第27章.バレバレ都市伝説
カタカタと淡白な音を立てリズム良く響かせるPCのタイピング音が閉めきった部屋に淡々と広がる。
個人で使うにしては大掛かりとも言える機材などが設備されたデスクに座る杏は手慣れた手つきでPCを操作し、次々と画面モニターに表示させていく。
「えっと……とりあえず、数日間前の…柳森町中のぼ、防犯カメラの録画映像を探してみる、でも……せっかく、家に来てもらってこんな事言うのはなんだけど……あんまり、期待しない方が良いと思う……」
「あ?…なんでだ?」
「それは、その……ね、寝たふりして聞いてたお、お前ともう二人の会話の内容……正直、何言ってんだ感凄すぎ……魔力とか霊感とか……完全にオカルトの領域だし……そんなワケわからないのが映ってる気がしない……お、お前…ヤバい薬とかしてないよな……?」
ゴニョゴニョと言い辛そうに言い淀む杏はカガリの機嫌をうかがい、視線をちらほらと向ける。
怒らせてしまったのではないかと体を怯えさせる杏に、カガリは呆れた目を向け、それ以上興味がないと言うようにPCの画面に視線を戻した。
「………お前、ビクビク、ビクビク見てるだけでもムカつくくらい鬱陶しい根暗な態度のわりには良い度胸してるよな…」
「な、なんだよそれ……お、怒ってる…のか?いて!」
「んな事でいちいちキレるかよ。バカ言ってねぇでさっさと調べろタコ……っうか、まだ調べ終わんねーのかよ?」
「ふひぇ?!ちょっ…ちょっと待ってくれ…あった、って!あぁぁコラ!が、画面を突っつくなぁ!」
怖じける杏の額を軽く指で弾き、杏よりもまだ有力な情報が出てこないPCの方に苛立つカガリは画面を睨み付ける。
杏は慌ててPCの操作を早め、小難しい表情をしたまま画面を突っつくのをやめないカガリの目の前に一枚の映像画像を表示させた。
その映像は柳森町商店街付近ビル、とだけタイトルが書かれており、僅かに商店街から漏れだす外灯の光のみで真っ暗な映像ではあったが、映像の左上にはPM21:33と表示され、撮影時刻が夜であることがカガリにも分かった。
しかし、分かるのはそれのみでこの映像に一体、何が映っているのかまでは分からない。
「んだよこれ…何にも映ってねぇーじゃねぇか。これのどこに映ってんだよボサ髪女」
「せ、せっかちな奴だな……飛ばすぞ…」
カチャカチャとマウスを動かし、録画時刻をPM21:35まで早送りされる。
その数秒間、真っ暗な映像にぼんやりと映る電柱の上に突然、人影らしきモノが映り込み、器用に降り立つと同時に跳躍し映像から瞬く間に消えた。
杏は素早く映像を巻き戻し、人影らしきモノが映り込んだ瞬間の映像で静止させる。
「三日前、の映像……安い合成映像みたいな感じだけど……映ってる…でも、これだけ暗いと…あんま意味無い、な…」
他にも映っていないか、杏はマウスやキーボードを操作し、早々と録画映像を探し見つけ出しては、カガリに見えやすいように隣のモニターへ映像をスライドさせ並べられていく。
「け…結構頻繁に撮れてる…みたいだけど……全部、同じ人……と言うより、超人か?それっぽい…な。某有名モンスター並みのえ、エンカウント率だ……寧ろこいつしか、いないのか?」
杏に選別され、次々と表示される映像は全ては別の場所、時間帯ではあるが、映像に映っている人影を凝視するカガリの表情が苦虫をすりつぶしたよりも苦い顔に変わっていく。
(これ……全部オレじゃねぇか!)
「ど、どうした?腹、でも痛いのか?」
「そうじゃねぇ…そうじゃねぇが……!」
映像にバッチリと映る魔法少女に変身し、夜の町を快調に飛び回っていた自分の姿。
撮られていたなど露知らず、顔こそはバレてはいないが様々なアングルで映る自分を見るのは心底、恥ずかしいものがある。
「お、お前…平気か?なんか、さっきから顔が中二病の頃の黒歴史を好きな人に暴露された高校生みたいな顔になってるぞ…?」
「う、うるせーな…この映像はもう良い!それより……もっと別の奴が映ってるやつはねぇのかよ…?」
「……あっ、もしかして、これお前…とか?なんて……」
適当にあしらおうとするカガリの態度を見て、杏は軽く手を叩き、からかうように指摘するとカガリの体がギクリと跳ね上がった。
「……」
「え…その反応……え……うえぇぇぇ!!?」
それを見た杏は戦慄き、ジト目で不健康さが際立っていた隈だらけの瞳をみるみる内に夢見るサッカー少年のように輝かせた。
「ま、まさかの本物!!?すすす、スゲー…!!これもこれもこれもこれもこれも映ってるの全部お前!?マジスゲーよ…こんな事ってありえるんだ!!!あっ!ってことは別行動した二人も同じ超人ってことか!!?魔力がどうとか言ってたことは魔法とか使えるのか!?ちょっとだけで良いからあたしに見せてくれないか!!!?」
「だぁぁぁぁぁぁ!!うるせうるせうるせーーー!!!はしゃぐんじゃねぇよ!!」
「あ……ご、ごめん…つい興奮、してしまった…」
興奮し矢継ぎ早に繰り出される杏の饒舌な質問攻めに追い払うようにカガリは怒鳴った。
すると、すぐさま自身の非に反省し、元のテンションで戻った杏だったが、その目の輝きは未だ失われていない。
「す、スゲー…なぁ。エ◯ァやガン◯ム、ヴァ◯ツァーが存在しない現実なんてクソゲーだと思ってたけど……まさか、異世界物のラノベや非日常系異能バトル物の小説みたいな事が本当はあったんだなぁ……十種市都市伝説『夜の町を飛び回る謎の少女』最高……」
「あ、あん?夜の町を飛び回る少女?なんだそりゃ?」
「ふひ?あ、あたしが名付け親の……最近認知された都市伝説、だ…」
小首を傾げるカガリに杏はマウスを動かし、PCの隅にあるフォルダにカーソルを持っていきクリックすると『十種市怪奇情報掲示板』と名のついた掲示板が表示された。
「……んだこりゃ?」
「み、見ての通り…十種市で起きるか、怪談とか怪奇現象の情報とかある掲示板、だ……例えばこれ。最近ニュースで上がった『雨天に起きた意識無き人々の行進』や、昔からある『引きずり込まれる境界』。結構有名なので『人が消える山奥の廃ビル』。こんな、感じで最新から古いのまで、十種市で起きる信憑性皆無のオカルト話に盛り上がる場所だ…暇な時に見ると結構、面白い…にひひひ!」
「……そうかよ」
若干饒舌に戻ってしまっている杏の不器用に強張った笑みを横目で見つめながら今、述べた怪奇は全て経験済みのカガリは複雑な気持ちで嘆息した……その時だった。
「あ、れ…?」
「ん?どうかしたか?」
「消えてる…あたしが載せた都市伝説がどこにもない……?」
何度も画面のページを飛んだり戻ったりして確認するも、杏が載せた『夜の町を飛び回る謎の少女』の記事はどこにも見当たらない。
「誰かに消されたんじゃねぇの?」
「そんな訳あるかぁ!!い、一度ね、ネットの海に情報が流れたら最後、に、二度と回収出来ないくらい……じょ、情報は拡がるんだぞ!?閲覧禁止にされて見れないなら未だしも……検索ヒットすらしなくなってるなんてあり得ない……」
杏は困惑のあまり、必死に情報を探し様々なページを開けていく。
ネットなどには疎いカガリはいまいち状況を理解していないようでその様子を見つめていた……
“プルルルルル……!”
「ヒッ!!!!?」
「なんだ?電話か?」
突然、出入口近くの壁に設置された電話機が鳴り出す。
カガリは特に驚くことは無かったが、何故か…杏だけは血相を変え、大慌てで時間を確認すると血の気が引いたように表情を青ざめさせた。
「ま……まずい…と、“到着”したんだ…!!」
「到着?一体、誰がだ……」
「うるさい!ちょっと黙れ!!良いか?!絶対に声を出さないでくれよ?!!絶対だぞ!!?」
「うぉ!?お、おぅ……わかった…」
必死な形相で迫る杏の危機迫った剣幕に圧倒されたカガリは静かに頷くと、杏は慌て受話器を取り、余程重大な事が起きているのか。
背を向けられ会話は聞こえないが、見えない受話器の向こうにいる相手に弱々しく何度も頭を下げ、一方的に切られたのか。僅か数秒で受話器を戻すや否や…杏は猛ダッシュで玄関に行き、カガリの靴を持ってきた。
「な、なんだよ?」
「ここ、これ持ってベランダに隠れていてくれ…!!!」
「あ?!ちょっ、押すな!おいコラちゃんと説明しろ!!」
「そんな暇ない!!頼むから見つからないように隠れていてくれ!!!」
「うわっと!?ま、マジかお前!?」
有無言わさず、杏に靴を渡されベランダへと勢い良く閉め出されたカガリ。
「ご、ごめんよ…後で絶対、説明する…から…」
「おい!チッ!…なんなんだよ一体!」
訳を聞こうとしてもベランダに追い出された挙げ句、カーテンまでされ、一人取り残されたカガリはその場で胡座をかき、不機嫌な表情のまま頬杖を付くとふて腐れたように不満を漏らした。
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「はぁ…はぁ……大丈夫、いつも通り……絶対にバレない……落ち着いてやるんだ…」
息を大きく吸い込み、深呼吸をして自身を落ち着かせながら、杏は暗示するように繰り返し呟く。
“ピン……ポーー…ン…”
激しく胸打つ心臓の音がようやく元のリズムに戻ったと同時に……部屋に来客を知らせるチャイムが鳴り響いた…




