第25章. 根暗でオタクなゲーム好き
「ゲーセン行って人を拐ってくるってあんた正気なの?!」
「うるせぇなー!!しょうがねぇーだろ。成り行きだ成り行き!!」
『すぷらっしゅGM』から僅か5分足らずの場所。
企業争いに負けたのだろう。売り出されていた立ち入り禁止の小さな廃ビル内で言い争う二人の声が響き渡る。
カガリと令奈はカガリが連れてきてしまった少女の事で揉め合っている最中であった。
「意味わかんない…!どういう経緯があればそれが連れてくる事になんのよ!?あぁーもうホント最悪!!マジあり得ないから!!正真正銘のバカよ、バカ!!大バカよ!!」
「てんめぇ…!たいして役立たねぇくせに言いたい放題、言いやがって…!!」
「あんたが悪いんでしょうが!!」
「やかましい!!」
「ぎゃん!!」
カガリの度重なる常識はずれな所業に遂に怒りが頂点に達した令奈は一歩も退かずにカガリに反抗する。
しかし、目を覚まさない少女を連れてきてしまったカガリの責任ではあるのは間違いなのに、カガリは知ったことかと令奈のお尻を蹴飛ばし、暴力に物を言わせた。
「ぐぎゅぎゅ…この暴力女め…!アタシのお尻ばっかり狙いやがって……!」
「なら全身やってやらぁ!アリンコ女!!」
「あだだだだだだ!!!!折れ、おっ!!!ギブ!ギブギブギブギブギブギブぅぅぅぅ!!!生意気言ってすみませんでしたぁぁ!!!!」
お尻を擦り、蹴られて涙目になりながら悪態をついた令奈だったが、背後から迫るカガリの怒りのコブラツイストが決められ、激痛に悶え必死にカガリの腕をタップする。
だが、カガリは聞く耳を持たずに悪魔のような顔でゆっくりと10カウントを取り始めていく。
「…なんにせよ、騒ぎを起こしたのは失敗だったな。レディー」
「んだとコラ!!」
そんな二人のやり取りを見慣れてしまったディアはカガリの頭の上で呆れたように呟く。
その態度にむっとしたカガリは怒りの矛先を向けた。
「テメェまでコイツの肩持つのか!!?」
「そうではない。“あれ”を見てみろ」
牙を向けるカガリにディアは落ち着いたように流し、カガリの頭から窓辺へと移動すると窓の外を指差した。
カガリは令奈を放り捨てるように離し、ディアに言われたように外を見る。
すると、その先には先ほど自分たちがいた『すぷらっしゅGM』の店の前に一台のパトカーが止まっているのが見えた。
「何が起きていたのかは知らんが…大方、暴れたりしたのだろ。あれだけ騒がしくしたら当分は向こうも近づかなくなるであろうな」
「ケッ!結局、テメェもオレのせいだって言いたいんだろうが…」
「早とちりするでない。わが輩は“騒ぎを起こしたのは失敗だったな”、と言ったのだ。あの小娘を連れてきた事については正解だとわが輩は思っているである」
「…どういうことだ?」
意味深な事を口にしたディアにカガリは話の内容が分からず、眉を潜め不機嫌そうに腕を組み、首を傾げさせた。
ディアは「うむ」と頷くとバサバサと翼膜を羽ばたかせ、未だに目を覚まさない少女の元へ行き、カガリに向き合い言う。
「堂坂殿が魔力を感じたと言うあの建物の中には恐らく、空気に混じり残った魔力の淀んだ残留が漂っている筈なのだ」
「残留……残り香みたいなもんか?で、それが残ってたらどうなるんだ?」
「残っていた魔力は人に身体に影響を与えるのよ。埃を吸って喘息になるみたいに空気中を漂う魔力を取り込むとぼんやりとだけど怪魔くらいなら見えるようになるの」
「??見えるくらいなら問題無いんじゃねぇの?」
「はぁぁぁ……全く、これだからバカは…」
首を捻るカガリに、令奈は深い溜め息を吐き、「しょうがないわね!」と諦めたように言い、顔を上げると同時にカガリの鼻先ギリギリの距離で指を差した。
「怪魔が見えるってことは少なからず、その人の身体は願望者に近い性質に変化してるってことなの!そうなると超特殊な状態のその人の身に何が起きるのか、分かる?」
「ん~?あぁ~…あれか?スプーンとか曲げる奴になるってことか?」
「……当たらずしも遠からずな回答をありがとう…」
「戦い以外は阿呆でな。わかってやってくれ」
残念なカガリに、顔に手を当て頭を悩ませる令奈にディアは共感し、深く頷いたのだった。
「“怪異を視る”。つまりは“霊感”を得るってことよ…」
「霊感……?幽霊とか見える奴だよな?」
「そうだ。“霊感”が強いと人間は幽霊が見ることがあると言うが実はそうではない。“霊感”とは偶発的に残ってしまった“魔力を吸収してしまったものが得た感覚”なのだ。そう言った者は、悪霊…つまりは『怪魔』に体内に入った魔力の残滓を狙われたりして亡くなることがあるのである」
「ってことは……コイツの中に魔力の残りカスがありゃぁ……!」
「うむ。それを辿って行けば、本当の魔力の持ち主が誰だが特定出来るのである」
「おぉー!!そうと決まれば!!」
ようやく理解したカガリにディアは頷いて見せると、カガリはニヒヒ!と歯が見える程の笑みを浮かべ、やれやれと呆れていた令奈の肩に手を置いた。
「えっ、なに?」
「お前、魔力探すの得意なんだよな?」
突然、肩に手を置かれた令奈は訳も分からず目を丸くさせていると、カガリはにこやかな表情で令奈に言う。
「はぇ?いきなりなによ…まあ、得意と言えば得意だけど……」
「じゃあ、後よろしくな」
「……え」
問われた言葉に怪訝そうにしながらも答えた令奈にカガリは満足げに親指を立てる。
だが、思考回路が停止してしまった令奈はポカーンと口を開け、目をぱちくりさせるだけで、カガリはやれやれと呆れたように頭を振った。
「えっ、じゃねぇよ。調べて探してこいって言ってんだ。察しが悪い奴だなぁテメェは…」
 
「どの口が!!?いやいやいやいや!嘘でしょ!?アタシが探すの?!!」
「あん?当たり前だろ。他に誰がいるって言うんだよ?」
「自分で探しなさいよ!アタシの役目は道案内だけで関係ないじゃな……」
そこまで言った瞬間、令奈はカガリが満面の笑みで殺気を飛ばしていることに気付き、一瞬にして凍りついたように体を強張らせた。
「……行くよな?」
「い、行かせてもらいます…!」
抵抗空しく。カガリの威圧感たっぷりの一言に、令奈は為す術なく泣きながら頷くのであった。
「うぅ……なんでアタシがこんな目に……」
「つべこべ言ってねぇーでさっさと探しに行けよ」
「ぐすん。アンタ、絶対ロクな死にかたしないわよ…!」
床に手をつき嘆く令奈はさも当然のように言うカガリを恨めしそうに睨み付けると横たわる少女に手を掲げ、目を閉じ意識を集中させた。
「……意外と単純な方法なんだな」
「そう思うなら手伝ってやれば良いものを……」
「やるわけないだろ。オレは面倒なことはしねぇーんだよ」
「やれやれ、困った奴であるな貴様は…」
「終わったわよ…」
カガリとディアが喋っている間に終わったのか。令奈は立ち上がり唇を尖らせながら渋々口にする。
「そいつの中に魔力の残りカスはあったのか?」
「あったわ。でも、変なのよね……」
「なにがだ?」
顎に手を当て訝しむ令奈に、カガリが訊ねると令奈は不安そうな面持ちで言う。
「コイツの体内に蓄積されてた魔力が異様に濃かったのよ。残りカスでこれだけ濃度が高いって相当ヤバい気がするわ……先に言っときますけど、これが最後だからね!?アンタの味方をしてるなんてバレたらアタシの命だって危ないんだから!!」
「知るかよそんなの。逃げたきゃしっかり役目終えてから逃げやがれ」
「約束だからね!?絶対に破んないでよ!!?」
「わぁーたから早く行けっての!」
しつこく繰り返す令奈にカガリが追っ払うように手を払う。
そして、令奈が疑いの目を向けたまま部屋を出ていった後、一息吐いたカガリは肩に止まるディアの方へ顔を向けた。
「おい、ディア。わかってんだろうな?」
「……堂坂殿がしっかり役目を終えるか見届けてこいと言いたいのだろ?全く、疑い深い奴であるなぁ…」
「あいつを信じろっう方が無理だろ。ほら、さっさと働いてきやがれ」
「やれやれ…コウモリ使いの荒いご主人である…」
ディアは溜め息を吐き、翼膜を羽ばたかせ窓から建物の外へと飛び立つとすぐさま、走る令奈の元へと飛んでいった。
カガリはそれを最後まで見届けると、辺りをぐるりと見渡し、横たわる少女の目の前で腰を降ろし、膝の上で頬杖をつきながら少女を見下ろした。
「……テメェ、いつまで“寝たふり”してるつもりだ?」
カガリは少女をじっと冷めた目で見下ろしながらそう言うと、意識を失っている筈の少女の体がビクリとはね上がる。
しかし、起きようとしない少女にカガリは「ふーん…」と冷ややかな目線を送る。
「………」
「……ぅ…わ、わかった。起きる、から……睨まないで…」
冷たい視線の威力は絶大であったようで。堪えかねた様子で恐る恐る体を起こし、少女はカガリの目線を避けるように顔の前で両手を広げた。
「…んだよ。テメェ、ふざけてんのか?」
「ご…ごめん……!人の目を見るの、苦手で……こうしないと、緊張して…生まれつき悪い目付きが、より悪く……」
「あぁ……どーりで絡まれてたわけだ…」
手を退けた少女のおどおどした言動と違って、右往左往させながらも睨むような目に、ゲームセンターでの事を思い出したカガリは納得したようにこめかみを人差し指で掻いた。
「ヒヒ、ゲームのことになると……つい、熱くなるんだ…でも、まさか『フルブ』であそこまでカモれるとは……グヘヘ」
「テメェが男どもにビビって気絶するまでの話に興味はねぇーよ。それよりもう少しハッキリ喋れねぇのかテメェ?後なんだその気持ち悪ぃ笑い方は……」
「ここ、コミュ症なんだよ。その…ずっと、家に引きこもってるから……う、上手く、笑えないんだ…喋るのも、たまの外出か、宅配ピザの人くらいしか喋らないし……」
「あ?テメェ、オレと歳違わないだろ?親と喋んねぇのか?」
困り果てたように人差し指同士を合わせながら言う少女に、カガリは怪訝そうに聞くと……少女はより困った顔でへにゃりと不器用な笑みを作った。
「か、家庭が複雑でね。親に嫌われてて、家にいない代わりにお、お金だけ渡されて一人暮らししてるんだ…へへ」
「…よく笑って言えるな根暗モジャ頭…」
「へ、変なあだ名を、つけるなよ…!あ、あたしは杏って言うんだ…でもまあ、不自由にはされてないからな……あたしは、オタクだから…一日中、ゲームや漫画やアニメに見れるのは幸せだし。お金はあるからデリバリー生活で過ごせるし……“約束”さえ守れば何も……って、あぁぁぁぁ!!!?」
「うおっ!?」
自虐的に笑っていた杏が突然、何かを思い出したかのように叫びながら立ち上がり、それに驚いたカガリは思わず尻餅をついた。
「な、なんだよ急に……!?」
「いい、い…今何時だ?!」
「は?知るわけねぇだろ!?2時くらいじゃねぇの?!」
「2時ぃぃ!?ま、マズイ!マズイマズイマズイマズイマズイマズイ、非常にマズイっ!!“門限”が30分切ってる!!!」
「は?門限?親居ねぇんじゃねぇのかよ!?」
「そうだけどそうじゃない……!!ご、ごめん…よ…!説明はまた運よく会えた時に!あたしは早く家に帰らないと……!」
「あっ、ちょっ!待てグル目モジャ頭!!」
ただならぬ様子で部屋を出ていた杏の後を、カガリは大慌て追いかけて行くのであった…
 




