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風已みて  作者: 秋風
奪われるだけの国で
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中央への旅

ナギ達は昼過ぎにはミズガレの家に帰宅した。ミズガレは既に昼ご飯を作って三人の帰りを待っていた。


「相変わらず手際がいーですねー」

「当然の事だよ」

「昔っからこうなんです?」

「そうだね、昔から何でも一人で、叱られる前にこなしていたね」

「ミズガレさん家って厳しかったんですか?」

「いいや……」


 途切れる言葉。ミズガレが吃ったのを察知したアガミは少し間をおいてから自然と話題を変えた。


「そいやナギくん~、一回中央に来てみない?」

「なんで」

「理由はないし~、ただオレっちだけが遊びに来てるんじゃ友達っぽくないからさー、ナギくんもオレの家に来てよ」

「まぁいいけど。でも俺金ないからな、旅費とか食事代は何とかしろよ」

「うんダイジョウブ。旅費なんてのはナギくんの足だし、食事もしなきゃいいしねぇ、はっは」

「お前ホントに友達とか思ってる?」


 アガミはてへっと舌を出した。


「ミズガレさんと、ウルワちゃん! も、来ませんか?」

「ん? なんで俺とウルワの名前の呼び方にテンションの差があるの?」

「えぇ!? そりゃぁオレとしてはウルワちゃんの方に是非来てほしいから」

「やれやれ、お父さんはウルワちゃんを下心丸見えな男の家には行かせられないよ」


 ミズガレはアガミに黒い笑いを見せる。その黒い微笑みすら麗しいと感じてしまう。


「っ……ナギくん! お兄さんからお父さんを説得して!」

「俺を勝手にお兄さんポジションにすんな。なぁウルワ、お前はアガミの家に行きたい?」

「あのね……中央には行きたいけど、アガミさんの家は……ごめんね」

「う、うわぁー!」

「うるせぇよ」


 ナギは耳を塞いだ。



 夜。騒がしいアガミが寝静まるとナギはようやく睡眠を取る事が出来た。


(なんで俺の部屋で寝るとか言い出すかな……)


 アガミは寝入る前にナギの部屋に上がり込み、自慢話を抱え颯爽と寝床を作った。ナギはカバーが破れ中身が露出し、それをシーツで隠した自分のベッドに転がり、アガミは居間にあったクッションや座布団で器用にも仮設の寝床を作り終えそこに横になった。

 それからアガミは中央での出来事や流行りの歌にファッションをナギに語り出す。口が達者な分放っておけば自分の話へと話題は移行し、静かな夜を乱すままにべらべらべらべらと喋り続けた。

 もう解ったから寝ろ! とナギがどついてやったら、ようやくアガミは静かになった。眠ったか意識を飛ばしたかは置いといて。


「こいつがいるから……今日は会えないかな」


 ナギは仰向けになると腕を頭の後ろに敷き、天井に天使の姿を思い描いた。天使――銀髪のあの人の事、想い目を閉じる。そのまま知らぬうちに眠りについていた。



 ミズガレとウルワは家の外に居た。少し段になった所に二人して腰掛けている。横に並んでいるのではなく、ミズガレがウルワを膝の間に抱き抱えるようにしてガラスの大地を眺めていた。


「このガラスの下には一面水があるんだよ、俺達は水の上に立ってるんだ。でね、水の中には黄色い月が浮かんでるんだ。……まるで水槽の中に月が入っているみたい」

「うん」


 ウルワは目を覆っていた包帯を解いた。


「綺麗だね。地平線を挟んで上下におんなじ夜が見える」

「二夜だね」

「うん」


 ミズガレはウルワの手に自分の指を絡ませる。


「このガラスが割れれば水が手に入るのに、誰が何をしても割れないんだ。それこそ異能の力でも。水がこんなに傍に見えてるのに手に入らない、死んで行く私たちを嘲笑っているようだ」


 はは、と乾いた笑いが零れる。


「ミズガレは……生きたい?」

「いいや、死んでも構わないよ。余命幾何かは解らないけれど、生きている限り生きて、死が大地を覆った時、俺も共に」

「死ぬ事は幸せなの?」

「そう、死は苦しみを消してくれるから」

「生きる事は拷問なの?」

「拷問って程じゃないよ、でもさ……現実は、死を俺達に運んで来てる。水がなくなり、食糧が尽き、順番に死んでいくのさ。ウルワも、俺も」

「聞いていい……? 誰かを犠牲にすれば生きられるとして、ミズガレは、生きたい?」

「奪う国に逃げるってこと? 俺は、誰かの死の上に立ってまで生きたくはないよ。覚えておいて、ウルワ」

「はい――」



***


アガミと共にナギとウルワが中央へ出発したのは直ぐの事だった。


 ナギはウルワの手を握りながら肩から下がった鞄を掛け直す。中には服や食糧が少し入っている、もちろんナギの大好きなナイフも。

 アガミはいつも水だけボトルに持ってミズガレの家に来ていたが、ナギ達がアガミの家に向かうのには荷物が出来た。普通こうなる、何故アガミは手ぶらで距離のある場所までこられるのだろうか。

 ウルワが疲れないよう歩幅を合わせて三人は歩いた。

ミズガレはユキノが心配なので家に残ると言った。アガミが茶化して「よっぽどユキノさんが好きなんだね」と言ったのが最後、早く行けと家から追い出された。

 かくして三人は途中で小さな集落をいくつか経由し、半日程歩けば中央が目の前にあった。


 二夜は狭いから、直ぐに人は出会う。

 人間の切り開いた大地など未開の土地にくらべたらほんの少ししかない。人殺しという人間は二夜という小さな箱庭の中でしか生きていない。小さな箱庭の中で、さらに小さな一生を、しがなく終えようとしているだけの微弱な存在。

 微弱なりに、もがき、生きる。それが人間。



 ナギは大して驚かなかった。秘境に住まわっているのだが、中央という整った町並みに対して感想を抱かない。

 一巡りの方がよっぽど大都市だった。誰でも初めから解っている、簡単な事だ。

 ナギは人にぶつからないようウルワを傍に引き寄せた。蟻の群れ程人が居るわけでもない(むしろ閑散としている)が、ナギにとってウルワは守らなければならないか弱いものだという志があった。

 肩を寄せ会う二人にアガミが視線で攻撃してくるが気にしない。

 中央は人を殺したという経験者が人口のわりに見渡せば二、三人は動く者が視界に入った。

 店が並び、家が立ち並び。緑も土も生きていて、今のところ水に困った様子もない。奪われるだけの国で一番栄えているのが恐らくこの中央だろう。それでも二夜にある限り繁栄はしていなく寂れているし、家もぼろっとしているし人の表情もどこか暗い。

 いつか水と食べ物がなくなる不安が人の心を蝕む。

 しかして中央の住人であるはずのアガミはそんな風には吹かれない。友達を初めて家に上げる期待と喜びでいっぱいだった。


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