!!」
カガリは小春が言い終えたと同時に床を蹴り、右脚を大きく振りかぶりながら小春へと飛び掛かった。
不意討ちに近いカガリの蹴りは小春へと振り抜かれる…が、小春は瞬時にその場から跳躍。カガリの放つ蹴りをかわすと頭上から体を回転させながらマチェットを振り下ろす。
「チッ……ガッ!!」
とっさに右腕の手甲を盾のようにし、高速で回るマチェットを防ぐと刃と手甲の衝突にけたたましい金属音と共に火花を散った。
眩く散った火花に目が眩んだカガリが一瞬、目を閉じたその僅かな瞬間、凄まじい衝撃がカガリの顎を打ち抜いた。
「グ…ガ……ァ…こ、の…クソガキ……!!」
『レディー!!上だ!!』
「な……グギッ!?」
「キャハ……!!♡」
下から突き上げた衝撃に脳が揺れ視界は形を失ったように歪んだ。
カガリは意識が激しく混雑する中、追撃を防ごうと闇雲に拳を振るうが…
膝蹴りを食らわせることに成功した小春は瞬時にカガリの右肩にナイフを突き立て、怯んだカガリの首に取りつき、顔面にマチェットの柄を連続して叩き込まれる。
「グッ!ギャ!!こッ、のぉ…おらぉぉ!!」
「わっ!?」
瞼、鼻先、陣中を狙った残忍な連打の応酬に、混雑していた意識が痛みで覚醒し、カガリは首に取り巻く小春を無理やりに引き剥がすことに成功する。
_______だが……
「今度こそ終わりだよ、お姉さん……♡」
「ッッッァ!!!!?」
引き剥がされた小春は猫の如く着地を決めると、左肩に刺さったナイフを引き抜こうとしているカガリの隙を狙い、カガリの右足にマチェットを突き刺し切り裂いたのだった。
「グッ、ァァァァァ_______!!!!!」
『レディー!!』
「ヒッ!!と、轟カガリ…!!」
電流に身を焼かれるような激痛に、半分以上も切り裂かれ大量の血を流す太ももを抑えながら倒れたカガリの悲痛の叫び声に令奈は恐怖に顔を青ざめさせた。
「チェックメイト……だよ♪」
体の至るところから血を流すカガリを見下ろす小春はマチェットに付いた血を払うと同時に消すと、代わりに背丈を越える大斧を出現させた。
「と、轟!避けなさい!!早く!!!殺されるわよ!」
「意地悪はダメだよ、“女王蟻”さん♪足を斬られたんだよ?まともに立てるわけないよ♪」
令奈の懸命な叫びに小春はクスクスとせせら笑いながら大斧を大きく振り上げ、カガリの元へと歩いていく。
その後ろ姿はまるで、罪人の首を跳ねる恐ろしい処刑人のように令奈の目に映った。
「ッ……ま、待ちなさ…………!!」
「先に殺しちゃってもいいんだよ?お姉さん……♡」
「ヒッ!!」
「でも、安心して…♪にわとりお姉さんが作ったその虫かごから出なかったら……ちゃんと、お姉さんだけは見逃してあげる♪」
小春のナイフによる毒の痺れはほぼ無くなっており、すでに動ける程度には回復していた令奈であったが……立ち止まった小春の言葉に乗せられた殺意だけで、体は凍りついたように動けなくなってしまった。
虫かご。小春が言ったそれはカガリが出るなと言って描いた円のことだろう。小春が手を出せば叩きのめすと暗に見せたカガリの意思表示……令奈を守るための領域。
小春の言葉は的を得ている。この円の中は……戦うに値しない、見向きもされない蟻を守る虫かごなのだ。
(ここにいれば………見逃してもらえる…)
痛いのは嫌だ。死ぬのも、殺されるのはもっと嫌だ。
一歩も出なければ良いのだ。ここから動かなければ無事に家に帰れる。自分は精一杯、頑張った。だからこのままじっとしていればいい……そうすれば自分は助かるのだから……
(でも……)
「ざ…けんな…アリンコ女……!」
「ッ…!轟……カガリ…?」
自分にはどうすることも出来ない状況に令奈が諦め、顔を俯かせたその時、カガリの声が耳に届いた。
その声に令奈は弾かれるように顔を上げると……そこには身体の至るところから血を流し、片足をやられようとも真っ直ぐに立つカガリの姿があった。
「テメェ、なに勝手にオレが負ける想像してんだコラァ…!!諦めて、自分は精一杯足掻いたって面すんじゃねぇ!!!オレは!負けるつもりはねぇぞ!!!」
「ッッ_______!!」
片足や肩……それぞれの痛ましい傷口から血が吹き出し流れ落ちようとも、歯が砕かん勢いに食い縛り、叫ぶカガリの瞳は燃え盛んばかりの強い意思を宿していた。
(なんで……なんで諦めないのよ…?足を斬られて痛くない訳がない…肩を刺されて逃げ出したくない訳がないのに……なんでアンタは戦えるのよ…なんで負けないって言い切れるのよ!!?)
諦めるな、自分よりも遥かに傷だらけなのに決して折れること無くそう叫ぶカガリの姿に、諦めかけていた令奈の目から一筋の涙が流れた。
「暑い人……♪これは戦いだよ?いくら叫んだって気持ちで勝てるほどハルは弱くないし、殺し合いの勝負に精神論は語るだけ無駄……あるのはシンプルな結果……強いから生きて弱いのは殺される♪生死の無い勝負なんてサムーイ言葉は……甘々の激甘ちゃんの台詞だよ!!♪」
「甘いかどうか……試してみろ!!!」
「轟……!!」
ガクガクと足を震わせながら立ち上がったカガリを嘲笑い、手にした大斧を力強く回しながら襲い掛かる小春に、カガリは拳を振り抜き迎え撃つ。
◆◆
(む…無茶よ!あんなに、血を流してるのに勝てる訳ないじゃない……!!)
傷ついた足で一撃必中で振り回す小春の大斧を必死にかわしては反撃に拳や蹴りを放つカガリであったが……令奈の思っている通り、血を流し過ぎている為か、徐々に反撃はおろか、動きが鈍く、息が確実に上がってきているのが目に見えて分かった。
しかし、それはカガリの一撃を受けている小春も同様でその顔色には疲労の色が浮かんでいる。
(そうよ、ガキんちょだって倒れないわけじゃない!一撃……轟の蹴りさえ当たれば勝てる可能性だって…!!でも、どうしたら……ガキんちょの動きを止める方法なんてアタシの力じゃあ、どうしようも……!!?)
一体どうしたら……一秒でも小春の動きを止めることが出来る方法が無いかと考えていたその時、令奈の胸の下でモゾっと何かが蠢いた。
「ちょっ!!?な、何……って、あっ……!?」
令奈が慌てて確認をし、そこにいたモノに驚いた……そして、あることを閃いたのだった。
「アンタとアタシの力なら……!!」
◆◆
「ゲホ……!!さすがに、やべぇな…!」
『弱音を吐いている場合か!しっかりしろ、レディー!来るぞ!!』
「チッ……弱音じゃねぇよ!くそったれ!!」
振り抜かれる重い一撃である大斧を弾く度に腕の骨がギシッ!と大きく軋み、ダメージが蓄積されたカガリの身体はすでに限界を向かえていた。
(血が…足りねぇ…!!目が霞んできやがる……!)
視界が霧ががったように歪み、回避をする腕や脚が鉛のように重くなり足元がおぼつかない。
だが、小春は攻撃の手を緩めない。それどころか、大斧を振り回す速度は更に激しさを増していく。
全てを凪ぎ払い破壊する嵐の如し猛攻を凌いでいたその時、足元に滴り溜まった血溜まりにカガリは足を滑らせた。
(しまっ……!!)
『ッ、レディー!』
「キャハ……もらった!!!♪」
チャンスに声を弾ませた小春の叫びと共に、足を滑らせ、体勢が崩れて無防備となったカガリの縦一文字に胴目掛けて、大斧を振り上げた。
(マズイ!!!!)
腕をクロスさせ防ごうとも重量のある大斧の落下と小春の体重の乗った振り下ろされる勢いでは文字通り。お構い無しで真っ二つにされてしまうだろう。
背中から倒れていくカガリの頭の中に死が過る。
_______まさに、その時であった。
「目を閉じなさい!!轟カガリ!!!」
「あ!?」
絶体絶命の瞬間…突然、突くような令奈の怒声がカガリの耳に鳴り響く。
カガリが目を閉じて数秒にも満たない次の瞬間……
バン!!!と、車のタイヤが間近で破裂したかのような爆音が鳴り響くと閉じた瞼の裏からでも分かるほどの閃光が余りに迸った。
「うぉ!!!?」
「うぎにゅぁあぁぁぁああぁぁぁぁ!!!?!??」
突然の強烈な閃光。目を閉じていたカガリですら驚いた光に小春は喉が裂けんばかりの断末魔を部屋中に木霊させる。
「うぁぁあ……!!あぁぁ目がぁ……目が痛いよぉぉ!!」
「せ、閃光弾ってお前、どっから!!?」
「ちょっと無理してもらったのよ…!それよりも……」
驚くカガリに令奈は右手に輝くオモチャの拳銃らしき物を見せ、不敵に笑うと声を張り上げた。
「今よ、轟カガリ!!決めちゃいなさい!!」
「へッ!言われなくてもやってやるよ!」
倒せと急かし喚く令奈にカガリはニッと笑い、まともに閃光を受け目に焼けついた光から逃れようと身悶えさえ、おぼつかない足取りで小春へと近づき、魔力を込めると同時に拳を握る。
「く…ヒッ!!?ひ、卑怯だよ!!一対一の勝負だったのに!!邪魔するなんてヒドイ!!反則だ反則!!!」
「ケッ!何が反則だバーカ。テメェこそ不意討ちやら毒やら好き勝手やってたくせによ!」
「ぐっ…!!この!このこの!!来ないで!このぉぉ!!」
迫るカガリを寄せ付けまいとむやみやたらと大斧を振り回す小春だが、振り回される大斧はカガリがいる方向とは検討違いの場所に振られ、ようやくカガリにその刃が向けられてもカガリは意図も簡単にかわし、小春の手から弾き飛ばした。
「ッッ……!!」
「遊びの時間はもう終わったんだよ、悪ガキ。大人しく観念しやがれ」
「……ッ!ほ、本当に卑怯者だね、【女王蟻】さん…!!この中の誰よりも弱いくせに…!!ハルよりもお姉さんなのに、強い人の後ろに隠れるだけで何も出来ないなんて……情けない人だよね!!」
「ッ……」
小春の言葉に、令奈の胸はチクリと痛んだ。
______卑怯者。強い人の後ろに隠れるだけ……
すべて小春の言うその通りだ。彼女に勝てないからと言う理由で…カガリに全てを擦り付け押し付けたの卑怯者だ。
そんな令奈の心情を察してか、小春は額に汗を流しながらもニヤリと口角を吊り上げ、言葉を続ける。
「結局、お姉さんは自分だけが大切なの…!!自分じゃあ怖いから!自分じゃあどうすることも出来ない!!だから、鶏お姉さんを利用する!全部、自分が助かりたいだけ…逃げるだけの臆病者だ!!」
「……ごちゃごちゃうるせーんだよ」
「……轟?」
耳にまとわりつく小春の言葉を断ち切るように、カガリがそう呟くと、カガリの右手の拳が輝き、紫色の稲妻走る魔力を帯びていく。
突然の空気を切り裂く稲妻の音に戸惑いの色を隠せずにいる小春にカガリは鋭く睨み付けた。
「卑怯だの臆病だの……こんな場所に閉じ込めて、他人を怖がらせて殺そうとする奴がよく言うぜ。テメェの方がよっぽど怖くて助かりたいだけじゃねぇか」
「ッッ!!」
「それとだ。【魔女狩り】だかなんだか知らねぇが、テメェはオレだけに負けんじゃねぇ。最後まで見下してたこいつにも負けんだよ!!」
「……!!」
「バカみたい……!!そのお姉さんにハルが負けてる……!?なにそれ、ハルが臆病者のお姉さんに負けてる筈なんて……」
「最後に一つ!!オレはテメェみてぇな他人より自分は強ぇって面で偉そうに粋がる奴が大嫌いなんだよ!」
「ッッ!!本当にバカ!お姉さんはハルより子供だ!!ハルだって怖がらないお姉さんなんか嫌いだ!ここはハルの世界なのに!恐怖は何よりも強いのに!怖くないなんて気持ち悪い!!ズルいよズぶぎゃっ!!!?」
「戦いにズルいもくそもねぇーんだよ。クソガキ!!」
カガリの怒りに呼応するように、右手の拳に纏う紫電がバチバチと激しく放電し始め、カガリは腰を落とし怯む小春に向かって矢を放つように真っ直ぐに拳を突き放つ。
「オオォォォォォ!!!!吹っっっ……飛べぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」
「ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!?」
大絶叫の叫びと共にカガリの持てる力と魔力を込めた無慈悲の拳。その一撃はまさに雷の矢の如しであった。
防ぐこともままならなかった小春の顔面はカガリの魔力纏う雷の拳により、突風に吹かれた紙切れのように弾丸の如く速度で吹き飛んでいく。
「うに”ゃ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”…………!!!!」
吹き飛んでいく小春の速度は一向に衰えることは無く、悲鳴も姿も見えなくなる程、幾重にもある壁を次々に破壊していき……
最後に屋敷を作る空間そのものを突き破ったのか、ガラスが砕けるような轟音が屋敷全体に響き渡った。
「どこまでも飛んでいきやがれ。クレイジー野郎」
カガリが拳を払い、ふんっと鼻を鳴らすと、不気味な屋敷は眩い光に包まれその場にいた全員を飲み込んでゆくのであった……




