第三十七話 竜と亀の乱舞
ハイボーン・レギオンの大群を相手に突っ込んでいく二つの影があった。一つは夜のような黒衣を身に包み、菫色の刀で敵を切り裂く闇鴉、一つは紅葉の如し衣を纏い、翠色の籠手を使い敵を屠る赤獅子。それはまるで踊っているようだった。
「うおらぁ!」
「せいやっ!」
壱路が刀を振るう度に、天太郎が拳を振るう度に、亡者の骨たちは砕け散っていく。
「やるじゃねえか!ダチ公!そういやダチ公の名前を聞いてなかったな!なんてゆんだ?」
「・・・鎖神壱路!ここではイチロ・サガミだ!」
「なるほどな!壱路か!いい名前だ!」
「お褒めにあずかり光栄、だ!」
「す、すごい、ぼくらの出る幕がない・・・あれがイチロ君の本来の闘い方なのか」
「確かに彼は私達と旅をしてからも実力を隠している素振りがありましたからね」
「・・・それは違いますよ〜」
「「・・・・・え?」」
「マスターが本気を出せば、地形と環境が簡単に変動しますから、いつもは制限してるんですけど、そろそろ痺れを切らす頃なんじゃないんですか?」
その言葉を皮切りに壱路は天太郎にこう提案した。
「僕があの骨共の動きを一気に止めてひとまとめにするから、そこを突け!元勇者だからそんくらいは出来るだろう!?」
「元勇者ってのはあまり呼ばれたくないんだが・・・頼んだぜ!イチロ!」
そして壱路は地面に手を置き、キーワードを紡ぐ。
「《嘆きの川》!」
それは無慈悲な静寂の世界、全てを凍らせる地獄の氷河。それは壱路を中心に広がっていき、ハイボーン・レギオンを氷漬けにした。
「い、一瞬で周囲に氷が・・・」
「あれがマスターの本気です」
「・・・あれがウォーランが認めた男の実力、あの力があれば・・・」
「・・・サナ、分かってるかと思うけど彼を巻き込む訳には行かないから」
「・・・わかってます」
フォルとサナの会話はフォウンの耳には届かなかった。そんな中壱路は更にキーワードを紡ぐ。
「縛れ!《貪り食う足枷》」
《貪り食う足枷》によりハイボーン・レギオンは一つへとまとまり、そこに出来たのは巨大な氷山だった。
「止めは任せた!」
「おうよ!ダチ公!」
氷山に向かい駆け出す天太郎。そして、拳を握り、振りかざした。
「食らいやがれぇぇぇ!《王葉亜武楼》!」
その一撃は一見見たらただのパンチ、しかしたった一撃だが何よりも重く重なる衝撃は氷山を一瞬で粉砕、その中に封じられた遺骨達と共に散りと化した。
「ふぅ、終わったーーー、すげえな、お前!あいつらを氷漬けにするなんてよ!」
「どーも・・・」
「イチロくーん!」
「イチロ殿、ご苦労様です」
「マスター、やりましたね!」
「キューイ!」
「ピューイ!」
壱路と天太郎の元に駆け寄るフォル、サナ、フォウン、ヒルデ、ウリノシン。
「おぉ、ウリノシン、いい子にしていたか?」
「ピューピューイ!」
「マスター!ちゃんと待ってましたよ!」
「キューイキューイ!」
「ありがと、フォウン、ヒルデ」
ウリノシンは天太郎の足に顔を擦り付けるように甘え、フォウンとヒルデは壱路の両手にそれぞれ引っ付いていた。
「そういや、ダチ公、俺に聞きたい事があんだっけ?なんだ?」
「・・・その籠手、何処で手に入れた?」
壱路が聞きたい事、それは天太郎が持つ籠手、『介蟲籠手・レイキ』のことだった。
「あぁ、これな・・・これについては後で話すよ、あまり大っぴらには出来ないからな」
「・・・分かった」
「タカラギさーん!」
「あ、村のみんなだ」
「やったぞ!タカラギさんと旅の方々が魔物を退治してくれたぞ!」
「「「「「うおぉぉぉぉ!(大勢の村人)」」」」」
その後、村の人々から大袈裟な程に歓迎されたのは言うまでもない。
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夜になって、壱路達は普段は天太郎がお世話になっている宿の大部屋(今までは天太郎が一人で使っていた)に滞在する事になった。
「さて、話してくれるよな・・・」
「あぁ、この籠手はな、白いおっさんから貰ったんだ」
「白い・・・おっさん?」
「ん、俺がここに来る前、魔物に襲われてたそのおっさんを助けた時、礼としてくれたんだ、なんでもこの籠手が俺を気に入ったみたいとか言っててな」
「ふむふむ・・・テンタロウさん、その白いおっさんは何処に向かうと?」
「なんでも魔大陸の知り合いのとこに行くって・・・、なんか切羽詰まった顔してたからあまり人に言ったことはねぇぜ」
思わぬ話に内心歓喜と驚愕に染まる壱路。
「(この大陸にいるのか・・・『オウリュウ』達を造った鍛治師にして、リュアの親父が魔大陸に・・・!)」
「(いや〜、魔大陸はマスターにとって宝の山ですね〜)」
フォウンと念話で会話していると、フォルが突然話に割り込んできた。
「ねえねえ、イチロ君ってその白い人の事を探しているみたいだけど・・・知り合いなの?」
「いや・・・会ったこともない」
「じゃあなんで会おうとするんだい?それに君は天太郎さんと同郷みたいだが、もしかして、・・・勇者なのか?」
半年前の壱路なら、意地でも自らの素性など話さなかっただろう。しかし、壱路はいつか自らの事を話そうと心に決めていたのだ。
たとえどんなに目立たぬようにしてても、いつかは表舞台に立たなくてはならない。その時、仲間がいれば心強い、その仲間が今、必要なのだ。
「あー、ここにいるあんたらが信用できるから話すけどさこの事は他言無用で頼むな」
「マ、マスター!話すんですか?!」
「大丈夫、バラされたら口封じすればいいんだし」
「さ、サラッと怖い事言った!」
「大丈夫だよ」
「こちらもです」
「俺もだぜ!」
フォルもサナ、天太郎は即答で答えた。壱路も腹を括って話す事にした。
「始まりは、突然だったんだ・・・気づいたら、僕は空にいた・・・」
「「「え?」」」
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数十分後、壱路は自分の事を一通り話し終えた。自分はこの世界ではなく、異世界の生まれで約半年前、突然上空から落下してこの世界にきた事。
フォウンの事や『オウリュウ(ガイシ)』達『四霊器』とその製作者とされる男の事、そして初めての仲間であるリュア、アルシャーク、ヒルデ、偶然出会ったウォーランの事を。
そして今の壱路の目的を・・・。
「僕には今の所三つ目的がある。一つは『オウリュウ』達を造った鍛治師に会う事、もう一つは魔大陸にいる【精霊族】に会うこと、・・・それでもう一つは・・・」
「「「もう一つは?!」」」
「魔大陸の本や名物を堪能しまくる事だ!」
その言葉に深刻な空気が壊れた気がした。
「っておい!そこはせめて自分がこの世界に来た理由を探すとかあるだろが!」
「だって今更そんな事探すことないでしょ?もう元の世界に帰ることなんて嫌だし」
「そっか・・・でも驚いたなぁー、イチロ君が異世界人だなんて、けど納得かも」
「そうですね、あの強力な魔法は、異世界人だからこそだったんですか・・・」
納得した表情をしたフォルとサナ。そんな中天太郎は難しい表情で何やら考えていた。
「んー、そっかー・・・」
「ピューイ?」
「なぁ、俺もついて行っていいか?」
「だ、大歓迎ですよ〜!元勇者でも心強いです〜」
「・・・でもその代わり条件がある」
「条件?」
「あぁ、この村には最近魔物が大量発生してるのは知ってんだろ?」
「あぁ、あのハイボーン・レギオンの事か、確かにあれは異常だね」
「はい、本来ハイボーン・レギオンは魔力密度が高い砂漠などにしか出現しない筈です、ですから今いる魔力密度が低いこの地での襲来はあり得ないのです」
「そうだ、それが何回も続いている、だけど魔物達が来るのは決まってここから西にある山、【デューポンの山】からなんだ。あの山に原因はある筈・・・!」
「なるほど、それが解決しないと安心して旅に出れないって訳か」
壱路は少し考える顔をして、こう言った。
「よし、明日調べに行こう。そんで原因があれば山ごと破壊しよう」
「マスター!なんでいつも力づくで解決しようとするんですか!?」
「その方が簡単でシンプルだろ?」
「まぁ、それは最終手段にしてくれよ。あの山にはこの村の名産品もあるんだから」
「「なんだと?!」」
壱路とフォル、この2人は名産品という言葉に案外弱いのだった。
「あぁ、『ギョカイカキ』っていう海老、ホタテ、イカなどの海の幸を堪能できる陸の海って呼ばれてる実だ。今は魔物がいてなかなか外に出れないから取りに行けないみたいだけど、これが解決すりゃあ食い放題だぜ!」
「海の幸が堪能できる実・・・いいな、ここ最近魚介なんて川魚しか食ってなかったし、久しぶりに海老を食いたい」
「楽しみだねー!よし、サナ、今日はもう寝て明日に備えよう!」
「承知しました」
「なんか楽しみになってきましたね〜!」
「・・・遠足じゃねぇんだぞ、お前ら」
天太郎はこの時、こんなんで大丈夫なのかと不安になったのは言うまでもない。
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そして翌日、壱路達は村の西、【デューポンの山】に向かい歩みを進めていた。
「よし、天気は晴れだね!」
「はい、フォル様」
「楽しみですね〜!」
「キューイ!」
「ピューイ!」
「あぁ、・・・ってマジで遠足気分かよ!?お前ら少し危機感を・・・」
「・・・・目的は忘れてないよ」
「おぉ!そうか!そうだよな!」
「【ギョカイカキ】を取りに行くんだろ?」
「って違うわぁぁぁぁぁ!」
天太郎の心からの叫びが空に響き渡っていた。
次回!
天太郎を加えた一行が出会ったのは魔物に育てられた少女?!
そして忍び寄る黒き影!
蔓延る魔物達が呼び起こした悲劇に壱路は?
新たな出会い!
判明する魔物発生の原因とその元凶!
そして絶対絶命のピンチの中、
『オウリュウ』が真の力を見せる!
乞うご期待!




