第五十四話 再会、何故か誘拐?!
現在、壱路は魔王国【ハーログ】から獣共和国【レオス】に転移した。約一年振りに見る樹城【ユクシドラル】は最初に見た時と同じく、大自然を感じさせる力を発していた。
「久しぶりだな、獣共和国も•••」
もちろん壱路の姿は《変化》により狼の耳と尻尾がある獣人の姿をしている。その姿で街中を歩きながら壱路はポツリと呟いた。
「さて、リュアちゃんは何処に••••••《検索》」
《検索》・・・これは壱路がよく使う周囲を把握したり、探したいものを最大10キロメートル範囲で探せる技だ。しかも範囲を絞ればより正確な探査が可能という万能な魔法である。
「おっ、あそこは•••••突然後ろから《瞬間移動》して驚かしてみるかな」
見覚えのある場所にリュアがいる事を見つけた壱路は誰もいない人影に入り、リュアの姿を思い浮かべながら、••••飛んだ。
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一方、リュア・レイジューンはと言うと。
「師匠〜、二階の部屋掃除終わりましたよ••••って、また散らかってるし•••••何度言っでも分からないんですか、もう」
リュアは一年前から、アサミケ、ヨルシマ姉弟の元で厳しい修行••••や掃除洗濯炊事など、数々の難題に励んでいた。
強くなった実感は確かにある。背も少し伸び、壱路を意識してなのか、ホットパンツとシャツの上に純白のコートという少しアンバランスな服装をし、学びたいと思ったことは貪欲に学んだ。いつか壱路の隣に立つために。
そして今、小言を言いながらも一階に散らばるゴミを拾う中、玄関のドアがふいに開いた。
「こんにちは〜!あ、リュアねぇ!遊びに来たよ!」
「ミンアちゃん?また来たの?」
そこには一年前引きこもってる時に出会ってから、すっかりリュアを本当の姉同様に懐いている少女、第二王女ミンア・レオズがいた。
ミンアは時々城を抜け出して、リュアの元へ遊びに来る、そしていつも迎えの者に引っ張られて帰っていくのだ。
「うん、だってお城って退屈なんだもん!リュアねぇは何してるの?」
「片付けだよ、それにしても懲りないね」
「まぁ抜け出すのはなかなかスリルがあって面白いよ!」
「そう•••••」
「そういえばさ、イチロにぃは来た?そろそろ一年経つしさ」
「•••••••••まだ」
リュアは言いにくそうに答え、口を閉じた。
「え、リュ、リュアねぇ?!だ、大丈夫だよ!あの時しか会えなかったけど、あの人はいい人そうだし!」
「うん、けどイチロさんもこの一年で強くなってるかなぁと思うと少し怖い•••」
「ま、まぁまだ希望があるよ、簡単に諦めちゃダメだよ!リュアねぇ!」
「う、うん。頑張るよ。••••イチロさん、会いたいなぁ•••••••」
「呼んだ?」
最後に小さく、小さく呟いたその言葉に返事を返す声が唐突に聞こえた。
声がしたのはリュアのすぐ後ろ。まさかと思いながらも振り返ると•••••。
背後に立っていたのは漆黒の影、夜のような深みのある黒髪黒眼とメガネ、そしてそれに合わせるように黒いコートとズボンを着用していて、腰のベルトに差しているのは黒色に統一された刀(ただし色々装飾は変わっているが)••••••それはリュアが再会を心待ちにしていた存在、鎖神壱路もといイチロ・サガミその人だった。
「••••••イ、イチロさん?」
リュアは掠れた声で呼び掛ける。それに壱路は困ったように笑って答えた。
「悪いな突然背後か••••らっ?!」
「•••••イチロさ〜〜〜ん!」
突然抱きつかれた。ちょっと背も大きくなったせいか少し胸がドキッとしたのは秘密である。
「あ、あの、リ、リリリリュアちゃん?」
「い、一年ぶりです!会えた、イチロさんにようやく会えた。私、私••••」
「•••••背ェ伸びた?それに力もちゃんとつけたみたいだね、一年前より強い感じがするよ」
「は、はい。え?分かるんですか?」
「あぁ、それに、なんと言うか••••前会った時より可愛くなったね」
「〜〜〜〜〜〜!」
壱路の言葉でリュアはすっかり顔を赤くし照れた(しかも壱路は壱路で無意識に褒めてる)。しかし人の好意に鈍感な壱路と人と関わるのが少し苦手なリュア、どちらもまだ相手に抱いている感情の答えをまだ出せてないので側から見ると仲のいい兄妹にしか見えない。まだまだ先は長そうだ。
「おぉ!イチロにぃ、リュアねぇが顔を赤くしている!」
「あれ、そこにいるのは確かミンアちゃん?よっ!おねいさんとオズは元気ー?」
「元気だよー!」
「リュアちゃん、そういえばアルシャークとかアサミケさんとかは元気」
「げ、げげげげげ元気です!でもみんな今は出払って••••••」
少し混乱しているリュアを見て壱路は頬を緩め笑う。三人で賑やかに談笑しているその時、この場にいる三人とは違う声が聞こえた。
「••••やっぱりここに居た、ミンアさま••••」
玄関に立っていたのは何故かゾウさんのぬいぐるみを被った謎の人物が仁王立ちをしていた。
「•••••うっ、ダ、ダントマス!」
「••••勉強、サボっちゃダメ••••」
彼?いや彼女か?ダントマスの性別は分からないのは置いとくとして、その迫力に押されたミンアは何故か壱路の背後に隠れて抗議した。
「うぅぅ、嫌だ!わたしまだ帰りたくない!」
「••••ダメ••••」
静かにしかし有無を言わさぬ威圧感を発するダントマス。空気が悪くなる中、壱路は話し合いに持ち込もうとするが•••••。
「えっと、そこのキグルミの人、とりあえずここは話し合いで•••」
「••••他人は、黙ってて?」
「えー、いやそんなぁ••••?!」
外見は愛らしいゾウさんのキグルミなのに中身は結構頑固みたいだ。
「••••いこう?」
「おいミンアちゃん、リュアちゃんここはどうしたい?逃げる?」
「「え?」」
じりじりと迫る脅威(本当に脅威か分からんが)に壱路は二人に撤退する事を提案する。
「半分くらい本気を出せば逃げれるけど」
「イ、イチロさん?本当ですか?!」
「な、ならお願い!このまま帰ったらしばらく外出禁止になっちゃう!逃げる方向でお願い!イチロにぃ!」
「がってんだ」
そう答えると壱路はリュアとミンアを小脇に抱えて。
「よっと」
「え?えぇ!?」
「きゃあ?」
「••••••え?」
「さらば!(《韋駄天》!)」
最近覚えた無言で魔法を発動できる〈無言支配開放〉(これは後々説明する)で《韋駄天》を発動した壱路は素早く玄関を飛び出して、逃げた。
そして10分後•••••••。
獣共和国のとある裏路地に潜り込んだ壱路は足を止め、後ろを見た。追っ手は来ないようだ。
「ふぅ•••ここまでくれば大丈夫か」
そう思った次の瞬間。
カッ!
不意に何かが頬を掠めた。見ると頬に少し痛みが走る。
「••••え?」
流れていたのは微かだが血、そして地面を見ると血のついた黒い羽。刃のように鋭い羽だった。そして振り返るとそこには整った顔立ちの男性が••••飛んでいた。見ると背中から黒い翼が生えている。
「そこまでだ、不届きものめ。ミンア様を離してもらおう」
「あ!バサト!」
「え?バサトって、【三将軍】のリーダーで【王の手】の?!」
「うわぁ、なんかどっかで聞いたことあるような名前ばっかだな」
どうやら目の前に居る男が国のナンバー2らしい事が分かった壱路だが、それを知ったところで事態は変わりはしない。そんな時脳内で•••••。
「(マスター!)」
「(フォウン?!えっと今取り込み中だから!)」
「(フォルさんとピアさんが大至急帰って来いって)」
「(え〜?なんで?)」
「(なんでもヘチマもないですよ!早く帰ってきてください)」
「(わーかった!わかった!《瞬間移動》)」
フォウンの呼び掛けに答える形で次の瞬間、壱路は姿を消した。•••それがまずかった。
少しして、ダントマスとその道すがらで出会った休暇中のヤノバサと一緒に現れた。
「あれぇ?バサト、どうしたの?」
「••••どうした?」
「•••••••逃げられた」
「あぁ、そういえばミンア様攫っていった奴の特徴ダントマスから聞いたけどさ確か魔王国にそんな容姿の奴がいるそうだよ?」
「なんだと?!」
「あぁ、多分俺らが魔王国に戦争仕掛けようとしてるから•••でもこれはこっちにもチャンスだね」
「•••••一刻も早く兵を集め、王に決断を急げ!魔王国の連中にミンア様が誘拐された!」
この時、壱路は両手にリュアとミンアを抱えたまま転移してしまったのだ。しかも壱路が魔王国に拠点を置いてる事が早く知られていたのも誤算だった。結果、緊迫状態だった国の緊張は壱路によって崩されたのだ(フォル達の嫌な予感が最悪の形で現れた瞬間だった)。
そしてこの日獣共和国から五万の軍勢が出陣した。行き先は•••魔王国【ハーログ】。
この時魔王国、獣共和国、そして人帝国を巻き込む三国大戦が静かに幕を上げた。
次回!
最悪の事態!獣共和国からの五万の軍勢、
それに対抗するための会議で壱路が出した秘策とは?!
そしてその頃獣王ナガザと兄バカのアルシャークは?!
事態はさらなる変化を迎える!
乞うご期待!




