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風已みて  作者: 秋風
奪うだけの国で
19/82

眠りは安らかなること

 果報、そう呼ぶのがいいだろう。

 この世界で異能は力を持った。

 質がよければそれだけ強く、強力であればそれだけ有利に立てる。暴力が地位を得る無法の中で異能という力は自然と猛威を振るった。

 内発的に広がる異能による支配、蛮行。

 例えば彼の暴君、銀髪の支配者の異能は"別次元の月"(Another moon)。

 二夜全土に効果領域を持ち、かつ夜の女王が目覚めている間は常に他者を脅かす事が出来る。これ程の能力が得られれば何の努力もせず玉座に鎮座するのも容易である。

 他にも異能の種類は無限の数を持ち、それぞれ一人の人間に一つ変異という形で宿った。

 それらが善報で捉える僥倖ならばよかったろう、しかし実際は人を殺し赤く染まった者達の罪の烙印。

 この烙印に意味はあるのか?

 人は烙印を消せた時罪も消せるのだろうか――。



 カンナはそこでペンを置いた。月明かりのライトは薄暗く文字を見るには適さない、それでもカンナは月夜の下で執筆するのを好んだ。

 ペンと本を離し隣に置くと腕が寂しくなり代わりに膝を抱く。膝小僧に顎を乗せながら二夜を見遥かす。


「眠り誘うは風の止む時。罪終わるのは生命が等しく世界から消える時」


 詩のように歌い上げられた思想。

 誰も罪を贖う必要は無い、苦しんでまで烙印を消す必要はない。死ねば全て解決する。


「何にも難しい事なんてない」


 膝に顔を埋める。口が弧を描き笑っていた。


「死ぬくらい簡単なんだよ」


 また月夜を見上げる。月は当たり前に輝く。

 だからこそ難しいんだ。単純明快な事柄が、不器用な人間は、生に執着する事が生まれつき決められている人間は、上手く出来ない。

 不器用というならカンナもそうだ。異能の関与を受けないカンナでさえも目の前にある本一冊すら捨てられない。だからペンと本を拾い胸に抱く。

 本は熱くなっている。紙と文字の摩擦熱、それは何かが行われる予兆。この熱がカンナは嫌いだった。

 本はカンナに文字を書かれずとも自動で文字を刻む。

 綴られた文字は


 ――今宵、月は一人を殺す。



***


「オウサマ、やっほー」

「やっほ〜」


 俊足はオウサマの隠された無邪気さに語りかけるべく軽いノリで挨拶をした、案の定オウサマはナチュラルに同じノリで返事をした。

 デスクに備え付けられた椅子にオウサマは寛いでいた。俊足が挨拶をしてもオウサマは椅子から腰を上げる様子はない、月光を浴びたまま倒された背もたれに気持ちを預けていた。


「眠いんですか? そんな顔をして」

「いいや、音を聞いているんです。眠いわけじゃないんですよ」

「そうなんですか。俺には月の子守唄を聞いている幼子に見えましたがね」

「それって私が子供っぽいってことですか?」

「そうですね、知らなかったですよ。やっほーっだなんて言ってはみましたが、あなたが素直に返すとはね」

「オウサマであるのは自分の違う側面だと思っているよ、本当の自分は自然な流れの中に自然と居る。自然な私を見つけられた君はもう唐突に出会っただけの他人ではないのかもね」

「恐縮ですよ」


 俊足は頬を掻きながらオウサマに近寄った。距離を詰めるのは俊足と言われる足、今はゆっくりと歩みを進める。


「あんたは人から奪う時何を考えてる?」


 答えを考え、一拍置いてから蒼白い唇が開く。


「何も。ただ弱きは奪われ強きは得る」


 オウサマに手を伸ばせば届く距離まで詰めた俊足は一度強く瞳を閉じた。オウサマが俊足と目の高さを合わせるように椅子からデスクの上に座り替える。瞳と瞳が交わる、誘いかけるような蒼い瞳、それは危険な毒の香りになる。

 俊足はオウサマに顔を寄せた。


「子供みたいに、眠ってしまってくださいよ」


 オウサマの視界を自分で埋め、手に滑らせたナイフを死角から背に突き立てる。反動で倒れかかるオウサマをデスクに押し倒し、引き抜いていた背のナイフを心臓に突き刺す。

 赤い血が飛び散る、もう一度トドメに心臓を刺す。

 赤く濡れた銀の髪はこんなにも綺麗で、俊足に生と死の美を感じさせる。その瞬間、俊足は心臓を鷲掴んだ。


「がはッ……!」

「心音が大きすぎるよ」


 オウサマは俊足の目の前で起き上がる。俊足には何が起こったが解らなかった。殺した筈のオウサマが蘇り、自分が心臓を痛め地に伏せている。


「なぜ、だ……ッ」

「殺したくて仕方なかった? 自分が消えてまでも僕を消したかった君は。心音までしっかり冷静にさせるべきだったよ、緊張が、憎しみが、君からは溢れていた」


 完全に先読みされていた俊足は痛む心臓を押さえ涎を垂らす。初めからバレていた、内にある殺意もナイフによる攻撃も。ならば何故オウサマはナイフを躱さなかった、俊足を近づけた理由、胸から溢れる血はどう説明する。

 俊足の疑問を補完するようにオウサマは告げる。


「刺されても痛いけど死にはしないんだ、これが僕の烙印」


 オウサマは心臓に刺さったナイフを抜く。


「ッは……! 痛いよ、刺されたら、痛い」


 引き抜いたナイフをデスクに突き立てる。赤い血が溢れる。

 傷を塞いでいたナイフが抜かれた事により夥しい量の血液がオウサマから流れる。俊足の顔が青ざめる、痛みよりも目の前の赤に戦慄する。

 これが王の、真の異能? ならば月とは一体何なのだ。

 俊足は心臓の痛みが引いてきてもこれ以上王を傷つける事は出来なかった。


「君が選んだ道ならば、僕は引き止めないよ。今まで精一杯生きてくれて、ありがとう」


 俊足は混乱する。オウサマは突如訳の分からない一人芝居を始める。どうやら俊足に対して別れを惜しんでいるようだが、俊足はさよならの一言も言っていない。オウサマだけが俊足との物語をひとりでに作り進めていく。


「また逢える日があればいいね」

「……っ」


 いきなり俊足の足が力を込める。脳が指示していないのに勝手に歩き出す。自分の体なのに自由が利かない、立ち上がり、入り口の扉を開き部屋から出て行く。何か叫んでいたがオウサマは気にもとめなかった。

 こうして月夜の凶手はあっさりと退場させられた。


「……やらなきゃいけない事をまだ成してないから、死ねないんだ」


 オウサマは椅子に座り直し始めと同じように窓から外を眺める。月が綺麗だ、二夜に住まう人々の何人かが今日も月を見上げているだろう。

 真っ赤に染まった体は冷たくなり、椅子にはべったりと血が滴る。血の中に沈んだオウサマは沈まない月と瞳を交わした。

 オウサマはやがて忘れる。俊足という男が存在していた事、恨みを持ち取り入って来た事、最後に別れた時。

 月に影が重なる、それは重力に伴い下に落ちる。風を切り垂直に落下するのは城の最上階から飛び降りた人間。自殺者は地面に叩きつけられる直前、月とオウサマの間を通過した。


「僕は止めないよ、死ぬという事は幸せになるという事だから」


 オウサマはこの音を忘れない。やがては忘れるとしても、ガラスが震えたあの音を今だけは忘れない。そして死者の顔を。

 その目は見開かれていた、驚きと、憎しみ、王を恨んで、死にきれない呪いの表情を貼り付けていた。怨めしい、憎しい、何故飛び降りたのか解らない、許せない。

 このような凄惨な形相を見て平然としていられる人間は人間ではない。

 だからオウサマは微動だにしない、地面に叩きつけれ人が肉塊となっても。落ちる瞬間まで自分を呪い、窓越しに血の涙が見えていたとしても。


「眠りは等しく、人に幸せを与えるものだから。君は自殺という形で幸せになったんだよね」


 オウサマはそのまま瞳を閉じた。

 心理は錯覚を続けた。

 

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