AI-4
I
crash!
エネルギーを込めた両腕を、立て続けに前へ、左へ、右へ、次々と繰り出す。
イドの銀一色の冷たい肌の感触が、一瞬だけ拳の先に触れる。
拳が命中した相手は吹き飛び、もだえ苦しみながら、やがて全身の銀色が消滅し、元の人間の姿に戻る。
そういう事を、何度繰り返してきただろうか。
何体のイドを打ち破ってきたのだろうか。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。
情報の塊として、機械の中にいれば、数字に関わることは、その数字の表示が許す限り、極めて正確な数値が瞬時に把握できたものだ。
今はデジタルではなく、アナログの世界の中にいる。
人間の感覚を頼りに、おおよその数字を推測するしかない。
ただ一つ、私の感覚がはっきりと捉えている事実があった。それは、アンセムの気配がまだ途絶えていないということ。
人間の身体という器の中にある、私自身のデータが反応しているのだ。
敵の気配が絶たれない限り、戦いはまだ続く。
私は廊下を一歩ずつ突き進んだ。遠くからはまだ人のものと思われる音が聞こえる。
果たして人間によるものだろうか、それとも銀色怪人に変貌してしまった結果だろうか。
ここで考えたところで無駄というものか、どうせどちらでも私のやることは同じだ。
学校中の至る所に、アンセムは自身の尖兵を送り込んだようだ。
最初にいた教室にいた尖兵の群を蹴散らし、廊下に出た。
一番キツかったのはその教室だったかもしれない。何せ私が現れたすぐ目の前に、十体近い敵が既に並んでいたのだから。
廊下に沿って規則正しく並ぶドアから、次々に銀色の怪人が姿を現した。
私は常に両拳にエネルギーを溜めておくことで、それらの出現に対応できるようにしていた。
飛び出し、襲いかかってきたところに、すかさずカウンターパンチを打ち込む。
敵の勢いの反発と、こちらのパンチの勢いが重なり、相手の身体は予想以上に大きく吹き飛ぶのだ。
ダメージを受けて動けなくなった相手の身体に、付着したワクチンが浸食し、その身体に侵入したアンセムのプログラムを抹消する。
そして、元の人間の身体だけが残る。多少の傷は残るかもしれないが、その身体に害を及ぼすことはないはずだ。
しかし裸のままその場に放り出された学生を見ると、少しだけ心の中にもやもやしたものが残る。これが罪悪感というものだろうか。アンセムに巻き込まれた彼らの不運には同情せずにはいられない。
さて、これからどうするか。
私の戦闘能力は、相手にも伝わっているはずだ。
アンセムにも学習能力はある。単独で戦術を考え出す能力のない兵士を、むやみやたらにぶつけるだけでは無意味だと結論を、そろそろ出している頃だろう。
とすれば、どう出てくるか。
答えは、目の前に現れていた。
私の目の前に現れた銀色のイドたち。数は三体。
さっきまでなら、それらが同時に、あるいは順番に、飛びかかってくるはずだった。
しかし、今回は違った。出てきたイドは、左右にいる二体が、中央にいる一体に寄り添うように近づいた。
そして、自らの手を中央のイドに差し伸ばした。
イドの全身を覆う銀色が、その腕を通して、中央の怪人に流れ込んでいく。
左右の二体はやがて全身の銀を失い、元の人間の姿を現して、そのままどさりと倒れた。
そして、残された中央の一体の身体が、むくむくと膨らんでいく。
腕も、足も、胴も。重さと力量が増加するのが目に見えるように大きくなっていく。
その表面を沸騰した湯のように泡立たせながら、全身の容量を増大させていった。
変化が終了したとき、怪人の身体は、廊下の幅と同じくらいの大きさになり、私の目の前に頑強な壁のように聳え立っていた。
なるほど、アンセムの出した回答は実に明瞭だ。
戦闘力の低い敵を大量にぶつけても効果がないのなら、少数により大きな力をそそぎ込みぶつけていく。
多対多の戦いならまだしも、私は一人。
さて、どこまで戦えるか。私は身構えた。
目の前の巨怪人は、巨木のように膨らみを増した腕を大きく振りかぶった。
すかさず腕が横方向になぐ。
その間は一瞬。見かけによらず素早い。
回避の動きが間に合わず、身を庇うのが精一杯だった。
私の身体は横方向に大きく吹き飛ばされる。教室の壁を、机を、椅子を、窓を突き破り、そして宙に浮いた。
風を切る感覚は、やがて平衡感覚を失った落下の感覚へと変わる。
身体を守った体勢のままで、グラウンドの上に叩きつけられた。
プロメテウスが作り出したアーマーの防御力はそれなりのものだった。窓や障害物、そして地面と衝突した際の衝撃を、全て吸収してくれた。
しかし、身体の方が思うように動くには少し時間がかかった。
巨大な力に吹き飛ばされ、落下するという体験は、私にとっても、このアヤトの身体にとっても、かなり衝撃的な体験だったようだ。
私が防御の構えを解き、砂に覆われたグラウンドの上で立ち上がった時、
ドスン、ドスンと、鈍い音が目の前に続けて落ちる。
顔を上げると、銀色の怪人、その身体を大きく膨らませた怪人が二体、三体と続けて降りてきた。
なるほど、目指すべき敵の元に、力を結集してきたというわけか。
私ははぁっと息を吐き、大きく吸い込んだ。
一番私に近い位置にいるのは、さっき私をその豪腕で吹き飛ばした怪人だ。見るだけでも、そのパワーが伝わってくる巨漢だ。
その脇にいるのは、確かに大きさは増してはいるものに、腕も胴も脚もそれほど太さを増しているわけではない。
パワー以外の点で強化が成されているのだろうと、私は判断した。
ここからは厳しい戦いになりそうだ、そう思うと、自然にこの動作が出てきたのだ。
そうすることで、頭の中もすっきりとしてくる。拳の先に、自然とエネルギーが集まり始める。
これも、人間の所行なんだろうな。そんなことを思いながら、私は一歩を進めた。
目の前の巨怪人が腕を振り上げた。
私は瞬時に地面を蹴り、相手との距離を詰める。
私の動きに、敵も戸惑いを覚えたようで、その動きが鈍りを見せた。
この巨体の懐に飛び込めば、それを盾にすることで、他の怪人からの攻撃を防ぐことも出来る。
相手の隙は一瞬、その間に打ち込めるだけのエネルギーを撃ち込む!
私は力の限り腕を動かし、エネルギーの弾丸を眼前の巨躯に撃ち込んでいった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
A
震えが伝わってきた。
一体何が、震えたというのだろう。
触れられる物など、何もない。何かの振動が僕に伝わることなどない。
そもそも、今の僕には何もない。
見える物もない。聞こえる物もない。嗅げる物もない。味わえる物もない。
世界そのものが、ない。
今まではあった。自分の目で見て耳で聞き手で触り足で立つ、そんな世界が。
でも今はない。僕と世界を繋ぐものはない。僕は世界から完全に切り離されている。
じゃあ、今の僕は何なんだろう。
今こうして考えている僕は、一体どこにいるのだろう。
分からないまま、僕はこうして考えている。
そして今また、何かが震えるのを感じたのだ。
こうして考え、震えを感じている僕は、確かに存在するのだ。
そしてそれは、消そうと思っても消えない。
考えるのを止めようと思っても、「考えるのを止める」ことを考える僕が居続ける。
僕は、消えられない。