第三十八話 森の少女と灰色の影
「・・・なぁ、まだなのか?」
「あと少しだ・・・」
魔物の異常発生の正体を突き止める為、元勇者、天太郎と共に調査を開始した壱路達だったが・・・。
「疲れた・・・足痛い・・・明日筋肉痛だよ、間違いない。ねぇ、まだ着かないの?」
「あと少しだ・・・ってこのやり取り何回目だよ!」
「マスター、もうちょっとですよ!マップ見えるようになったので見たらあと数分で着きますよ!」
「行くぞ」
「切り替えはやっ!」
「マスターはその時の気分次第で限界をやすやすと超えてしまうんですよ」
「面倒くせぇー!なんなんだそれ!」
「だけどそれもイチロ君の面白いところだよ!テンタロウ君!」
「キューイ!」
「おぉ!ついた・・・ぞ?」
ようやく『ギョカイカキ』の生える地帯に踏み入れた壱路達、しかし、見ると辺り一面、木が本来あり得ない真っ黒な色をしていたのだ。
「なんだこれ・・・枯れてるのか?いやそれにしては腐ってない・・・けどなんか濁った空気が・・・」
「そうですね、マスター、ここの木、みんな澱んで黒ずんでるし、何やら嫌な気配を放ってますよ。皆さん!怪しいから木には触らないでくださいね!」
「え?なんか言った?」
時すでに遅く、フォルがその黒ずんだ木に触れていた。
「・・・って言ってるそばから何やってるんですか!フォルさん!」
「・・・ご主人様?勝手に触るなと言われたそばから触るなんて貴方は子供ですか?!」
「いやごめん、気になって・・・ん?」
そしてフォルが触った木に異変が起きる。その木の中から何やら手(しかも白骨)が生えてきた。それは段々と形を変え、最終的に先日見た、ハイボーンとなっていた。それを見て一同は愕然とする。
「ぬぁぁぁぁぁ!で、でたぁ!」
「こいつが・・・原因?なんで木が骨を生やすんだ?」
「いや、分かりませんよ〜!」
「こ、これが魔物大量発生の原因なのか?」
「どうやらそのようですね」
「みんなー!んな冷静に考えてないで助けてー!」
見るとハイボーンはフォルをターゲットにして、追いかけていた。フォルは全力疾走で逃げながら助けを求めた。
「自分でなんとかしろ、自業自得だ」
「キューイー!」
「そんなー!」
しばらくその追いかけっこを見てると、どこからか、風を切る音がした。
ヒュッ!
「え?」
「グォァァァ!」
何かがハイボーンの頭蓋骨をぶち抜き、チリとなった。
「たた、助かった・・・」
「何が起きたんだ?」
「ん〜・・・あ〜!」
突然フォウンが驚きの声をあげた。
「どうしたの?フォウン?」
「マスター!あそこに女の子が!」
そこを見ると変色してない木の枝に小さな影がいた。パッと見て歳は7歳か8歳くらい、腰まで伸ばされたバサバサな黒髪、その肌は綺麗な小麦色、そして深い森のような緑の瞳をもつ少女がそこにいた。服装は長年着てきたような黒の布切れを纏い、その姿に一瞬壱路は見覚えある面影を見たがその時は特に気にしなかった。
「き、きみが助けてくれたのか?」
「キー?」
少女は猿のような鳴き声をだして答えた。
「き、きー?」
「ご主人様、あの子は我々の言葉が分からないんじゃ・・・」
「えぇ!?じゃあどうすれば!?」
「マスター、あれを使いますか?」
「ああ・・・《通信》!」
《通信》・・・壱路が使う言葉が通じない相手や話せない時を想定して出来たキーワードである。これを使えば誰にでも念話が通じる。しかし範囲は半径5メートルまでである。
「(こんにちは)」
「(!・・・こんにちは!)」
「(君の名前はなんて言うんだ?)」
「(な・・・ま・・え?)」
「(・・・名前、ないのか?僕はイチロ・サガミ、こっちはフォウン)」
「(よろしくです〜!)」
「(で・・・す?)」
その少女の様子を見て、一般教養を受けてない野生児である事が目で見ても明らかだった。
「この子、名前がないみたいだな」
「そうなのか?!あ、そういえばこの子、あの噂の子と似てるような・・・」
「・・・噂、ですか?」
その噂とは、なんでもこの地には鉄猿王と呼ばれるボス的存在の魔物、アーマードモンキーが生息しており、近年、その隣に人間の子供の姿があるそうだ、それがアーマードモンキーに育てられた子供なのか、それとも非常食用なのか・・・真相は不明である、と言う内容だった。
「ふーん、その少女がこの子か・・・」
「そうらしいね、じゃあこの子の親の魔物はどこにいるんだ?」
「ちょっと、聞いてみてくださいよ!マスター!」
「あー、分かったよ!聞いてみるよ」
そして壱路はその少女に疑問を口にする。
「(なぁ、君さ、ここに住んでるの?)」
「(うん)」
「(君の親は?)」
「(お母さんの事?それならもうすぐ着くよ!)」
「(・・・え?)」
「(あっ!来た!)」
見るといつの間にか黒い影が少女の隣に舞い降りていた。大きさは全長3メートル、その皮膚の表面は文字通り鉄の鎧を着ているかのような光沢と硬度を放っている、それはまさしく鉄猿王と呼ばれるに相応しい存在だった。
「ア、アーマードモンキー・・・!」
「マスター、は、話し合いで解決は・・・」
「やってみるから黙ってろ」
フォウンにせかされ、《通信》を使ってアーマードモンキーと会話による交渉を始める壱路。
「(初にお目にかかります、偉大なる鉄猿王様、僕はイチロ・サガミ、偶然居合わせた旅の者です)」
「(いや〜!そんな堅苦しい事言わなくてもいいのよ!あたしのむすめもあなた達の事疑ってないみたいだし、襲ったりしないから大丈夫よぉ!)」
「(・・・・はぁ?!)」
その雄雄しい姿とは噛み合わないおネェ口調に脱力する壱路。
「(それにしても、いい子ね〜、礼儀正しいし、あたしが後10年、いや、5年若かったらほっとかなくてよ?)」
「(は、はぁ・・・)」
どうやらこの魔物、いわゆるオカマとかの分類に属する存在のようだ。
「・・・オカマだ、この猿」
「オ、オカマァ!?」
「オカマってなんだい?」
「えっと、男の人なのに心は女性の人みたいな感じな人ですよ〜」
「そうですか、初めて知りました」
「・・・ダチ公、この鉄猿王はこの辺り一帯をしめてる魔物だ、もしかしたら情報が手に入るかもしれねぇ」
「(あの、あの黒い魔物が生える木っていつから生えてるか知ってますか?)」
「(あぁ、あれは最近この山でねある怪しい男が木に触れたらなったのよ〜!)」
「(・・・怪しい男?)」
「(そう!全身灰色のマントに身を包んだ男でね〜、その男が触ったら一気に木が黒くなったのよ!)」
「(灰色のマント・・・?どっかで聞いた事が・・・いや見た事がある気が・・・)」
「(あら、いっけない!あたしはそろそろ行かないと!食料とか集めたりしたいし、お肌のお手入れしないと!)」
「(・・・そうですか)」
「(じゃあね)」
「(・・・バイバイ)」
そして鉄猿王と少女は風の如く跳躍し、去っていった。
どうやら彼女達は人と魔物を超えた親子関係を築いているようだ。
(あんな騒がしい魔物、レギンさんの時以来だな・・・)
その様子に今は亡き母竜、レギンレイブの事を思い出す壱路、そんな時、フォウンに尋ねられた。
「どうでしたか?マスター」
「キューイ?」
「なんでも灰色のマントの男がこの事態の原因みたいだ」
「灰色のマントの男?」
鉄猿王から聞いた事をそのまま一同に話す壱路。
「んー、灰色のマントの男か・・・」
「それにしても何が目的なんだろうね、その人、こんな変なの創り出すなんて」
「・・・・・」
「どうしたんですか?フォウンさん、顔色が悪そうですが・・・」
「もしかしたら、心当たりあるかもです〜」
「「「「・・・えっ!?」」」」
「キューイ?!」
「ピューイ?!」
「・・・・・・それは」
フォウンがその答えを口にしようとしたその時、異変はおきた。
「ギャハハ!ギャハハハハハハ!」
「グォァァァァァァァァ!」
「「「「「?!」」」」」
突然、死霊のような不気味な笑い声と、獣の断末魔の如き叫びが響いた。
「・・・あの声は(まさか、このやな感じは・・・そうだ、命がなくなる感覚、レギンの時と同じだ!)行かなきゃ・・・!」
壱路は自らに《韋駄天》をかけ、目にも留まらぬ速さで駆け出した。
「あ!マスター!」
「イチロ君!待ってくれ!それにしても速いな・・・」
「何感心してるんだ!追うぜ!」
「ご主人様、私達も行きましょう」
「キューイキューイ!」
「ピューイピューイ!」
その後を遅れながらもフォウン達も追いかけた。
一方、その頃、まるで雷の如く走る壱路はその断末魔の発生源にたどり着いていた。
「・・・そんな」
「ギャハハハハハハハハ!」
「グォハァ!」
「あ・・・あ、あああ」
それは悪夢のようだった。悪魔のような高笑いをするのは死を体現した黒き骸の化け物、その腕に乙女の心を持つ鉄猿王が力なく、ぶら下がっていた。そして少女は絶望の表情を浮かべ、涙を流していた
「(おい!聞こえるか!おい!ちびっ子!)」
「(あ・・・え・?・・あああ、そんなそんな・・お母さん!)」
「(おい!しっかりしろ、チビ!)」
「(?!あ、あなたは・・・さっきの・・)」
「(一体何があった?あの化け物は何処から・・・)」
「(・・・・避けて!後ろ!)」
少女の心の声を聞き、壱路が振り返ると、灰色マントの男が剣を掲げ、振り下ろそうとする瞬間だった。
「えっ・・・うわっ!」
間一髪、ギリギリで避ける壱路。
「危ねえな・・・何者だ!」
「・・・それはこちらのセリフだ」
「なんだと?」
「チッ・・・、とんだイレギュラーが居たものだな、何度も我らの計画を阻止してきた第1級危険人物『闇鴉』、なぜここに・・」
「ん・・・灰色マント・・・あぁ!思い出したぞ!お前まさか・・・ブタのクソの奴らだな!」
「違う!私は偉大なるブダノスト幹部、バックーソィだ!」
ブダノスト、壱路がこの世界の最初の騒動に巻き込まれた時、戦った過激なテロ組織。その後も行く先で彼らの陰謀に巻き込まれ、その度に壱路は大暴れし計画を潰したので、彼らから第1級危険人物に認定されていた。そして相変わらず名前を間違えて覚えていた壱路にバックーソィは爪を咥えながらこう言った。
「しかしこんな所にいるとは・・・ふん、ここでの目的はもう済んだ。ついでにまとめて始末してやる!」
「・・・殺れると思う?」
壱路は『オウリュウ』に手を掛けて鋭い目でバックーソィを睨みつける。
「ふん、これさえあればお前など手も足も出まい!」
「・・・なんだ、それ?」
懐から何か取り出すバックーソィ、それは柄が、鍔が、刃が全て赤い血の色に染まった短剣だった。その短剣から漏れる異様な気配に警戒する壱路。
そしてバックーソィはその短剣を地面に突き刺した。刺した瞬間、短剣は粉々に砕け散り地面がインクが滲む紙のようにどんどん赤くなっていく。
「これは・・・」
「ふふふふふ、この我らブダノストの技術の結晶、『魔殺しの短剣』により造られた、この《魔殺結界》の中ではあらゆる魔法は使えない!」
「・・・なんだと!?」
その事実に壱路は愕然とした。壱路の強さの大半はカンスト気味の魔力と強力な唯一魔法《支配》によってできている。すなわち、魔力の封じられた壱路は牙を抜かれた虎、翼を折られた天使に等しいのだ。
「くぁああはっはははははははは!魔法が使えなければ貴様は無力だ!そして・・・」
バックーソィが手を挙げると、辺りに一斉にハイボーン・レギオンの大群が押し寄せてきた。
「この一万体のハイボーン・レギオンと複合進化体ハイボーン・バーサーカーの手によってその命を散らすがよい!」
そう言うとバックーソィは懐から黒ずんだ結晶を取りだし、それを壊すと一瞬で姿を消した。どうやら瞬間移動の魔道具のようだった。
「消えた・・・ってまずい・・!」
「あ・・・ああ・・・・あ!」
「ギャリャアハハ!」
巨大な骸の化け物ーーハイボーン・バーサーカーの一撃が少女を捉えようとしたが、それに慌てて気づいた壱路は紙一重のタイミングで少女を抱きかかえて、避けた。
(しかし魔法が使えないのは痛い・・・、ん?待てよ?魔道具は使えるんだよな、だったら・・・そうだ!)
そして壱路は少女を一旦おろし、『オウリュウ』に呼び掛けた。
「(オウリュウ・・・聞こえるか?)」
「(うん!どうしたの?イチロ?)」
「(・・・あれをやる)」
「(あぁ!あれね!オッケー!)」
そして壱路は『オウリュウ』を鞘から解き放ち、それを逆手に持った。
「チビッコ、ここで大人しくしてろよ・・・」
「・・・・・ん」
壱路は『オウリュウ』を地面に突き刺す。するとどうだろう、刺さった亀裂から小さな幾つもの竜を形取った紫のオーラが飛び出し、壱路に纏い付く。
そしてその後ろには菫色の近代じみた雰囲気を纏う竜の姿があった。
それは『オウリュウ』が持つもう一つの力を解放する為の儀式、人と武器、その二つを一つにする『四霊器』の真の姿・・・。そして『オウリュウ』のもう一つの名ーーー。
「(さぁ、叫ぶんだ、イチロ!ボクの、いや、ボクらの名前を!)」
「あぁ、行くぜ・・・!来い!」
それは壱路と『オウリュウ』が一つとなり現る人刀一体の姿、その名も・・・。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーコウトクオォォォォォォォウ!」
次回!
壱路と『オウリュウ』の一つとなった姿、
その名も『コウトクオウ』!
その実力は・・・?
そして残された少女は・・・?
その時壱路達は・・・?
乞うご期待!




