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勇者、○○する。

勇者、困惑する。

作者: 藤司

「ついにここまできたか」


 魔王城の奥深く、一際大きく頑丈そうな扉の前で勇者は感慨深げに言った。

 次々に現れた四天王を先ほど倒してきたばかりだが、まだ体力も気力も残っている。それほどに、魔王に挑む準備は万端だった。


「いよいよ、ですね」


 彼の傍らに立つ僧侶が表情を引き締めてうなずく。その顔に恐怖の色はみじんもない。彼女もまた、覚悟を決めているのだ。


「俺たちの全力、最後に見せてやろうぜ!」


 と、戦士。大剣をブンブンと振り回し、白い歯を見せてにこりとした。その笑顔を向けられた魔法使いは、長い髪をふわりと揺らすとあごを高く上げる。


「さあ、行くわよ」


 彼女の言葉とともに勇者たちは横一列になると、二人ずつ左右に分かれて重い扉を押した。轟音を響かせてゆっくりと魔王の間の入り口が開かれる。


 決戦の時は来た。これで、全ての決着がつく。

 勇者一行は決然とした面持ちで前に進み出ると、室内の様子を用心深くうかがった。


「よくぞ来たな、勇者よ」


 薄暗い部屋の中央でその魔物は立っていた。黒いマントに巨大な体躯を包み、パッと見た感じでは人間と大差ない。だが、そのまがまがしい妖気と額に生えた角で魔族だと分かる。

 ぞっとするような殺気が放たれる中、勇者は凛とした声で言い放った。


「我がドルアラン国が受けてきた苦しみ、お前に返してやらんがため、ここまで来た!」

「ほほう」


 魔物はにやりと笑うと、舌なめずりをした。


「面白いではないか。我輩に苦痛を味わわせてくれるとでも言うのか」

「その通りだ! 魔王!」


 勇者は聖剣カリブルヌスを構える。それに倣って他の三人の仲間も各々の得物を構え、油断なく魔物をにらんだ。


「ま、魔王……?」


 勇者側が戦闘態勢に入ったのに対し、敵は相変わらず手をだらりとぶらさげたまま、何の動きも見せようとはしなかった。むしろ放心してどこか一点を見つめているような気がする。ここで先制攻撃すれば一撃をくらわせることはできるだろうが、そこは勇者。無防備に立っているだけの者を切りつけるほど残酷ではなかった。


「どうした、こちらから行くぞ」


 警戒しながらもじりじりと間合いを詰めていく。広間のなかほどまで来たところで、不意に敵がその頭を上げた。


「貴様らは知らないのか! 我輩が何者であるか……」

「ふん、毛ほども興味ないわね。どうせ魔王でしかないんでしょ」


 なかなか戦いを始めようとしないこの状況にイラついたのか、魔法使いが辛辣に言った。その瞬間、魔物は、ああああっっ!と大きくうめくと両手で顔を覆った。僧侶はその迫力に思わずぴくりと肩を震わせる。


「我輩は、我輩は……」

「言いたいことがあるならさっさと言おうぜ」


 戦士にうながされ、敵は顔から手を離すと、ぼそりと呟いた。


「魔王様ではないのだ、我輩は」


 勇者一行は途端に硬直した。魔王ではない? まさか。四天王を倒した先には魔王がいると前情報で教えてもらったではないか。


「どういうことだ」

「聞いてくれるか、我輩の悲しい過去を」


 その魔物は、瞳をうるませながら勇者を見つめ、語りだした。


――我輩は、生まれつき他人より魔力が高かった。それが魔王様に認められ、四天王入りするのにそう時間はかからなかった。四天王最恐の魔物。魔王様の右腕。そう言われ、敵からも味方からも恐れられたのだ。それが、百年前までの話だ。


 魔物は悲しげに首を横に振ると、大きなため息をついた。


――だが、そこで突如我輩の前に立ちはだかった者がいた。そいつは急激に力を伸ばし、周りの奴らを買収してどんどん味方を増やしていった。我輩以外の四天王もそいつを崇め、しまいには四天王の座につけようなどと言いだした。


 ぐっと拳を握りしめ、切々と話は続く。


――元々は「勇者」だと言って魔王様を倒さんとした奴だぞ。魔王様との裏の取引に応じたからと言って、そんな素性の怪しい者を我らの仲間と認めることはできん。我輩は反対した。魔王様にも進言した。だが、聞き入れてもらえなかった。それどころか、我輩を疎んじはじめたのだ、その「元勇者」とやらは。因縁をつけられ、我輩は決闘を申し込まれた。それを受け、そして我輩はやすやすと負けてしまったのだ。


 神経質そうに魔法使いが杖先でコツコツと床を叩く音以外、何の物音もしなかった。勇者は静かに魔物を見つめ、僧侶は不安げに魔物と勇者の顔を交互に見、そして戦士は腕組みをして目をつむっていた。

 魔物はごほんと咳払いをすると、さらに言う。


――なぜ負けたのか、今でも我輩は分からない。実力から言って、あやつと我輩は拮抗していたはずだ。だが、それでも負けた。我輩は四天王の座を追われ、ただの一兵卒と成り下がった。


「自称四天王ってことか」


 戦士が突然両目を開いて呟いた。魔物はカッと瞳を血走らせると、猛烈な勢いでまくしたてる。


「そうではない! 四天王でなくなってから、我輩はがんばった! 魔王様に認められるよう、各地に遠征して先頭に立って戦った! がんばったのだ!」

「あ……うん」


 魔物は大きく深呼吸をすると、元の低い陰気な声に戻って話を続行した。


――その武勲をもって、我輩は新たに位を頂けることとなった。他のどの四天王より魔王様に近く、そして最も強大な存在として名乗ることを許されたのだ。


 少し嬉しそうに胸元をまさぐると、何やら古びた紙を取り出した。二つ折りにされたそれを開くと、声高に読み上げる。


「『数々の武勲をあげ魔王に益をもたらしたことを称し、貴殿を書記係に任ずる!』」


 魔物は、どう? とでも言わんばかりに首をかしげて反応を待っているようだった。期待を込めて、一人一人の目をじっと見ていく。

 それに対し、誰よりはやく動いたのは、魔法使いだった。


「ブリーズブリザード!」


 彼女が詠唱するとともに、杖から猛烈な勢いの風と吹雪が敵めがけて飛び出した。あっという間に、魔物は激しい雪にもまれて見えなくなる。


「今よ!」

「えっ、えっ、今?」


 勇者はいきなりの指名に慌てながらも、魔法使いの氷のような視線に射すくめられて魔物に向かって走る。遅れて、戦士も彼の後に続いた。魔法使いが送る微風が、急き立てるように彼ら二人の背後から吹きつける。


「覚悟しろ! 書記係!」


 新しく覚えたばかりの役職を叫びながら、勇者は雪に埋もれて立ち往生していた魔物を剣で切りつけた。とどめだ! と雄たけびをあげながら、戦士も胴体を薙ぎ払う。

 すでに魔法使いの攻撃で弱っていた魔物は動けず、二人の攻撃をそのまま体で受けてしまった。声を出す間もなく驚きで目を見開き、体から鮮血をほとばしらせながら床に倒れこむ。

 魔法を解除し、勇者たちが魔物の顔をのぞきこんだとき、すでに書記係は息絶えていた。

 勇者は困ったように頭をかくと、


「ここは終わった……か」

「はい! 私たち勝ったんですよ!」


 おさげをゆらしながら、何の活躍もしなかった僧侶がその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。


「もう少し話を聞いてやってもよかったんじゃないか?」


 戦士が血に染まった剣を魔物のマントでぬぐいながら、魔法使いの顔を見る。


「ああいう風に昔のことをいう奴、イライラしてくるから。ノリでやっちゃった」

「まったくお前は――」

「まあまあ、終わりよければ何とやらですよ!」


 文句を言おうと魔法使いに近づいた戦士と、つんと顔をそむけた魔法使いの間に割って入って、僧侶はとりなそうとした。今は喧嘩をしている場合ではない。


「とにかく、まだ魔王が残ってるんだ。気持ちを緩めるな」


 勇者は部屋の奥にぼんやりと見える扉をにらみつけた。戦いは、まだ終わったわけではないのだ。


「そうだな」

「ええ」

「はい!」


 部屋に入ってきたときと同じように、勇者たちは横一列になるとそろって次の扉を見た。ある者は自信ありげに、またある者は心配そうに。


「さあ、魔王を倒しに行くぞ!」


 彼らは、次なる扉へと全速力で走り出した。次こそ、今度こそ決戦のときだ。


 勇者は魔王の元へと駆けてゆく。先に待つのは勝利か、それとも死か。魔王の居室へと続く扉を開ける間際、勇者はほんの少しだけその唇を歪めた。それが何を意味していたのか、今となっては知る者はいない。

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