第二十話 龍の親子
ドラコネスト山脈・・・獣共和国と人帝国のちょうど国境に沿ってそびえているこの山々がいつできたのかは誰も知らない。ただ、この山には昔からいにしえの龍が住んでいるという伝承だけは伝わっている。
そしてその象徴でもある『ファフニール山』に壱路達はいた。
「俺たちは関所を通ろうにも通可書を持ってないしな、ここを通って獣共和国に行くのが一番いいんだ、ここなら兵士も誰も近づかない、まさしく絶好のルートなんだ!」
「それでもキツイ・・・」
「は、はい〜〜」
「頑張ってくださいよ、皆さん〜〜!」
そんな話をしながら壱路達はファフニール山の中腹あたりにいた。山を登り始めて六日が過ぎた頃だった。
「いや、マジで無理・・・しんどい・・・」
「マスター、基本インドアですからね〜」
「だ、誰でもこれはキツいと思いますよ?」
「その通り!だが俺たちが無事に獣共和国に行くには避けては通れないんだ!」
「・・・こうなったら一気に飛んで・・・」
「や、やめてくれぇぇぇぇぇ!」
「マ、マスター!まさかあれを使うつもりじゃ・・・」
「別にいいだろ」
「よくねぇよ!あの時飛んだ時俺すっげぇ怖かったんだぞ!無理だ無理無理無理!」
「・・・私は大丈夫ですけど・・・」
「あれから安定しているのに・・・」
あれから壱路は魔物を討伐したり、新たな魔法の使い方を編み出したりしてステータスも上がっていた。
イチロ・サガミ
Lv 43 age:18
HP A
MP EX
ATX A
DEF B
AGL SS
EXP 34568
NEXT 432
【魔法属性】 無
【魔法】 支配〈直接開放・間接開放・多重開放〉
〈称号〉
異世界人・支配者・想定外の来訪者・覚醒者・竜子刀の主・解放者・闇鴉・お人好し・鈍感・勢い屋・祭り好き・サムライ
称号については置いといて能力値はそれほど変わらず、魔法には新たに〈多重開放〉が加わった。
〈多重開放〉
自らの視線上の物体を無機物・有機物問わず
複数支配が可能。しかし、支配の制御維持にその分魔力は消費する。
なんでも、今まで《一つの対象しか支配できない》と言う魔法のルールが一つ外れたと言うことで細かい制御が可能になった。これで魔力の消費効率も多少良くなったのだ。
そしてこの魔法の新たな制限が見つかった。それは《物体の『破壊』の命令は不可能》と言う物だった。つまり岩を割ったり火で燃やしたりするのは間接的に他の物質を操作して加工、変化させているのに対し、直接的な破壊、つまり消滅は不可能なのだ。これは何度も試したので間違いない。
「じゃあさ、軽くこの山割ろう。割っちゃおう」
「ダ、ダメですよ!マスター!幾ら何でも割るなんて・・・マジでマズイですよ!」
「そうか?なんとかなると・・・」
「あっ!そうだ!イチロ!そういえばこの先に天然の源泉があるらしいぜ!」
「・・・・・何?本当か?」
「あぁ、本当だ!おまけにそこから見る景色は絶景らし」
「行くぞ」
「切り替えはやっ!」
壱路はまるで兎のように山へ登って行った。
「・・・イチロの奴、自分の気になることにはすぐに飛び付くからな・・・」
「う、うん。そうだね・・・」
「けど、いい奴なのは間違えないが」
「うん・・・!・・・・・それにカッコイイし」
「ん?リュアなんか言ったか?」
「え?何でもないよ?」
「そっか・・・(なんだろう、なんか無性にイチロの事を殴りたい・・・!)」
歩くこと数分、壱路の前には湯気が立つ源泉が広がっていた。
「お〜!温泉〜!」
「マスター、テンション高いですね」
「日本人だからな」
「ほぉ〜、なかなかいい源泉・・・ってもう脱いでるのか?!」
アルシャークがここまで着いた時、壱路はすでに服を脱ぎ湯船に浸かっていた。
「あぁぁ〜〜いい湯だ」
「いいな〜〜、私も携帯じゃなきゃ入りたいですよ〜!」
「おい!ずりぃぞ!俺もはい・・・あ、リュア、入るんなら湯服を着ておけよ?」
「は、は〜い!」
そう言ってリュアはそこらの岩陰に隠れた。
「いや、しかしこんなところに温泉があるとは・・・」
「ん?温泉?」
「あぁ〜、僕の故郷にはこの源泉が山ほどあるんだ」
「ま、まじかよ・・・」
「き、着ましたよ〜」
「おぉ〜!リュ〜ア〜、可愛いぞ〜!」
「(マ、マスター、あれって・・・)」
「(あぁ、間違えない・・・)」
リュアが着ている湯服なるもの、それは壱路はすごく見覚えのあるもので・・・、ちょっと驚愕していた。
それは・・・・・。
「(ス、スク水だ・・・!何でこんなとこで?!)」
「(わ、分かりませんよ、もしかしたらマスターみたいに転移した人が昔いたんじゃないんですか?)」
「(だけど普通広めるかよ・・・、これについては後で調べよう。でもいいな)」
「(はぁ・・・、確かに)」
そんな感じで旅の疲れを癒し、くつろぐ一行。
「はぁ、あったまるなぁ〜」
「はい〜〜・・・・」
「そうだな・・・・・」
「キュイ〜〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
今まるで小動物の鳴く声が聞こえた。
しかもすぐ後ろで!
急ぎ振り返ると同時に近くに置いたガイシを手に取り構えた壱路。
そこには・・・。
「こ、こいつは・・・!」
「ど、どうし・・・なっ!」
「え?え?なんですか?・・・あ!」
「ママママ、マスター!これって!」
「キュル、キュイキュイ!」
そこにいたのは愛くるしいデフォルトしたかのような龍の赤子だった。
「「「「か、可愛い!」」」」
全員の心が一致した瞬間だった。
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数分後、温泉を出て綺麗さっぱりになった壱路達はさっき遭遇した龍の赤ちゃんと戯れていた。その赤子は可愛かった。こちらを見つめる純粋な青い瞳、生えてきたばかりの小さなツノ、緑の柔らかな髪、小柄な白い鱗、ペタペタと歩くその姿を見れば悪魔も土下座して改心するだろう。
「いや、本当驚いた。こんなに可愛いドラゴン見たことない、そもそもドラゴン自体初めて見た」
「おぉ、イチロ、俺もだぜ!」
「はい、可愛いです」
「しかし、マスター、可愛い物好きだったんですか?」
「いや、これは例外だ。育てば荒々しくも威厳に満ちたかっこいいドラゴンになるかもしれない。だがこんな可愛いならそのまま可愛いさで全てのものがひれ伏すかも・・・そう、ドラゴン、その存在こそ正義なんだ!」
「キャラ変わりすぎだろ!」
そう、壱路もまだ年頃なのでやはりファンタジーには憧れるのだ。
「そ、それにしても可愛いです・・・。ここに住んでいるんでしょうか?」
「そうかもな〜、多分そうだぜ、リュア、この山には龍が住んでいるっていうしな〜」
「そうなのか?」
「あぁ・・・古の龍が住んでいるっていう伝承が獣共和国にも伝わっているぜ」
「そうですか〜、あっ、でも子どもがいるなら親もいるんじゃ・・・・・・・」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」」」」
その場にいる全員が凍りついた。
「・・・イチロ、今俺の考えていること分かるよな?」
「いや、仮に親がいたとしても、話が通じる相手なら・・・」
「ま、魔物って、SSSくらいにならないと知性は持ちませんよ?」
「・・・・・と、とりあえずこの子どうしましょうか?」
ーーーあら、私の子に何か用ですか?
何処からか声が聞こえた。その声は・・・・アルシャークの後ろから聞こえてきた。
「ん、どしたみんな?」
「お兄ちゃん・・・・・後ろ」
「話が通じるといいですね・・・」
「御愁傷様だ・・・」
「お、おい後ろに何が・・・」
「あら、こんにちわ、男前さん?」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そこにいたのはさっきの赤子が成長したような凛々しくも美しいドラゴンだった。大きさも全長30メートルくらいあり、天使のような翼を持っていた。声からしてどうやら母親のようだ。
アルシャークは腰を抜かし、その場で土下座した。
「いや、我々は決して怪しいものじゃなくてただの旅の一行でございまして、貴女の可愛い赤子様を誘拐しようなんてくだらない考えなど全く持ってないのでございますです!はい!」
「ふふふっ、分かってますよ。その子はあなた達を気に入っているようですからね、そんな人達をどうこうしようなど思ってないですよ」
考えていたような厳格なイメージはないようだ。むしろ親しみを感じる。
「ふ〜ん、やっぱりこの子喋れるんですか〜」
「え?フォウン、それどういう事?」
「マスター、この子さっきから私の頭に念話飛ばしてきてますよ?気づかなかったんですか?」
「全然」
「え?え?じゃあこの子なんて言ってるか分かるんですか?」
「はい!そのと〜り!」
「もっと早く言えよ・・・、あ、なんかあっちも盛り上がってるみたい」
ふと見るとアルシャークと母龍が話に花を咲かせていた。どうやら同じ保護者同士、シンパシーを感じたのだろう。なんというか・・・ご近所さんの井戸端会議みたいな話になってる。
「いや〜うちの子つい最近になってようやく火を吐く事と飛ぶ事を覚えましてね〜」
「いや、うちのリュアも最近ますます可愛さと美しさに磨きが掛かって掛かって!」
「あぁ!じゃあそこの黒装束の彼はリュアちゃんのカ・レ・シ?かっこいいじゃない!もしかしてアルさん公認?!お似合いみたいじゃない!」
「いやいや、そこのガキは訳あって一緒に旅している生意気なガキですよ!やる事なす事想定外な奴でして・・・それにリュアをそう簡単に嫁にやれんですよ!」
「・・・・・おい、なんか言ったか?」
「い、いや!何も?」
「ふふふ!仲がよろしくて、いいわね」
「どこがだ。そういえば貴女はここに住んでるのか?」
「えぇ、名はレギンレイヴ、ちなみにこの子の名はブリュンヒルデよ」
「ブ、ブリュンヒルデ・・・(北欧神話にそんな名前の戦女神がいたような・・)」
「あ!そういえば、あなた達この山越えようとしてるんでしょう?だったら近道教えてあげましょうか?」
「近道?」
「そうよ。あ!だったら一晩うちで泊まってかない?そうしましょ!いい案だわ!」
そう言うとそのドラゴン、レギンレイヴは壱路達をその腕で掴み取り、翼を広げ飛んで行った。
「おおぉぉぉぉ!ちょっ、ちょっと待ってえぇぇぇぇぇぇ!」
「わ、わわわわわわ〜!」
「お、おい!てかなんでこのチビ、僕の頭に乗ってんの!」
「マスターの頭が気にいったみたいですよ」
「マジかよ・・・(そ、それにしてもなんて強引なんだ!このオカン龍は!)」
「(まぁ、近道教えてくれるならいいじゃないですか。それにここじゃあマップが詳しく開けないようですしね)」
「(まぁ、いっか。ドラゴンと空飛べるなんてなかなかなさそうだし)」
という訳で壱路達は一晩龍の親子の巣に泊まる事になった。




