第12章.ただの一般人じゃなきゃやることは一つ
雨夜の車道に鳴り響く爆音。フルスロットルで走り抜ける六台のバイクが競い合うかのように我が物顔で突っ走る。
カガリが乗るバイク“ランブレッタ”の前と後ろを挟み込むように突如として五台、全てに二人乗ったビックスクーター、“フォルツァ”が襲い掛かってきていた。
全員フルフェイスを着用し、正体はわからない。だが、後部座席の人物らが手に握るナイフをくくりつけただけの粗末な槍が殺意を表しており、バイクの運転に手一杯のカガリを圧倒していた。
「一か八か…やってやる!!」
そんな危機的状況に、カガリは何を閃いたのか。雨から視界を守るゴーグルをしっかりと着け直し、車道端ギリギリを走行しながら覚悟を決めたのだった。
「…何か作戦があるのかね?」
「おう!オレを追いかけ回した罰だ!度肝を抜いてやる!!」
落 ち着いた様子で問うディアにカガリは悪どい笑みで自信満々に宣言する。
(何をしでかす気だ…?)
嫌な予感しかしない。ディアは額に汗を流しながら心の奥底からそう思った。
だが、その時であった。
「…刺し殺せ」
「は?」
「レディー!左だ!」
雨とバイクのマフラーから出る爆音の嵐の中、フルフェイス越しでくぐもった冷たい声がはっきりとカガリの耳に届いた。
そして、いち早く危険を察知し、耳元で叫んだディアの言葉にほぼ反射的に左へ振り返ると、そこには後ろを走っていた筈の、一台のバイクが真横にまで接近しており、更には雨滴と共に残酷な光を放つ槍をカガリに狙いを定め、真っ直ぐに構えていた。
「オイオイオイオイ…!!そりゃねぇだろぉぉぉ!!!?」
車道端ギリギリに寄り、前と後ろにも避けられない八方塞がりに追い詰められた状況に、カガリは悲鳴をあげ、表情をひきつらせる。
だが、槍を構える人物の素振りに容赦など微塵も見当たらず、ギラリと輝く槍が無情にも勢いよく突き出される。
刺さる。恐らくこの場にいる誰もがそう思った…だが。
「バァ~カ!!」
“ガギン!!”
“追い詰めたのはこちらの方だ”、と。不敵に、敵の不注意さを嘲笑うかのように唇の端をつり上げたカガリがそう叫ぶ。
同時に、確実に突き刺さった筈であろう槍が金属を激しくぶつけ合ったかのようなけたたましい音を響かせた。
予測しなかった事態に驚き、動揺でふらつくバイクに仕返しとばかりにカガリが蹴りを叩き込んだ。
そして、カガリの蹴りの威力にバイクは態勢を大きく崩し、大きな音を立てながら後ろを走っていた仲間の一台を巻き込むように大転倒を起こしたのだった。
「ヒャハハ!!ざまーみろ~!!!!死なねぇ程度にくたばっときな!!ギャハハハハハ!!!!」
「貴様、まさか“それ”を狙って道の端に…!?」
「ニヒヒ!ナイスタイミングに置いてあったよな、この……」
“鉄製のゴミ捨てのフタ”!!
カガリが嬉しそうに掲げた物は、市街地のゴミ捨て場に置かれたポリバケツのフタであった。
正確には鉄製では無くトタン製なのでは?と、ディアは思ったのだが…今はあえて言うまいと、言葉を飲み込んだ。
「さぁーーて…?!お仲間は二人リタイアだぜ!?いや、正確には四人か?まあ、どーでも良いか……で?お次はどうする気だよ、フルフェイス軍団のリーダーさんよぉ?!刺し殺せ…なぁ~んて言っておいてこれで終わりだなんて言わねぇよなぁ!?」
トタン製のフタを片手に青いアメリカンなキャプテンよろしく盾のように構え、こちらを憎らしげに拳を握りながら見つめてくるリーダーらしき人物に挑発的にほくそ笑み、わざと声色を真似て盛大に煽る。
主人公らしからぬ言動に目も当てられないディアであったが、カガリのこうした行動には毎度、驚かされていた。
(戦いにおいて、相手のペースを崩すのは定石……冷静さは武器であり、突かれれば弱点になりうるものだが……此奴はまだまだ荒く青いくせにそれを理解している……毎日飽きずに喧嘩をするだけはある………それにしても…)
ディアは目まぐるしく過ぎ去っていく風景の中、つきまとうかのような気配に辺りを注意深く探り、表情を険しくさせる。
(昼間にも、いや、昼間より感じるこの妙な数の“魔力の気配”は一体、なんなのだ……?)
「……い、おいディア!聞こえてんのか!?」
「う、うん?すまない、少し考え事をしてた!」
時速何十キロは出ている速度の中、一向に姿を現さない付かず離れずの見えない何者か達の見えない追跡に考えあぐねている最中、カガリの呼び掛けにディアは慌てて反応し応じる。
「ったくよ、こっちは必死でやってるって言うのに…のんきに考え事かよ?!」
「……気になることがあったのだ。そんなことより一体どうしたと言うのだ?」
「あ?…決まってんだろ。“向こう”が本気出してきたからケリつけてやんだよ!」
「なに?……なっ!?」
前を顎でしゃくり言うカガリにディアが正面へ向き雨粒を避けるように目を凝らしめると。次の瞬間、驚いたように目を見開いた。
「あれは……“防壁”か!」
いつの間にか遥か前方を走るバイクより遠く。このまま進めば数分もせぬ内にたどり着くであろう道路橋へ追い込むように刃物で取り付けられた。いかにも刺々しい壁が設置されていた。
「チッ!ご丁寧に逃げ場まで塞ぎやがって…こいつらよっぽど、オレに恨みがあるんだな。チョットした有名人になった気分だぜ!」
「なっている場合か!?」
そこまでするか!と思わずツッコんでしまう程、道路橋に到るまでの全ての曲がり道まで隙間無く、用意周到に刃のバリケードが施されており、追い込み網に誘い込まれる魚のように、徐々に逃げ場の無い道路橋へと誘導されていく。
「後ろは槍、正面は針壁!まるで“鉄の処女”そのモノの布陣!これでは魔女狩りではないか!!このままでは串刺しになるぞ!」
「完璧に殺す気じゃねぇか…っうか。あのリーダー野郎、どうやって回避するつもりなんだ?テメェまで串刺しになったってしょうがねぇ……」
一体、どうするつもりなのか……そう。怪訝に思った…刹那であった。
“グシャーーーーン!!!!”
「はぁ!?」
「なっ!?」
リーダーらしき人物が乗るバイクが突然、急加速し始めた次の瞬間、自分たちで仕掛けた針壁にあろうことか。速度を落とすことなく、耳を塞ぎたくなる程の轟音を響かせ見るも無惨に大破し出した。
衝突の勢いで空中分解しに飛び散るバイク。運転していた人物は無情に投げ出され地面に叩きつけられる、だが。
後部座席に座っていたリーダーらしき人物は空中で身を捻り、人間離れした軽やかな身のこなしで着地をしてみせたのだった。
「ど、どんな運動神経してんだアイツ!!?人じゃねぇだろ!」
「やはりか」
「あ?!なんだと?!」
見せつけるように、さも当然のように行ってみせた人物の動きに驚愕しているカガリの耳もとで、ディアは訝しむように呟いた。
そして、バイク音に負けないカガリの声のデカさに眉を寄せ表情を歪ませながらも咎めることなく、ディアは冷静な態度で口を開く。
「今ので分かったが…貴様の言う通り“人間では無い”。微かだが、感じた…奴は貴様と同じく……“魔力を持つ者”である」
「魔力……ってことはまさか後ろの奴等も?」
「まさか。奴等からは何一つとして……いや、待て!この感じは………?」
「今度はなんだよ?!」
「奴等の頭部から小さいがあのリーダー格の者の魔力を感知できるであるが…妙である………魔力にしては微弱く過ぎる…何かされているのか?」
「へっ!聞いてもなんだかわかんねぇが……分かったことが一つ!!!!」
カガリは後ろから急接近してきて突き出された槍を手に持つトタン製のフタで斜めに弾きながら、バイクの隙を突くように全速力で走るバイクを急ブレーキさせ、三台の真ん中にまで移動する。
そして、片耳に付いているイヤリングを外し、真ん中にいるカガリに槍を構える人物たちを一瞥し、ニヤリと不敵に笑い出す。
「やり合う相手がただの一般人じゃねぇなら……やることは一つだけだよな!?ディア!!!」
「はぁ…話は最後まで聞くものであるぞ!」
一斉に槍が突き出されるその瞬間、文句を言いながらもコウモリの姿に戻ったディアはカガリの首筋に噛みつく同時にカガリは口角をつり上げディアに触れる。
「変身!!」
降り注ぐ雨を吹き飛ばすかの如く、カガリの強く叫んだ声が夜の世界に轟いた。




