第42章.負け犬の勇気、虫けらの意地
また誰かがあの子に引きずり込まれた…
いや、違う。あの子はすでに中にいる…なら、一体、誰が…どうやって中に…?
この事をあの子は気づいていないのか?まさか、あの子すら予想外の出来事なのか…?
ああ、やっぱり…《カノジョ》が動いた。
この事をあの子は知らないんだ。完全にイレギュラーな存在がここに入ってきた。
____なら…もしかしたら、ワタシに出来なかったあの子を止められるかもしれない…
それがとても小さな…望みのない賭けだとしても…賭ける価値はある。
______そこは一寸先すら闇に覆われた不確かな空間。
月明かりすら届かない分厚い雲のある真夜中のような暗黒に包まれ、前後左右だけに無く、上下すら分からなくなる反転した世界…
そんな暗闇の世界に…小さな屋敷が浮かんでいた…
そしてそこに…煌々と光る彗星が現れたのだった。
「キイャァァァァァ?!!!?!?!!?」
つんざく悲鳴を鳴り響かせ、暗闇を突き抜ける一筋の光は屋敷へと向かって突き進んでいく。
やがて、光は屋敷に近づくに連れ、徐々にその輝きを失い消えてしまう。
そして、消えた光の中から飛び出した一人の少女は開かれた扉から屋敷の中へと放り込まれた。
「アアァァアァァァァァァ!!!ぎゃぼっ!!!?ぐべべべっ!!!!」
光から投げ出された少女、令奈は顔面から地面に衝突するも…放り出された勢いは衰える事なく、そのまま転がっていき、やがて壁にぶつかるとようやく止まることに成功したのだった。
「うぎぐぐ……う、うぅぅ……終わった、アタシの人生終わったぁぁ…!!!!」
「イーハー♪」
起き上がって早々、来たくもないカンテラの中に入ってしまったに絶望にし、顔面蒼白でうちひしがれ項垂れる令奈。
そんな令奈の気も知らず、肩にしがみついていたトットは元気よく飛び降りるのだった。
「なにが…イーハー♪、よ!!!アンタのせいでアタシの人生はおしまいよおしまい!!どーするのよ、これで完全に【魔女狩り】と狙われることになるじゃない!!!!!」
「イ~ハ~~?イ~~ハ~!」
「人の話を聞け!!このポンコツチビロボッ……!!」
______ベチャ…
「ヒッ!?な、なに…なんなのよぉ…?!」
主人である杏を探すようにうろうろとし始めるトットに令奈が唸ったその時…彼女の背後の方で何かが滴り落ちた音が暗闇の中、響き渡った。
悲鳴を上げ涙目になりながら令奈は恐る恐る後ろを振り返る。
すると…そこには暗闇の中、廊下を進む歪に動く三本足の影の姿があった。
(か、怪魔…!!)
「イー?!」
「逃げるから黙ってなさい!!」
小春が杏と戦闘をする前にカンテラに吸い込んだ怪魔の1体だと気づいた令奈は怪魔に気付かれるより早く、トットを連れてその場から離れる。
幸い、怪魔は令奈に気付いた様子は無く、令奈は扉の開いていた部屋に飛び込み、怪魔の様子を探るようにソッと廊下の外を覗き込んだ。
______だが…そこに立っていたのは怪魔1体ではなかった
(うそでしょ…?!)
廊下を覗くと…そこには這いずり蠢いていた怪魔と対峙するように静かに佇む、身の丈六尺以上はあろう異常な身長を持つ艶やかな黒髪を垂らし俯く女性の姿があった。
一体、いつの間に現れたのか。突然現れた女性に怪魔は全身から人の口を出し、威嚇するかのように奇声を発する…が、黒髪の女性はゆらゆらと体を揺らし、怪魔を見下ろすだけで反応を示さない。
その幽霊のような佇まいに、扉の隙間から見ていた令奈は何故か異様な寒気を感じ、同時に怖気を感じとった…
______今にも襲い掛かろうとする怪魔に黒髪の女は華奢な細腕を振り上げる…その一瞬の出来事であった。
____グシャッ!!
「ッ!?うぷっ、うえぇ…!」
黒髪の女が腕を怪魔へ振り下ろした次の瞬間、怪魔の体は頭から文字通り、力任せに押し潰された。
声を上げる間もなく、潰れたトマトのように怪魔の肉体は散々に飛び散り、廊下の壁一面が怪魔の黒い血で塗りたくられた。
だが、黒髪の女は振り下ろした血の滴る細腕を再びゆっくりと上げると、痙攣を起こす怪魔の肉片の塊を無機質に引き裂き始め、弄ぶように分解しては放り捨てていく。
まるで幼い子供が無邪気に昆虫の手足を捥ぐかのような、残忍極まるその行為に令奈は思わず、不快感のあまり吐き気を催した。
すると、その僅かな音に反応したのか。怪魔の遺体を解体していた黒髪の女は髪で隠れた顔が令奈の隠れている部屋へと向けられた。
(し、しま…!!)
音に反応した黒髪の女が血で染まった体を引きずるようにこちらへ向かって来るのを確認した令奈は慌てて扉を閉め、施錠すると隠れる場所は無いかと部屋の中を見渡す…
だが、部屋の中にあるものはベッドにガラスの割れた古時計、テーブルを挟み向かい合うように並べられた2つのソファーとクローゼットのみ…
客間のような内装のその部屋は何年も放置されていたのか。埃や蜘蛛の巣があちこちにあり、唯一隠れられそうなクローゼットは穴だらけと…とても隠れられそうに無い。
令奈が逃げた先は不運にも、隠れる場所などない…行き止まりであった。
「う、うそでしょ…?い…いやよ。そんなの…いやよ!!!死にたくない…死にたくない!!!」
______ドン…ドンドン!
「ヒッ…!!?」
施錠した扉が力強く何度も叩かれる。それは逃げ場など無いと分からせるように恐怖を駆り立たせる。
扉の音に驚き、腰を抜かした令奈は逃げ場など無いと知りながらもそれでも扉から遠ざかろうと部屋の隅まで下がる。だが、それこそ無意味であると死の恐怖に怯え、目に涙を溜める令奈の目の前で扉が激しく軋み、亀裂が入った。
「こ…来ないで、来ないでったら…!!!!どっか行きなさいよ!」
扉の板を剥がされ、確実に破壊されていく扉に向かって令奈は涙しながら迫る黒髪の女に向かって叫んだ。しかし、無情にも黒髪の女の進行は止まらない。
(死にたくない…死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて!!!!!!!!!!)
祈るように手を合わせ、必死に胸の中で言葉を繰り返す。
だが、彼女の必死な願いは届かない。
扉を突き破るように黒髪の女の腕が遂に扉を破壊する。
「い…いや……」
震える令奈の前に、黒髪の女が破壊した扉から部屋へと入ってくる。そして、部屋の隅にいる令奈を見つけるや黒髪をざわめかせ、手を伸ばしながらゆっくりと距離を詰めていく。
______もうダメだ。
絶望的な状況になす術なく、令奈は伸ばされる黒髪の女の手の意味を瞬時に理解する。恐怖に青ざめ震える体に女の指先が触れそうになる…
その時…
「イーハー!!!」
「ッ…!?」
女の指先が令奈に触れる寸前、いつの間にかクローゼットの上によじ登っていたトットが黒髪の女の頭に飛び掛かった。
飛び掛かられた女は驚いたのか。悲鳴のような奇声を発しながら髪を振り乱し、引きちぎらん勢いで掴むトットを振り落とそうと暴れまわる。
「ちょっ、あぶな…ヒャァァァ!!!」
「イーハー!」
黒髪の女が振り回す腕や髪、そして長身のその体を壁に床にと叩きつけるだけで部屋を破壊するその暴れ具合に、令奈は必死になりながら当たらないよう床を這い、部屋の外へと逃げ出す。
令奈がうまく逃げ出したのを見ていたトットは素早く女の頭から飛び降り、令奈にしがみつき、共に部屋から脱出を果たしたのだった。
「ヒィィィ!!!!もういやもういやもういやもういやもういやもういやもういやーーーーッ!!!」
「イ~ハ~~!!♪」
悲鳴を上げながら廊下に出た令奈は泣きながら脇目も振らず、その場から脱兎のごとく走り出す。
もはや、肩にしがみつきながら楽観的な声を上げるトットにも、後方で部屋を突き破り、追いかけてくる黒髪の女に目を向ける余裕すら無い。
ただひたすらに令奈は闇雲に廊下を走り続ける。
______その時だった…
「こっちよ」
「ふひぇっ!?」
突然、全速力で走っている令奈の耳に聞き覚えの無い少女の声が入ってきた。
その直後、最初に入った部屋以外は閉ざされていた扉の一つがまるで意図して走る令奈を呼ぶようにひとりでに開いていく。
(冗談でしょ…?!入れってこと!?)
あからさまな罠。だが、後ろには徐々に距離を詰めていく女の恐ろしい奇声が聞こえてきている。
(あぁもう!なるようになれ!!)
悩んでいる暇など無い。令奈は聞こえてきた言葉を信じ、意を決して扉の中へと飛び込んだ。
すると、令奈が入った瞬間、扉が閉まり、固く閉められたの。迫ってきていた女の声がパタリと消え失せた。
「ハァハァ…た、助かった、の…?」
「イーハ~?」
飛び込んだ部屋の中は…先ほどの廃墟のような内装とうって変わって、清楚感のある綺麗に片付けられた部屋であった。
扉にもたれ掛かり、苦しそうに息をする令奈は辺りを見渡しながら額から流れ落ちる汗を拭い、肩にしがみついているトットにそう訊ねてみるが、トットは首を傾げさせるだけで大した答えは返ってはこなかった。
「ゲホゲホ…!ぶはぁ~~~…!!死ぬかと思ったぁぁ~~ッ!!!」
ここが安心なのかは分からないが、一先ず黒髪の女がやってこないことに一安心した令奈は扉にもたれたままその場にへたり込み、盛大に安堵の息を吐いた。
「何なのよさっきのバケモノ女…【魔女狩り】の奴、あんなモノ飼ってるなんて正気じゃないわよ…アンタも助けてくれたのは感謝するけどいい加減早く降りなさい。ったく…地味に重いのよ」
「イーハー」
「はぁ…もうクタクタよ。お腹もすいたし…」
忘れていた疲労感にドッと疲れが出た。もう一歩たりとも動きたくない…トットを肩から降ろしながら令奈はそう思った…だが。
つかの間の安息は一瞬にして崩れ去った。
「貴女、どうやってここに入ってきたの?」
「へっ?」
顔を俯かせ、疲れきっていた令奈の頭上から声が聞こえてきた。
完全に気を抜いていた令奈は反射的に顔を上げると…そこには白いワンピースを着た見知らぬ十代後半らしき少女が不思議そうに小首を傾げさせながら目の前に立っていたのだった。
「…………」
「…ねぇ、話…聞いてるかな?どうやって、入って……」
「ぁ……」
「え?」
「のぁーーーーーーッ!!??!?!」
「イハ?!」
音もなく目の前の現れた少女に驚き飛び上がるや、カサカサと素早い動きで壁際まで後退りながら言葉にならない程の悲鳴をあげ、令奈は腕に抱くトットを盾のように前に突き出したのだった。
「あ…ああああアンタ誰よ!!?【魔女狩り】の仲間?!!」
「え、あ…ご、ごめん!驚かせたかな?ワタシはフウカ!!そんな身構えなくても大丈夫。危害は加えないし、敵じゃないよ!それにここなら外の怪物たちも入れない安全な場所だから!!」
「嘘つくんじゃないわよ!!そんなの信じられるわけないじゃない!こんなよく分からないバケモノがうろうろ徘徊してる場所よ!!!?て、敵なら相手になるわよ!?このちっこいのが!!」
「イィ?!」
フウカと名乗った目の前の少女は必死に無害さを説明するが、令奈は牙を見せる獣のように唸りながらフウカとは一定の距離を取り、いつでもトットを投げつける構えをし警戒を怠らない。
その令奈の怯えっぷりに、フウカは困ったような顔で頬を掻いた。
「だから敵じゃないから大丈夫…って、確かにこんな場所じゃ信じてもらえないかな…」
「当たり前でしょ!?【魔女狩り】の願望が何かは知らないけど、こんな所にまともな人間なんているわけない!良いからそこから一歩も動かないで!」
「分かった。じゃあ、約束する代わりに…わかる範囲で良いから話をしてくれるかな?」
「は、話?一体何を話せって言うのよ…?!」
両手を上げて見せ、危害を加えない意思を見せながら立ちつくすフウカに令奈は眉をひそめ、嫌そうに暴れるトットを盾にしたまま怪訝そうな眼差しで訝しむ。
疑心暗鬼な令奈にフウカは困ったような笑みをするも、すぐに表情を引き締め、真面目な様子で質問をする。
「貴女、どうやってここに入ってきたの?」
「は、はぁ?どうやって、って…す、好きで入ってきたわけじゃないわよ!このポンコツおチビが【魔女狩り】のランプを勝手に弄ったせいで巻き込まれたのよ!」
「イ“ィ“ィ“ハ“ァ“ァ“~~!!」
「あぁもう分かったわよほら!離すから大人しくその辺で遊んでなさい!」
あからさまな声で嫌がるトット。その嫌がりっぷりに令奈は恨めしそうに睨み付けながらもトットを手放した。
トットを見ていたフウカは口元に指を軽く当て、小さく笑ってみせる。
「ふふ、可愛いね。…貴女のお友達かな?」
「ジョーダン。アタシのじゃないわ…ついさっき、ここに吸い込まれてったボサボサ髪の奴のオモチャよ」
ようやく解放され、蜘蛛の子を散らすように令奈から離れて、部屋を物色しているトットを見つめて微笑むフウカに、令奈は心底、うんざりだと言わんばかりのため息を吐いた。
「わかった?アタシはここに来たくて入ってきたんじゃないの。事故よ、全部ソイツのせい。ランプが開かなきゃここに来ることも無かった。もちろん、あんなワケわかんないバケモノに追い掛け回されることもね」
「じゃあ、貴女はあの子に無理やり、この中に入れられたわけじゃないのかな?」
「だから、何度もそう言ってるじゃない!!誰が好き好んでこんな場所に来るもんですか!死んでも御免よ!!」
「そっか…道理でワタシと話が出来るわけなんだ…」
「は?なんか言った?」
「何でもない。それより貴女より先に吸い込まれたって子は貴女のお友達かな?」
意味深な表情で聞き取れない程、小さく何かを呟いたフウカに令奈は眉を寄せるが、フウカは話をはぐらかすと再び令奈に問い掛けてきた。
「は、はぁ?あ、アタシがと、轟カガリたちと…?そ、そんなわけないでしょ!誰があんな奴らとと、友だちなもんですか!!むしろ、まとわりつかれて大迷惑してんよこっちは!!」
「そうなの?二人の後に入ってきたから…てっきり、友だちかな?って思ってたんだけど…違うの?」
「く、くどいわね…アタシは別に、そう言うのじゃないわ…!」
あまりの唐突な話題の変化に令奈は一瞬たじろいだ後、慌てて否定すると腕を組み、気を損ねたようにフウカからそっぽを向くと、これ以上は話す気はないと無理やりに話を終わらせた。
その令奈の素っ気ない態度にフウカは驚いた顔をするが、すぐに表情を引き締め、言葉を続ける。
「だとしても…手遅れになる前に早く助けに行ってあげた方が良いかな。この世界に閉じ込められてそろそろ、何十時間にもなる筈だよ」
「はぁ?!!バカ言わないでよ!何十時間って…まだアイツらが入って一時間くらいしか経ってない筈よ?!」
「それは外での話だよ、この中の流れは違う。ここでの時間の流れは外の何倍も速さ…つまり、時間が経てば経つほど脱出が困難になる仕組みになってるんだよ」
「何よそれ…?!意味わかんない!!あのガキんちょ、一体何の願望者……!?」
「《恐怖》だよ」
驚き喚く令奈に、フウカは静かに言う。
「あの子の魔法は《恐怖》…ここは対象者を引きずり込むと、その人が持つ精神的苦痛や想像した恐怖のイメージを再現するんだ…この場所はあの子が見せる悪夢の中なんだ」
「き、恐怖を見せるって…な、何でそんなこと知ってるのよアンタ…?」
「あはは…怖がらせちゃった…かな?でも、ごめんね。説明する時間は無いみたいなんだ」
フウカが話す小春の情報に…令奈は得体の知れない恐怖を抱いていると、フウカは少し辛そうに小さく苦笑した。
その時、今まで何の変哲も無かった筈の部屋が毒気に蝕まれていくように崩れ、元の廃屋へと戻り始めてきた。
「ヒィィ!!?なになになに!??今度は何よー!!」
「…あの子が貴女に気付き始めた。貴女を探してるんだ」
「こ、ここは安全なんじゃないの!!?」
「安全なのは気づかれなかったからだよ。あの子自体が動き始めたらどうにもならない…捕まったらおしまいかな」
「そ、そんな!アタシは部外者なのに!!ア“~~!!何でアタシばっかりこんな目に遭うのよ~~!!!これもそれも…アンタのせいよポンコツロボーーッ!!」
「ちょ、ちょっと!そんなことしてる場合なの?早くここから逃げた方が良い…!」
「そうしたいのはアタシも同じよ!!でも、コイツが邪魔するのよ!」
「イーハー!イーハーイーハー!!」
「…うん。確かにそうだね」
逃げ回っていたトットを取り押さえ、令奈は半泣きになりながらフウカに言う。
すると、令奈に抑え込まれながらも騒ぎ暴れまわるトットを見つめていたフウカが突然、トットに賛同するかのように頷いた。
「うんって…アンタ、コイツが何言ってるか分かるの?!」
「ううん、分からないよ。でも…助かるには二人を助けないと、って言っているのは分かるかな」
「二人を助ける!?【魔女狩り】のガキんちょに見つかったこの状況下で?!無理よそんなの!!!アタシなんかが太刀打ち出来る筈ない!!絶対に不可能よ!」
「無理かどうかなんて分からないよ」
「分かるわよ!!アタシの願望はね、意思の弱い奴を操るだけなの!アタシより断トツに強い【魔女狩り】には効果はない!天と地の差があるの!!なのにどうやって助けろって言うのよ!?」
「…ふふふ」
必死に自身と小春との力量を説明する令奈。すると、それを聞いていたフウカは可笑しそうにクスクスと笑い出した。
「なっ…な、何が可笑しいのよ!!」
突然、笑い出したフウカに一瞬呆気に取られた令奈だっだが、すぐに笑われたことに腹を立て、顔を赤くさせながらフウカに憤る。
すると、フウカは「ごめんごめん、つい…」と止まらない笑いを引っ込めながらそう言い、怒る令奈に優しく微笑むのだった。
「何がつい、よ!バカにして…!」
「ふふふ、でも、分からないものだよ?勝ち負けなんて些細なきっかけで変わるもの…それこそ、少しの勇気が結果を覆すかもしれない…♪」
「っ…!な、何よそれ……頑張ったって、無理に決まってるじゃない…!」
フウカとは思えぬ柔らかな笑みに、令奈は堪らず目を背け俯き、ギュッと…手を強く握り締めた。
「無理じゃないよ。貴女は自分の勇気を知らないだけだから」
「な?!ゆ、勇気を知らないだけって…アンタ何言って…!!」
「きっと、貴女の魔法なら助けられるよ…」
フウカの言葉に、令奈が彼女に振り返えろうとした…
その瞬間、変化しつつあった部屋が完全に元の古びた廃墟へと戻った。
「あ、あわわわ…!!これって、マズイんじゃないの…って、あれ?!!」
元に戻ってしまった部屋に狼狽え、フウカの方へ向くと、いつの間にかフウカの姿はこつぜんと消えており、令奈は慌てて部屋中を見渡すがどこにも見当たらない。
「あ、アイツ!!一体どこに……!?」
_____ギィィィ…
トットと一緒に取り残され、表情を青ざめさせていたその時…固く閉ざされていた筈の扉がゆっくりと軋んだ音を立てながら開き始めた。
肩をビクつかせ、令奈は恐る恐る振り返る…
そこには…扉の先でにこやかに嗤う少女が静かに佇んでいた…
「お姉さん、みぃ~~つけたぁ~♪」
「ひ、ヒィィィ!!?ま…【魔女狩り】!!!!」
獲物を見つけた獣のような笑みを浮かべ、部屋に入ってきた小春の表情とは矛盾した無邪気な声に令奈は悲鳴を上げ逃げるように後ろへ後退った。
「いや~♪ハル、お姉さんを侮っていたよ~♪あれだけ脅したのに、まさか、ハルの世界に入ってくるなんて…思いもしなかった♪ナイフ一本くらいの脅しくらいじゃあ足りなかったみたいだね♪」
「ち、ちが…アタシは入るつもりなんて一切……!!そ、ソイツよ!ソイツが無理やり…!」
「んぅ?あれ、それってミッドナイトちゃんが持ってた子だよね?へぇー、もう1体いたんだ♪でも…うふふ!何人居ようとハルの魔法の中では意味ないよ♪」
小春を威嚇するように身構え唸るトットを見つめていた小春はにこやかに言う。すると、目の前で右手を払い、手元に片手斧を出現させるとトットに刃を向けた。
「い、一体何を…!?」
「ハルはね。嘘つきさんは嫌いなんだ、女王蟻さん…♪でも、約束したのに破るような悪~~い人はもっと嫌いなの…♪だから…嘘つきさんなお姉さんには正直に言って欲しいな♡お姉さんはハルの味方?それともハルの敵?♪」
「ッ…!!!?」
令奈に問いかけた小春は答えを待たずして、片手斧を向けたままゆっくりとトットへと歩み寄っていく。
わざとらしく焦らすようにトットへと迫っていく小春に令奈は額からは嫌な汗が止めどなく流れた。
(味方か、敵かって…!?そんなの敵って答えたら殺すって言ってるようなもんじゃないのよ!!!)
あからさまな令奈への脅し。質問を誤り、敵と見なされれば即座に首と胴体は永遠に離ればなれになってしまうだろう。
だが、相手は血も涙も無い無慈悲な組織、血狩りの異端者の暗殺者…仮に味方と答えても、そもそも殺されない保証などどこにもないのだ。
「イ”ーーーッ!!」
しかし、そうこう迷っている内にも小春は威嚇しているトットへと向かっていく。
_____このままではトットが危ない…
(って、アタシ…何でアイツの心配なんかを…?!関係ないじゃない、アイツのせいでアタシは殺されそうになってるって言うのにどうして庇う必要なんかあるのよ!!見捨てろ、アタシ!あんなポンコツロボなんかより自分の命!!これ以上、コイツを怒らせて危険な目に遭うのはごめんよ!!!)
何を迷う必要があるのか。敵わない奴らを相手にしたところで泣きを見ることになるだけだ…わざわざ危険なリスクを冒してまであの二人に関わる必要はない。
ふと、脳裏に浮かんだその言葉に令奈は慌てて頭を激しく左右に振り否定した。
「え、えへへ…い、嫌ですねぇ!そ…そんなの!も、もちろん決まってるじゃないですかぁ~!!」
口からの出任せで窮地はいくらでも乗り越えてきた。
たとえ、敵わない奴と対峙しなければならない事態になろうと自分の後ろには【不可視夜祭】の強大な後ろ楯があった。【雀蜂】の助力があったからだ。
あの人の元にいたから、自分は魔法を大いに使うことが出来、全てを支配出来ていたのだ。
だが、それらは全て無くなった。今ではこの様だ。全ては、轟カガリに打ちのめされ重傷を負うほどの敗北を味わったあの日が原因だ…
自身の城にしようと支配していた【不可視夜祭】からは侮辱され追い出された。その上苦汁を舐めさせられた轟カガリに気がつけばいいように利用されており、いつの間にか気づけば敵うはずのない【魔女狩り】に襲われることにまでなった…
「アタシはアナタの……!!」
どうして自分がこんな目に遭わなければならない。自分はいつだって強者の立場でいられた筈だったのに……
_____少しの勇気が結果を覆すかもしれない。
(夢みたいなこと…言ってんじゃないわよ……!!)
変わるはずがない。少しの勇気で結果が変われば苦労はしない…現実は非情で、残酷なのだ。所詮、この世は強者が全てを支配する。
それに比べて、自分は弱者を虐げ、良いように操り…殺されたくない一心で媚びへつらい逃げ出そうとする始末…嫌気すら起きる。
____きっと、貴女の魔法なら助けられるよ…
思い出したフウカの言葉に令奈は歯を擦りきれんばかりに強く噛み締めた。
(ワケわかんないのよ…バカ!!!!)
妄想だ、妄言だ、実に馬鹿げた話だ…自分が【魔女狩り】に挑んだところで結果は覆らない……
「……どういうつもり?♪」
_____恨みすらある。ろくでもない轟カガリと関わったばっかりに、自分の人生はどんどん悪い方向へと転がっていく。轟カガリがいなければ…彼女さえ、現れなければ……
フウカがあんなこと言わなければ…!
「アタシが……こんな目に遭う事もなかったわよ…!!」
「イーハ…!」
トットと小春の間に割って入った令奈は泣き面でそう叫ぶと、手のひらから魔法で出来た光の鞭を出現させ、片手斧を肩に担ぎ冷淡な笑みを浮かべる小春へと身構えた。
「……聞こえなかったみたいだから、もう一度だけ聞いてあげるね♪……一体、どういうつもりなのかな。【女王蟻】さん…♪」
「あ、あら?見て分かんないなら眼科に行くことを進めるわよ、【魔女狩り】…!!アタシはあ、アンタノテキヨ!!」
「……負け犬のくせに……ウザいなぁ…」
最後は緊張と恐怖のあまり声が裏返っていたが明らかな反抗の意思を見せた令奈に……小春は落胆するかのように呟くとと笑みを引っ込め、冷徹な表情へと変化させた。
「邪魔したら殺すって……ハル、言ったのに…どうして邪魔するかな…?」
「ヒッ……ッッ!!」
声色も目付きも氷のように冷たく、その小春の豹変ぶりに…令奈はい短い悲鳴を上げ、思わず後ろへ下がろうとしたが、頭を振りその場に踏みとどまり、小春を必死に睨み付ける。
「そんな目をしたってハルは知ってるよ。お姉さん…本当は怖くて怖くて仕方ないんでしょ?ふふ、自分で弱いって決めつけてるくせによく戦う気になったね」
「う、うっさいわね!!あぁそうよ!アタシはアンタからしたらザコ中のザコ!!虫けらレベルよ!!でもね、ガキのアンタに馬鹿にされたまま引き下がるほどプライド捨ててないのよ!!!」
「プライド?ふふふ…面白い冗談だね。そう言うの…負け犬の遠吠えって言うんだよ。虫けらさん♪」
「ま、負け犬上等!!虫けらだと思って虫けらの意地…舐めてると痛い目みるわよ、【魔女狩り】!行くわよポンコツ!!!」
「イーハー!!」
肩にしがみついたトットにそう叫び、覚悟を決め身構えた令奈は光の鞭を勢いよくしならせ、見えない速度で小春へと凪ぎ払う。
「……うん、遅い」
放たれた鞭は複雑な軌道で小春へと向かっていく…が、小春は手に握る片手斧で軽く素振りをするかのような動作で易々と防いでしまった。
「な……」
「痛い目って言うのはさぁ~…」
「ぃ…!!?」
息をするように簡単に防がれた事実に驚きを禁じ得ない令奈に、呟くように言った小春は防いだ鞭を掴み取り、小さな身体からは想像もつかないかのような力で令奈を自身の前にまで勢いよく引き寄せた。
そして、なすがまま引き寄せられてくる令奈に、小春は右足を上げてにっこりと嗤った。
「こう言うことを言うんだよ♪」
「ぶげぇ?!!」
引き寄せた令奈の隙だらけの鳩尾に小春は鋭い蹴りを叩き込んだ。
引き寄せられる力と正面から加わる小春の蹴りの威力に内臓を抉られたような痛みが身体を突き抜け、令奈は大きく吹き飛び壁に衝突し地面に顔面から落下した。
「あ……が……ぁ…がは…!!!!!」
「あはは♡どうしたの、お姉さん?ハルに痛い目を見せてくれるんでしょ?♪教えてくれるまでハル、良い子で待ってるよ♪」
まともに受けてしまった衝撃にうまく呼吸が出来ず、激痛に腹を押さえながら床をのたうち回る令奈に、小春は狂気の笑みを浮かべ、愉しげにケラケラと嗤い出す。
「大丈夫、まだまだ死なせてあげないから…ね、お姉さん♡」
「ッッ…!!」
邪悪な狂気を含んだ小春の綺麗な眼に…ただ見つめられていただけで、令奈の身体は一瞬にして恐怖を抱き、極寒の世界に取り残されたのように震えが止まらなくなったのだった。
「まだまだハルと遊ぼ♪負け犬さん♡」
小春は無邪気な声でそう言った。




