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異世界で始める快適な喫煙ライフ  作者: じゃらみ
第一章・トーガ村編
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魔物遭遇

「このアリナの実には、身体の疲労を回復させる効果があるんです。昨日タツヤさんが飲んだエナジーポーションは、これにリポビデ草やユンケリウム結晶を加えて作るんですよ」

「そりゃいかにも元気になりそうな素材だな」


 藪の中の枝になっている金柑のような実をもぎながら、リトスが薬の蘊蓄を語ってくれる。それを聞きながらタツヤもリトスの隣で実をもいでいた。

 リトスが鑑定眼で完全に熟しきった栄養価の高い実を選定し、それをちぎっては布袋詰めていく。こうするだけで、出来上がる薬の品質がかなり違ってくるのだそうだ。

 まだ未熟な実は残しておいて、次に来たときに採るらしい。


「てゆうかいいのか? 薬の材料なんて教えて。そういうのって大事な秘密なんじゃないのか?」

「エナジーポーションは公開レシピですよ。比率や調合方法は人によってそれぞれですけど」


 一般的に出回っている薬の一部は、誰でも作れるようハンターギルドによって作り方が公開されているらしい。エナジーポーションもそのひとつだ。

 優れた薬師(リトスが自分でそういった)はそこに独自のアレンジを加えて、効果を増幅させたり味を整えたりするのだという。リトスは味を犠牲にして効果を高めているそうだ。だから料理は美味いのに、薬はクソ不味いのか。


「ええと、次はこっちの道です」


 リトスに先導されながら枝分かれした獣道を歩いていく。

 山を登っていくにつれて森も深くなっていくが、通っている道はしっかり土が固まっていて視界も開けていた。

 この道はリトスの先生が様々な薬草の分布区域を調べ上げ、何年も繰り返し通ることで拓かれた道だ。リトスも先生と一緒に子供の頃から通い続けた道で、どの辺りでどの薬の素材が手に入るのかは、全て頭に入っているらしい。

 山の植物は生命力が強く、一度採った場所でも数日ほどでまた生えてくる。だから決まったルートを辿りながら、安定した採取が出来るのだそうだ。


「こんな奥まで薬草採りに来るんだな」

「ここはまだ一合目ですよ。採れるのもありふれたものばかりです。希少な薬草はもっと奥にあります」

「それも採りにいくのか?」

「いえ、そちらはちゃんと護衛を頼んでから。今日必要なものは二合目までで全部手に入るから大丈夫です」


 山奥に向かうのはやはりハンターギルドに依頼してかららしい。それは月に一度ほどで、それ以外の日は安全圏でありふれた素材漁り。それでも必要な薬の素材は十分集まるので、問題ないのだそうだ。

 タツヤとしては山の奥までいって一度魔物を見てみたかったという気持ちがあるのだが、口にはしなかった。したらリトスは怒るだろうから。

 道すがらの話の中で、リトスはいまいち緊張感のないタツヤに魔物の危なさや怖さを懇々と語ってくれた。ハンターではない一般人にとって、魔物は相当な恐怖の対象なのだ。あれだけ怖がるリトスを前に「ちょっと魔物見に行こうぜ!」なんて心霊スポットではっちゃけるノータリン大学生みたいな真似はできない。


「あ、藪苺も熟してますね。採っていこうっと」

「それも薬の材料か?」

「いえ、これは食用です。ジャムの材料。タツヤさんが淹れてくれるジャム入りのお茶が美味しいから、たくさん作っておきたくて」


 リトスは楽しげに笑いながら、ラズベリーのような木の実を採って袋に詰めていく。タツヤが淹れたロシアンティーもどきは、リトスのお気に入りだった。毎晩ご満悦の表情で飲んでいる。

 今日も夜になったらリトスには煙草の材料を探してもらう。延々と文字とにらめっこする、頭の痛くなるような作業だ。多少は手伝っているといっても、ほとんどをリトスに任せているのだから、お茶を淹れるくらいのことは喜んでしよう。しかし、大丈夫なのだろうか?


「夜中の甘いものは太るぞ」

「……」


 実を摘むリトスの手がぴたっと止まった。

 恨めしげにタツヤを見上げ、唇を尖らせている。なんだよその目は。俺は事実をいっただけだぞ。




 それからちょっと機嫌を損ねたリトスと素材を集めながら山を登っていった。

 怒ってるかと訊いてもリトスは「別に怒ってませんよぅ」といじけた感じで返すので、タツヤは再び一人異世界コントを炸裂させた。「なんでだろうなんでだろう」と軽快なリズムを口ずさみながらファンタジー世界にありがちな疑問を面白おかしく羅列する。リトスは所々で吹き出していたが、まるで北風と太陽。笑いを取れば取るほどへそを曲げていった。完全に意固地になっていた。

 めんどくさい奴め、とため息をつくタツヤのほうがよほどめんどくさい。素直に謝ればいいものを。

 そんな折りのことだ。


「ん?」


 道の外れでなにか動いた。視線の先にある草むらがかさかさと揺れ動いている。


「リトス、あっちになんかいるぞ」

「ん、山ウサギじゃないですか?」

「いや、こっちに向かってくる」


 森の小動物、山ウサギは途中の道で何度も見た。白い毛並みのもここしたウサギで、草木の影から長い耳をピコピコ動かしてこちらの様子を遠巻きに伺い、意識を向けるとすぐに逃げていった臆病で無害な動物だ。狩れば食用に出来るそうだが、集めた素材が傷むといけないので追いかけるのは止められた。久しぶりに肉も食べたかったんだけどな……。

 今度現れたものは、そんなウサギ達とは明らかに違う。

 明らかにタツヤ達を目掛けて迫ってきていた。


「タ、タツヤさん……」


 リトスも異変に気付いたらしい。さっきまでのへそ曲げモードをあっさりやめて、タツヤの背に隠れるように身を寄せてくる。

 草むらの中のなにかはすぐ近くまで迫ってきている。やはりタツヤ達を狙っているようだ。

 タツヤが警戒して鉈を抜いた、その時だ。


「キシャアァァァ!!」

「おうわっ!?」

「きゃあああっ!」


 草むらが大きく揺れて、中から緑色の物体が飛び出した。

 大きさはバスケットボールほど。顔面に目掛けて飛びかかってきたそれを、タツヤは鉈の腹で咄嗟に打ち払った。ゴムタイヤを殴ったような重い衝撃と共に、「グガァッ!」と漏れる醜い呻き声。襲い掛かってきた物体はピッチャー返しの弾道で勢いよく弾き飛ばされ、正面の樹に激突した。


「な、なんだありゃ……気持ち悪っ!」


 樹の皮を剥がしながらずるりと落ちたそれをタツヤは改めて見直す。それは蔓草のような足に球根のような頭部をもつ、緑色の身体をしたタコのような姿の不気味な生き物だった。

 背後でリトスがあっと声を上げる。


「オクトウィード! こんなところに出るなんて!?」

「あれが魔物か!?」

「は、はい! 植物が変異した魔物です!」


 地面に落ちたオクトウィードは、タコのように足をうごめかせて起き上がる。「キシャアァ!」とひと鳴き、再びタツヤ達に迫ってきた。


「ひっ、タ、タツヤさん!」

「まだ来んのかよ、ちくしょっ!」


 オクトウィードは凄まじい敵意をこちらに向けて迫ってくる。タツヤの反撃で傷を負ったはずなのに、その勢いはまるで失われていなかった。


「キシャアァァッ!!」

「おっ、と……せいっ!」


 タツヤは再び鉈を振るう。

 別に水族館で人気の海洋哺乳類の名を呼んだわけではない。

 触腕による攻撃を防ぎ、反撃に転じた時の掛け声が繋がってたまたまそうなっただけだ。

 タツヤが降り下ろした鉈は、オクトウィードを脳天を真っ二つに叩き割った。「グゲェ」とまた醜い呻き声を出してオクトウィードは絶命した。


「やったか……? ふう」


 タツヤはほっと息をつく。

 実際遭遇してみてリトスが魔物を怖がっていた理由が判った。この凶暴さは異常だ。たぶん野生の熊だってこんなに好戦的じゃない。

 躊躇していたらこちらがやられていたかもしれなかった。


「すごい……タツヤさんって、すごく強かったんですね」

「ん、そうか? むしろ魔物が思ったほど強くないぞ」


 凶暴さは並外れていたが、力や動きの速さはそうでもなかった気がする。目で追って反応出来た。


「オクトウィードの皮膚って、硬くて弾力もあって、なかなか切れないんですよ。それをこんなあっさり」

「普通はどう倒すんだよ」

「目と目の間の皮膚が薄い箇所が弱点で、普通はそこを狙って倒すんです。護衛のハンターさんはいつもそうしてます」


 そんな狭いところを的確に狙う自信などないので、力が強くなっていて助かったとタツヤは思う。役に立つのは井戸水や薪を運ぶだけときだけじゃなかった。


「リトスもこれ倒したことあるのか?」

「私はハンターの方がやってたのを見てただけです。魔物と戦うなんてとても」

「そっか。じゃあ少し下がってろ」

「へ?」

「次が来る」


 タツヤは周囲に耳を向けながら、一本踏み出してリトスから少し距離を取った。

 左右の草むらから聞こえてくるガサガサとなにかが動く音。先ほどと同じく、タツヤ達に迫っている。それもひとつやふたつじゃない。


「三……いや、四匹か。これって多いのか少ないのか」

「お、多いですよ! なんでこの場所にこんなに……!?」


 四方からこちらを伺う外敵の気配に、リトスは震えながら近くの木陰に身を隠す。

 この場所はまだ安全だといっていた。だから魔物に襲われることなんて、滅多に無いのだろう。リトスの尋常じゃない怯え方がそれを物語っていた。


「大丈夫だ。任せろ」


 対してタツヤの態度は落ち着いていた。草木の隙間からこちらを狙っている敵の動きに目を配りながら、いつでも攻撃出来るよう鉈を構えている。その口元は僅かに吊り上がっていた。

 初遭遇からろくに間を置かずに連戦。それも複数同時に。

 緊張はしているが、不思議と恐怖心はなかった。それを塗り潰す強い感情があった。


「来やがれ……ぶった切ってやる!」


 それは背後で震えているか弱い少女を守らねばという責任感と、


「ヤニが吸えなくて、こっちはイライラしてたんだよ!!」


 何時間も煙草を吸っていないストレスをぶつけたいという、ごく私的な怒りだ。

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