第六十一話 獣と魔の同盟、そして人の思惑
獣王を降し、勝利を掴み取った壱路。しかしその体力は限界に近かった。地面に倒れそうになる壱路を何処からか二つの影がそっと支えた。
フォウンとリュアだ。二人の顔は安堵と心配がいり混じった表情を浮かべている。
「ふぅ〜、マスターってば」
「で、でも凄かったですよ、フォウンさん、イチロさんは•••やっぱり凄いです!」
「すー•••••すー•••••、ふにゃあ•••」
「•••••今はゆっくりと休んでくださいね、マスター」
フォウンは壱路にそう言葉をかけると、息子や娘、部下達に支えられ起き上がった獣王と他の者達を引き連れ現れた魔王の様子をじっと見守っていた。
「獣王よ、勝負は私の•••••イチロの勝ちだ。それで私達魔王国が出す条件だが•••」
「我らは、勝った場合はそちらが永久の服従を誓わせる••••そう条件に出したがそちらも同じではないのか?」
「いや?」
当然とばかりに獣王の言葉を否定するピア。
「私が出す条件、それはあなた達獣共和国との同盟だ!それも悠久のな!」
「•••なっ!」
まさかの提案に獣王はあっけに取られ、対するピアは言い切った!と言うのが表情から読み取れるくらい達成感のある顔をしていた。
「本気か?」
「本気だ、確かに同盟となると様々な障害があるし、理想論だと言えるだろう。だが、私はこの理想を現実にしたい!」
そう、それこそ壱路の計画。今回の戦争は勿論の事、この先の未来の戦の芽を摘み取る為の、平和の為の計画だ(本当はそんな大層なものでなくて、ただ戦が起きると色々面倒なだけだからだが)。
「•••••我らを信じるというのか?裏切るかもしれんぞ?」
「そうかもな、だがこの決闘に勝ったからには私達がそう簡単には倒れない事が分かっただろう?イチロは食客だがほとんど魔王国を拠点にしかけてるしな」
「そうか、その為にこの決闘を持ちかけたのか、まさかあの誘拐から•••?!」
「いや、この計画は元々行き当たりばったりの綱渡りの様な即興計画だからな。誘拐についても事故みたいなものだ」
「むぅ、ピンチをチャンスに変えるとは、小娘と思って甘くみとったわ、猛省せねばならんな」
「いや、これは皆で考えた策だ。そして五割程はイチロの提案だ」
「ガハハハハハ!そうか」
獣王は笑った。目の前の少女の真っ正直さに、自分を見事倒した壱路の策と手腕に。そしてその先を見てみたいと思った。
「さて、この条件を呑んでもらえるか?獣王よ」
「うむ!呑もう!」
「「「陛下?!」」」
「「父様?!」」
「父上!本気なのですか?!本気で魔王国との同盟を!?」
「お前みたいに誰かを信じられる王は、まぁ、少なくとも信用できる、それに••••イチロとはこれからも親睦を深めたいしな」
「ふっ、なら成立だ!ここに【バンヴンダーネ同盟】を正式に発足する!」
「バンヴンダーネ•••いい名だな、ぴったりな名前だ」
バンヴンダーネとは、気候が良く日当たりのいい所に咲く花で、花言葉は『絆』や『違えぬ友情』。まさに同盟にはうってつけの名前だ。
魔王と獣王は互いの手を握り、握手を交わした。この世界で初めて、他種族との同盟が結ばれた瞬間だった。これをきっかけに世界は変化を遂げていくのだが、それはまた後の話。
「もちろん正式な発表はまだ先になるし、詳細も決めねばならないが、双方の意見を取り入れ、偏りのない条約を結ぶ事を誓おう」
「分かった。•••••しかし、ここまで読んでいたとは、イチロは、あやつは一体何者なんだ?」
「彼は自分の事を異世界人だと言ってたぞ」
「!まさか•••••勇者か?!」
「いや、イチロは勇者ではない。それとは関係なくここに来た上に、勇者とは一度戦って手足を叩き斬ったらしい」
「おぉ、そうなのか!しかし手足を斬るとは、えげつないなぁ」
「あれでも敵に回したら基本的容赦はしない性格だからな」
そう言いながら、二人は壱路達の方に目を向ける。見ると壱路は無事、目を覚ました様だ。
「ふぁぁぁ〜〜、どにか話はまとまったみたいだな」
「そうですねぇ〜!これで戦争は起きなくなったと思いますよ!やりましたね、マスター!」
「まぁ、元々今回は僕が原因みたいなもんだけど、良かったよ、無事に同盟が結ばれたしね」
「じゃ、じゃあイチロさん!これからは何時でも会えるんですか?」
「あぁ、そう思ってもらっていいぞ」
「•••••!はい!」
その微笑ましいリュアの様子を見て、壱路は無償に嬉しくなった。
「あぁ、リュア•••なんていい笑顔しやがるんだ•••ちくしょうイチロめぇーー!」
「まぁまぁ、アル、落ち着きなよ」
「へぇ、イチロもあんな柔らけえ表情するのか、意外だな」
「はい!びっくりです!」
「へっ、まぁ、良かった良かった」
「そうですね!ねっ、サナ!」
「はい、フォル様」
穏やかな空気が辺りを包んでいた。しかしそれが束の間の休息である事などこの場にいる者達は想像もしなかっただろう。
突然焦りと驚愕の声が空気を切り裂いた。
「た、大変です!獣王様!」
「む、貴様は共和国の駐屯兵か?どうした!」
「た、大変なんです!」
「む?!むむむむ•••な、なんだとぉ!」
兵の囁きに耳を傾けた獣王は驚愕の表情を浮かべた。
その様子を見て壱路も眉をひそめる。
「••••••(どうやら厄介な事が起きたみたいだね)」
それは新たな問題であり、【バンヴンダーネ同盟】が最初に挑む試練の始まりでもあった。
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一方その頃、どこかの廃墟、灰色の衣を纏った五人の影が佇む。人間だ。
「さて、そろそろ我々も動きますか、まず最初のゲームは獣共和国から、帝王は動き、もう目前まで進軍を進めている。それに便乗し我らのもう一つの計画を実行するとしましょう」
そう言ったのは怪しげな緑の服に灰色のマフラーを着けた優男風の青年、ブダノスト幹部長のサーバン・レゲネイドである。
そう、この廃墟はブダノストの集会の場なのだ。幹部達が何やらごにょごにょと話している。
「そうですね、今の所計画は順調、問題無いと言えるだろう」
「しかしトツア、奴らは•••第一級危険人物で最も危険な三人『闇鴉』、『探求者』そして『眠り梟』はどうします?我らの邪魔をするんじゃ••••」
「なぁ〜にヒリアタ、心配いらねえよ。その内の一人、『闇鴉』は死んだ。それに『探求者』はその地位からこちらの手の内だし、『眠り梟』はあの日以来音沙汰がない、だから••••」
「バックーソィ、残念だが『闇鴉』は死んで無いぞ。それに『探求者』も今は行方知れずだ」
ちなみにご存知かと思うが『闇鴉』とは壱路の事だ。
「な、なんだと!?イワマ、どういう事だ!俺は確かに」
「本当だ。アルファスを嗾けて魔王国を影から乗っ取る計画も奴のお陰でパァだ、お前がちゃんと奴を始末しておけば•••」
「イワマ、テメェーーーー!」
「落ち着きなさい」
幹部のイワマ、バックーソィ、ヒリアタ、トツアを声一つで黙らせたサーバン。
「危険人物はともかく、我らの目的を達成する事があの方の理想の実現を助けるのですよ」
「「「「••••••はっ!」」」」
「さて、話し合いは終わりです。それでは計画を進めましょう(さぁ、そろそろブダノストという隠れ蓑を外す時ですね)!くふふふ•••」
人の思惑と策略が交差する最悪の時が近づいていた。
次回!
ついに動き出す人帝国!そして結束する壱路と仲間達、そして【バンヴンダーネ同盟】!そしてそこに現れたのは•••何と人間?!彼がもたらすものとは•••••?!
動き出す闇と思惑に立ち向かえ!
乞うご期待!




