AI-5
I
空気を切り裂いて振り下ろされる刃に向かって、私は左腕を突き出した。
衝突の瞬間、腕に大きな衝撃が伝わる。
それは金属の中を走る音の流れのように全身に伝わった。
銀色の巨体、その右腕から伸びた、建物の柱ほどの太さはあろうかという刃は、私の腕の少し手前でその侵攻を制止されている。
プロメテウスのアーマーは、装甲という形で私の体の部分部分を覆っているが、実際に私の身体に着けられている箇所を防護するだけではない。
アーマーからエネルギーが発せられることで、アーマーに包まれていない部分まで含め、私の身体全体が守られているのだ。
今私に向かって振り下ろされた刃も、そのエネルギーの壁によって、私の身体に刃がめり込むことは無かった。
しかし、刃に乗せられた怪人のパワー、それがもたらす衝撃までは防げなかった。
金槌によって打ち付けられる釘の、私の身体は怪人の腕によって地面に押さえつけられていく。
パワー負けしているのは明らかだ。力比べでは勝ち目がない。
さらに横からは、
私は一旦、全身の力を抜いた。
急に私からの抵抗がなくなったことで、巨大イドはバランス感覚を乱した。
その隙に、私は全脚力を使って後方へ跳びのけた。
攻撃対象がいなくなったことで一瞬困惑する様子を見せたが、すぐに体勢を立て直し、こちらへ向き直る怪人。
そしてその後ろから、巨大なイドが一体、二体と近づいてくる。
やれやれといった感じで、私は首を振った。一旦全身の力を抜いて体勢を立て直すが、自分の立ち位置だけは崩さない。後ろや横に回り込まれると厄介だ。
身体のあちこちがきしみを上げていた。これが疲れというものか。そもそも元は普通の人間、アヤトの身体である。
プロメテウスの力があるとはいえ、身体に対する無茶の限界を超えている。
本当に申し訳ない。私は心の中でアヤトに謝った。聞こえているはずないけど。
それでもなお、戦況はこちらの方が不利だった。
複数のイドの材料を一体に集めることで誕生した巨大イドは、攻撃力も防御力も、それに値するだけのものを備えていた。
当然、こちらのワクチン攻撃も普通に撃ち込むだけでは効果がない。殴っても殴ってもまるで効果がない。
かつ、強化された攻撃が次々と私に襲いかかってくる。
最初の巨大イドは、筋力を強化したようだ。
今、攻撃を防いだイドの腕は、普通のそれとは明らかに異なる、巨木のような太さを持つ刀に変化していた。
そして残る一体は腕を大砲へと変化させ、私の顔面ほどはあろうかという弾を撃ち込んでくる奴だっ
雑魚兵士をぶつけていたのは、私の戦力を測定し、なおかつ消耗させるという意図があったようだ。
その通り、私はその思惑にはまってしまった。
私の攻撃から計算して出された相手の耐久力を超える一撃を出すことは出来ない。
そして相手方から繰り出される強烈な一撃を
負けるのか。ふとよぎったその考えを、私は頭を揺さぶって追い払った。
幸いなことが一つある。
私の感覚が告げている。この近くで感知できるアンセムの気配は、自分の目の前にいる巨怪人四体分であると。
雑魚敵をある程度消費した時点で、敵は戦力をこの三体に全てそそぎ込んでくれたようだ。
ならば、目の前の敵を片づければ終わりということだ。
明るい見通しが立ったことで、打開策が一つ浮かんだ。
いくら耐久力を強化しようと、所詮相手の身体を構成するのはアンセムが生み出したエネルギーだ。私の中を流れるプロメテウスの力の効力が影響をもたらさない訳ではない。
ならば、攻撃を限りなく一点に絞り、そこに断続的に攻撃を撃ち込む。最初に筋力強化型の巨大イドにやった攻撃の応用だ。
その作戦の実行の為に、私がエネルギーを拳の、なるべく狭い部分に濃密に集めようとした。
その時だった。
カァーンという、金属同士を強くぶつけた音が鳴り響いた。
そんなものを気にせず、踏み込んでいけば良かったのかもしれない。
しかし、私の視線は、その音が聞こえた方に向いてしまった。
三階の窓。吹き飛ばされた私の身体によって貫かれ、大きな穴があいた教室が見える。
そこに、銀色の人影が立っていた。
何ということはない、普通のイドだ。目の前の大きな気配に気を取られ、校内に残っている怪人の存在を見落としてしまっていた。
そいつは自らを強化した様子はない。だから、倒そうと思えば難なく倒せるだろう。
その脇に抱えているものさえなければ。
銀色の腕が巻き付けられ、頭や腕、足がだらんと下がった人間を、そいつはわき腹の辺りに抱え込んでいた。
怪人は窓から飛び立ち、私と同じ地面に降りたった。
左腕で抱えているものを、私に見せつけるように突き出す。
それは確かに人だった。垂れ下がる髪に隠されて顔は見えないが、服装から考えて女子生徒だ。
右腕の刃先はずっと、彼女の首元に向けられ続けている。
その行為が意味するものを、私は理解した。今の私は、理解できる。
その女子の命を盾に、私の動きを制止する。女子の命が惜しければ、これ以上の抵抗は止めろということか。
なるほど、今の私が取るであろう行動を、今の私の性質を、アンセムには見通されているようだ。
人間の体を手に入れ、人間と同じような意思を、自我を持ち始めている私は違う。
人間の命が奪われえることに、抵抗を覚える、嫌悪感を覚える、何とかしてそれを防ぎたい。
そのような思考が生まれ、行動にブロックがかかってしまう。
人間という器に入り、人間に近い存在になる。それはアンセムの中から生み出された瞬間から、私を突き動かした強い憧れだった。
そんな憧れの実現が、よりにもよって最大の泣き所となって私を追い詰める。何という皮肉な結果だろう。
その隙に、銀色の怪人三体が、私の周りを取り囲んでいた。
私の行動する先全てを、その巨体を以て塞いだのだった。
そうでなくても、私はもう動けない。捉えられている女の子のせいで。もちろん彼女に罪はないが。
最初に動いたのは、筋力を強化した怪人だ。
上から斜め下に振り下ろされる拳。一撃目で、私の体は地面に叩きつけられる。
私の体を守るエネルギーの障壁、その耐久力が失われていくのが分かった。
続いて、右腕に巨大な大砲を備えた怪人が前に出て、弾丸を撃ちこまれた。
弾は私の体のすぐ手前で、ガラスのように砕けて散った。
弾丸が命中しなかったという安心はない。何故なら、今の一撃でエネルギーの壁も一緒に砕け散ってしまったから。
今の私を守る物は何もない。物質化した形で私の体の一部分に纏われているアーマーだけだ。
全て、アンセムの計算の内の攻撃だったのだろう。
そして最後に近づく、右手に大剣を生やした怪人。
完全に地面に押し倒される形になった私は、その時初めて、奥の方に立っていた兵士が抱いている、彼女の顔を見ることが出来た。
目を閉じてはいるが、大人しくていい子だという印象を持った。友達になりたかった。
私のそんな思いを無惨に絶たんと、目の前の巨怪人刃を軽く後ろに引いてから、何事もないように私の腹部に突き刺した。
その瞬間、彼女の口が動いた。
怪人が打ち鳴らす金属音に紛れて、その口から発せられた音は、私に伝わってきた、気がした。
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A
身体を突き破ろうとするほどの痛みが広がっていく。一カ所に火を当てることで生まれた熱が、全体へと広がっていくように。
どこから?どの部分から?
分からない。そもそもそんな感覚を覚えられるような器官を、今の僕は持っていない。
でも確かにその感覚を僕は捉えていた。
そして、その感覚は次第に強くなっていった。
その感覚が、僕という、今こうして考えている自我の存在を強くしていく。
直感的に理解した。そうか、僕の中にいるイチカが消えようとしているのか。
イヤだ!
それは声としてでなく、感情として僕の中に伝わってきた。
イヤだ!
もうあの場所には戻りたくない!
私というものが存在しない、自我の存在しない、あのアンセムの中には!
イチカの叫びだった。
声として、音として届くわけではない。
しかしそのイチカの叫びは、僕の胸を突き刺さんばかりに、僕の方に飛んできた。
今身体に広がっていく痛みから、今イチカが、そして僕の身体が尋常ではない状態に置かれているのも察した。
そんな状況で、僕に一体何が出来るというのか。
空っぽで透明な、ただの器に。
「た・・・」
音が聞こえた。
痛みと同じように、それを捉える感覚が存在しないのに、僕は確かにその音を、その声を捉えていた。
「た・・・け・・・」
そうだ、それは誰かの声だった。
聞き覚えのある声。
世界と繋がろうとしない僕でも、この声は毎日聞いている。
「たすけて・・・!」
途切れ途切れの音が、繋がって言葉になった。
黒川さん。
黒川チアキさん。
毎朝笑顔で、僕に話しかけてくれる、同じクラスの女の子。
「おはよう」「大丈夫?」「よかったね」
高校に最初に登校したとき、笑顔で僕に話しかけてくれた。含むところなど一切感じられない、まっすぐで素朴な笑顔だった。
話す内容は、本当に他愛のないものだった。はっきり言えばお店の人がお客さんに向けてくれるものと変わらないのかもしれない。多分あいさつが一回だけだったら、僕もそんな風に思って片付けただろう。
でも、黒川さんは僕に声をかけ続けてくれた。僕がどんなに素っ気ない反応を返そうと、無視しようと。
押しつけがましくないといえばうそになる。でも感じる気持ちは、マイナスよりプラスの方が大きかった。
僕がこの世界にいること、この世界と繋がりを持っていることを実感させてくれるんだから。
そんな彼女が、彼女の声が、必死に助けを求めている。
銀色の化け物。昨日僕はそいつに襲われてひどい目に遭った。
それが今や、被害は僕だけじゃなく、学校全体に及んでいる。
そして、黒川さんもそれに巻き込まれている。
助けたい。
小さな思いの欠片が、僕の中に現れた。
それは急速に膨らんで、その勢いが僕を突き動かす。
白い雪原の中から芽を出し、あっという間に一面の雪を彩りに変えた花のように。僕は外に向かう。向かいたいという思いがそうさせているのだった。
そうだ。僕も世界と繋がりたい。透明なだけじゃない。僕はこの世界に存在している。
その事を気付かせてくれた黒川さん、彼女が助けを求めている。
それなら、僕はその為に動きたい!世界の中で、僕にしか出来ないことを探したい!
勢いに乗る僕の意識は、僕から離れていこうとしていたイチカの存在に追いつき、それを必死につかむ。
助けを求めているのは、イチカも同じだ。イチカをこのまま行かせるわけにはいかない。
僕の中にいて、僕の身体を上手く使ってくれたことには、本当に感謝している。
でも、今の僕はそれだけじゃ満足できない。イチカだけにこの身体で好き放題をさせたくない。
僕も、この身体を使えるだけ使って、世界の中に存在したい!
僕も、一緒に戦う!
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I
もはや体の痛みなど意識に無かった。
ただただ、私という存在が吸収されていく、その事に対する恐怖と拒否だけが私を支配していた。
私を形作るプロメテウス、それはアンセムとは反発する力のはずだ。
なのに、その力は弱まっていて、私を蝕むその手を撥ね除けることなど出来なかった。
イヤだ、もうあそこには戻りたくない。
声も上がらないのに、ただ心が叫び続けた。
助ける。
言葉だった。
私の中にある、私ではない部分。
僕も
アヤトだ。それはアヤトの声だった。
僕も、戦いたい!僕もイチカの力になりたい!
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意識の底から、自我の底からわき上がる思いが、火口から吹き上がるマグマの様に持ち上がり、
僕を
私を
突き動かす。