第38章.ホラーは好き…?
のどかな陽気に包まれたお昼過ぎの柳森町市街地…
同じ市にありながら都会化されつつある柳森街とは違い、人だかりは少ないがそれでも人が途絶えない程度には様々な人がいる。
届け先に向かう小走りのサラリーマン、電話片手に忙しなく歩くOL。子供と手を繋ぎ歩く主婦…休日を満喫する若者、道路を走る車が風を纏い通りすぎていく。
そんな平和そのものである市街地に、授業の真っ最中である筈の柳森高校を抜け出した、制服姿の“3人の少女”たちの姿はあった。
「ふーん…じ、じゃあ、アリ子は2年前に……魔法が使えるようになったんだな…」
「えぇ、そうよ。一昨日魔法が使えるようになったあんたからしたらアタシは大先輩ってわけ。だから、アリ子って呼ばずにちゃんと!しっかり!!誠心誠意!!!尊敬の意を持って……!!!!堂坂先輩、って呼びなさい」
「アリ子パイセン、チィース……」
「馴れ馴れしいことこの上ない呼び方するな!!バカにしてるでしょ、それ?!」
「ケケケ!良い後輩が出来たじゃねぇか、アリンコ女?そいつの魔法、テメェの魔法より強ぇーぞ?」
頭の後ろで手を組み歩く少女、カガリがそう言ってケタケタと笑うと彼女の後ろを歩いていた長いボサボサ髪の少女、杏は「ふふん…!」と胸を張る。すると……
「「ヒャイーハー!!」」
「うわっ!?」
杏が胸を張った瞬間、2体の小さなロボが元気よく背後から顔を覗かせ出てき、それに驚いた令奈は思わず、後ずさったのだった。
「な、なによその変なのは?!」
「へ、変なのとは失礼だな!こ、コイツらは機帝反乱者モリアーティ伯爵の万能魔法メカ。『モラン&トット』、だ…!シャキーン!」
「「ヒャイーハー!!」」
「ちょっ……!?ば、ばかっ!!隠しなさい!」
驚く令奈にどや顔で大好きなモリアーティ伯爵のポーズを決める杏。
それに合わせて、モランとトットも杏の肩から飛び降り、同じポーズを決めて見せたが……2体のロボを見た令奈は青ざめた表情で慌ててモランとトットを抱き上げ、杏に押し付けた。
「なにこんな町中のど真ん中で魔法使ってんのよ!?早くしまいなさいよ!!誰かに見られたら不味いんだからね!!?」
「わわ…!ご、ごめん……魔法の練習は一晩中してみたんだけど……コイツら…すぐ、勝手に動くんだ…」
「はぁ!?なによそれ……自立する魔法ってわけ?ふん。さすが、幹部格である願望者【オリオン】の娘ね。あんたも轟カガリ同様相当ぶっ飛んでる魔力持ち主とか…大した強みの無いアタシの魔法とは違って羨ましいにも程があるわ」
「オイ、テメェ…!」
モラン&トットを戻している杏を僻むように、皮肉めいた笑みを向けて言う令奈。
そんな令奈の嫌味ったらしい態度に前を歩いていたカガリが突然、振り返るなり鋭い目付きで令奈に詰め寄ってきて、あまりの突然の出来事に令奈の肩がビクリと跳ね上がった。
「な、何よ…急に……アタシ、何か気に触ること言った…!?」
「あぁ…言った。何もしらねぇーくせに、知ったような口聞いてんじゃねぇよ!」
「と、轟……!」
状況が追い付かず怯む令奈。そんな態度すら気に入らないカガリは拳を握り振りかざす…
が、拳が振り下ろされる前に杏が二人の間に割り込み、拳が握られた腕を掴み、拳が振り下ろされるのを阻止した。
「……あぶねぇな…入ってくんじゃねぇよ」
「だ、だって…悪気、が……あった訳じゃない、だろ……?」
「……チッ、くっだらねぇ」
「痛っ!」
割って入ってきた杏を睨みつけるが、杏の不安げに向けた弱々しい目にカガリは忌々しげに舌打つと令奈の肩を突き飛ばし、踵を返してさっさと歩き出した。
「…だ、大丈夫、か?」
「大丈夫じゃないわよ…いきなり何よ!?もー、わっけわかんない!!」
「ご、ごめん…怪我とか、ないか…?」
「はぁ?何であんたが謝るのよ?悪いのはあいつよあいつ!轟カガリの方よ!!」
「ううん…アイツは……悪くない…」
杏に差し伸べられた手を握り、立ち上がった令奈は憎らしげにカガリを睨みながら杏に言うが……杏は首を左右に振り否定する。
「その、説明……できない……あたしが悪い、んだ…」
「はぁ?……あぁ、なんだそう言うこと…ふん。何よ。だったら尚更、あんたが謝る必要がないじゃない…」
「え?」
顔を俯かせ、たどたどしく口ごもる杏に令奈は一瞬、不愉快そうに眉を寄せたが……すぐに事情を察したのか。俯く杏を鼻を一蹴した。
「い、いや、でも…轟が怒った、のはあたしが「この際だから教えてあげるわ」
「え、あ……ま、待って…!」
杏の言葉を遮り、令奈は呆れ返った瞳でカガリの後を追うように歩き出す。
「お、教えるって……何を、なんだ?」
「……願望者ってね。強い願いを持った奴しかなれないの。誰の耳にも届かない。それでも誰かに聞き入れて欲しいって、死に物狂いで願う奴しか……それこそ、醜いぐらいに必死な奴にしかね」
呆気に取られた杏は慌てて令奈に追い付き問い掛けるが……令奈は返事をすることなく再び言葉を続けていく。
「願望者の奴のほとんどが訳あり持ちの連中ばっかりなの。あんたはあいつと一緒で変なお爺さんの力で魔法を手に入れた……だから、アタシはあんたには“願望者になる理由も事情がない”って決めつけた」
「……で、でも」
「でももけども何も無いわよ。あいつが怒った理由なんてそこだろうし……それに、どーでもいいわ、あんたの過去なんて興味もない…けどね。関係ないくせに、知らないくせに偉そうなこと言って…そのせいで誰かが自分が悪いとか隣でごちゃごちゃ言われるのは……“あいつに殴られた時からもう懲り懲り”なのよ」
「……あ、アリ子はどんな……願いで願望者になった、んだ…?」
「アリ子って呼ばないで。それと…嫌よそんな質問。大体、聞いた所でどうするのよ?アタシの願いなんて大したモノじゃないし、面白くもなんともないわよ」
「じ、じゃあ……と、轟に殴られた時……い、痛かった…か?」
「……本当に聞いてどうすんのよそれ?」
億劫そうに溜め息混じりに言う令奈に杏がそう訊ねると、令奈は数秒戸惑うように考えた後、“左の頬”を指先で掻きながら言うのであった。
「……“あんな痛い思いは二度とごめん”よ」
「……キヒヒ。そ、そっか…」
「な、何よ?はい、話はこれでおしまい。その気持ち悪い笑みを引っ込めなさい!」
「テメェらおせーんだよ!!なーにちんたら歩いてやがんだ!早くしろ!!」
杏の不器用な笑みに令奈が照れ臭そうにそっぽを向いていると、遠くの方で二人を待っているカガリが痺れを切らしたかのように叫んだ。
「そんな叫ばなくてもすぐに行くわよ!!ったく……馴れ合いは嫌いだとかカッコつけて言ってるくせに気にするんだから……ホラ、行くわよ。モタモタしてまた怒られるわ」
「う、うん。全く…だな」
人目を気にせず喚くカガリに、令奈はやれやれと嘆息すると賛同した杏は小さく笑い、二人はカガリの元へと走っていくのであった。
「おっせーよ!」
「はいはい、悪かったわよ。と言うか、あんたが先に行くからでしょうが…」
「まあまあ…で、“ここ”が、そうなのか?」
「おう。ここなら腹いっぱい間違いなしだぜ!」
「……ただのファミレスじゃない」
カガリが胸を張って断言した場所。それは柳森町市民なら誰もが知ってる洋食何でもござれのファミリーレストラン【サンデリア】。
そのあまりに知りなれたファミレスに、令奈は溜め息と共に肩を落とした。
「授業サボってまで来てサンデリア?どうせならもっとオシャレな場所とか無かったわけ?」
「あ?しょうがねぇだろ。新しい店じゃねぇと入れてもらえねぇんだからよ。へへ、前に工事してんの見掛けて楽しみにしてたんだよな~。久しぶりのファミレスだぜ!」
「………マジかあんた…」
改めて普段のカガリの悪評を認識した令奈は顔をヒクつかせるのであった。
「早く入ろうぜ~!腹減った腹減った~!」
「オ~…!」
「子どもかあんたたち…」
_____カランカラン…!
「いらっしゃいませ~!何名様でしょうか?」
「3人。煙草は……今日は良いや、禁煙席で」
「かしこまりました。あちらのテーブル席へどうぞ!」
3人が店に入るとカウンターにいたウェイトレスの元気のよい声が響き、カガリが指を立てて言うやすぐさま対応し、奥のテーブル席へと案内していく。
「ご注文がお決まりになられましたら、ベルを鳴らしお申し付けください!」
「あ、ありがとー……」
「さて、なに食うかなぁ~っと…和牛ハンバーグセットも良いな」
「アタシ、Bランチセットの自家製パン。ドリンク付けるならアタシ無料券あるわよ」
「……ファミレス、初めてきた…」
席に着くなりメニューを開き、決めていく二人を他所に店員にお礼を言い、店内を見回す杏。
マンションの中と時折外に抜け出し行っていたゲームセンターだけが全てだった杏にとって初めての体験であった。
「お前は何するんだ?今宵坂。ここ、洋食なら何でもあるんだぜ?」
「え、あ…そ、そうなんだ……じ、じゃぁ…ピザ、食べたい!」
「ピザ好きだなぁ、お前……」
「失礼します。こちらおしぼりとお冷やになります!ご注文はお決まりでしょうか?」
「えっと、Bランチセット。自家製パンで……ドリンクバー3つ。あんたは?」
「和牛ハンバーグ定食。ソースはデミグラ!」
「ま、マルゲリータ…のM…をくだ…さい…!」
「ご注文、承りました!メニューご確認します。Bランチセット、自家製パンお一つと和牛ハンバーグ定食のデミグラスソースがお一つ、マルゲリータピザMサイズお一つ…ドリンクバーが3つと、以上でしょうか?」
3人が頷くとウェイトレスは「かしこまりました!ドリンクバーのグラスはあちらになり、セルフとなっています。それでは少々お待ち下さい!」と、頭を下げ、てきぱきと店の奥へと入って行った。
「よーし、ドリンクだドリンク!!アリンコ女!行ってこい!!」
「アリンコ女言うな!全く…何でも良いの?」
「ウーロン茶で頼む!」
「テンション上がりすぎ…ってか、ウーロン茶って似合わな…まあいいわ、あんたは?」
「う、ううん。じ、自分で行く…」
はしゃぐカガリに呆れながら、令奈が立ち上がり、ドリンクバーへと向かう。その後をドリンクバー初体験に気持ちが高鳴っている杏が着いていく。
「ふんふんふ~ん♪もう一品くらいなんかねぇかな~?」
「ねぇねぇ。お姉さん」
「あ?」
上機嫌に鼻歌まで披露するくらい浮かれてメニューを開き、品物を選んでいたカガリに突然、小さな少女が声をかけてきた。
そして、カガリがメニューを下ろし、少女の方へ顔を向けたとほぼ同時に……少女は微笑みながら言うのであった。
_____怖いのは好き…?
少女は囁くようにそう言うと…怪しむカガリにソッと、手に持った『ある物』を見せるのであった…
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「ふっふっふっ…持ってきてやったわよ~?甘くて美味しい、令奈特製ウーロンフロート茶!」
「す、凄いぞ轟!コップを置いてボタンを押したらコーラが……って、あ、あれ…?」
ジュースを片手に和気あいあいと戻ってきた二人が席に戻ってきた……だが、何故か1人席で座って待っていた筈のカガリの姿はそこには無かった。
「なにあいつ、人に取りに行かせといていないだなんて…トイレにでも行ってるのかしら?」
「そ…それならドリンクバーの横を通るから…分かるんじゃないのか…?」
「たまたま気づかなかっただけじゃない?その内戻ってくるわよ」
「う、うん…」
「お客様?どうかなされましたか?」
「あっ、すみません。何でも無いです何でも!ほら、店の人に邪魔になるからさっさと座りなさいよ」
退店していくお客の接客を終えたウェイトレスが店内を見渡す二人を見かねて声をかけてきたが、令奈は愛想を振って手振り、杏に座るように促す。
だが、何故だか、杏は胸の内に妙なざわめきを感じ取っていた。
「お客様…?」
「もう!邪魔になるってば!!聞いてるの?!」
「あ、あの!!す、すみません…!ここに、前髪が立った女の人座ってませんでしたか…!?」
「…?はい?」
「ちょっと!?」
令奈の呼び掛けを無視し、カガリがどこへ行ったのか。聞かずにはいられなかった杏は勇気を振り絞りウェイトレスに訊ねた。
しかし、ウェイトレスは杏の質問に不思議そうに首を傾げさせ数秒悩んだ後、「見てませんね…」と、申し訳なさそうに首を振った。
「そ、そうですか……」
勇気を振り絞った質問も空振りとなり、杏はしょんぼりと肩を落とす…その時だった。
「あっ、でも小さな女の子がここに立ってたのは見ましたよ」
「え……?!」
「小さい女の子?」
「はい。ここに立っていたのをチラッとだけ…」
諦めて座ろうとしたその時、突然ウェイトレスは思い出したのか手を叩く仕草を見せ、令奈は怪訝そうに首を傾げさせた。
「そ、それってどんな……子…?」
「えっと…中学生くらい、でしょうか…?おさげをした、背の低いすごくニコニコした子で…つい先ほど店を出ていかれて……って、お客様!?」
「ちょっ?!ちょっと!!?ま、待ちなさいよー!!」
ウェイトレスが言い終えるより早く、杏は店を飛び出した。
杏の突拍子の無い行動に置いてけぼりとなった令奈は財布からドリンクバー無料券を取り出しウェイトレスに押し付けると慌てて杏の後を追いかけていくのであった。




