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風已みて  作者: 秋風
奪われるだけの国で
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日常は続かない

 朝。ナギが目を覚まし居間に向かうと既にミズガレは起床していた。

髪は綺麗に解かれ、衣服は寝巻きではなく白いブラウスと黒いズボンに着替えられている。そして既に朝食の準備をしている。

 いつも規則正しく、何をするにも人の一歩前で物事を進めている。

自ずからそのような行動が取れるミズガレに、ナギは共に過ごす時を重ねる度感心していく。出会ってから今まで一ヶ月くらいか、ミズガレはもうナギにとって尊敬すべき存在となっていた。

 だから思う。こんな世界にいなければ……、別の形で、もっと早くに一巡で出会えていたら。


 それがタブーと知りながらも、思い巡らずにはいられない。



 ミズガレが朝食にしようと手にしていたのは昨日の夕食と同じ野菜だった。ナギはまな板の上に乗せられたその野菜を目にし、悪戯っぽくにやっと笑う。


「これ切らせて」

「……」


 ミズガレが冷ややかな視線を送る。ナギが調理用のナイフを嬉嬉として手に取った時それはため息に変わった。


「フフ……フフフ」


 ナギはナイフに指を滑らせ笑う。危険人物そのものだ。


「ミズガレェ……ナイフって綺麗だよな」

「……」


 先程からミズガレは喋る機会を得られないままだ。うっとりとナイフを舐めるように慕うナギの顔は恍惚で怖い。

全く、ナギのナイフ好きには敵わないな、と諦念している。この調子じゃ、人を殺した凶器もナイフだったりしてな。等と考えた。



「おはよう」


 タイミングが良いのか悪いのか。薄ら笑いで野菜を切るナギやミズガレに起床したウルワが挨拶をする。壁伝いに居間までやってきたウルワ、それを視界に入れると、驚く程あっさりとナギの危険なナイフ愛は鎮火を迎えた。



「ナギのナイフの次は君ですか」

「う?」


 ミズガレは朝っぱらからため息を二回も吐いた事態を苦笑した。

 朝食を終えた居間にはミズガレ、ナギ、ウルワの他にもう一人人間が増えていた。

 その人間は三人の朝食中「こんにチワワ~」等と気の短い者なら青筋が浮かんでもおかしくないくらい間抜けな挨拶をしながら入ってきた。

ミズガレが今はおはようございますですと説教したのは言うまでもない。

 間抜けな挨拶をした彼の名前はアガミ。オレンジ色の瞳、赤い髪をポニーテールにし、白いシャツに黒いベストとズボンを穿いた青年だ。

間抜け声に反して顔は知的をイメージさせるタイプなのが腑に落ちない。

更にミズガレがアガミに悩まされるのは、アガミがウルワを狙っている素振りを隠そうともせずにアピールしてくるところだ。それは彼なりのコミュニケーションであり本気の恋とは毛頭思ってもいないが、軽い男にウルワはやりたくないと父性みたいなものが湧いてくるのだから不思議なものだ。

 まだ26歳なんですけどね……。と己の若さを苦笑する。


 少しの雑談を挟み、一同はアガミの提案により外に出る事になった。ただミズガレだけは家に残る。

 アガミがミズガレ宅に来たのはウルワを外に出してあげたいからだった。目が見えないからと一人部屋に籠って過ごしているのは悲しかったからだ。外に出たとて景色は見えない、それが逆にウルワを傷付けるかもしれない、これは見える者のエゴだと解っていてもアガミは明るい場所にウルワを居させてあげたかった。


「というのが建て前で、ホントはウルワちゃんとお出掛けしたかっただけなんで~す」

「普通その不純な動機と建て前が逆だろ」


 クールにいけよ、とナギが突っ込むとウルワはくすりと笑った。


「ウルワちゃ~ん」

「ふざっけんな」


 全身を使いウルワに近寄ろうとするアガミを、ウルワとアガミの間のナギが壁となり押し退ける。

 死にゆく二夜には乾いた風が吹いていた。

何時までも、こんな日々が続く筈がないだろうと。



 ウルワに配慮するならば然程遠くまで出掛けるわけにはいかない。ナギが手を繋いでいるとはいえ、足下や周りに注意を払いながら歩くというのは体力を消費するだろう。アガミは言動こそたるんでいるが、気配りが出来ぬ程幼稚ではない。ミズガレの家から少しの道のりを越え、三人は地面が広く抉れた場所に足を休めた。


「ここもすっかり涸れちゃってるな~、元々は川があったろうに」

「周りに緑もないな、渇れた大地に乾いた風か、一巡じゃ考えられない光景だぜ」

「ナギくんはこっち来てから日が浅いもんね~。この辺りが二夜のはじっこってのは知ってるんだろ?」

「ああ、ここは二夜の、奪われるだけの国の最も端。だから奪うだけの国に水や食料を奪われる危険は最も少ない、けど、水や食料が殆ど届かない辺境でもある。こうして水も渇れちまってるしな」


 ほんとに、残り少ない余命の大地だ。

 けれど人と人との戦に巻き込まれる事はない。だからミズガレはウルワを連れてこの秘境に家を構えたのだろう。

 ミズガレだけではない、隣人のお婆さんも、この秘境に住む人はみな戦から逃げ、そして死を一番受け入れている者達なのだ。

 残り僅かな自然、資源を残り僅かな命の為に笑いながら使用する。哀れで狂った人々。

 ミズガレやウルワの衣装が綺麗なのは、死を受け入れた職人が残り少ない素材を惜しみなく使い仕上げているから。腹に入れられるだけの野菜が採れるのは、栄養のない土でも尚笑顔で畑を育てている人がいるから。

水があるのは……未来を憚らず今あるだけの量を生に流し込んでいるから。

 いつかはなくなる、ゼロになる。この土地はもう後何年持つか解らない。

明確で、明瞭すぎる死の宣告。


「……」

「どうした?」


 不意に黙り混むアガミ。口が本体なんじゃないかと言うくらいよく喋るアガミが黙ったのを、ナギは不思議に思った。


「お前ら……中央に、行かないか。こっちならまだ生きられる」

「何言ってんだよ、もう無理さ」

「ウルワちゃんも?」

「私は、今ミズガレと一緒にいられるならそれでいい」


 アガミは暫く黙っていたが、大地を見詰める瞳は失意に囚われ嘆いていた。友の決意が変わらない事、そして友を死なせてゆく世界、どちらにも。


「生きたく、ないの?」


絞り出すように聞いた問い。


「生きるって、なに?」


 微笑むように真理を求めるウルワに、アガミは何も答えられなかった。


「アガミ、もういいだろ。そろそろ砂が気持ち悪いし、帰ろうぜ」

「あ、ああ……」


 死を受け入れる者は罪を悔い、罰を望む者達なのだろうか。それとも、生きようと足掻く愚かな者を尻目に、棺桶を用意し安らかに笑っていられる者達なのだろうか。


 アガミは肩を落としたまま帰路を進んだ。

 アガミが態々住んでいる場所から離れたミズガレ宅に足を運んだのは、友達を様子見する為だったが、同時に中央へ越す事を説得する為でもあった。

 アガミは奪われるだけの国の中央と呼ばれる、まだ栄えている土地に住んでいる。そこでは小さいながらも水源があり、川があり、水が市民に届いている。ただ、奪うだけの国から蛮行や略奪が頻繁で、それにより人の命が脅かされる事も多い。

それでも、友には生きて欲しい、住み替えられるならそうしてほしいと提案した。決意は変えられなかったが。


「なあアガミ、俺これ言ってなかったけど。実は俺もう死んでるんだ」

「え?」


 口を噤んだアガミの意識を自分に引こうという意図の元、ナギは空に向かい独語を始めた。


「俺こっちくる前に自殺したんだ。だから俺ってホントは死んでんの、ここに居る俺は図らずも第二の人生満喫出来ちゃってる幽霊ってワケ。だから今を生きて死ぬときはぽろっと死ぬ、それでいい。死ぬまでくらいは、生きてもいいんだ」


 ナギは流れる風のように軽快に言葉を口にするが、ウルワには嘘混じりだった事が理解出来た。繋いだ手が、本当の心を表していたから。


「……わかった、悪かった。それがお前達の道なら俺はもう何も言わない」

「わかればよし」

「うん、俺っち反省してる。だから……、ウルワちゃん罰として俺を踏みつけてぇ〜」

「な、ん、で、そうなるんだッ」


 ドカッ。

 ウルワではなくナギがアガミを蹴り飛ばした。

はぅん! と気持ちの悪い声を上げアガミは爽快に転倒した。



 漸くミズガレの家がある住宅地まで帰ってきた。

 この辺りは貧しいながらも嘗て栄えた街並みを利用し店や施設が建ち並んでいる。ミズガレがよく利用する服屋もあるし、野菜を並べた露店もある。普通の店舗と違うのは、金を取らないという事。この秘境では金の代わりに物々交換というシステムで売買が成り立っている。

金等あっても意味がないからだ。

ミズガレは水をあまり必要としない植物を育てている。その植物は食べられるので物々交換にも使えるというわけだ。


 ぴたり――。

 退廃したかつての街並みの中ウルワは足を止める。手を繋いでいたナギも自然と止まった。


「静かにしてて……、誰かついてきてる」


 視力がない分耳が利くウルワの忠告、ナギとアガミは危機感が芽生える。恐らく食べ物や身に付けたものが目当ての盗人だ。秘境にあってもこういう輩は必ず居る。特にウルワやナギは一巡で洋服作りをしていたという職人のそれを着ている。綺麗な洋服は栄えた街で売れば金になるだろう。


「ナギくんいけるかな~?」

「いける。お前こそ俺に蹴られたからって負けの言い訳にするなよ」

「いやいや、俺は無敗なんで」


 アガミが笑ったのを合図に、ナギはウルワの傍に構え、アガミは後ろを振り返った。



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