第21章.夜を駆ける少女
彼女はその時その時の気になったことのみ説明を求めるタイプの人間です
“女王蟻”堂坂令奈が引き起こした怪事件から早5日……やや落ち着きを取り戻していた十種市柳森町ではネットに流れていると言う“ある噂”で持ちきりになっていた。
その内容とは、『夜の町を飛び回る謎の少女』と言う半分十種市の都市伝説と化されつつある。摩訶不思議な話であった。
あれは幽霊だ妖怪だと様々な一貫性の欠けた噂が飛び交う中、ただ一つ。目撃証言に共通点があると言えば、その少女は夜に現れると言うことである。
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「オォォォラァァァァァッ!!!!」
十種市柳森町にある唯一、高層ビルなどが建ち並ぶ都市部。
ネオンライト等の人工光が眩く照らす夜空に、三人の影が宙を自在に駆け、一人が猛々しく吠えた。
「ぐあっ!!」
「ギャァ!」
二つの短い悲鳴が響き渡り、二人の影は一人の影が放った鈍重な一撃に、音速の速度でビルの屋上の床に叩きつけられた。
「一丁上がり!」
宙を飛んでいた影がフードをはためかせ、ビルの屋上へ着地を決めるとサングラスを上げ、少女は床に打ち沈み伸びている二人の人物らを見て爽快に笑う。
「見たか見たか!?今日のオレの必殺技!!今回こそ最高にイカしてたろ!?」
『だぁーから!!決めるまでの動きがお粗末だと何度言えば分かる!?隙だらけの上にそんな見え見えの技で敵を倒せると思うな!!』
「はぁー!?テメェの目は飾りかコラァ?!しっかり倒せてんだろうが!!!」
________少女の名は轟カガリ。またの名を、『ブラックローズ』。
ある日、怪魔と呼ばれる怪物に襲われ、何の因果か。謎の老人の力により、不良の彼女は元老人の使い魔デ・アールを通して“魔法少女ブラックローズ”に変身し戦う運命となってしまった。
しかし、今は怪魔と戦うわけでも無く、人知れず世に潜む“魔法使い”たちに目をつけられ、毎夜のように戦いを繰り広げているのだった。
『魔力もロクに込もっていない。気迫と勢いだけでは必殺技とは到底、呼べないである!』
「んだと…?!魔力なんか無くても必殺技なんかノリと勢いとパワーでやりゃぁ良いんだよ!!ズドーンとやってズドドーンと決めて最後はズドドドーンってな感じで終いだ!」
『全部ズドーンではないか!?昨晩もその前の晩もさらにその前の前の前の晩にも言っているが相手に技を当てる為の工夫をせんか!!魔力制御も大して出来ていないくせに必殺技など百年早いわ!』
「言いやがったな、テメェ!見てろ!!」
そう言い、躍起になったカガリは鼻息を荒らげながら数メートル離れた所にある落下防止用のフェンスに向かって左手を突き出す。
すると、手甲に巻き付いた薔薇のイバラが打ち出されたかのように勢いよく伸び、フェンスの金網に絡み付いた。
「ヘヘッ、どうだ!?魔力のコントロールくらい今のオレには朝飯まえゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!グベッ!!?」
どや顔でディアに言おうとした瞬間、突然イバラが縮小し、カガリは物凄い速さで引きずられていき、盛大にフェンスに激突した。
「ぐ…ぐぉぉぉ!!鼻打ったぁ…!!」
『……朝飯どころか寝坊したであるなぁ』
「わ、笑うんじゃねぇ…!いっっ…!」
赤くなった鼻を抑え転げ回るカガリの様子に、ディアはからかうようにニヤニヤと笑いながら皮肉を込めて言うのであった。
『これに懲りたら魔力制御の特訓もしっかりするである。未熟者め』
「く、くっそぉぉ…!!ぜってぇー使いこなして見直させてやる…!」
『ふふふ、期待してるである。では、早いところ“此奴らが張った結界を抜けて”帰るである』
ディアがそう言うとカガリは悔しそうに舌打ち、フェンスの上に立つと勢いよく隣の建物に向かって跳躍した。
すると、目の前に薄いガラス張りの巨大な壁のようなモノが見えてきた。だが、カガリは避ける素振りすら見せずに真っ直ぐに壁に向かって跳んでいく。
「よっ…と」
目の前に現れた壁にそのまま飛び込むと、まるで水面に石を投げ入れたかのように波紋が浮かび上がり壁が波打つと、カガリの体は何の抵抗も無く壁の外へと突き抜け、カガリは建物の屋上に降り立つと後ろを振り返った。
「ホント、今までバレなかったわけだぜ…」
カガリは先ほどまで立っていた屋上を取り囲むように浮かぶ四角形の不明瞭な物質をじっと見つめながらそう呟いた。
『当然である。“あれ”は常人の目では認識出来ないように作られた“結界”なのだからな。“願望者”なら誰でも使える初歩的な魔法である。簡単に言えば、遮音性に優れた伸縮自在のゴムで出来た部屋に閉じ込められるような魔法で一度入ると抜け出せなくなる。だが、隠す為の簡単な魔法故に脆い。術者がやられれば簡単に壊れる」
ディアが言い終わると不明瞭な結界が揺らぎ、カガリが抜けた結界の中心から亀裂が入り、音もなくひび割れたガラスのように砕け散る。
『鈍重な衝撃や轟音を鳴り響かせ、砂塵を巻き上げようとも結界が壊れれば無かったことになる上、術者の任意で無ければ商店街の中であろうと認識されず無傷のままで済むのは便利である』
「……オレは使えないけどな」
『案ずるな。堂坂令奈のように結界を張らぬ奴だっている。使うか使わないかは自由だ』
「ケッ!」
その様子を眺めていたカガリはディアの言葉に不服そうに言い、その場を去るように建物の屋上伝いに飛び交っていく。
「しっかしまぁ、毎晩毎晩懲りない連中だな。鬱陶しいたらありゃしないぜ……」
『あれだけ楽しげに戦っている者の台詞では無いぞ…それに“魔導協会”と戦うと決めたのは貴様ではないか』
「いやまぁ、売られた喧嘩は買うがこうも毎日来るとヤになるぜ。最近は人数まで増えてやがるし」
『しょうがあるまい。“魔導協会”の中でも人間社会に密かに貢献している戦力の一つである。“不可視夜祭のなわばりにわが輩らはいるのだ。組織に加担するか迂闊に手出しが出来ない程の戦力が貴様に無ければいつまでも狙われるのは火を見るより明らかである』
「チッ、暇人魔法使い共め…怪魔の一匹倒しただけだろ。ちっちぇ奴らだな…壁とか何とか言ってたが、平和そのものじゃねぇか…」
『む?……言われてみれば確かに…あまり、町に怪魔や他ギルドの“願望者”たちも見かけないであるな…』
高く飛び上がり、町を見下ろすカガリと一緒に町を見渡すディアは不思議そうに首を傾げさせた。
(“監視の怪魔”。あれは主さまも一目置く程、神出鬼没に人を喰らい続け凶悪な個体へと変化していた程の存在…抑止力になっていたのを主さまは知っていたのか…?)
「あーあ、こりゃ、明日も寝不足決定だな。たまには昼まで爆睡したいぜ…」
意図の読めぬ元主の考えに頭を捻るディアであったが、カガリの気の抜けた態度を見て、嘆息すると同時に考えるのを止めた。
『…その代わり毎日、学校の屋上でだらだら寝て過ごしているでは無いか』
「学校に居たら居たらで不良共が喧嘩仕掛けてくんだろうが……あー!!魔法少女なんてなるんじゃなかったーーーッ!!!」
夜を昼のように町を照らす人工光が風になびく濃紺色のコートが僅かに照らされながら、カガリは後悔を口にし、夜の町を跳んでいくのだった。
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「やった。“今度はちゃんと映った”…後はこのデータをネットに書き込ん……で、っと……保存用に残しておいたこっちの写真映像はツイに……あれ?どこに保存したんだっけな?」
月明かりの光と複数の大型モニターで照らされた真っ暗の部屋でキーボードやマウスを動かす、音を響かせ、長くて手入れのされていないボサボサな髪の少女は一人ボソボソと喋りながら画面に映る目当ての保存データを探して片っ端から開いていく。
「あっ、あったあった。ウヒヒ、間違えて自家発電用にデータを入れてたなんて…TLで流れてたら間違いなく草生えるな……それにしても…都市伝説って本当にあるんだな…」
開いたデータの映像を見つめながらボサ髪の少女は気味の悪い薄ら笑いを浮かべるとキーボードに指を走らせ、先ほどネットに乗せた書き込みに短い言葉で文字を添えていく。
「“『夜の町を飛び回る謎の少女』防犯カメラにて目撃”…っと……さ、『機帝反乱者モリアーティ伯爵』が始まるまでゲームゲームっと……」
そう言い、ボサ髪の少女はネットを閉じると一時停止されてゲームを再開させるのだった。
彼女こそ、十種市半都市伝説『夜の町を飛び回る少女』最初の目撃であり、ネットに流出し噂を広めた張本人であるのは……カガリはまだ知らない。