第20章.最凶少女の極悪目標
『少し……いや、かなり肝を冷やしたが……“女王蟻”の異名を持つ《命令の魔法少女》堂坂令奈をよくぞ討ち取った。ほんの少し…見直したである」
カガリの放った一撃の衝撃で、揺れた廃ビルの天井から塵が振ってくる様を見ながら、イヤリングの姿でディアは感心したように頷いた。
その様子に、カガリは少し不満げな顔をしふて腐れたように言う。
「ほんの少しかよ…そこは素直に褒めるところじゃねぇのかよ…」
「抜かせである、そう言う事はもっと有利に戦いを進めてから言うのだな。それよりも今は……』
「ひっく……レイちゃん…ごめんなさい……」
『……彼女を慰めるのが先である』
ディアの困り果てた吐息に不服そうにしていたカガリは令奈の名前を呼びながら、血塗れの手で顔を押さえて泣きじゃくる巫女を見つめた。
「……ハァ~、ったくよ!いつまでも泣いてんじゃねぇよ!」
ガシガシと乱暴に後頭部を掻き乱し、巫女向かって荒っぽく言う。
「ぐすん……だって……わたし…レイちゃんは親友だったのに…いつも助けてくれてたのに……助けて、って手を伸ばしてたのに……わたしは……見捨ててしまった……!!」
巫女は顔を上げ、涙が止めどなく流れ落ちる瞳で震える血塗れの手を見つめながら後悔を口にし、更に涙を流す。
しかし、それを聞いていたカガリは……
「くっだらねぇぇぇ……」
優しさや思いやりも何もない。心の底からどうでも良いと嘆息した。
「おい、コラ貴様!」
「事実じゃねぇか。あのアリ女が助けを求めたからなんだってんだ。テメェのそう言う甘い所を良いように漬け込まれて操られてたんじゃねぇか……っうか、自業自得だ自業自得……あんなクズ、見捨てられて当然だろ。これ以上あんなろくでなしの卑怯者と関わらなくて良いようにしてやったんだ、少しは喜べよ」
「っ……!!」
『貴様はもう少し言葉を慎めんのか!?そんな……!!!」
「そんな言い方って……無いじゃないですか…!!!!」
無関心なカガリの物言いにディアが叱りつけようとしたその時…遮るように叫んだ巫女はカガリの胸ぐらを掴み、涙で潤んだ瞳で精一杯に睨みつけた。
「レイちゃんは……レイちゃんはろくでなしでも、卑怯者でもありません!訂正してください!!」
「テメェ…!いい加減にしろ……!!」
胸ぐらに掴みかかる血塗れの巫女の手を引き剥がし、巫女の目にしっかりと映るように掴んだまま眼前に押し付け、激しい剣幕でカガリは巫女をがなり立てた。
「これだけズタズタにされておいて、まだわかんねぇのか!テメェの体の事なんかどうなろうと知った事じゃねぇって事だろうが!!それくらい分かれよ!!アイツに良いように利用されてただけなんだよ、テメェは!!」
「わ、わたしはそれでも良かった…!!利用されていただけだとしても、レイちゃんの親友でいられたのなら……わたしはそれで!!」
「まだ言うか…!!テメェ!!!」
『やめないか!レディー!!』
「うるせぇ、邪魔すんな!こう言う聞かねぇ奴はぶん殴ってだなぁ…!」
『それでは堂坂令奈がしていた事と同じでは無いか!!』
「な、違っ……!!!オレはただ……!!」
『では言ってみろ!!貴様が力で御そうとしたことと、堂坂令奈が魔法を使って御そうしていたことに、何の違いがある!!!』
拳を振り上げようとしたカガリの胸にディアの鋭い言葉が投げ掛けられ、カガリは慌てて否定するがディアは続けて言う。
「ッ~~~!!チッ!!!」
矢継ぎ早に言われる言葉に、カガリは反論出来ず歯痒そうに舌打ち、突き飛ばすように巫女から手を離すと背を向けた。
「……だったら、オレは…テメェらの友情ごっこに素直に殺されてれば良かったな」
「…!ち、違う、そんな……そんな事思ってなんか…!」
背を向けて呟いたカガリに…巫女は酷い事を口走っていた事に気づき、泣きながら否定する。
「わたしは……轟さんも…レイちゃんも……大切なお友達だって……だから、わたし一人が死んでしまったら良い……そう思ったから……!」
堂坂令奈は欠けがえの無い親友。その一方で、轟カガリもまた同格の友達…どちらも失いたくない、消えてほしくない。だからどちらも否定する。
「思い上がってんじゃねぇよバカ!死ぬなら勝手に死ね!!オレを巻き込むな!テメェ一人だけが大切な友達だと思っても、相手が思ってなきゃなんにもなんねぇんだよ!!テメェは最初っから裏切られてたんだ!現実から目ぇ背けてんじゃねぇ!」
「裏切られてなんかいない…!裏切られてなんか……!!」
がなり立てるカガリに反論する巫女の目からボロボロと涙がこぼれ落ちていく。
目を背けていたい事実を……必死に否定するように何度も呟く。その様子を見つめていたカガリは……静かに視線を外し、苛立った様子でもう一度、巫女に背を向けた。
「なんで……どうして…あんなに優しかったレイちゃんが悪者なの……?」
「……知るかよ。そんなの…」
「知りたくなかった……失いたくなかった…でも……独りはもっと嫌だよ…」
「……独りがなんだ」
轟カガリがいなければ、堂坂令奈の本性を知ることは無かった。堂坂令奈に逆らわねば、自分は轟カガリを殺していた……
どちらか一つを選択するなど、巫女には出来なかった事を……カガリにだって十分に分かっていた。
「……さっさと忘れちまいな…」
分かっていながら…わざとらしく、嫌みたらしく言った。
泣きながら否定する言葉を呟き続け首を左右に振る巫女を横目で見つめ、カガリは小さく溜め息を吐いた。
『……レディーよ…外が騒がしくなってきた……それにだ…』
「あ?…チッ、どっかの誰かが通報しやがったな。めんどくせぇ……」
急かすようにディアに言われ、耳をすましてみると確かに廃ビルの外からサイレンの音が微かに聞こえ、慌ただしく走るような人の足音が聞き取れた。
こんな所を見られたら厄介な事になるとカガリはその場を去ろうとすると、何事かと涙を流しながら顔を上げた巫女と視線がぶつかり、カガリは足を止めた。
「…あのよ」
「……分かってます…ここで起きたことは内緒にします……その代わり…お友達の件は……保留にしてもらっていいですか?」
『な!?巫女殿、逆になにを……!!!』
「オレみたいな悪い奴と一緒にいたら面倒になるってようやく、分かったか」
「……はい。少しだけ、大変だなって…」
「ケケ!バカ正直な箱入り娘のお嬢様が言ってくれるじゃねぇか」
「だから……」
驚くディアを手で塞ぎ、カガリは維持悪く笑いながら言うと涙を拭い、困ったように小さく苦笑っていた巫女は勇気を振り絞るようにカガリの顔を真っ直ぐに見つめながら言った。
「わたしが“悪い子になれた時は……お友達になってくれますか”?」
「………テメェみてぇな良い子ちゃんがなれるわけねぇよ」
「……かも、知れませんね…」
「……じゃあな、“バカ女”」
カガリはそう言い残し、奥からやってくる三人の警察官らしき人物らを一瞥した後、嬉しそうに微笑みながら泣く巫女一人をその場に残し、廃ビルから姿を消したのだった。
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「ッハァ……ハァ、ハァ……!!!!」
______『海堂商店街路地裏』
そこに苦しそうに呼吸し、片足を引きずっておぼつかない足取りで一人の人物が何かから逃げるように歩いていた。
「くそ、くそ……ハァハァ!!なんでこんなに目に……キャ!!」
その人物が何かに怯えるように背後を振り返った瞬間、道端に無造作に置かれていたポリバケツにぶつかり、盛大に転倒すると負傷していた箇所が激痛を起こし、呻き声を上げた。
「イダ……イ…イダイ……」
余りの激痛に涙を流し、どこで間違えたと胸の内で嘆く人物は全身に走る痛みに必死に堪えながらゆっくりと立ち上がり、壁にもたれ掛かり歩き出す。
______どうしてこうなった?何がいけなかった?痛い。苦しい。呼吸する度に肺が痛む。片腕は折れて動かない。折れてはいないが激痛で片足を満足に動かせない。
____お気に入りの服は鼻血や口から流れる血で汚れてしまった。奥歯もぐらついている。きっと今の自分の顔は酷い有り様だろう。このままでは仲間に嗤われてしまう。
「アイツのせいよ……アイツが言うことを聞いていれば……今頃……!!」
「仲間にちやほやされていい気分になってた…ってか?」
「ッ!?」
突然、背後から聞こえてきた声に短い悲鳴を上げ、振り返る事も出来ずに体が膠着してしまった。
額から汗が滝のように溢れ止めどなく流れ落ち、喉が張りつきそうな程、一瞬でカラカラに渇いてしまった。
「あ、あな…!な……で…!?」
舌が上手く回らず、震えて言葉が出ない。それでも懸命に絞り出した声を背後にいる人物は間抜けだと嘲笑い、わざとらしく足音を立て、恐怖を煽るように近付いてくる。
「気絶したふりして上手く逃げ出してたみてぇだが……残念だったな。うちの口うるさい使い魔は探すのだけは得意なんだよ」
『…それ以外は役に立たないような言い回しはやめてもらえないだろうか?』
「拗ねんなよ。なぁ?堂坂令奈…」
「ぶ、ブラック……ローズ…!!」
震える肩に背後から腕を回し、肩を無理やり組んだカガリは魔法少女姿時に装着されたサングラスの下でニヤニヤと卑しく目尻を上げ、逃げられないと悟り、みるみる内に血の気が引いていく令奈の耳元で囁いた。
「な、何の用よ…!?これ以上、アタ、アタシに何しようってつもりよ…!!」
「そんなビクビクすんなよ…テメェにちょっと聞きたいことがあって……だな!!」
「う”ぎぇ!?」
怯えながらも虚勢を張っていた令奈の首を鷲掴み、カガリは慣れた動きで令奈の顔面を壁に押し当て、囁くように言う。
「オレを狙った本当の理由はなんだ?」
「っ”……な”…!?」
「確かに自分らの縄張りで暴れる奴はムカつくから潰すけどよ…テメェらの組織ってデッケェんだろ?そんなデカイ組織がたった一人の人間を潰すにしてはちょっとばかし理由が弱いんだよ…それに、そいつが強いって最初から分かってたら尚更だ。いくら強い奴でも一人だけでこねぇよ普通」
身動きが取れず、顔面蒼白で震える令奈をカガリは悪意のある目で見つめる。
「オラ、言えよ。じゃなきゃ……もっと苦しくなるぜ?」
首を握る手の力を強めると令奈は呼吸が出来ずもがき出す。
「ギュ……!!があ“!!い“、い“う“!!い“う“……ら”、っ…な…じ……ぇ!!!」
涙目で必死に声にならない声で叫ぶ令奈を見て、カガリは邪悪に口の端を歪め、指の力をほんの少し緩めた。
「ゲホッ!ゲホゲホ!!あ、アンタ、絶対ロクな死に方しな………かっ!!?」
「余計なお世話だ、このヤロー。さっさと喋れ」
「ッ…!アンタが……“監視の怪魔”を倒したからよ!」
「アァ?怪魔?それと何の関係があんだよ?」
「まさか、知らないで倒したって言うの…?!やっぱ、ロクでもないヤツよアンタ!あの怪魔はね!“不可視夜祭”と他の対立関係にあった組織との“勢力圏に隔てられた壁”だったのよ!!」
「壁だと?オイ、ディア」
話を理解していないカガリがそう言うと、ディアはやれやれと嘆息し、説明する。
『人間が建てたと言う『ベルリンの壁』と呼ばれるモノがあったであろう?そのベルリンの壁と同じで、あの怪魔は言わば、生きた壁として“不可視夜祭”と睨み合っている組織との勢力図のまさに境界線の上に、奴は存在していたのだ』
「ふーん…その“ベロリンの壁”?…っうのが無くなったらなんか悪いのか?」
「ベルリンよ!あったま悪いわね…!!あれは他組織や別の怪魔の侵入を妨げる抑止力として成り立つほど強力な奴だったのよ!それをアンタが何にも知らずに倒したせいで、何十年もの間 保たれてた均衡が崩れたのよ!!お陰でアタシたち“魔法使い”は…………ぐぎ!!?」
「ヘッ…知ったことじゃねぇよ」
ディアに説明させてもまだ首を捻るカガリを見て、信じられないとばかりに唾が飛び散る程 令奈は怒鳴り散らすが…カガリは全く悪びれる様子もなく一笑し、令奈を壁に押し付ける力を強めた。
「オレがあの怪魔を倒しちまったせいでテメェらがヤベーのはよ~く分かった。そりゃぁ、魔法ギルド同士の抗争勃発の原因であるオレを倒しにくるわけだわなぁ?」
「そ、そう…よ!アンタ一人のせいで……“不可視夜祭”…いや、“不可視夜祭”に加盟していた組織全部が危機に晒された!こんな事をされて“魔導協会”は黙っちゃいないわ!“魔導協会”はアンタを絶対に許さない…!!毎日怯えて過ごすことね!」
「そういや…テメェに一つ、言い忘れてた事があったな」
令奈が言い切る直前、カガリはある事を思い出し、口にする。
「テメェみたいな小物くせぇ奴が図に乗って喚く奴が大嫌いなんだよ…!」
「ブギャ!!!」
令奈の首から手を放すと同時に令奈の後頭部を壁に向かって殴り付け、顔面から壁に叩きつけられた令奈はトマトが潰れたような悲鳴を上げ、壁に顔を押し付けたまま膝から崩れ落ちた。
「良かったなぁ、魔法少女で……傷とか治るの早いらしいぞ?」
『………ここまで徹底的に打ちのめしたら流石に3日は治らんぞ…』
あきれ半分で呟くディアにカガリは「まあ平気だろ」と陽気に笑った後、一息を吐きながら辺りを吟味するように見渡した。
「…………見てたんだろ?隠れてないで姿を見せやがれ」
カガリは薄暗い路地奥に向かって誰に言うわけでも言うと……僅かな街灯の光で映し出された物影や曲がり角、屋根上と至るところから人影が覗き出てきた。
それを見たカガリは鼻で笑い、見下すようにあごをかるく上げ、腰に手を当てながら威圧的な態度で口を開いた。
「揃いも揃って陰気くせぇ……テメェらが“不可視夜祭”の魔法使いか?」
嘲りを込めてカガリは言うが、彼等はカガリを観察するかのような様子を見せるだけで、口を開く所か近付こうとする素振りすら見せない。
「なんだコイツら……?」
『貴様を警戒しているのだろう……だが、魔力の質からそこで転がってる此奴より“優れた願望者”なのは確かだ…』
「こいつよりだと…って、あぁ?!アイツ、どこ行きやがった?!」
胡散臭そうに令奈を見ると何故か、完全に伸びていた筈の令奈の姿が消えており、しかも、周りにいた人影たちもいつの間にか居なくなっていた。
『……恐らく、堂坂令奈を回収するのが目的だったのだな。わが輩の魔力探知の範囲内にはもういないである』
「なんだとぉ?!!バカにしやがって…!!」
『しかし、大事になってきたであるな…知らず知らずとは言え魔導協会を敵に回したとなると手配書に乗ったも当然だぞ』
「ハッ!それがどうした!こちとら、最低最悪極悪非道の札付き不良様だぞ!?今さら誰に狙われようが関係ねぇよ!」
『…逞しい悪役である…ホント…』
「ケケッ!それなら決まりだ!!」
困った様子のディアに対し、カガリは拳を前に勢いよく突きだした。
「悪役は悪役らしく、盛大に暴れてやるよ!!」
カガリはそう言い、不敵に笑うのだった。