表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

懐かし

作者: 柑橘

涼しげな風が部屋を通り抜けた。畳の匂いが心地よく香る。友人の家に来ていた私は正座のまま外を眺めていた。

「どうぞ、こちらへ」

使用人の女がふすまを開け、私を促した。

「ありがとう」

この家の家主は友人だが、どうやら使用人を雇っているらしい。さすがに財閥の跡取り息子という事を感じる。そんな彼と知り合ったのは東京にある公立の中学校である。私は一般の家庭で育った。そんな私からしたら何故彼が私立ではなく公立の、しかも下町の中学校に進学したのかはわからない。が彼なりの理由があったのだろうというのは察していた。


「失礼します。お客様をお連れしました」

使用人の女は扉からの声を待った。

「わかった。入れてくれ」

中は西洋風であった。 臙脂えんじ色の絨毯に焦げ茶色の机。低い天井に吊るしたシャンデリアが、その部屋をほのかに明るく照らしていた。

「久しぶりにだなぁ。何年ぶりかな」

彼の方から声をかけてきた。

「あのときは中学生だったから、もう15年ぶりだ。それにしてもどうしたんだ?急に」

「そうだ、そうだ。早速だがお見せしようか」

そう言うと彼は鍵を持ち、部屋を出た。無論、私もついていった。長い廊下を通り、荒れ果てた中庭が小さな窓から見える部屋に通された。彼は部屋に入ると古い棚から写真を取り出した。

「凄い!これ、どうやって手に入れたんだ!」

思わず大声で叫んでいた。

すると、彼は優しい目で

「この前、兄貴が死んでね。兄貴の家からひょっこり出てきたんだ」

「そうだったのか…」

「あのとき全て燃えてしまったと思っていたけど…」

あのとき…。大正12年9月1日に関東を襲った、関東大震災の事である。あのとき、彼の住んでいた家や私の家は火災で焼失した。

「これ一枚あげるよ」

彼は一枚の写真を取り出し、私に向けた。

「いいのか」

「ああ。まだ、何枚かあるんだ」

写真に目を落とすと、我々の若かりし姿が写っていた。その顔は幸せに溢れていた。まだ、この先どんな苦難があるか知らない。純粋な少年達の顔だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ