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風已みて  作者: 秋風
奪うだけの国で
20/82

得体の知れぬ少年

 俺はやってねーから!

 朝からナギの声が響き渡る。ルナはそれでもナギを問い詰める。


「あなたがオウサマを刺したのですよね!? ナイフで! ナイフだったんだから絶対あなたですよね!?」


 凶器がナイフだったというだけで全てがナギの犯罪になりそうな主張を騒ぎ立てながらルナは詰め寄った。


「ウルワがお腹を痛めたのもあなたのせいなんですよね!?」

「それはお前が変なもん食わせたからだろ! そっちまでどさくさに紛れて責任転嫁すんな」

「酷いです、あれは私の作ったお菓子なんです!」

「暗黒物体食わせやがって。見えないからって何でもしていいと思うなよ」

「ぐっ」

「オウサマが刺されたのはオウサマが悪いだけで俺がやったんじゃない、お前がオウサマを慕ってて、刺した奴が許せないってのは解るが」

「違います」

「なに?」


 てっきりそうだと思っていたナギは思わず訝しんだ。


「じゃあ」

「血のついた服を綺麗に落ちるまで洗濯しろと言われた私は断固、犯人を追求せねばなりません! 立派な犯罪です、陰謀です!」

「んなことかよ」


 ナギは心底呆れ返った。



 オウサマと約束した日は近い。互いの意見を尊重し、穏便に(ともならなかったかもしれないが)話し合った結果ナギはオウサマに協力する事にした、オウサマは代わりにウルワとアガミを連れてミズガレの家に帰る事を許可した。

 結局オウサマは観賞用として白い髪の二人を手元に置きたかったわけではなく、自らの野望の為に華矜院との繋がりを期待していただけのようだ。華矜院がオウサマにとって何なのかは知らない。知る必要はない。

 そのオウサマは胸を刺されて部屋に篭もり、約束の時間は先延ばしにされた。早く帰りたかったのに、誰がオウサマを刺したかは知らないが余計な事をしてくれる。いや、いっそオウサマが死んでくれれば晴れて開放されたわけか。

 どちらにも転ばなかった事を悔やみながらナギは洗濯を手伝えとわめくルナを放置し歩きだした。城の中は自由に散策してよいと言われていた。



 ナギが歩くとふわふわと後ろ髪が風に乗る、随分長くなってきた、その髪をある人物が触った。後ろ髪を引っ張られた感触にナギは振り返る。女が立っていた、あの日赤いルージュを挿し中央で略奪を行っていた豊満な胸の女だった。


「あなたまだ若いのに此処にいるのね」


 いきなり嫌味を言われたナギは反撃する。


「ケバいおばさんこそ果たして何を仕出かしたのかな」

「私は被害者よ、男に辱められた。だから身を守る為に男を殺したってのに消えるのは被害者の私、理不尽だわ」


 女は過去を話す。過剰防衛で二夜に落ちてしまったその理由にナギは同情する。


「あなたは誰を殺したの? 女の子?」

「あんたの経験だけで語るな。どうでもいい事だ、じゃあな」

「はぐらかすって事は後ろめたいのね」

「ちげーよ、俺は後悔していない」

「反省はしてるのね?」


 ふふっと笑った女が癪に障る。何も知らないくせに。

 苛立つ原因の女が更に体を寄せて腕に絡みついてくる、ナギは女を突き飛ばした。

 女はふらつき床に尻をつく、いったーいと声を上げる。すると女の声を聞きつけたガタイの良い男が尖い剣幕でナギに怒声を浴びせてかかる。

 どこから出てきたのか、この男にも見覚えがある。中央で女と共に略奪を行なっていたリーダー格だ。いかつい見た目、性格の悪そうな細い目、頭は刈り上げで中身はなさそう。こいつはいかにも犯罪を愛していそうだと偏見であるが抱いた。関わらないが吉。

 ナギは無視して背中を向けた、もちろん刈り上げ(ナギが名付けた)は許すはずもない。自分の女にちょっかいを出したと難癖つけてナギに掴みかかった。


「シカトで済まそうとしてんなや、落とし前つけろ」

「何を、どうやって? そいつに謝ればいいの? ごめんだね」


 舌を出すナギ。拒否と謝罪を掛けてある、つまりは嫌味だ。刈り上げは頭にくる、こんなガキに馬鹿にされたのだから当たり前だ。刈り上げは女のためではなくもはや自分のためにナギの胸ぐらを掴む。ナギは内心激怒した、洋服屋のおじさんに作ってもらった大切なブラウスがシワになったからだ。


「ってえ!」


 刈り上げは突如後頭部を抑える。手のひらを見れば血が垂れていた。


「なにしやがった! 異能か!?」

「勝手にぱっくりいったんじゃねぇの。で、中身ちゃんとあった? 」


 後半、ナギは刈り上げの背後に居た女に会話を振る。にやっと笑った少年の性格の良さに、女は思わず好感を抱いてしまった。そこで刈り上げは完全にキレた。


「ぶっ潰してやる、手足もいで、目ん玉ほじくり返してやる!」

「次はどこが開くかわかんないぜ? もしかしたら社会の窓が開いて短小なもんが飛び出すかも」

「ッ! 死ねや!」


 刈り上げは右の拳をナギの顔面目掛けて繰り出す。ナギはしゃがんでそれを躱し、下段から刈り上げの股間付近を蹴った。

 完全に馬鹿にされている、刈り上げは腸を煮えくり返しナギを踏み潰そうとした。太く筋肉のついた足はしかし床を蹴るだけ。

 何もかもがとろすぎた。アガミはもっと素早い、そしてしなやかで頭もいい。二人でした稽古が体に刻まれている、友とした訓練が役に立っている。ナギは刈り上げの事など忘れてアガミとの思い出を浮かべて笑う。あいつならここでこうする、あいつならもっとこうする。刈り上げの攻撃を避けるたび嬉しくなってくる。

 あいつは強かった、親友だった、最高の、今でも何よりも。


「そろそろ終わりにしようぜ。俺、あんまり体力ないから」

「っ、らぁぁぁ!」

「いいよ、これで最後にしよう」


 刈り上げは突進する。力しかない自分はならば力で全てをねじ伏せるのが似合っている。細い小僧っ子一人圧し折ってやる。

 ナギは突進してくる刈り上げの両腕から逃れる、抱き潰されたら終わりだ、なんとしても攻撃は避けきらねばならない。ナイフを手に滑らせる、シワになったブラウスの代償は払ってもらう。切る場所は決めていた、人殺しになるつもりも血を浴びるつもりもない。

 一点に狙いを定めたナギは刈り上げの抱き込みを躱す、刈り上げはナギの逃げていく髪を掴む事すら出来ない。白い髪はふわりと広がり、刈り上げに一瞬天使の羽を彷彿とさせる。

 見惚れてしまった、掴めない天使の羽に。

 動けなかった、白は視界から消え背後に現れる。ナイフが入れられる。

 ガシャ。ベルトが落ちた。ズボンが垂れ下がる。

 刈り上げははっとして下半身を見下ろす。パンツ一枚の自分が間抜けに晒されていた。

 女は思わず笑い飛ばした。ナギがバイバイと立ち去ってから、女は刈り上げのズボンを上げてやった。


「凄い少年だったね、あなた相手に胆斗の如しだよ」

「……」

「どうしたの? まだ気が立ってる? しゃーない、今夜は私が癒やしてあげるからもう」

「あ、あ」


 女はやっと異変に気がつく。刈り上げは上擦った声を漏らし喉を枯らしていた。


「何があったの」


 尋常ではない刈り上げの反応。刈り上げはやっと喉から息を吐き出せ言葉を話せるようになった。


「体から、五感が、なくなったような、嫌な感覚がした。やばい、あいつはやばい」


 女は直ぐ様ナギの去って行った方向に視線をやる。得体の知れない何かが、そこにあったような気がして体が震え上がった。



***


 オウサマに協力する、代わりにミズガレの元にウルワとアガミと帰ってもいい。そう約束を交換した日、ナギの中から記憶がなくなった。

 オウサマは何を協力させるのか知らせぬままナギを月夜の下に呼び出す。月がオウサマの異能と聞いてからナギは何となく月光の元に立っているだけで縛られているような錯覚がするようになった。

 記憶がなくなったと言うのはまさにその夜の事だった。オウサマに何をされたのかナギは思い出せなくなっていた。他に支障はない、その夜の事だけが思い出せなくなっていた。さしたる問題がないといえばその通り。

 ナギが記憶を飛ばした分オウサマは上機嫌であった。おそらくナギとの邂逅で期待していた最高の結果が得られたからだろう。ナギが繰り返しオウサマを問い詰めてもなくなった記憶の一部分は永遠に知らされる事はなかった。


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