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異世界で始める快適な喫煙ライフ  作者: じゃらみ
第一章・トーガ村編
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異世界生活始めました

 それからリトスに家の間取りや家具の使い方などを簡単に教えてもらい、ビスケットのような堅いパンとお茶で軽い夜食を済ませてから、その日はお互い就寝した。

 異世界に来て一日目の夜。タツヤは期せずして得られた快適な寝床で、まどろみながら物思いに耽る。

 自分はなぜこの世界に来てしまったのか。そしてこれからなにをしたらいいのか。

 普通に考えるなら、元の世界に帰る手段を探すのが定石だろう。前に読んだ小説の主人公もそうしていた。しかしタツヤは元の世界への未練をそこまで持っていない。高校を出て地元を離れてからは家族や友達とはずっと疎遠だったし、悲しいかな彼女だってろくにいなかった。

 突然消えたので意図はせずとも職場を放棄した形になるが、働いていたのはきついわりに薄給な職場だったので、社員が無断で失踪することはそう珍しくなかった。タツヤが明日から来なくなっても、またか、というくらいで軽く流されるだろう。

 待ってる人もいない世界に帰る必要が果たしてあるものか……。

 悶々と考えていたら、頭が痛くなった。

 煙草が吸いたくなってきたので、一服してそのまま寝た。




 そして迎えた朝。低血圧なタツヤはよろよろと起き出し、開け放った窓際で起き抜けの一服を決める。吸い始めてから煙草は節約するはずだったと思い出したが、吸ってしまったものは仕方ないので、丸々一本根元までじっくり味わった。

 それから昨晩教えてもらった洗面所へと顔を出した。そこではすでに起きていたリトスが桶に張った水で顔を洗っていた。


「あ、おはようごさいます、タツヤさん。昨日はよく眠れましたか?」

「ああ……おはよう。おかげさまでな……」

「なんか元気ないです? まだ具合悪かったですか?」

「朝はいつもこんなもんだ……俺も顔洗わせてくれ」


 桶を借りてタツヤも顔を洗う。起き抜けの一服も効いて、冷たい水を浴びたらばっちり目が冴えた。

 「よし!」と気合いを入れてリトスに向き直る。


「さあ、リトス。俺は今日なにをしたらいい? 力仕事でもなんでもいってくれ!」

「ふふ、頼りにさせてもらいます。でもまずは、一緒に朝ご飯を食べましょう」


 朝食の用意をするため、二人で炊事場に向かった。

 その途中にタツヤはリトスから上着を渡された。タツヤが元々着ていたジャンパーではなく、リトスと同じ柿の葉色のレトロな服だ。 

 サイズから見て明らかに男性用だった。


「いいのか? これ先生って人のじゃないのか」

「気にしないでください。せっかく服があるんですから、着てもらわなきゃ勿体ないです」


 そういうのでありがたく着させてもらう。これでタツヤは裸族から人間に戻った。


 炊事場には調理台と薪のかまどがあり、そこで料理を作るのだそうだ。

 タツヤも元の世界では一人暮らしをしていたため、簡単な料理なら出来るのだが、かまどの使い方などは知らない。そういった判らないところはリトスに尋ねながら、野菜を洗ったり切ったりして出来る範囲で手伝った。まず自分がすべきことは、この世界の生活形態に慣れることだ。


「よしっ、出来ました。タツヤさん、お皿お願いします」

「おう」


 深めの皿に豆と野菜を煮たスープが注がれ、朝食が完成した。

 野菜や穀物は村の畑でも近隣の山林でも豊富に採れるので、食料に困ることはほとんどないらしい。野菜のスープや煮物に、昨晩も食べた堅焼きのビスケットのような堅パンが添えられるのが、この村の一般的な食事だそうだ。肉が加わればごちそう。

 二人で食卓に着いて朝食を食べ始める。


「ん、うまいな、このスープ」


 スープを食べてみて、タツヤは舌鼓を打った。異世界の食事事情はどんなものかと不安に思っていたが、リトスの作ったスープは美味だった。野菜の甘味とやさしい塩気が後を引く味だ。堅パンを浸したらさらにいける。

 どんどん食べ進めるタツヤを見て、リトスは嬉しそうに笑っていた。


「おかわりもありますから、たくさん食べてくださいね」

「ありがとう。リトスは料理が上手いんだな」

「別に普通ですよぅ」


 照れ臭そうに謙遜するリトスだが、素直に褒められて嬉しそうだった。


 食べ終わったらいざ、仕事開始。

 快適な寝床に加えて美味しい食事まで用意してくれたリトスの厚意に報いるには、身を粉にして働くしかない。

 そんなタツヤの気勢を感じ取ってか、初めは遠慮がちだったリトスもタツヤに仕事を与えてくれた。


「じゃあまずはこの水がめいっぱいに水を汲んで来てください」


 炊事場の隅のほうに、一抱えはある大きな水瓶が二つ並べて置いてある。村の中心地に共用の井戸があり、そこから汲んできた水をここに溜めて一日の生活用水として使うのだそうだ。そしてリトスは薬作りや道具の洗浄など、仕事柄水をたくさん使う。一日の仕事は、水の確保から始まるのだ。


「任せておけ」


 タツヤは大きめの桶を両手に持って、井戸へと向かった。

 この世界で初めての外出。タツヤは朝焼けに照らされた村の景色を、もの珍しげに眺めながら道を歩いていく。

 昨晩も窓辺から少し眺めたが、見た感じは閑散とした田舎村だった。土が均された畦道にリトスの家と似たような造りの平屋建て木造民家がぽつぽつと並び、野菜を育てている畑や山羊や鶏に似た動物が飼育されている牧場がある。農家の朝は早いらしく、畑にはすでに働いている人達の姿があった。

 村の敷地はそう広くないようで、畑と民家の先に木製の簡素な柵が立ててあるのか見える。

 柵の向こうは日が昇る方角に広大な平原が広がっていて、反対側には高々と連なる山林がそびえ立っていた。

 おそらくあの山でタツヤは拾われたのだろう。もしかしたら元の世界に帰る手掛かりが見つかるかもしれないので、一応後でリトスに案内してもらおう。帰るかどうかは別として。


 と、もの思いのうちに歩いていたら、井戸のある広場に辿り着いた。

 共用の井戸には先客がいて、腰の曲がったおばあさんが水を汲んでいた。タツヤは次に使おうとおばあさんの後ろに並ぶ。


「ふう……ふう……」


 おばあさんは一息一息苦しげに吐きながら、滑車にかかったロープを引いている。途中何度も手を止めて腰を擦っている姿は、見るからに辛そうだった。

 黙って見ていられずタツヤはおばあさんに声をかける。


「ばあさん。代わってやろうか?」

「おや、いいのかい? すまないねぇ」


 おばあさんに代わってロープをするすると引っ張り上げ、おばあさんの持っている桶に水を入れてやる。家はすぐ近くらしいので、そのまま運んであげることにした。

 歩きながらおばあさんはタツヤと話す。おばあさんの家は息子さんと二人暮らしで、息子さんが村の共同の畑で働いているらしい。朝、息子さんが畑に出る前に家で使う水を汲んできてくれたのだが、その水をうっかりこぼしてしまったのだそうだ。息子さんは出掛けた後だったので自分で水を汲み直そうとしたものの、腰を痛めていて四苦八苦していたらしい。タツヤが手伝ってくれたことにとても感謝していた。


「本当にありがとうねぇ。ところであんた、見ない顔だねぇ。旅人さんかい?」

「ああ。今はリトスって子の家で世話になってるんだ」

「へえ、あんたリトスちゃんとこのお客さんかい」

「あいつのこと知ってるのか。まあ、客っていうか、住み込みの雑用下働きみたいなもんだな。しばらくこの村に滞在してる予定だ」

「そうかい。それは良かった。リトスちゃん、先生が亡くなってから一人で大変そうにしてたからねぇ。働き手がいてくれるんなら、さぞ助かるだろうよ」


 そう語るおばあさんの表情はまるで自分のことのように嬉しそうだった。

 なんでもリトスの先生が作っていた薬は、この村のみんなが重宝していたらしい。

 町から離れた辺境地にあるこの村では、病気や怪我をしても医者にかかるのは困難だった。そのため大抵の場合は先生の薬に頼っていた。具合が悪いときは先生に頼めば必要な薬を的確に用意してくれた。おばあさんも腰の張り薬など、色んな薬を貰っていたと。

 だから今まで薬を作っていた先生が病で亡くなった後、弟子であるリトスがその仕事を引き継いでくれたときには、村のみんなが彼女に感謝したそうだ。今でも村人の多くが彼女の薬に助けられているらしい。


「あの子は本当にいい子だよ。近々また薬を貰いにいくから、よろしく伝えておいておくれ」


 家に着くとおばあさんはそういってタツヤにまた礼をいった。

 おばあさんの話を訊いたタツヤは、再び井戸に向かいながら感慨深く息をついた。

 これほど村人から慕われている彼女に、個人的な理由で煙草を作らせようとしている自分は如何なものか……と。もし迷惑になるようならいっそこのまま煙草を断つべきか、と迷いながら煙草に火を点けて、それは出来そうにないなと早々に諦めた。

 煙草は作ってほしい。でもやはり急ぐことはないと伝えよう。




 井戸と家を往復して水を汲みながら、タツヤは自分の身体にの異変を感じた。元の世界にいた頃よりも、力が強くなっている気がする。持ち運ぶ桶の重さを感じない。

 試しに中身をいっぱいにした水がめを抱え上げてみたら、楽々と持ち上がった。100キロ近くはありそうな水がめが、まるで綿でも詰まってるのかと思うほど軽い。それで確信した。理由は判らないが、筋力が並外れて増しているようだった。異世界に来た影響だろうか。

 これなら何度も往復することはないと思い、もう片方の水がめは直接井戸まで持っていき、そこでいっぱいになるまで水を汲んで、そのまま抱えて家に持って帰った。

 畑で働いていた人達が、その様子を見て目を丸くしていた。


「よし、終わったな」


 水汲みを終えたタツヤは室内で作業しているリトスに声をかけにいく。

 リトスは玄関の前で中年の女性と話していた。

 女性はどうやら薬を貰いに来た客らしい。リトスが女性に小粒の丸薬を紙に包んで渡していた。


「はい、いつもの吐き気止めと腹痛薬です」

「ありがとうね、リトスちゃん。もらっていくわね」

「いえいえ。ダールおじさんに、飲み過ぎ食べ過ぎはほどほどにって伝えてください」

「ええ、いっておくわ。あの馬鹿旦那が素直に訊くかは判りゃしないけどね」


 女性は笑い、受け取った丸薬を手に玄関から出ていった。

 本当に医者みたいなこともしてるんだな。笑顔で手を降りながら女性を見送るリトスを見て、おばあさんの言葉が実感できた。

 タツヤはリトスに近寄り「よっ」と手を挙げて声をかける。


「リトス、水を汲み終わったぞ」

「わあ、早かったですね。ありがとうございます」

「このくらい軽い。さあ、次はなにをしたらいい? なんでもいってくれ!」


 行く前にも増してやる気に満ち溢れているタツヤの様子に、リトスはきょとんと首を傾げた。

 おばあさんの話を訊いてからというもの、タツヤのやる気メーターは針が振り切っていた。


 それから薪を割ったり重たい道具を運んだりと、リトスが一人でやるには大変で困っていたことを色々と任された。

 力が強くなったことに気を良くしていたタツヤは、意気揚々とそれらの仕事をこなしてリトスを大いに喜ばせたものの、昼前ごろにスタミナ切れでダウンした。

 どうやら体力は上がっていなかったようだ。


「ぜひゅーぜひゅー……」

「張り切って手伝ってくれるのは嬉しいですけど、あまり無理はしないでくださいね。タツヤさん、まだ病み上がりなんですから」


 息を切らし、顔面蒼白で座り込むタツヤに水と手拭いを渡してくれながら、リトスは困ったように苦笑した。

 病み上がりとかは関係なく、これは喫煙の弊害だ。あれだけスパスパ煙草を吸っていては体力があるはずがないのに、調子に乗ったタツヤが悪い。


「いい時間ですし、休憩してお昼ご飯にしましょうか」

「ぜひゅー……す、すまん……役たたずな俺で……本当にすまん……」

「そんなことないですよ。タツヤさんが頑張ってくれたから、朝から作業が捗りました。お昼からまたよろしくお願いします」

「ああ……努力する……」


 次はペース配分を間違えないように気を付けよう。息を整えながらタツヤはそう思った。



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