第15章.闇に潜みし夜祭の魔法使いたち
“パシャ…パシャ…パシャ…”
彼女は歩いていた。夜通し振り続けていた雨が上がり、フルフェイスのヘルメットを小脇に抱えて、道の窪みに溜まった水溜まりを避けることなく踏みつけながら。
暗闇に紛れるように人目を避け、薄汚い路地を歩く足取りは苛立ったように不機嫌にも見えた。
「“女王蟻”」
突然、男の声に呼び止められ、女王蟻と呼ばれた彼女は足を止め、背後に振り返る。
だが、振り返った先には誰もいない。しかし、彼女は苦虫を噛み潰したような顔で、憎々しげな目を向け煩わしそうに閉じていた口を開いた。
「誰かと思えば、“あんた達”か。アタシを笑い者にでもしに来たの?」
「笑う?まさか…冗談が過ぎる。“虫けらの女王”を笑う価値がどこにあるのだ?」
(笑ってんだろ…!!)
何処からともなくケラケラと、ケタケタと、周りから彼女を嘲笑うかのような何人もの男女の笑い声が飛び交う。
自分の“名”を侮辱された彼女は心底、不愉快だとばかりに目付きを鋭くさせ語調を強めて言う。
「だったら早く用件を言いなさいよ。表も堂々と歩けない陰湿なあんた達と違って……アタシは忙しいの」
そう、一方的に切り捨てると彼女はその場から離れるように歩き出す。
______だが……
「あのはぐれ“願望覚醒者”を追った所で、勝てる勝算など無いに等しいのでは?」
男の言葉に、またも彼女の足が止まる。しかし、振り返ることの無いその背中から感じ取れる気配は、明らかに男に対する殺気を抱いていた。
「……何が言いたいわけ?」
背を向けたまま、重く静かに口を開き言う彼女の声は非常に冷たく、無感情なものであった。
彼女の纏う雰囲気に、静寂なこの場の空気がピリピリと張詰められていき、わずかに圧倒された男が唾を飲み込む音が響き渡った。
「……お前の“魔法”では、あのはぐれ“願望覚醒者”に太刀打ち出来ない、と言っているのだ」
「へぇー……じゃあ、あんた達はあんなド素人の“魔法少女”にアタシが負けるって言いたいわけね。上等じゃない……でも、アタシが“何なのか”…知らない訳じゃないでしょ?」
彼女の問いに、男は応えない。否、応えられない。
彼女の体から流れる魔力が男の周りを漂っているからだ。一瞬でも隙を見せればすぐさま、彼女は“魔法”を掛けて操るつもりだろう…
男は瞬時にその事を悟り、口を閉じた。それは周りの仲間も重々理解していた。
偏に、彼女の扱う魔法がこの場にいるどの“願望覚醒者”達よりも協力な魔法を有していたからである…が、理由は一つでは無い。
____________彼女自身が他の“願望覚醒者”とは違う。“異質な存在”であったからであった。
彼女は所属する『不可視夜祭』の中でも異彩を放っていた。それも仲間内でも危険視される程に、である。それゆえに彼女に反発する者は少ない。
彼らを除いては、だが……
「『不可視夜祭』に居てお前を知らない者などいない。あの場にいた我々以外の組織の奴等がいた。だからこそ、あのはぐれ“願望覚醒者”に負けられては困るのだよ」
「困る…?何でよ?関係ないじゃない」
「関係あるさ。“奴を逃がした”…それも、“魔法を打ち消された挙げ句に大敗していた”。“ただの人間の目撃者”もだ。その事実を知られ、“どんな魔法”か分からない以上。いつ脅威となるかも知れん奴をこのまま『不可視夜祭』の縄張りで野放しにする訳にはいかんのだ」
「…ふんっ!どんな理由かと思えば……大層な言い訳じゃない。要はアイツが怖いってだけでしょ?それに、魔法を打ち消したから何だって言うの?“打ち消す”なら、“打ち消せないように工夫”するだけよ。安心しなさい。ただ負けただけじゃない…アイツの“弱点”はちゃーんと、把握してるんだから……」
小脇に抱えていたフルフェイスを投げ捨て、彼女は彼らに自信を込めて宣言する。
___________どいつもこいつも使えない奴ばかり…
一体、いつから『不可視夜祭』はたったの一人にこれ程までに怯える臆病者ばかりになったのか。
脅威?どんな魔法か分からない?それがどうした?それが一体、何なのだと言うのか?
気に食わない。弱い者は嫌いだ。特に喚くだけの弱者はもっと嫌いだ。
弱い者は強者に従わなければならない。故にこの世の弱者は自分が使う兵隊にしか過ぎない。
この先も、今も、弱者はずっと自分の僕だ。
「『あんた達も協力なさい』…」
彼女の命令で彼らの気配は彼女の周りから消えた。
ほらみろとばかりに彼女は口角を吊り上げ不気味な笑みを浮かべる。どれだけ反抗心を抱こうが自分の命令には逆らえない。命令は絶対。従わない奴は弱者よりも弱者、虫けらだ。
自分は女王なのだ。『不可視夜祭』はその為の城。いずれ自分のモノにする。その為の“兵”の犠牲は一切として厭わない。
「だって、“蟻”は沢山にいるもの…勝つためのとっておきの“兵隊蟻”もね…ふふ、ハハハ……アハハハハハハハ!!!」
彼女は抑えていた哄笑を我慢出来ず、高らかに嗤い響かせ歩み出した。
“ブラックローズ”を殺す。ただそれだけの殺意を抱きながら、彼女は薄汚い路地を後にするのであった…




