懐かし
涼しげな風が部屋を通り抜けた。畳の匂いが心地よく香る。友人の家に来ていた私は正座のまま外を眺めていた。
「どうぞ、こちらへ」
使用人の女がふすまを開け、私を促した。
「ありがとう」
この家の家主は友人だが、どうやら使用人を雇っているらしい。さすがに財閥の跡取り息子という事を感じる。そんな彼と知り合ったのは東京にある公立の中学校である。私は一般の家庭で育った。そんな私からしたら何故彼が私立ではなく公立の、しかも下町の中学校に進学したのかはわからない。が彼なりの理由があったのだろうというのは察していた。
「失礼します。お客様をお連れしました」
使用人の女は扉からの声を待った。
「わかった。入れてくれ」
中は西洋風であった。 臙脂色の絨毯に焦げ茶色の机。低い天井に吊るしたシャンデリアが、その部屋をほのかに明るく照らしていた。
「久しぶりにだなぁ。何年ぶりかな」
彼の方から声をかけてきた。
「あのときは中学生だったから、もう15年ぶりだ。それにしてもどうしたんだ?急に」
「そうだ、そうだ。早速だがお見せしようか」
そう言うと彼は鍵を持ち、部屋を出た。無論、私もついていった。長い廊下を通り、荒れ果てた中庭が小さな窓から見える部屋に通された。彼は部屋に入ると古い棚から写真を取り出した。
「凄い!これ、どうやって手に入れたんだ!」
思わず大声で叫んでいた。
すると、彼は優しい目で
「この前、兄貴が死んでね。兄貴の家からひょっこり出てきたんだ」
「そうだったのか…」
「あのとき全て燃えてしまったと思っていたけど…」
あのとき…。大正12年9月1日に関東を襲った、関東大震災の事である。あのとき、彼の住んでいた家や私の家は火災で焼失した。
「これ一枚あげるよ」
彼は一枚の写真を取り出し、私に向けた。
「いいのか」
「ああ。まだ、何枚かあるんだ」
写真に目を落とすと、我々の若かりし姿が写っていた。その顔は幸せに溢れていた。まだ、この先どんな苦難があるか知らない。純粋な少年達の顔だった。




