第17章.彼女は誰?
____ねぇ、今朝のニュース見た?
___見た見た!“全員意識が戻らない”って話でしょ?
__どっかの国のテロ行為って聞いたぜ。嘘じゃねぇよ!
_____犯人はイカれたサイコパスらしいな…
『……どこもかしこも…相変わらず、人間は情報一つで大にぎわいするのだな』
「そんなもんだろ、人なんてよ」
町中ですれ違う。通り過ぎていく人々の会話に耳を立てて聞いていたイヤリングディアはどこか他人事のように呟いた。
隣町にある『海堂商店街』を当てもなく、いつも通りブラブラさ迷っていたカガリは適当な返事をし、眠そうに大きくあくびをかいた。
『……少しは休んではどうだ?意識を失うと眠るとでは違うであるぞ』
「うるせぇな……別に疲れてねぇよ。それよりも、ちゃんと探してんのかよ」
『全く、強情な…、周辺に“あの願望覚醒者の魔力は感じない”。この辺りにはいないのであろう』
呆れたディアがそう言うと…カガリは一言、「そうか」とだけ返し、乱暴に髪を掻き乱した。一目で分かる程、ご機嫌斜めなカガリにディアはやれやれとため息を吐く。
学校の屋上から出発してをかれこれ二時間。その間、カガリは“女王蟻”の手がかりを探し続けていた…
もちろん、先ほどディアが言ったように願望覚醒者はおろか、女王蟻の魔力すら見つかっていない。
「見つかんねぇどころか仕掛けてくる様子すらありゃしねぇ……舐めてんのか?」
『……言っであろう。そう簡単に見つかりはしないと…隠されたり、微力過ぎる魔力はいくらわが輩の魔力探知を持ってしたとて、感知する事が難しいのだ。気長に探すしかないである』
「偉そうに言うくせに役に立たねぇ使い魔だな。テメェは」
『八つ当たりはやめるである』
「あれ……轟さん?」
通行人も思わず道を譲る程に顔を険しくさせ、不機嫌さを体から滲み出しながら歩いていたその時。背後で名前を呼ばれ、カガリは不意に振り返ってみると……
「げ……」
「やっぱり!轟さんだ!」
そこには、私用の途中だったのであろう。私服姿の保立巫女がおり、カガリだとを分かるなり花が咲くような笑顔を見せて小走りでやってきた。
出来れば会いたくなかったと思っていたカガリは近寄ってきた巫女に表情をひきつらせ、後ずさった。
「こんにちは、轟さん…あれ?デ・アールさんと一緒じゃないんですか?」
『ここにい…むごご』
「あー…くそ女。テメェ、こんな所でなにしてんだ?」
喋るディアを手で抑え黙らせたカガリは辟易とした態度で小首を傾げさせている巫女に質問する。そんなカガリの態度にも慣れてしまった巫女はしっかりとした声で答える。
「えっと…小さい頃からのお友だちと待ち合わせ場所で会う約束をしてたんですけど、早く来すぎちゃったみたいで……」
出会った頃のようなたどたどしい様子もなく、頬を指先で掻き少し恥ずかしそうに答えた巫女にカガリは頭痛すら感じてしまう程に額に手を当て呆れ果てた。
「……だったら、オレに構ってる暇なんてねぇだろ。さっさと行けよ…オレと一緒にいるとこ見られると面倒な事になるぞ」
人懐っこい子犬のように見えてきたカガリは視界を逸らし、億劫そうに手を払うような仕草をした。
『また貴様は……そんな言い方はないではないか』
『うるせぇ、こっちはそれどころじゃねぇだろ』
やれやれと巫女に聞こえぬように小声で囁くディアにカガリは表情を渋くさせ眉間をひくつかせた。
だが、それどころじゃないのは事実。敵がいつ、どこで、どのように攻めて来るのが分からない上、どのみち自分と一緒にいるのは間違っている。
(ここんとこ運が全くねぇな…ったくよ…)
「……わたしと轟さんが一緒にいるのって……そんなに“いけないこと”なんですか?」
「あん?なんだよいきなりぃ?!」
黙り込んでいた巫女が不意に呟き、虚を突かれたカガリは巫女の方に向き直すと…
そこには目と鼻の先ほど距離にまで顔を近付け、不服そうな表情の巫女がおり、カガリは思わず後ろに一歩下がってしまうほど驚きたじろんだ。
「答えてください、轟さん。どうして一緒にいる所を見られる事が面倒な事になるのですか?」
「そ、そんなのあれだあれ!面倒な事になるからに決まってんだろ!?バカなこと聞いてんじゃねぇ!!あとちっけぇよ!あんま寄ってくんな!!」
「説明するまで離れません!ちゃんと話してください!」
「しつけぇな!!面倒な事は面倒な事なんだよ!少しは分かれよ!!」
一方に引き下がらない巫女にたじたじになるカガリは威嚇混じりに荒っぽく怒鳴るがそれでも巫女は食い下がらない。
その時だった。
「ミコになにすんのよ!」
「うごっ!!?」
突然、右頬に強烈な衝撃が起き、カガリは無抵抗のまま右へと吹き飛び、受け身も取れずに呆気なく地面に激突したのだった。
「イッテェ!!!誰だいきなり!?」
「あんたこそ、うちのか弱いミコに何してくれてんのよ!!!」
予想だのしていなかった衝撃に起き上がるなり怒鳴るカガリに、恐らく衝撃の原因である今時のファッションの子洒落たハンドバックを振りかざす、服装にお洒落さが行き届いた少女が負けじと怒鳴り散らす。
「あ?!なんだテメェ…!」
「れ、レイちゃん!?」
「ミコ!早くそいつから離れてこっちに来な!!」
「くそ女の知り合いか……!オレに喧嘩売るったぁ、死ぬほど痛い目に合いてぇみてぇだな…?!」
「ふ、二人とも待って!!」
突然現れた堂坂令奈はきつくカガリを睨み付け、驚いている巫女に叫ぶが、今にも喧嘩が勃発しようとしているカガリの前に慌てて立ち塞がり、令奈に向かっていこうとするカガリの肩を必死に抑えつけ引き留めた。
「ちょっ!?ミコ!危ないから下がって!!そんな不良なんかあたしが……!!」
「邪魔すんじゃねぇよ。くそ女!!」
「落ち着いてください、轟さん!レイちゃんに悪気があった訳ではないんです!殴ったことは謝ります!!だから、喧嘩をしないでください…!」
「ああ!?ふざけんな!!一発くらいぶん殴らなきゃ気がすまねぇよ!!良いから退け!!ぜってぇー泣かしてやる!!」
「お願いします!轟さん!!お願いしますからレイちゃんを暴力を振るわないでください!!友だちなんです!」
「……あぁーくそ!!わぁーったよ!わぁーたからそんな泣きそうな目でこっち見んな。くそったれ…!」
「グスン…よ、良かった……ありがとうございます。轟さん…」
巫女の必死な説明に、渋々怒りの矛を治めてくれたカガリに涙の溜まった瞳を拭い、ホッと胸を撫で下ろした。
二人のやり取りを目の当たりにした令奈は信じられないとばかりに口を開いたまま固まっていた。
「う、うそでしょ……轟カガリが、あたしの親友の言う事聞いてる…!!?」
「ぁ?誰が、誰の言うこと聞いてるだって……?」
「轟さん!レイちゃんも変なこと言わないで!」
「なんの夢よこれ……」
目の前で繰り広げられる出来事を受け入れることが出来ない令奈は頭を抱えて険しい表情のまま唸るのであった。
>>
「改めて紹介しますね。こちら、わたしが小さい頃からのお友達。堂坂令奈ちゃんです」
「どうも~……堂坂令奈で~す。…別にあんたと仲良くしたいとか一切、思いません。寧ろあんたみたいなマジでヤバイ不良なんかと関わりたくないですと言うか、そんなダサい服着て恥ずかしくないの?」
「奇遇だな。堂坂……オレもカラスが寄ってきそうなチャラチャラした格好に香水クセェテメェなんかと仲良く出来る気がしねぇし、このダセェ服以上に一緒にいるだけでオレの悪評が落ちるからこっちから願い下げだ」
「は?」
「あ?」
「「やんのかこら?」」
「あ、あはは…喧嘩はしないでくださいね~…」
火花飛び散る一触即発に睨み合う二人と板挟みされている巫女は空笑い、ディスられたカガリが着ているTシャツを悲しそうに見つめる。
(わたしの貸した服そんなにダサいかな…)
何とか騒ぎを収め、商店街の中心広場にある海堂商店街名物『幸福のイルカ像』の前で、仲直りの意味も込めて自己紹介をしていたのであったが……事態はあまり良くは無かった。
「はぁ……て言うか、マジで何なの?あんた」
「あ?…何がだよ」
「決ってんでしょ。『暴君』だとか『鬼女』だとかと呼ばれてる不良の中でも最低のあんたみたいな動く危険物がどうしてミコと仲が良いわけ?あんた、なんか弱味とか握ってんの?」
「れ、レイちゃん!」
令奈の発言に物申そうとする巫女の前に手のひらを向けて制止させると令奈は警戒の色で染まった目でカガリを睨んだ。
「変な言いがかりつけんじゃねぇよ。めんどくせぇ…そいつが勝手にまとわりついてくるだけだ」
「どうだか……臆病で人付き合いが苦手なこの子があんたみたいな不良につきまとうだなんて、とても信じられないわ…あんたにそそのかされたりしない限りはね!どんな汚い手を使ったのよ!!この卑怯者!」
「テメェ……!!」
一方的なヒドイ言われように決めつけにむかっ腹を立てたカガリはより険しいものへ顔をしかめ、擦りきれんばかりに歯を強く噛み締め低く唸った。
「黙って聞いてりゃぁ……好き放題言いやがって…!!!」
「な、なによ!そうじゃない!気にくわなきゃすぐに暴力に訴えかける!そうやって、力に物言わせて好き勝手にしてるのはどっちよ!!」
鬼のような剣幕で睨むカガリに令奈は一瞬、怯むもすぐにきつく睨み返し言い放つ。
その言葉で一層に腹を立てたカガリは右手の爪が手のひらに食い込む程に強く握りしめた。
今にも殴りかかろうとした。その瞬間……
「と、轟さんは悪くないよ!!」
「っ!?み、ミコ…?!」
立ち塞がる令奈を押し退け、カガリを庇うように両手を広げて叫ぶ巫女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちていく。
「轟さんはわたしを助けてくれたの!どうして、レイちゃんは信じてくれないの?!」
「あんた…何いって……昨日、あれだけ教えたじゃない!そいつは悪い奴だって……病院送りにされた奴だって沢山いるのよ!?そんな最低で酷い奴に味方したって意味無いじゃ……!」
「だからって、轟さんがどんな人だなんてわたしたちが勝手に決めて良いわけないよ!!酷いのはレイちゃんだよ!あっ……!」
「……なによ。あたしはあんたの為を思って……もう良い、分かった。そうやってバカ見て、好きなだけ後悔したらいいわ」
「れ、レイちゃ…ごめ…!!待って!!」
強く言い放つ巫女に圧倒されていた令奈は冷たく言い捨て、最後にカガリを憎らしげに睨み付けた後、引き留めようとした巫女に背を向け早足で商店街の中に消えていってしまった。
「はん。あ~ヤダヤダ…友だちってヤツはすぐこれだ。友情だなんだの言っておきながら…結局、自分通りに行かなきゃすぐ見限って終い。ろくなもんじゃねぇ……これで分かったろ?オレといるとこう言うことに………」
「ど、どうしよう……わたし…レイちゃんに嫌われちゃった…」
カガリはそう言い、令奈が去っていった後を睨み付けふと、巫女の方へ視線を逸らすと両腕を抑えて震える巫女の背中が目に映った。
「……ダチが一人減ったくらいでメソメソすんじゃねぇよ。くだらねぇ…」
今にも膝から崩れ落ち泣き出しそうな巫女の後ろ姿にカガリは苛立ったように呟く。
カガリの声に反応して、巫女は首だけを振り向かせると心配しないでと、明らかに無理をした笑みを向けてきた。
「ッ!!!!嘘くせぇ顔してヘラヘラしてんじゃねぇよ!!」
痛々しい程に涙を堪える巫女にカガリは堪らず、大声で怒鳴りつけた。
怒鳴られたことで体をビクつかせた巫女を見て、カガリは腸が煮えかえりそうな気持ちに襲われた。
_______________“カガリちゃんは悪くないよ”
脳裏に過る言葉のえもいわれぬ嫌悪感に胸を突き刺されたかのような痛みが走る。
『レディー、大丈夫か?』
『黙ってろボケ……!!!!!』
様子を見かねたディアが囁くも…カガリは全く耳を貸さず、巫女に背を向けると逃げるようにその場から走り出した。
途中、背後から巫女の声が聞こえた気がしたが……カガリが止まることは無かった。
>>>
_________どれだけの時間が経ったのだろう。
無我夢中で走り回り、何かから逃げ込むように人気の無い廃ビルに入ってから何をしていのか、あまり覚えていない。
ガラスの割れた窓から橙色の光が射し込んでいるのが見え、辛うじて今の時刻が夕方だと言うことだけは分かった。
“グゥゥゥゥ…”
「……腹、減ったなぁ…」
空腹を知らせる腹の音がなり、埃だらけのコンクリートの冷たい床から上半身を起こすとカガリは誰に言うわけでもなく呟いた。
「ようやくお目覚めかね」
「ぁ?……なんだテメェか、ディア」
「驚いたぞ。急に走り出したかと思えば、こんな薄汚い廃墟で眠りにつくとは……野良猫でももう少しマシな寝床を探すである」
「…どうりで記憶にねぇわけだ」
天井の暗がりから翼膜を羽ばたかせ、カガリの肩に降り立ちながら言うディアに、カガリは他人事のように呟き、後頭部を掻いた。
だが、それ以上。カガリは何も喋ろうとはせず、辺りは静寂に包まれた。
「……一体、どうしたのだ?」
「……」
「…少しくらい答えてくれても良いのではないかね」
「……ハァ、テメェもしつけぇ性格してんな…」
暫しの静寂を破るように肩に止まるディアが問うと、カガリはジト目で睨み付けていたが…諦めたように嘆息し、胡座をかいた。
「お前……“アイツ”をどう思う?」
「アイツ?巫女殿の事かね?」
「……おう。テメェは……アイツがどういう奴だと思う?」
「ふむ、そうであるな……」
カガリの質問に、翼膜で顎を撫で考え込む仕草をするディアは思い付く限り口に出す。
「おしとやかで育ちが良く。少し引っ込み思案に見えたが意外と芯が強く一途な一面を持っているように見えるである……後、年頃の娘にしては飾り気もなく、箱入り娘のせいもあってかで少し抜けているところがあるが……まあ、それも巫女殿の良いところであろうな。しかし何故そんな質問を?一般的に見ても“良い子”に間違いない彼女から見て得た情報で特に目立ったものは……」
「特にねぇよ。でも、見てわかるだろ。誰も疑ったことがねぇってくらい……真っ白で、オレと違って“良い奴”だってことくらい」
「…確かに巫女殿と貴様は真逆の性格をしているが……人間とは誰だってそうでは無いか?」
「コウモリのテメェからしたらそうだろうよ…上手く言えねぇけど……違うからこそ…これ以上、アイツと関わるべきじゃねぇだろ」
「……“悪い奴”と“良い奴”が一緒にいるのは間違っている。か」
天井を仰ぎ、静かにそう言ったカガリにディアはどこか呆れたように言うとカガリはそうだと言いたげな目で肩に止まるディアを睨み付けた。
「本当に悪い奴ってぇのはよ…一旦、道を逸れたら戻れねぇ。戻っちゃいけねぇんだよ……“良い奴”になりたくてどんだけ頑張っても、一度、人の『ここんとこ』で根付いちまいやがったら、おしまいなんだ。そうなっちまったら……後はずっと落ちるしかねぇだろ…」
親指で胸を二度、三度と指差し…カガリは複雑な感情と共に、ディアにそう言った。
それを察してか。静かに聞いていたディアはカガリが行ったように天井を見上げ、「難儀である」…と小さく頷いた。
丁度、その時だった…
「お~い」
「あ?」
突然、名前を呼ばれたカガリは反射的に声の聞こえた暗がりの方に首だけを動かし、目を凝らしめた。
誰かが奥から響かせやってくる足音と共に徐々に夕日の光で露になっていく人物の姿に、カガリとディアは思わず驚き声を漏らした。
「て、テメェ…」
『巫女殿…?』
「あっ!やっと見つけました!もう、ずいぶん探し回ったんですよ?轟さん」
暗がりから出てきたのは……素早くイヤリングに変身したディアが言ったように人の良い。おしとやかな笑みを浮かべた巫女であった。
おそらく、町中を探したのだろう。履いている赤い靴やチェックのスカートが汚れており、それを見たカガリはばつが悪そうに頬を人差し指で掻き、巫女から目を逸らした。
「なんだよ。くそ女……探す奴間違ってんだろ。オレなんかよりテメェのダチを追いかけて探せよ」
「ふふ、安心してください。レイちゃんは大切な親友ですから、すぐに仲直りしちゃいます。だから、先にお友達の轟さんを探してたんです」
「……あのなぁ。良く聞けよ。巫女……テメェとオレはダチじゃねぇってわかってねぇのか?」
「もう……轟さんったら…わたしと轟さんはお友達です。だって…轟さんはわたしを助けてくれたじゃないですか!」
「……身に覚えはねぇよ」
ゆっくりと立ち上がり、カガリは尻に付いた埃を払いながら言うと辟易とした態度で廃墟の出口に向かって歩き出した。
その後を子犬のように着いていきながら巫女はにこやかに言うのだった。
「……ところでよ」
「?なんですか。轟さん」
真っ直ぐ出口に向かいながら歩くカガリは不意に、立ち止まると振り返る事なく訊ねると、巫女は怪訝そうな声色で返事を返した。
すると、カガリはふぅ、と一息置いてからゆっくりと巫女に向かい合うように振り返り、ハッキリとした声で言うのだった。
「テメェ……“何で名前で呼んだのに反応しねぇんだ”?」
「…………“何でだと思う”?」
にこやかに笑っていた巫女の顔が……突然、別人のように邪悪に歪み嗤うのであった。