第13章.《命令》
カガリの体が青い閃光に包まれ、それをきっかけに突かれた三つの槍がピタリと止まる。
彼らは必死に引いたり押したりと模索させるが、槍は不動のまま動かない。
「最初に手を出したのはテメェらの方だぜ」
爆ぜる轟音。
青い閃光が弾け消えると同時に。悪の魔法少女へと変身したカガリは余裕を含ませた声と悪戯好きの悪鬼さながらの笑みを浮かべる。
「オラッ!!」
逆立ちし重なり合わさった瞬間に掴んで止めていた三つの槍を細切れにし、暴虐的な威力を込めた脚を力の限りに振り抜く。
破壊音を響かせ、三台のバイクごと乗っている人物たちを道路橋から雨で増水した川へと一瞬にして蹴散らした。
「ヒャハッハッハッ!!!!」
まさに赤子の手を捻るが如く。瞬く間に戦況をひっくり返し歴然とした力の差を見せつける凶悪な嗤い声が雨夜に轟く。
無人で走るバイクに降り立つとすぐさまブレーキをかけ、こちらを見つめ仁王立っている最後のフルフェイスの人物に、カガリはサングラス越しに鋭い眼光を飛ばし、ドスの効いた声で言う。
「何の恨みか知らねぇが…半殺し以上になる覚悟は出来てんだろうな…?」
「……恨み?」
殺気さえ飛ばすカガリの威圧に、フルフェイスの人物は何のことかわからないと言いたげに首を少し傾けた後、思い出したかのようにわざとらしく手を叩き頷いた。
「“あんたに恨み”、ね。別に恨みなんて無いよ?ただ、あんたが“邪魔”なだけ……恨みって程じゃない」
「邪魔だと…?」
「そう」
フルフェイスの人物は訝しみ睨むカガリに説明するように片手を広げ、飄々とした態度で言う。
「電車とかバスでもさ、騒いで目立ち過ぎる奴っているじゃん?そう言う奴って鬱陶しい…って思わない?あんたの他にも十種市柳森町にいる魔法使いたち…と言うより。ウチら《魔導協会》、『不可視夜祭』の縄張りにとって、いきなり現れた今のあんたはまさに“邪魔”ってわけ」
『…なるほど、“昼間の学校と巫女殿の家にいた時から感じていたこの妙な視線と魔力の気配”はそう言う事であるか…わが輩たちを監視していたとは……礼儀知らずな奴等である!』
「ぁあ?なんだよ『不可視夜祭』とか《魔導協会》だとかって……説明しろよ!」
話の内容にさっぱり意味が分からずに着いていけない一人置いてけぼりのカガリの苛立った問いかけにディアはフルフェイスの人物を見据えながら、静かに答えた。
『……いつの時代か。“願望覚醒者”の始祖なる存在によって創立された組織。それが《魔導協会》である。『不可視夜祭』はそこから枝分かれた、勢力の一つで《魔導協会》を支える一柱の組織……のだが』
「だが?」
「はいはい、そこまで~。新人の魔法少女ちゃんに説明しているところ悪いんだけど……そろそろこっちの“準備”も整ってきたんだよねぇ」
言葉を濁らせ含みあるディアの言葉に、カガリが怪訝そうに表情を険しくさせていると待ち飽きたように手を叩き、二人の会話に割り込んできた。
それを合図とばかりに、フルフェイスの人物の背後からぞろぞろと軍隊のように武器を片手に不良たちが集まってくる。
だが、雨の中集う不良たちの中に……カガリは目を疑った。
「おいおい……!何で“東海学園”の生徒の奴等がこんな雨の中、しかも不良どもと混じってんだ?!」
『…それだけではない。公務員や職員……皆、微弱な魔力を感じるである。恐らく、彼奴の“魔法”が原因である』
「はぁ?!“魔法”ってそんなこと出来んのかよ?!便利過ぎんだろ!!」
『たわけ!!“願望から成るのが“魔法”と言ったであろう!なんの“魔法”か分からんが彼奴の“願った欲”がそうした力を持つ“魔法”として扱っておるのだ!!』
「へぇ~、見た目も中身も悪そうなあんたには勿体ないくらいに有能なのいるのね…まあ、仕えている主が悪いのは可哀想としか思えないけど……」
たじろぎ騒ぐカガリの代わりに冷静に正体を見抜いたディアにフルフェイスの人物はわざとらしく戯け、拍手を送り全く心の込もっていない称賛を送る。
「正解よ正解。コイツらはアタシの“魔法”で連れてきた戦う兵隊さんたち。でも、分かった所であんたは“アタシには勝てない”…何故なら、アタシは用意周到に用意した“手段”と“魔法”を持っているからよ。魔法少女ちゃん」
「あ?」
「聞こえなかった?あんたはアタシには勝てない。頭悪いの?」
「上等だゴラァ!!殺れるもんならやってみやがれメット女!そんな弱そうなザコ軍団なんざでオレが倒せるとでも……!!」
『挑発だ!!乗せられるなである!ブラックローズ!!怪魔と戦う時とは違うのだぞ?!』
「ブラックローズ……?なにあんた?思いっきり、悪役みたいな格好しているのにヒーロー気取りなわけ?!アッハハハ!!!似合わなすぎでしょ!!アハハハ!!!」
「そんなわけねぇだろ!っうか、笑うんじゃねぇぇぇ!!!!!」
『抑えるである!!』
見え透いた挑発をする。女であったらしいフルフェイスの人物に今にも走りだし兼ねない程、憤激するカガリを慌てて制止し、ディアは必死になってカガリをなだめる、が、フルフェイスの人物は苦しそうに腹を抱えながら笑い続ける。
「テメェ…マジ殺す…!!ぜってぇー殺す…!!」
『こら!話を聞か……。馬鹿者ーーッ!!』
これには完全に怒りの火がついたカガリはディアの制止を完全無視してコンクリートの床を蹴り、跳躍しながら直接、フルフェイスの人物に跳躍しながら拳を突き出す。だが……その拳はフルフェイスの人物に当たる寸前にピタリと止まってしまった。
それだけではない。
「あ!?なんだ?!うぉっ!!?」
カガリは己の足に違和感を感じ、半身だけ振り返らせると、そこには足にへばりつくかのように不良たちが掴み群がってきており、カガリの動きを封じ込めてきていたのだった。
「この、テメェら離しやが……ぐぎゃ!!」
『ブラックローズ!!』
「アリのような虫けらも……数あればどんな奴だって殺せるのよ?」
止まってしまった理由はこのことかと驚いていたカガリの頭部に有刺鉄線が巻かれた鉄バットを叩き込まれ、フルフェイスの人物はケタケタとイヤらしい笑い声をあげる。
「ぐぅぅ!!ぐがぁ!!?」
『此奴ら強化魔法まで……!レディー!早く逃げるであ……ぐぉ!!』
顔面からコンクリートの床に叩きつけられたカガリは血を流す頭を押さえながら悶えていると人の力ではあり得ない程の力で追い打ちとばかりに更なる衝撃が体全体に降り注ぐ。
倒れたカガリに容赦なく踏みつけ、バットなどで攻撃する不良や学生、教師に警察官。おぞましい程の殴打の嵐だと言うのに彼らのその目に光は無く、たとえ返り血を受けようとも全くの無表情で淡々と行われていく。
反撃も逃げる隙もない袋叩きの状況下の中でも決定的な致命傷だけは避けるべく、頭部をしっかりと両腕ガードするカガリであったが。
頭部以外の防ぐことが出来ない腹部や腕などの攻撃に骨が軋み、脇腹に入った木刀の一撃に口から血の泡を吹き、一瞬意識が遠退いた。
「どう?アタシの便利で素敵な“魔法”のお味は……?」
まとわりつくかのような嫌味たらしい声の質問が聞こえると同時に殴打の嵐が止み、不良たちに両腕を取り押さえられ、顔面を血で染めたカガリを無理やり立ち上がらせる。
フルフェイスの人物は雨で血が滴り落ちるカガリの顎を指であげ、苦痛で歪んでなお、鋭く睨みつけるカガリにフルフェイスの下でニヤリと笑う。
「……本当、便利以外言うことないわ」
「がっ………!!!!?」
静かに口を開きながら有刺鉄線バットを振った瞬間、ボキッ!とあばら骨が勢いよく折れた音が響き、カガリは声が出ないほどの激痛に苦悶の表情を更に歪ませた。
「この“魔法”が手に入った瞬間、とっっっても最高だった…ムカつく奴等は全員、奴隷以下の家畜にして、みーんな社会的に殺してやった…アタシを絶対に裏切らない好みの男は何人だって下僕にできる……あんたみたいなクズみたいな馬鹿共だってこの通り、思いのまま!アタシの為なら喜んで死ねる忠実な兵士に……」
“ペッ!!”
悠々と語るフルフェイスの人物の顔面辺りにカガリは血が雑ざった唾を吐きつけた。
「みみっちー話が出来て、ご機嫌か?小魚野郎」
「……ハ?」
カガリのこの行為に、フルフェイスの人物はわなわなと怒りに震え、有刺鉄線バットをカガリに何度も叩きつけた。
「このッ!!!!クズがッ!!負け犬のくせにッ!!死ねッ!お前みたいな奴は死んだ方が世のためなんだよッ!!!さっさとくたばれッ!!!!」
バットを振る度に肉が裂け、骨が折れ、血が吹き出す。
辺りを血飛沫で赤くそめようとも、怒りの収まらないフルフェイスの人物は有刺鉄線バットを高く振り上げ、力無く頭を項垂れさせているカガリの頭部に狙いを定めた。
「“監視の怪魔”を倒したって聞いてたのに……残念。考えてた作戦が全部必要無くなっちゃった。でも、これで『不可視夜祭』の連中も静かになるでしょ。アタシの“魔法”……《命令》のおかげ…………!!!」
「…なるほど、そう言う“魔法”か」
トドメを刺そうと有刺鉄線バットを振り下ろした瞬間、項垂れていたカガリがニヤリと笑った。
それと同時に、フルフェイスの人物の顎の下から強烈な衝撃が起き、フルフェイスの人物は地から足が離れ、体を大きく仰け反らせ、曇天の空を仰いだのであった。