第23章.幹部の情報
「い、嫌…!やめて……乱暴しないで、もう見逃してよ…!!」
ダミ声になるほど怯えた少女の泣き声が、人通りの多い商店街の道の真ん中で人目も気にせず、突如悲鳴の如く響き渡る。
「いちいち、ピーピーうるせぇなテメェは……さっさと喋れってんだろ。あんま駄々っこねてっとその面、マジ潰すぞ…?アリンコ女…!!」
「あ、アリンコ女言うなぁ!!この鬼、悪魔!人でなしカガリ!」
ざわつく野次馬など目もくれず、泣き面のアリンコ少女……もとい令奈の胸ぐらを掴み、不機嫌に目をつり上げた少女、カガリは低く攻撃的な声色で言うが……あまりにももがく令奈にあいている片手をきつく握り締めると脅すかのように見せつけた。
「ヒィィ!!顔は!!やっと治ったのに顔はやめてーー!!」
「なら、さっさと“幹部の情報”をゲロっちまうんだな。じゃねーと…前回の倍、テメェの顔面を殴る」
「ば、倍!!?そんな……いやでも喋ったらアタシの、アタシの命の危険が…!!でも……でもでも!!!」
「だぁぁぁぁ!!!!」
「ぎゃーー!!?」
拳を見ただけですっかり怯えた表情を見せ、ブルブルと体を震わせてしまうのに畳み掛けるように出てきた天秤の重石に令奈の額から滝のように冷や汗が流れ落ちる。
目を右往左往させ迷い悩む令奈に、苛立ちが最高潮に達したカガリは爆発させるように息を吐き、令奈を激しく前後に揺さぶり出した。
「喋るか喋んねぇのかどっちだ!」
「だだ、誰がお前なんかに教えるもんですかーーー!!」
「よし分かった!!歯ぁくいしばれ!!」
「うそうそうそうそ!!冗談です喋ります!喋らせていただきます!!」
拳を振りかざそうとするカガリにすぐさま手のひら返しをした令奈。
「手間取らせやがって……最初からそう言えよ」
カガリはふん、と鼻を鳴らすと、二人のやり取りを見てどよめく立っている野次馬たちを睨み付けるように一瞥する。
「……見てんじゃねぇ!!見せもんじゃねぇーぞゴラァ!!失せやがれ!!」
カガリの鬼の怒声さながらの怒鳴り声にビビった野次馬たちは蜘蛛の子を散らすが如く早足に大慌てで去っていく。
「鬱陶しいくせに集まりやがって……」
「ほ、ほんとよねぇー。どうせ誰も助ける気が無い偽善者共のくせにねー……いだだだ!」
「逃げようとしてんじゃねぇよ。ダボ!」
「くっ……し、しょうがないわね……喋れば良いんでしょ。喋ればさ…ホラ。着いてきなさい」
カガリは忍び足でこっそり逃げようとしていた令奈の髪を引っ張り、目の前に連れ戻す。
乱暴に引っ張られた痛みで頭を抑える令奈は涙目でカガリを睨みつけた後、諦めたように渋々立ち上がり、どこかへ向かって歩き出した。
『どこへ行く気なのだ?』
「“人の目に触れない場所”よ。ただの人に聞かれたりしたら、本当に消されかねないし…面倒だけど移動するの」
「テメェが逃げなきゃ面倒じゃなかったっうの…」
「うっさいわね…!!黙って着いてきなさいよ!」
嫌味を言うカガリに令奈は怒りを露にしながら辺りに通行人がいないか見渡した後、素早くビルとビルとの間にある裏路地に入っていった。
カガリも令奈と同じようにその裏路地に入ると早くしろと横目の視線で訴えている令奈が路地の奥に立っており、カガリは辺りを伺いながら令奈の後を追いかけていく。
ビルの間から顔を覗かせる青空が一体、どこに通じているのか分からない薄暗い路地を微かに明るく照らし、何とも不思議な感覚を起こさせる。
「迷わないでよ。面倒だから」
「ん?…おう」
カガリの前方を歩く令奈にそう言われ、カガリはこんな一本道でどう迷うのかと不思議に思ったが、手短な返事で返した。
そして、そのまましばらく歩いていると次第に路地に変化が起き始めていた。
「な、なんだここ…?」
『ほぉ…』
壁や床に描かれた意味不明な奇妙な落書きや方向性の無い歪んだ矢印。
車が通る筈など絶対にないにも関わらず、設置された進入禁止マークのポールに工事現場などで使われる虎柄の看板が曲がり道の度に拒むように置かれている。
「えーっと…確か今の時間なら……どこだったっけなー…?」
ビルの間にある筈なのに道がぐにゃぐにゃに不気味に歪んでいる通路を進んでいくと、二人の前に“木製の扉”が一つあるだけの四角い開けた空間に到着した。
見渡しても“扉”しか無い殺風景な空間の真ん中で一人悩む令奈。
だが、そんな令奈より、カガリの目には目の前の扉しか映らない。
「この扉って…」
「ん?あっ、ちょ!勝手に扉に触ろうとすんな!!」
どこか見覚えのある扉にカガリが手を触れようとし、それに気づいて慌てて令奈はその手を掴み止めると、扉からカガリを引き剥がした。
「情報が欲しければ勝手な事するな!妙な場所に繋がったりしたらどうすんのよ!」
「お、おう……わりぃ…じゃねぇ!!なあ、オイ!この扉ってあれか?!変なジジイのいる部屋に行ける扉なのか!?」
『変なジジイとは何だ!!』
「……アンタに魔力やったおじいさんが化け物級なのは分かったけど違うわ。ここはアタシたち、願望者たちが通る“秘密の通路”よ」
「ひ、秘密の通路?」
予想していた事がハズレて若干、落ち込みながらも驚くカガリに令奈は「そう」、と頷くと目の前の扉に手を触れ、扉を開いていく。
扉が開ききり、その先に映る風景に、カガリは目を疑った。
「な…なんだこりゃぁーーー!!?」
カガリの目に飛び込んできた風景。それは見渡す限りの街が一望に出来る。
見慣れない高層ビルの屋上であった。
「すげー!!どうなってんだあのドア!?さっきまで陰気な場所にいたのにビルの屋上に出やがった!!」
『落ち着け、ただの空間移動の魔術である』
「空間移動!?」
「そ、“時空間移動ゲート”。願望者御用達のワープゾーン…みたいなもんよ。ビギナーさん」
驚き興奮するカガリに簡単な説明をする令奈は開いていた扉を閉めると呆れたように嫌味を込めてため息を吐いた。
「この時間帯なら下で働いてるオフィスの連中が来ることも無いし、気が進まないけど今なら誰かに聞かれることもない……気が進まないけどね!」
「そんなに念を押すんじゃねぇよ…っうか。無断侵入かよやっぱ!」
「不良がいちいちそんなの気にしてんじゃないわよ!全く……最初に言っとくけど、アンタに話したのがアタシだって言うのは黙っててよね!絶対よ絶対!絶対内緒にしてよね!!分かった!?」
「んだよ、めんどくせぇな。わぁーたよ…分かったからさっさと喋れ」
必死に念押しする令奈にうんざりとした態度でカガリは頷いて見せると信用ならないと疑いの目を向ける令奈は口を尖らせ、意を決したように、心から嫌そうに口を開いた。
「“幹部の居所は知らない”」
「は?」
「“幹部の居所は知らない”」
「うぉぉぉぉい!!?」
ハッキリと断言する令奈にカガリは光の速さで彼女の胸ぐらを掴みかかった。
「ご丁寧に二回聞こえた気がするがオレの聞き間違いかなぁ?!知らないったかアァァン?!!」
「ぎゃーー!!!ストップストップぅ!!最後まで話を聞きなさいよーーッ!」
「あ?!どう言うことだ?」
激しく揺さぶり、今にも殴りかかりそうになっていたカガリに令奈は胸の前で腕をクロスさせ、バツ印を作って制止させる。
寸でのところで拳を止めたカガリは不思議そうに首を傾げさせると令奈はカガリの手を振りほどき、冷や汗を拭い、臆しながら睨み付けた。
「ハァハァ…!ほんと、手が早いんだから…!」
『そう言う奴なのだ。まあ腑に落ちんだろうが許してやってくれたまえ…』
「どっちの味方だよ、おめぇは!!っか、こいつの説明の仕方も悪かったろ!」
『貴様にそれだけを言うためにわざわざ、こんな場所にまで連れてくる程、彼女はバ……ン”ン”ッ!…愚かでは無いだろうに。騙した後の出来事など考えんでも分かるであるからな』
「そうよ!自慢じゃないけどアタシは勝てない相手は騙さない主義なのよ!と言うかバってなによ!?アタシがバカって言いたいわアイタっ!!?」
「どうだって良いわバーカ!!オレが聞きたいのは幹部の居所だ!テメェのくそくだらねぇー自慢話を聞きにきたんじゃねぇんだよ!」
騒ぐ令奈の頭にげんこつをお見舞いしたカガリは腕を組み、片足の指先を忙しなく動かし、目に見えるほど苛立ったオーラを放出させる。
「ボコすかボコすか殴りやがって……アタシは太鼓じゃないっうの…!!」
ぷくりと膨らんだたんこぶを押さえながら、あまりの痛さに目に涙を溜める令奈はくやしそうに歯を食い縛り言葉を続ける。
「そもそも、幹部格の願望者の連中は魔力を極力抑えたりして所在を掴ませない。少なくとも、アタシがいた『不可視夜祭』の幹部はそうだったわ」
「なんだそれ、よく組織として成り立つな」
『逆だ。得体の知れない奴らだからこそ、願望者たちは迂闊には逆らえないのだ。へたな真似をして暗殺されたくはあるまい?』
ディアに言われ、カガリは納得がいかないかのように首を捻るが、令奈はさらに言葉を続けた。
「大半の願望者たちは人々の中に紛れて生活しているわ。もちろん、アンタみたいな連中もいる。でも、幹部はそれ以上に周りに正体を掴ませないの…」
「それじゃあ、そいつらを探すのは出来ねぇってことか?」
「そう。だから『不可視夜祭』を追い出された今のアタシじゃ、“幹部の居所は知らない”。正確には分からないの。けど……それに近い“強い魔力を持つ奴”を探せばいいわ」
「“強い魔力の奴”…?」
「“幹部格に近い魔力”よ。それが『不可視夜祭』の幹部の一人なのか、別の組織の幹部なのか…それともアンタみたいな野良なのかは知らないけどね……アタシの知ってる情報は全部これで教えたわ。後は頑張って自分で探しなグエッ!」
「まてまてまて……!肝心な話を教えてもらってないんだけどよぉ…?」
話終え、早々とその場を去ろうとする令奈の服の襟を掴み、引き留めると素早くカガリは令奈の肩に腕を乗せる。
そして、だらだらと顔中に汗を流し、決してカガリと目を合わせようとしない令奈に笑いかける。
「その“強い魔力”って奴が…“どこ”にいるのかは知ってるよなぁ?」
にっこりと満面の笑みで言うカガリの腕に力が込められる。
全てを悟り、令奈は震える体でゆっくりとカガリの顔を見つめ、顔面蒼白になりながらも渇いた笑みを浮かべたのだった。
「ご…ご案内させていただきましゅ…」
「ニヒヒ!!当然だろ!おら、さっさと案内しろ!」
「うわーん…!!誰か助けてーー!!」
『……不憫な娘だ…』
無理やり連れていく令奈の泣き声を聞きながらカガリは全く詫びれもなく笑い、耳元のディアはやれやれとため息を吐いたのだった。




