第33章.開幕の夜
時刻は深夜4時…
草木は眠るも人は眠らぬ夜の街、【柳森街】。
突如として事件は起こった。
「危険ですので下がってください!!まだガス爆発の可能性があります、危ないから下がって!!」
立ち入り禁止と書かれたテープで囲まれた瓦礫の山。
そこに、何が起こったのかと群がり、ざわつく野次馬の喧騒を必死に押し止める警察。
辺りには何台もの赤色灯が光るパトカーと消防車が並んでおり、現場の調査隊と消防隊の誰しもが険しい表情で走り回っていた。
そんな緊迫した空気を漂わせた慌ただしい瓦礫だらけの現場の中、大柄な体躯のトレンチコートを着た強面中年刑事とその後を歩く二人の若い男女の姿があった。
「ひゃ~……すごい瓦礫の山…まるで怪獣が通った跡みたいだな~」
「流石ですねぇ~、小鳥遊センパイ。期待を裏切らない残念さです」
「それ褒めてないよ!?谷田ちゃん!」
「静かにしないか小鳥遊!」
「うぇぇぇ!僕だけですか?!川内さん!!?」
上司である川内刑事に叱られ、知らぬ顔で歩く巡査長の谷田の隣で巡査である小鳥遊は理不尽だと肩を落とした。
「それにしても川内刑事~。たまたま現場近くにいたから出動させられたのは分かりますが、マンションが壊れる爆発って有り得ないと思うんですけど…ここ、確かまだ入居者がいない高層マンションでしたよね?」
「そうだ、谷田。さっき重傷者として病院に運ばれていった『今宵坂グループ』の大本の、今宵坂星司が所有者だったらしい」
「え?!『今宵坂グループ』ってあの大手電力ゲームメーカーの大企業じゃないですか!それに重傷って…爆発現場に居合わせたってことですか!?」
「よく生きてましたねー、その人…」
「確かにな…」
「おー、川内!」
三人が歩いていると、立ち入り禁止と書かれたテープの外で鑑識官から報告を聞いていた無精髭の生やした男が立っており、川内を見つけるや手を振ってきた。
「お疲れさまです。梁田警部」
「「お疲れさまです!!」」
「あぁ、良いって良いって。こんな夜遅くに悪いね」
三人は小走りで梁田と呼ばれた警部の元まで行くなり敬礼し、すぐさま、頭を下げた。
そんな三人の律儀さに、梁田は目尻を下げ気さくに笑って見せた。
「いえ、お心遣いありがとうございます。それで、状況は?」
「うーん、それがなぁ…なんと言ったらいいか…ちょっと、面倒なことになっててな」
「面倒なこと…それは、一体?」
歯切れの悪い言葉を言い、首の裏を撫で困った顔をする梁田に川内は訝しむように首を傾げさせた。
すると、梁田は鑑識官を持ち場に戻させると人目を気にするようにして辺りを見渡し、近くによれと川内を手招きすると小声で耳打ちした。
「なんかさ、妙な連中が来て捜査の邪魔してんだよ」
「妙な連中?」
「そ、通報を聞き付けて現場の調査してたら突然、後からやって来てな。どうも政府から派遣されてきたみたいなんだが…上からのご政令かなにか知らないが迷惑なことによ。現場の権限を全部持ってちまったのさ」
「……だからですか」
お手上げだと言わんばかりに両手を軽く上げる梁田の後ろの方で、先ほどから捜査一課の人たちが白い丈の長いコートを着た若人に凄い剣幕で怒鳴り散らしているのが見えていた。
だが、余程ご立腹な様子の警察に対し、白で統一された政府の人たちは気にも止めずに我が物顔で現場を指揮していく。
「さっきからウチの若い衆といがみ合ってはいるが……見ての通り、こっちの話なんか聞きやしない。全く、こんな夜遅くに出っ張って来たって言うのによ…」
「うわぁ~……あの鬼の巣窟と呼ばれる捜査一課をまるで相手にしていない…きっと嫌な性格した人たちしかいないんだろうなぁ…」
「奇遇ですねぇ、小鳥遊センパイ。私もそう思いましたよ…如何にもお高く止まったエリート集団って感じで、ああいう連中は嫌いですね。政府の犬ですよきっと、“ホワイトドッグズ”ってよんでやりましょう」
「お前らなぁ…梁田警部の前だぞ?」
「ハハハ、気にするな。むしろもっと言ってやれ」
白衣の集団の嫌気さに表情を歪ませた二人の上司の前だと言うのに隠す気もない悪態に川内は頭を抱えるも、梁田は人柄良く愉快そうに笑って見せる。
「さて、これ以上ここに居たってしょうがないから俺らは引き上げるとするか。後はあの政府直々のご政令された連中が片付けるだろ」
「そうですね、お疲れ様です。梁田警部」
「「ご苦労様でした!」」
「おう、お疲れ様。さて、帰って一眠りでもするかなぁ~……あっと、そうだ。忘れてた……悪い、川内!」
「はい?」
敬礼する三人に手を軽く振り、梁田は部下たちの元へと戻っていく最中、何かを思い出した梁田が川内の元まで戻ってくると再び耳打ちをしてきた。
「二人に聞いたぞ~、川内~?お前、こないだの事件の時に変なコスプレ娘に逃げられたんだって?」
「は、ハハハ、えぇまあ…その、お恥ずかしいながら……」
意地悪く笑う梁田に逃げようとした二人をヘッドロックを決めた川内は複雑そうに表情を引くつかせた。
しかし、梁田はすぐに表情から笑いを引っ込めるや、目線だけで辺りを伺い、ある話を川内に伝えた。
「あのよ。マンションの崩壊はあの白衣の奴等が陣取ってる場所なのは確かなんだが…鑑識官の話じゃどうも爆発じゃないらしいんだよ」
「爆発じゃない?」
「あぁ、連中が来る前に鑑識官が調べた結果だがな」
「…じゃあ。原因は一体?大手企業が作ったマンションが瓦礫の山に変わるなんて爆発以外あり得ないのでは……」
「確かにな、まあ話は最後まで聞けよ」
川内の最もな疑問に、梁田は小さく笑い話を続ける。
「マンションが崩壊するのを目撃した周辺にいた複数人の人たちの証言によれば、紫色の雷がここに落ちたって言うんだ。その証拠に落雷したらしき場所は焼け焦げてた上に隕石かなんか落っこちたみたいにどデカイクレーターまであった」
「クレーター……?」
「あぁ、このマンションはどうやら爆破解体みたいに内側に壊れてるらしい。だがな、不思議なことによ。その中心から離れた場所で意識不明のまま全身くまなく重傷で寝転がってた筈の今宵坂星司氏の血痕が中心地にはあった……でだ。マンション崩壊後、現場近くを通りかかったパトロール中だった警官がおかしな黒い格好した少女を目撃したんだとよ…」
「……まさか」
信じられないと口にする川内に梁田も同意するかのように静かに頷いた。
「ここ数ヶ月、この町は俺たちの知らない何かが起こってる……とんでもないくらい嫌な『ナニか』だ。そして、お前が追ってる少女がそれを知ってる筈だ。俺の話を聞いておいてまだ探すっうなら……充分気をつけろよ…川内、お前は無茶ばっかすんだからよ」
「…肝に命じておきます。梁田警部」
「……ちなみに、その子は柳森町の方面で姿を眩ましたらしい……それだけだ。じゃあな、川内刑事。今度飲みに行こうぜ~」
梁田はそう言うと何事も無かったかのように川内から離れ、捜査一課の元へと去っていく。
川内は梁田の背を最後まで見送った後、ようやく、必死にタップしているヘッドロックしていた二人を手放した。
「イタタタ……く、首が取れるかと思った…」
「ほ、本気で死ぬかと……川内刑事酷いですよ~…」
「お前らが悪い!ホラ、馬鹿を言ってないで早く来い。帰るぞ!」
「ま、待ってくださいよ~!!」
「川内刑事~!!!」
痛がる二人を置いて、川内は元来た場所へと引き返していくと、残された二人は慌ててその背を走って追いかけていくのであった。
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遠くの夜空でサイレンの音が寝静まった十種市柳森町の市街地に微かに鳴り響く。
そこに出歩く者がいなくとも、暗がりを照らし続ける街灯に二つの影が早足に駆けていく。
二つの影は時折、背後を気にするように首を後ろに振り返らせ、人目を避けるように路地へと消えた。
「はぁはぁ……撒いたか?」
月の光り届かない影となっている塀にもたれ掛かり、轟カガリは息を切らしながら隣にいる少女に訊ねた。
「ぜぇ…ぜぇ…!!ウッゲホゲホ!!!し、知らない……てか、あぁ…も、もうムリ走れない…づ、づがれだぁぁ…!!」
激しくむせ返り、息も絶え絶えになりながら杏はカガリにそう言い返す。そして、よっぽど疲れたのだろう。彼女はそれが遺言だとばかりにガクリと地面に突っ伏し力尽きた。
「うぅ…運動不足の引きこもり少女にぜ、全力疾走させるとか……鬼畜過ぎる…!く、口から心臓が飛び出すかと思った、ぞ…!?」
「知るか、っうか…疲れたって言うわりには喋りまくってんじゃねぇかよ、お前……」
青い顔をして寝そべったまま文句を立てる杏に、カガリは素っ気ない態度で受け流し、呆れたように嘆息した。
「つ…冷たい奴……」
「ケッ、悪態つける元気がありゃ問題ねぇーだろ。おら、さっさと立てよ、みっともねぇ」
「ぶぅぅ…面倒くさ…」
カガリがそう言うと、寝そべっていた杏は渋々起き上がり、不満げに頬を膨らませた。
そんな杏のふてぶてしさに、カガリは額に手を当て、再びため息を吐いた。
「手間の掛かるやつ…」
「貴様がそれを言うなである」
カガリの頭上からバサバサと音を立て、呆れた口調でディアが空から杏の頭へと降り立った。
「いちいちうるせーよ。んなことより、どうだったんだ?あのくそジジイは見つけられたのかよ」
「我が主をくそジジイ呼ばわりするでない。無礼者め……ハァ、主殿の気配は塵一つ分も感知出来なかった。恐らく、杏殿に魔法を授けた後、すぐに自室に戻られたのであろうよ」
「チッ……んの野郎、おちょくってやがんのか…?バカにしやがって!覚えてろよあのくそジジイ!いつかぜってーぶん殴ってやる!!行くぞ、ディア!さっさと帰って今日は終いだ!」
「やれやれ…」
「あ……あの、さ。不良女……ちょっとだけ…いいか…?」
「あぁん?」
ディアのやや冷め切った視線を気にも止めずに憤るカガリが帰ろうとした矢先、後ろから杏に呼び止められ、カガリは半身を後ろに振り向かせた。
「…なんだよ?」
カガリが怪訝そうに聞くと、杏はへにゃっとした笑顔を作り、顔の前で手をパタパタと振り出す。
「い、いや、その……別に大したこと無いんだけどさ…また、会えるかなって……」
「はぁ?……いきなり何言ってんだお前?」
「だ、だってホラ!同じ柳森に住んでるんだから、どこかで会うかもしれないし……そ、それにさ!あ、あたしだって魔法少女になったんだ!きっと、い、いや!役立つからさ…!そしたらまた一緒に戦ったりして……あんたと……一緒に……さ…」
不馴れな笑顔を見せ一生懸命カガリに思いを伝える杏であったが、自信が無くなっていったのか。
言葉を続けるに連れ、杏は次第に顔をうつむかせ、胸の前でモジモジと指を絡ませる。
そして、頑張っていた弱々しい声は最後まで言葉になることなく、静かに途切れた。
「……ご、ごめんよ、やっぱり……何でもない。そ、それじゃ…元気でな……」
耳が痛い程の静寂に押し潰され、杏は顔をうつ向かせたまま走り出しその場を去ろうとした。その時だった。
「ぬあっ?!」
走り出した体が、突然、強い力で後ろに引っ張られた。
驚いた杏は慌てて背後の方へと振り返り原因を確かめると、何故か、やや不機嫌そうに唇を尖らせたカガリがまっすぐに杏の顔を見つめ、杏の腕を掴んでいた。
「な、なんだよ…その顔……急に…どうし……」
「どこ行く気だよ、お前」
「ど、どこって……それは…アイタッ!!!?」
カガリの行動に杏が戸惑っていると、カガリは非常に淡白な声色で杏に問いだした。
突然の質問に、杏が狼狽えているといきなり、額に軽い小さな衝撃と痛みが走った。
「さっきから意味わかんねぇことごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ、引きこもり」
「い、いきなり…なにすんだ、あんた!!?」
「オレはあんたって名前じゃねぇよ、ボサ髪根暗女。おら、早くしろよ」
カガリのデコピンで真っ赤になった額を擦り涙目で睨む杏に、カガリは短くそう言うと、頭の後ろで手を組み返事も待たずに再び歩き始めた。
「ちょっ…ハァ?!おい!い、意味わかんないぞ!?」
「はぁ…お前もいちいちうるせーなぁ…言わなきゃわかんねぇーのかよ」
一体、何がしたいのか。全く読めないカガリの意図に杏が叫ぶと、カガリは気だるげに半身だけ振り返らせると呆れ果てた顔で杏に言うのだった。
「さっさと来いよ。行くとこ、ねぇんだろ」
「え…?」
「ぐずぐずしてると置いてくぞ。今宵坂」
思いもしない言葉に、面を食らった顔で呆気に取られている杏に、カガリはニッ、と…小さく笑い歩き出す。
「ぁ……ま、待って…!お、置いていかないで、くれよー!!」
「ケケケ…!だったら、ちんたら歩いてんじゃねーよ!」
「はぁ…手間の掛かる娘たちである…」
背後から慌てて追いかけてくる杏に、カガリは意地悪く笑う。
そんなカガリを肩の上で見ていたディアは口角を僅かに緩ませながらやれやれと嘆息すると空を仰いだ。
夜空は終わり、暁の空へと変わり、明朝の日が来る。
激闘から早数時間。薄暗かった空は刻一刻と、明るみを帯び、ゆっくりと広がっていき、町を優しく照らしていく。
(じきに…夜が明けるであるな)
黒が紺へ、紺が藍へ、藍が青へ変わる。
新たな魔法少女の誕生を祝うかのように朝日が迎えようとしていた。
「な、なあ…そう言えば、聞いてなかったんだけどさ…」
「あ?何がだ?」
「あ、あんたの名前…まだ、聞いてない…ぞ」
「あー……そう言いやぁ、名乗ってなかったなぁ」
隣を歩く杏に言われ、カガリは思い出したかのように歩きながら空を仰ぐと、口角を吊り上げ、改めて、杏に名乗るのだった。
「オレは轟カガリ。泣く子も黙るスーパーヤベー不良だ」
「ヒヒヒ、なんだそれ…ダサい自己紹介、だな…」
「お前が言ってたヤツより、マシだっうの!」
そう言い、二人は笑い合いながら朝日を背に、柳森町へ帰っていく。
『不可視夜祭』の幹部、【今宵坂星司】との激しい戦いの末、星司の娘である。新たな魔法少女。『ミッドナイトスター』、今宵坂杏と共に勝利したカガリたち魔法少女。
組織を担う一角を落とした彼女らの悪行は瞬く間に全魔導協会中に広がっていく。やがて、闇に潜みし全ての願望者たちの耳に届く頃には…
魔法少女ブラックローズの悪名を知らぬ者は魔導協会から居なくなっていた。
そして、彼女らの日常を脅かす更なる魔の手が再び、静かに忍び寄っていく……
魔法少女轟カガリの怒涛の物語は…今宵、静かに幕を開いたのだった。




