第37章.忍び寄る影
___日本の死亡者数は毎年、平均1万人をゆうに越えている事を御存じだろうか?
その内の何割かは怪死者、行方不明者であり、その失踪理由や死因は様々である…が。
近年、怪死者、行方不明者となった人間の数が急増しており、現在は7万人と、異例とも言える数の多数の変死や失踪と言った原因不明の人間が増えてきている。
そして、そう言った者の大半は警察によって自殺者、失踪者と判断され、余儀なく社会の裏へと処理されていく中…
___その“真実”は違う。
先に述べた7万人もの内、約3割は“怪魔”による人外被害が占めており、魔力を持たない人はこれを超常現象、怪奇と認識する他にない。
怪魔が人を襲うのはごく自然的な事であるが、問題はそれすらも上回る残った残りの4割の内容にある。
___それは“人が消えた代わりに怪魔の数が急増し出した”と言うことである…
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「ふぎぎぎぎぎぎ…!!!!ひ~ら~き~~や~が~れってんだよ~~~!!!!」
話を戻して柳森高校屋上にて、息荒くさせ懸命に何かをこじ開けようと、手に力を込めてカガリは踏ん張っていた。
「…轟、そろそろ諦めた…方がいいんじゃないのか…?」
「ふごごご…!!うるせーよ、今宵坂!この扉さえ開きゃぁ、あのくそったれジジイにようやく会えんだ!!ぜってーこじ開けてやんだよ!!!っうか、お前も手伝え!!」
「て、手伝えって……言われても、そんな小さな扉開けた所で……入れないんじゃない…のか?」
「んなもん、開けてから考えりゃあいいんだよ!つべこべ言わず、そっち持て!」
「無理だと思う…んだけどなぁ…」
手に持つ小さな扉をこじ開けようとするカガリの無茶ぶりに、杏は困った顔でカガリに言うが…カガリは聞く耳を持たず、杏はやむなく指示された扉の両端を持つと懸命に引っ張った。
「……ハァー、アホらし…それ、魔力を込めないと開かないわよ」
「んだと!!?」
扉を前と後ろで引っ張り合う二人を見かねたのか。傍観に徹していた令奈が突然呆れ果てたように首を左右に振ると、カガリに大きく嘆息してみせた。
「大体、そのちっちゃな扉の先にどんなお爺さんがいるか知らないけど、その人が魔法で作った扉でしょ?いくら、ばか力のあんたでも力任せで開くわけが……うぎゃっ!!?」
「誰がばかだコラァ!!?開け方知ってんなら、偉そうな事ほざく前に開け方を教えやがれ、アリンコ女!!」
「あ、アリンコ女って言うな!!!毎回毎回アタシの顔面ばっか狙い打ちすんじゃないわよ、この人でなし!」
「人でなしはテメェの方だろうが!!良いからとっとと教えろ!それとも何か?前みたいにまたテメェの顔面をボッコボコにしてっても良いんだぜ!?」
「グッ…!!わ、分かったわよ…教えればいいんでしょ教えれば……!覚えときないよ…!!」
扉を顔面に投げつけられて真っ赤になった鼻を押さえ、令奈は涙目で投げつけたカガリに怒鳴るように叫ぶが…。
令奈の怒声など効く筈もないカガリに怒鳴り返された挙げ句、ボキボキと指の骨を鳴らす脅しに、令奈は呆気なく敗北したのだった。
「が、頑張れ~…アリ子~…」
「誰がアリ子だ!堂坂令奈よ!れ・い・な!ったく…良い?自身が願った欲望の魔法以外にも魔法は応用出来るのよ」
やる気の無い杏の声援に唸りながらも令奈は渋々、扉を床に置くと見守る二人に魔力について説明をし始めた。
「魔法の応用は大きく二つ。一つはアタシたちの存在を隠す結界。二つ目はこれ、魔力で作られた道具に魔力を当てることで起動させることが出来るの」
「魔力を当てる…?パスポ、みたいな感じか…?」
「元も子も無い事言うわね、あんた…。まあ簡単に言えばそうなんだけど…この扉が小さいのは多分、魔力が通ってないから…ほっと」
右手のひらに小さな淡く輝く光が現れ、令奈はそのまま軽く扉に触れると、扉は瞬く間に人が入れる程の大きさに変化したのだった。
「おぉぉぉ!!」
「すげー、マジであんときの扉になりやがった…っうか、結構でけーんだな」
「ふふん!どう?少しは見直したかしら?これでも魔法使い歴は長いんだからこれくらい朝飯ま……」
「でもこれ…大きくなっただけで開かない、ぞ?」
「はぁ?」
扉に背を向け、鼻高々にして自慢げに語る令奈を無視して扉を開けようとしていた杏の一言に、令奈は怪訝そうに振り返った。
「うわ、マジだ。オイ、どうなってんだ?アリンコ女」
「アリンコ女言うな!ちょっとそこ退きなさいよ!!そんなわけあるわけ……ふんぎぎぎ!!!」
開けようと試みていたカガリを押し退け、令奈は力一杯扉を開けようと試みるが…
「も、もう……む、ムリ…固すぎぃ…」
押せど引けど、依然として扉は頑なに閉ざされたままで、力尽きた令奈は滑るように地面に突っ伏した。
「な、なんで開かないのよこの扉ぁ…!?内側に鍵でも掛かってるんじゃないの!!?」
「オレが知るかよ」
「右に同じ…でも、本当に開かない、な。どうなってる…んだろ?」
「おらっ!!…チッ、やっぱビクともしねぇな」
息切れた状態で表情を青ざめさせる令奈を眺めていたカガリと杏は扉を叩いたり、思いっきりに蹴ってみたりと試すが、やはり扉は沈黙したまま一向に開かない。
そして、令奈が注いだ魔力が尽きたのか。数分もしない内にまた元の小さな扉へと戻ってしまったのだった。
「結局振り出しかよ…役に立たねぇなぁ~アリンコ女」
「だらしない、ぞ…アリ子」
「アリ子でもアリンコ女でも無いわよ!!好き勝手に呼ぶな、馴れ馴れしい!!と言うか、そんなに入りたいなら自分たちでやりなさいよ!魔力操作くらいディアさんに教わってる筈でしょ!?」
「そう言えば…ディアさんは?さっきまでいたのに……」
「あ?あぁ、あいつなら今…ほらよ。いつの間にかイヤリングになって寝てやがる…3日に一回くらいの感覚で昼間に寝るんだよこいつ」
「へ、へぇー…こうもり、だからかな?」
「知らね。まあ、その内起きんだろ」
「少しは人の話を聞け!!バカ共!」
あまりに思いやりの無い二人に令奈は目尻を吊り上げ、大声で唸るも、カガリと杏はちっとも気にした様子も無く、眠るディアの話題に夢中であった。
「んだよ、そうギャーギャー騒ぐなよ…アリンコ女。テメェの話に飽きただけだろ?」
「開き直んな!誰が押し付けたと思ってんのよ!?後、アリンコ女言うな!」
「ま、まあまあ…菓子パン食う、か?」
「アタシのお昼ご飯よ!って、一個しか残ってないじゃない…!?あぁもう、ほんっっと…身勝手過ぎるわよ。あんたたち…!」
あまりの二人ね自由さに令奈は頭に手を当て、ふらふらとその場に座り込む。
そして、空腹を知らせる腹の音が小さく鳴り響いた。
「お、お腹減ったぁ…アタシのみたらし餅団子…楽しみにしてたのに……」
「……さそ「言わせないわよ?」
そこまでの自由は許さないとばかりに杏の言葉を令奈は切れ味鋭いツッコミで遮ったのであった…
因みに、それを見ていたカガリは不思議そうな顔で首を傾げさせるのであった。
「……しゃーねぇなぁ…そんなに腹減ったんなら“あそこ”にでも行くか…」
「はぁ?いきなりなによ。どこ行く気か知らないけど、もうすぐ授業が始まるのよ?アタシ、あんたたちと違って優等生で通ってるんだから嫌よ」
「テメェが腹減ったったんだろが。それに優等生か何だか知らねぇーがテメェの魔法ならその辺上手く誤魔化せんだろ?」
「ぐっ…!ほんと…あんた、そう言うところは鋭いわね…嫌な奴…」
「テメェにだけは言われたかねぇーよ」
気だるげにそう言うと、カガリはひらひらと手を招き、屋上出口へとさっさと歩いていく。
「ちょ、ちょっと…アタシは行かないって…!」
「い、行きたいなら…素直に着いてったら……?」
「な?は、はぁ!?あんた何言って…それにアタシは一言も“行きたい”だなんて言って……!」
「……アイツも…一言も“着いてこい”って、言ってない…けどな…」
「ッ…!」
杏の正論に、令奈は耳まで染まる程真っ赤に赤面させ、返す言葉を詰まらせた。
「ひひ……じ、じゃあな。アリ子…あでゅー……」
「あっ!?ちょっ…!!!」
面を食らっている令奈を見た杏は小さく笑った後、決めポーズを決め、カガリが出ていった出口に走っていく。
残された令奈は慌てて杏を引き止めようとするも、すでに走り去ってしまった杏はその場には居らず、伸ばした手は虚空を掴むばかりであった。
「ッッ……!ま、待ちなさいよ!!!」
杏が言い残した言葉に一人、屋上に取り残された令奈は歯を食い縛り地団駄を踏んだ後、躍起になったように腕を激しく振り、二人の後を追い掛けていく…
誰も居なくなった屋上に涼やかな風が吹き抜け、残された菓子パンが入った袋がばたばたと羽ばたく…
______その時であった。
「勿体無いなぁ~…食べ物を残すだなんて、悪い子のする事なのに!」
誰も居ない筈の屋上に…少女の明るく弾んだ声色が突然、どこからともなく鳴り響く。
そしてその数秒後、転落防止の為に張られたフェンスの上に空から小さな少女が降り立った。
「ふふふ!でもいっか!丁度、お腹空いてたし…もらっちゃおーっと!いっただきま~す♡」
フェンスから飛び降り、軽やかな足取りで菓子パン入り袋の元まで近づくと、少女は菓子パンを手に取り、小さな口を出来るだけ大きく広げパクリ、と美味しそうに食べていく。
「んふ~、甘くておいし~♡さて…ほいっと」
菓子パンを頬張るあまり、口の回りがジャムだらけになりながら、少女は再びフェンスの上に飛び乗り、菓子パンを片手に可愛らしい仕草で学校周辺を見渡し、何かを探し始めた。
「ど~こ~に~行った~か~なぁ~~?っと…あはは!いたいた!!見ぃ~~つけ~た~~っと!♡」
一望していた景色の中から学校から離れていく“3人”の姿を見つけ、少女は嬉しそうに声をあげ、まさに花が咲いたように嬉々として笑う。
______ブゥゥゥ…ブブゥゥゥ…!!
「あ…えーっと……あったあった。あーむ…!むぐむぐ……もひもひ?」
3人を見ていた少女のポケットから突然、バイブする音が鳴り、すぐさま手に持つ菓子パンを口に押し込んだ後、少女はポケットに閉まっていた携帯電話を取り出し、咀嚼しながら電話主に返事を返した。
電話の向こうにいる人物は怒っているのか怒鳴っているようであったが…少女はマイペースに口の中に残ったパンをゆっくりと飲み込んでいく。
「むぐむぐ…んぐ……テヘヘ、ご飯食べてた♪うん、大丈夫だよ♡ちゃんと“見つけた”。もちろん見つかって無いよー♪うん、うん…わかった!じゃあまた後で掛けるね♡バイバーイ♪」
明るい口調で通話を切ると、“3人”の姿を見失っていたが…それでも少女の笑みが崩れることは無く、むしろ、その表情はより一層嬉しさを隠せないとばかりに笑みが深くなっていく。
「む~ふふのふ~♪噂の魔法少女……一体どんな子かな?♪楽しみにだなぁ~~……うふふ、ははは……アハハハハ!♡」
少女はフェンスの上で高々と常人ではあり得ぬ跳躍力で“3人”が消えた町の方角へ跳んでいく。
少女の顔は嬉々として笑う。花のように咲いた笑みの下で、堪えきれぬ高揚を抱きながら嬉々妖々に嗤う。
それは新しい玩具を買って貰って喜ぶ子供のようで……
それは生きた昆虫の手足を捥いで悦ぶ子供のようで……
少女の笑みはどこまでも純粋で、どこまでも狂気に満ちた笑顔であった。
最初に述べた話を覚えているだろうか?
怪事件の裏には怪魔が関わってるのは過言ではない……だが、それは人の世に潜む闇のほんの一欠片でしかない。
山に囲まれた小さな都市であるこの【十種市柳森町】に潜む闇は一つではない。
それこそ……“怪魔”に引けを取らない程の大きな闇が存在するのだ…
彼女たちは気づかない。平穏の日々は既に断たれ、一筋の光も通さぬ闇が…深淵に潜む者たちがゆっくりと忍び寄っていることを……




