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扉が開いて

 カインは、この牢から出る方法を考えはじめた。牢内を見回し、扉に目を留める。


 この部屋の出入り口は二カ所ある。

 一つは、鉄格子の一部、扉となっている箇所だ。名目上、客に引き渡す際に使われる場所ではあるが、使われることは無い。

 この部屋の奴隷が売られる方式は、大きく分けて二つある。まず、青年がミレニアを買っていったときのように客が鉄格子越しに買っていくというものだ。他の部屋の奴隷ならばそのまま売れるのだが、この部屋の奴隷は汚い。一応洗浄や着替えをさせる必要がある。そのため、客を玄関に待たせ、その間に奴隷の身支度をさせる。そのときには水浴び等を裏でさせる必要があるので、鉄格子にあるものではなく、部屋の奥の従業員用の扉を使う。

 売られる場合はもう一つある。奴隷の状態などどうでも良いので、人数だけ揃えて欲しいと奴隷商に申し込みがある場合だ。そのときも、大量の人数が移動するために従業員用の物を使う。

 つまり、ここを使うことは無い。その錆びた鍵穴にあう鍵は、奴隷商すらどこにあるか忘れていた。


 もう一つ、従業員用の扉がある。こちらは建物の内部を通る廊下に繋がっている。そこから、中庭の水浴び場や他の部屋の裏口へ通じている。

 牢から出るのであれば、こちらを使うしか無い。

 こちらからは簡単に出れるとカインは考えた。そして、それは事実だった。この扉には小さな鍵がかかっているだけで、しかも、木製の薄いドアである。

 他の部屋には見られない防備の薄さ、その理由はやはり人形の首輪にあった。


 多少習熟した魔法使いであれば誰でも使えるという難易度の低さに加え、ほとんど魔力も消費しない。そんな使いやすさにも関わらず、感情が絡んだ動作を封じるというのは破格の効果だった。

 怒りのままに扉を壊そうとしても、痛みでそんなことはできない。なので、簡単に出られないようにしておけば充分なのだ。

 鍵をこじ開けることも出来るだろう。しかし、それを無心で出来る者は多くない。そしてまず、そんなことが出来る奴隷などこの部屋にはこない。有用な者は買われていくのだ。

 自ら首輪を外せる、魔法使いも同様だ。もちろん彼ら用の隷属魔法も存在する。もっともそれを掛けたところで、人形の首輪を付けている者たちと同室にすることはないが。


 カインは剣闘士に目を向けた。彼ならば、力尽くで扉を壊せるだろう。しかし、彼には人形の首輪がはまっている。長い時間を掛けてその反抗心は削られており、扉を壊すことなど頼めるはずが無かった。

 自分の手を見つめながらカインは考える。枯れ木のような細い手だ。同じ年代の少年に比べても筋力は無い。とても、扉を壊すことなど出来ない。

 どうしたものかと考えていると、ひとつ気がつく。この扉は、一日に何回か開くではないか。

 壊さなくてもいい。開けて貰えば良いのだ。もうすぐ奴隷商館の従業員が、食事を持ってくる。

 そう気付いたカインは、深く考えずにじっと待つことにした。



 ガチャガチャと、乱暴に鍵を外す音が聞こえる。

 来た。カインの頬が吊り上がる。即座に扉の横にうずくまって張り付いた。カチン、と鍵が外れた。力強くドアが開く。

 従業員が入ってきた。腰を見ると、折檻用の棍棒と鍵束が目に入った。運が良い。棍棒は皆持っているが、鍵束を持っているのはこの従業員が主なのだ。


 「メシの時間だ」

 禿げ上がった従業員はそう言うと、バケツの中にあるパンを配ろうと牢内を見回す。どうせ、こいつらに反抗する気など残ってないのだ。今日も適当にばらまいて終わらそう。こんな所に長居したんじゃ、肺が腐っちまいそうだぜ。そう思い、もう一度バケツに目を落としたところで従業員は衝撃を感じた。

 

 カインが従業員の腰に付けてあった棍棒を奪い、襲いかかったのだ。まずは後頭部に一撃、そしてふらつく従業員を壁に向かって押し、全身を壁に打ち付ける。従業員は何が起きているのかも理解できずに立っていられなくなった。そしてとどめの一撃が額に入ると、そのまま意識を失ってしまった。


 カインの手は震えている。人に、明確に悪意を持って暴力を振るったのは初めてだった。しかし、もうのんびりはしていられない。もう、行動を始めてしまったのだ。

 従業員の腰にある鍵束を探る。どれかは、カインの四肢に繋がれた鎖を外せるはずだ。五本ある鍵のうち、三本目で外れた。


 ガラン、と枷が石畳に落ちる。一部始終を見ていた奴隷たちは、それを見て唾を飲んだ。自分も、あの鍵で枷が外せるのだ。あれを使えば、逃げられるかもしれない。

 誘惑からの高揚感、それを人形の首輪は見逃さなかった。

「ぐええええぇぇぇ……!」

「……あ、がぅ……」

 何人かの、鍵束に反応した奴隷たちの全身に痛みが走る。痛みを感じた奴隷たちは、地面に身体をこすりつけて呻いていた。

 

「……外すだけ」

 カインはそれを見ると、従業員から鍵束を外そうとした。けれど硬く固定された鍵束は外れない。仕方が無いので、気を失った従業員を引きずり、従業員ごと鍵束を移動させた。

「出たいのは、あなたたちだけですね」

 ひとつひとつ枷を外していく。苦痛に喘ぐ三人の枷は、すぐに全部外せた。外す度、彼らの胸中に喜びが起こり、それでまた首輪は痛みを与える。


「じゃあ、もう行きますので」

 そしてカインは出口を目指す。その姿を見て、一人の奴隷は尋ねた。どうしても、一つ気になった。


「……なあ、おまえ……痛くねえの………?」

 それは、彼らにしたら当然の疑問だ。自分たちは今まさに苦しんでいる。脱走の希望を抱いただけで。枷を外すだけで。それなのに、目の前の少年は何故そのように平然としていられるのか。何か、この痛みを避ける方法があるに違いない。きっと少年は、それを発見したのだ。そして、これだけの行動を起こしたのだ。その、何か素晴らしい方法があれば、自分たちも簡単に逃げられる。そう思ったから放った問いの答えは、彼らに絶望と困惑を与えるものだった。


「いや、とても痛いですよ。とても、とても」

 ニィと口角を上げ、満面の笑みでカインは答える。その言葉に愕然とした奴隷たちを尻目に、カインは外へ走って行くのだった。



 奴隷商館の中はよく知っている。まだ価値ある奴隷だった頃は、軽作業中それなりに自由に動けたのだ。道に迷うことは無い。

 人に見つからないよう、出来るだけ気配を消して移動する。静かに息を殺すのは、両親との生活で慣れている。そしてすぐに、奴隷商館から出ることが出来た。幸いにも、玄関には誰もいなかった。


 カインはこれからどうしようかと考える。そして自分の手を見ると、ずいぶんと薄汚れていることに気がついた。手だけでは無い。麻の衣服一枚をずっと替えずに使っていた上に、身体を洗うことすら碌にしなかったため、体中が汚れていた。服の裾についた、正体不明の染みを見て、何だか気恥ずかしくなる。


 何も考えつかなかったので、カインはとりあえず街を出ることにした。奴隷商館からの追っ手は気になる。すぐに外へ逃げれば、しばらくは何とかなるだろう。そう思い、歩き出す。

 

 走るのはさすがに目立つと思い、早足で外を目指す。

 町中を見るのは久しぶりだったが、カインには何か違和感があった。ある店には、活気が溢れていた。路地裏を見れば、やけに元気の無い人たちが座り込んでいる。

 不思議に思いながらも、歩みを止めない。何か理由があるのだろうが、カインは自分に関係があるとは思えなかった。

 街ゆく人は、カインを見て一瞬不可解な目を向けるが、すぐに興味を無くしてすれ違っていく。汚れた粗末な衣服が目立つとカインは思っていたが、それは杞憂だったと結論づけた。このまま追っ手もかからず、外まで行けられるならば、それが一番なのだ。

 実際には首輪を見れば身分は推察できる。しかし、町人には首輪を見たことがある者が少ないため、そこに思い至る者はいなかった。


 

「おう! カインじゃねーか! 久しぶりだな!」

 横合いから声を掛けられ、カインは足を止める。見れば、以前雇われたことのある肉屋の主人だった。

 肉屋は、まるまると太った赤ら顔にニコニコと笑顔を浮かべていた。

「ああ、お久しぶりです。お元気そうですね」

「いやいや、最近景気が良いからなー! 忙しくって、見ての通り、やつれてく一方よ」

 ガハハと笑う肉屋に、カインは「前より太ってるじゃないか」と思ったが、思うだけに留めておいた。

「景気が良い? 何かあったんですか?」

 人気の肉屋というわけではなかったが、周辺の住民には親しまれていた肉屋だ。仕事はあるのだろう。しかし、肉屋の仕事に、そんなに波があるのだろうか。カインは不思議に思い尋ねた。

「あれ、お前知らねーのか?」

「えっと、何をでしょう。最近……街を離れていたもので………」

 自分が奴隷になっていたことを知らないらしい、そう思ったカインは言葉を濁す。

「どっか行ってきたのか? そーいや、服汚れてんなー!」

 カインが苦笑で返すと、肉屋は得意そうに話し出した。

「最近、すげえ強い冒険者が現れやがってさぁ。そいつがすごい勢いで動物やら魔物を狩ってくるんだよ!」

「冒険者、ですか」

「ああ、それで冒険者ギルドから大量に解体依頼がきててなー」

 これがまた報酬が良いんだ、とホクホクとした顔で話す肉屋を見ながら、カインはバレないように小さく溜め息を吐く。早く街を出なければいけないのだ。 

「そうそう、お前も手伝ってくんねーか? ちゃんと手間賃も出すしさぁ」

 報酬に惹かれ、カインは首を縦に振りそうになったが、なんとか堪える。

「いえ、すいませんが、これから用事があるんですよ」

 嘘だ。

「そうか、じゃあ仕方ないな、何だか知らないが頑張れよ!」

 素直なその笑顔に、カインの胸がチクリと痛んだ。


「ではお忙しそうですし、僕は失礼しますね。お仕事頑張って下さい」

「おう、これから何匹も捌かなきゃなんねえんだ、じゃあな!」

 クルッと踵を返し、店の中に戻っていく肉屋を横目に、カインもまた足早に歩き始めた。


 肉屋から話を聞いてよくよく街中を見てみれば、活気のある店は魔物から得られる物を扱う商店――肉屋や服屋やアクセサリー店、食堂などに限られていた。

 彼らはきっと大儲けしている。金が集まっているのだ。そう思うと羨ましくもあったが、今は逃げ延びることが先決なのだ。気にしてはいられなかった。



 

 テクテクと、カインは足取り軽く街を歩いて行く。街の外はすぐそこだ。

 お腹は空いている。喉だって渇いている。今だって、全身には激痛が走っている。

 しかし、気分は良かった。もうすぐ街から出られるのだ。そして逃げるのだ。誰も追ってこないところまで。

 今度は、人間らしく生きられるのだ。


 しかし、機嫌良く歩いていられるのもここまでだった。

 誰かの荒々しく走る音に、カインは振りかえる。


 そこには、奴隷商館の従業員が、剣と縄を持って追ってきていた。



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