第10章.嵐の前のなんとやら
「ファ…ファッ!ブァークション!!!うぅぅ、さみぃ…雨の日のツーリングはやっぱ、無かったな…」
「あ、あはは…でした、ね。くしゅん!」
雨降る中、バイクでの帰宅がどれ程無謀極まりなく、体を濡らすかなど火を見るより明らかであった。
数十分程の時間をかけて、裕福な小さな屋敷と言う言葉がピッタリと当てはまる保立家の玄関の屋根の下にまでやって来た頃には二人の体はすっかり冷えきり、着ていた制服は下着までずぶ濡れになってしまっていた。
「…却って余計なお世話だったな」
「えっ?あっ…いえ!そんなことないです!」
冷えた体で二の腕を擦っていた巫女に、カガリは申し訳なさそうに呟く。その事に気づいた巫女は、慌てて首を左右に振り、カガリに一歩、詰め寄った。
「わたし、バイクを生まれて初めて乗れて、怖かったけど楽しかったです!それに…雨の日だって嫌いじゃありません!!濡れるのだって平気です!だから、その…余計だなんてそんなこと絶対にありません!」
「わ…分かった、分かったってぇの!」
巫女のうそ偽りない言葉と勢いに押され、カガリは逃げるようにして背を向け、赤らめた頬を掻いた。
「ったく…それ以上、言うんじゃねぇよ…こっぱずかしい。寒気がすらぁ」
「さ、寒気!?雨のせいでお風邪の引き始めてしまった…?!」
「いや、そうじゃねぇよ?!って、なにしやがる!?」
「お風邪を引かれてはいけません!!早く中で暖まって行ってください!着替えはわたしのお洋服しかありませんがお風呂もついでに!!」
「は、はぁぁぁ?!!」
聞こえないようにボソッと呟いた筈が、『寒気』と言う単語を聞いて勘違いをした巫女は、カガリの手を強く握り家の中に連れ込もうとし始めた。
「バカやめろ、ふざけんな!!オレが風邪なんか引く顔に見えるかよ!!?」
「風邪を侮ってはいけません!わたし、昔 風邪で熱が引かなくて死にかけたことがある、って母に言われたことがあるのですから!!」
「テメェの貧弱な体と一緒にすんじゃねぇ!!自慢じゃねぇがインフルだって引かねぇくらい、オレの体は頑丈なんだよ!!!分かったらとっとと離せ!!」
「分かりません!!そ、それにインフルエンザは風邪じゃありません!!ウィルスです!」
「うるせぇ、そんなもん知るか!!良いから離せっうの、このお節介女!!!」
「離ーしーまーせーーんっ!!」
無理やりにでも逃げようと奮闘するカガリに、負けじと食らいつき、粘り強くカガリの手を引っ張る巫女。
その時だった…
“ガチャ…”
「巫女…?玄関の前で何を騒いでいるの?」
「あっ、お母さん!」
「ぬおっ!!?」
「うわぁぁ!!?ご、ごめんなさい!轟さん!!」
騒ぎを聞きつけたのか、玄関から巫女の母親らしき女性が訝しげな表情をさせながら出てきたせいで。
一歩も引かずにカガリの手を引っ張っていた筈の巫女の手が急に離れ、カガリは盛大に転がり転けてしまい、巫女は慌てて駆け寄り起こしにいく。
「…?巫女、あなたそんなにずぶ濡れになってどうしたの?それに…その方は?」
「こ、この人は轟カガリさんって言う隣町の人!すごく怖いって評判な人みたいなんだけど、わたしをこの雨の中、そこのバイクで家まで送ってくれた良い人なの!」
「まあ…!この雨の中をバイクで…?」
「そう!でもね、そのせいで濡れて寒気がするって…!」
「だ、だからちげーって…!!」
「それは大変!早く家に上がってもらいなさい!お母さん、お風呂とお着替えの準備をしてくるわ!!」
「え、ちょっ…ま……」
巫女が母親に告げる間違った事情にカガリは否定の声を上げるが…
このお人好し娘にこの母親あり。カガリの否定も虚しく、母親も巫女同様、カガリを警戒することなく、玄関を開けたまま家の中へと戻っていっていった。
「さあ、轟さん。早く中へどうぞ」
「……ろ…」
「え?」
ズルズルと急に大人しくなったカガリを家の中に連れ込もうと手を取った瞬間、カガリが何かを呟いたことに気づいた巫女は不思議そうな顔で首を傾げさせた…その時。
「風呂回はまだ早ぇだろうがーーーーっ!!!!」
「えっ、そっち!!?」
似た者親子の猪突猛進な行動に…
カガリは血涙すら出そうな勢いで雨空に叫ぶのであった…
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“わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃ”
「………このタオル、メチャクチャ良い香りしやがるッ!?」
風呂を終え、髪を拭いていたタオルの思わぬ香りに驚くカガリ。
今、カガリは……改めて巫女がお嬢様だと認識させられる部屋にいた。
一人部屋にしては異様に広く、巫女の性格が出たしっかりときちんと整理整頓されており。
年頃の乙女らしくの花柄やぬいぐるみなどで、可愛らしい内装の部屋に落ち着かないのか、髪を乱暴に拭きながらうろうろとさ迷っていた所である。
因みに、巫女母に出された濡れた制服代わりの服が何故か、ド○性カエルの柄のTシャツと言う…巫女本人の絶望的なチョイスを垣間見るのであった。
(だせーと分かっていながら着るオレって一体……もっとこう、他にもあるだろうに……)
“コンコン…”
(いやいや、別に可愛いのが着たかった訳じゃないから良いけど?不良だし?可愛いの着た所で殴った返り血で真っ赤に染まるし?着ても意味ないし?)
“コンコン…!”
「うるせぇなぁ…!テメェの部屋だろが…って、おろ?」
ノックばかりでいつまで立っても入ってこないことイラついたカガリがドアを開けるも…何故か、ドアの前に誰も立ってはいなかった。
「おっかしいな…確かに聞こえた筈なんだ……があっ?!!」
廊下を見渡すもやはり誰もおらず、カガリは何かの勘違いかと首を傾げさせ部屋に戻った瞬間、“目の前の光景”に、カガリは驚き絶句した。
「いやぁ~…ご機嫌は如何かな。レディー…?随分と探したであるよぉ…?」
その風景は見るもの全てを恐怖させるAクラスのホラー映画さながら…
ピシャーン!!と夜の雷の光をバックに、窓ガラスに手を付き張りつく、降り注ぐ雨でずぶ濡れになった血眼で怒る猫目の男性吸血鬼がそこにいた。
「で、出たぁぁぁぁ!!!?」
「この小娘がぁぁ!!早くここを開けるであーーーるっ!!!!!!」
余りのホラーな出来事に戦き叫ぶカガリに今まで散々忘れられていたディアは鋭い牙を見せて怒鳴るのであった。
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「全く…貴様と言う奴は!わが輩が約束を守らなかったとは言え、本気で投げ捨てるだけでは飽きたらず、探しもしないとは…!気がつけばこの雨の中、主様の命で帰れぬわが輩がどれだけ不毛な思いで貴様を探していたと思っているのか…貴様は分かっているのか!!?」
「だから、悪かったって言ってんだろ?!その詫びにほら!ちゃんと綺麗に拭いてやってんだろうが!!」
「うむ、フルーティーな香りが実に良いである。じゃなくてだな!!拭くにしてももっと心を込めて、丁寧に拭きたまえ!!地味に痛いであいたたたたっ!!!!?きさまーーっ!!!」
「ほーら、新しい主様が使い魔であるテメェを拭いてやってんだから…心を込めてしっかりぼろ雑巾みたいになるまで拭いてやんよごらぁぁぁ!!!!!!!!」
「ぬあああああああ!!やめんかぁぁぁぁぁぁ!!!!」
雨で濡れ、愚痴が止まらぬコウモリ姿のディアを拭いていたカガリの堪忍袋がついに切れ、拭くと言うよりも削りかかるような擦りの速さで、ディアの体から静電気がバチバチと放電し始めた。
すると、丁度その時…
”ガチャ…“
「轟さーん。お待たせしま……?」
「オラオラオラオラ!!ヒャハハ!毛玉の完成だ!!って…?」
「ぬぉぉぉ!!?よくも高貴なわが輩の自慢の毛並みをぉぉぉぉ!!!!ん?」
「「「あっ」」」
二人と一匹の声が重なり、部屋中に気まずい空気が漂い始めた。
何も出さないのはいけないと思ったのだろう。巫女の手にはトレイに乗せられた二つのジュースがあった。
喋る毛玉生物を見た驚きの衝撃のせいか。それがゆっくりと手からこぼれていく。
「って、それはマズイだろぉぉぉぉ!!!!?」
「である!!!」
地面に落ちる寸での所でカガリは二つのジュースの入ったグラスを、毛玉はトレイをキャッチすることに成功した。
「あっ…ぶねぇぇぇ…!!今のはビビったぁぁ…!」
「わが輩の扱いおかしくない?」
「こ、コウモリが…喋って……」
「あっ、いや…これはだな…!(やっべぇ!見られた!!)」
安堵したのもつかの間、目の前でパタパタと羽ばたき喋るコウモリに驚き戦慄く巫女に戸惑い焦るカガリの額から滝のように汗が流れ落ちていく。
弁解を試みようと言葉を探していた…その時…
「おぉ、そなたは確か、怪魔に襲われていた娘ではないか。なるほど、この単純細胞のアンポンタンのろくでなしがどうしてここにいるのか納得したである」
「どういう意味だこの野郎…じゃなかった!オイこら、ディア!!のんきに喋ってねぇで少しは隠れるとかなんとか……!!?」
「“可愛い”!」
「はっ?」
「うぎゃぅ!!」
一人?、悠長に納得して頷いていたディアを突然、ガッチリと鷲掴んだ巫女は両手の中で驚きもがくディアを確かめるように触りまくり始めた。
「こ、小娘!!ボーッと見ていないで助けるである!!」
「お、おう?!」
その行動に驚いていたカガリは一瞬、固まってしまっていたがもみくちゃにされていたディアの救援に素直に従い、巫女から取り上げる。
「あぁ…ふわふわのモコモコが…」
「ぜぇぜぇ…!!今日は厄日である…!」
「こいつ、動じなさすぎだろ…怪魔を見たせいで感覚狂ったんじゃねぇのか…?」
物欲しそうな目でディアを見つめる巫女に、カガリは若干心配そうに見つめ、ディアは「そうかもしれないである」と口にし、身震いを起こすのであった…。
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音を立て降り注ぐ雨が夜の世界をより薄暗く、星々の光を通さない曇天の雲を作り出す。
アスファルトやコンクリートで出来た道には大小、様々な水溜まりがあちこちに出来上がり、道行く車が、傘をさし急ぎ足で歩く人々が、その水溜まりで水飛沫を飛ばしていく。
暗闇の中、唯一の眩しい光であろうにビルが建ち並ぶ『海堂商店街前大通り』。そこにある大きな交通道路を越える為の歩道橋の上…正しくは歩道橋にある落下防止の為の鉄柵の上。
丁度、歩道橋の真ん中辺りになる鉄柵の上に、白いレインコートらしきフードを目深に被った人物がまるで地に立っているかのように、平然とした態度でそこにいた。
目深に被られたフードの下にある顔は、歩道橋の下を通る車のライトでは照らしきることは出来ないが…その人物は真っ直ぐに、雨の中ある一定の方角を見つめている。
「ちょっと!そこの人!危ないから降りなさい!!」
誰かが通報したのだろう。透明なレインコートを着た二人の警察官が鉄柵の上に立つ人物に注意を呼び掛ける。
だが、白いフードの人物は警察官を一瞥しただけで話には応じず、視線を元に戻すのだった。
「聞いているのか!?降りなさい!!」
「こちら○○署パトロール隊。七時十三分頃、通報を受け海堂大通り歩道橋上に向かうと鉄柵の上に不審人物を発見。警告を無視、応援を……“呼ばなくていい”」
「オイ!?お前、何を言って……?!」
無線機で警察署に連絡を取っていた警察官一人がそう告げ、無線機の先で何かの間違いか?と応答を求めている通話を一方的に切った行動に隣で白いフードの人物を警戒していたもう一人の警察官が振り向いた瞬間、異変に気がついた。
「な、なんだ?“お前たちは”!?」
一体、いつの間にいたのだろう。左右の道から挟むように鉄パイプやバット、果ては棒の先にナイフをくくりつけた即席の槍など…今から抗争を始めるのでは無いかと目を疑ってしまう程の不良の群れがふらふらと揺れながら歩道橋に集まっていた。
だが、目を疑ったのはそれだけではない。その中には驚くことに、近くの中学校に通う野球部らしき学生や、今まさに通学帰りだったのであろう女子高生。そして、見慣れた同じ隊の先輩に後輩…他の部署である白バイ隊の姿までもがそこにはあった。
「こ、これは…いい、一体…連絡……本部に連絡を……!」
「“しなくていい”」
恐らく、白いフードの人物が発したであろう声に、無線機に手を伸ばしていた警察官が弾けるように見上げた瞬間、警察官の体がガクリと崩れかけ、危うい所で立ち上がると手にかけていた無線機を手放し、意思のないマリオネットのような動きで立ち尽くし出した。
「“下準備”はこれで万端……後は“あの子の家から誘きだす”だけ…」
白いフードの人物は静かに口元に笑みを作った後、鉄柵から降り、まるで軍隊のようにふらふらと蠢く人々を引き連れ、目的である目標に向かって歩き始めた。
町中に漂う不穏な空気に…雨はより一層と強く、町に降り注ぐのであった。