魔剣殺人事件
潮風が香る。
やはりここが正解だった。
あいつは海が好きだったから、たぶん喜んでくれるだろう。
ケビン・マクファーレンは波の白さを眺めながら灰の入った空き瓶を掲げた。
「眠れ。相棒」
灰は風に流され、白い波の中へと消えていった。
ケビンは胸の前で十字を切り、海へと消えた相棒の冥福を改めて祈った。
「用は済んだ?」
頃合いを見計らっていたのだろうか、ケビンがまさに振り向こうとした瞬間、警官の服を着た少女が話しかけてきた。
「ああ、行こう」
ケビンはくすんだ茶色のジャケットを翻し、ニヤリと笑った。
「事件が俺を待ってるんだろ?」
ケビンの職業は私立探偵だ。
家出猫の捜索から浮気調査まで何だってする。
金を積まれれば殺人事件だって調査する。
今回の依頼は殺人の調査だ、
殺されたのは某国の伯爵。しかもかなり有名な人物だった。
馬車の中でケビンは魔法で今朝の地元の新聞を手元に呼び出した。
彼は見出しの文字を視線でなぞる。
『魔剣伯爵、魔剣に殺される!』
魔剣とは魔法を用いた剣の匠によって作られる、それ自体が魔法を帯びた剣のことである。
殺された伯爵は各国の魔剣を集めることが趣味だった。東国の魔剣から、エルフの魔剣、果ては天界の技術によって作られたといわれる魔剣までも集めていたという。
もとは魔剣によって武勲を立てて、伯爵まで上り詰めたのがきっかけで、最初のうちは行商人を使って集めていたが、その内手段を選ばなくなり、魔剣のあるところへ私兵を率いて襲撃をかけるほど過激な行動を取り始めていた。
そんな彼を魔剣伯爵と人は怖れを込めて呼んだ。
殺害現場は伯爵の屋敷の寝室。
今年で齢四十という魔剣伯爵だが、現役で剣士だったその体は鍛え抜かれた戦士のそれである。
そんな彼は真正面から剣を突きたてられ絶命していた。その刺し傷は刺した剣をぐりぐりと捻ったように広がっていた。
伯爵は自身の寝室の床で仰向けに倒れていたのを、彼の妻によって発見されたという。
事件発生から数日が経過しているのにもかかわらず、伯爵の遺体は寝室に置かれたままだった。
「あなたが来るって言うから、地元警察に言って冷却魔法で死体を現場で保存しておいたんだからね?」
感謝しなさいよ? とレナは胸を張った。
「……レナ。君はまだおじさんの権限を使って捜査を邪魔しているのかい?」
レナの父は他所の国の警察にも影響力のある実力者である。
「邪魔じゃなくて協力よ。だから、貴方を呼んだのよ?」
またしても感謝しなさいよ? と胸を張るレナを無視して、伯爵の胸を貫く魔剣を見た。
機能的だな、とケビンはその魔剣を見たときに思った。
その刃は刃こぼれ一つなく、どんな生物でも一振りで両断しかねないほど鋭い。
何よりも生命を殺すことに長けている。それこそが最も機能的な剣の形だとケビンは思った。
「この魔剣は握るものによって形を変えるらしいのよ。持ち主の望む姿の読み取り、自動的に己が形を変える魔剣。伯爵のお気に入りだったみたい」
捜査資料を見ながらレナは説明した。
「警察はこの事件をどう見てる?」
「伯爵に恨みを持つ人間が屋敷に潜入して、伯爵を寝室で待ち伏せしたいた。そして、寝室にあったこの魔剣で不意を突いて一突き。って見てるみたい。伯爵は魔剣収集で恨みを買っている人が多かったそうよ」
「……そうか、どう思う? ハリー……?」
ケビンは誰もいない斜め後ろを見てそう言った。
そこにいつも控えていた人物はもういない。
持前の分析力でケビンの思考を刺激し、事件の真相へと導いた相棒はもういない。
心配そうに見つめるレナに、ケビンは寂しそうに笑った。
「屋敷は崖に面して、唯一ある入口は正面の玄関のみ。そこも兵たちが半日交代で見張ってる。正直誰かが侵入できるとは思えないわね」
「ふむ……、となると内部の者の犯行になる。しかもそいつは相当な手練れだろう」
「どうしてそう言えるの?」
「現役の剣士を正面から剣を突きたてることはそう容易ではない。たとえ不意を突いたとしても、ナイフのような短剣ならともかく普通の剣では隠しようがない。それにこの寝室には人が隠れるところもない」
愛する者を受け入れるかのように無防備な状態でなければ、この伯爵がこのように殺されることはなかっただろう。
「聞き込みしたかぎり、容疑者は一人よ。レミという使用人。伯爵の遠征先で目をつけられ、家族を人質に使用人として雇われたそうよ。しかも美人で結構かわいがられてたそうよ」
レミは勝気な瞳を持った十五ほどの少女だった。
だが、呼び出された彼女はそれを真っ向から否定した。
「確かに私なら野郎を正面から刺し殺せるかもね。でも私はやってない。私がやるならこの屋敷の全員を切り刻んで火をつける。そこまでしないとと気が済まないねぇ」
憎悪に染まった表情で、拳を震わせながらレミは言った。
「どうするの? どうも本当っぽいけど」
「なに、決め手はある。心配するな」
不敵にケビンは笑った。
「……わかったわ」
ようやく調子が戻ってきたみたいね、とレナは呟いた。
「ではレミ君。この魔剣を握ってくれないか?」
「……どうして?」
レミは警戒感を露わにして、ケビンを睨んだ。
「何、君の無実を証明してあげようと思ってな。この剣は持った者によって形を変える。今この形は最後に持った者によって作られた形だ。故に君が最後にこの剣を握った者でなければ形を変えるだろう」
「……」
レミは歯ぎしりをして魔剣の、倒れた伯爵の前に立った。
そして、剣を握る。
果たして、剣は姿を変えることなくその場に存在し続けた。
「信じられないでしょうけど、信じて。私は伯爵を殺してない」
「そうだろうね」
ケビンがあまりにもあっさりと肯定したので、二人の少女は唖然として彼を見つめた。
「今証明したのは君が最後にこの魔剣に触れたという事。例え君が伯爵に愛されていても剣を持った人間に伯爵が無防備な姿を晒すとは思えない。故に君は犯人ではない」
ポツリポツリとレミは剣に触れた時の事を話し始めた。
レミは夜半伯爵に頼まれて水と研石を持って寝室を訪れた、
ノックしても返事がなく不審に思い扉を開けるとそこには剣を胸に刺され、仰向けに倒れた伯爵が絶命していた。
この時、レミは胸の内がすうっと晴れたように思われた。
ざまぁみろ。そう思った彼女を誰が責められようか。
レミは主人の上にまたがり剣を握った。
そのまま傷口を広げるように刺さったままの剣を上下左右に捻り、しばらく歪んだ嗜虐感に酔いしれていた。
そして、ふと気づいた。握った剣が形を変えているのを。
その時、レミはこの剣こそが、伯爵が最も愛した形を変える魔剣なのだと理解した。
レミはそのままでは自分が犯人にされると思い、急いでその場を離れた。
「つまり、君が見つけた時、伯爵はもう事切れていたんだね?」
レミは頷いた。
「真相は以上だ」
「ケビン? だったら誰が伯爵を殺したの?」
「こうなれば魔剣に聞くしかあるまい」
ハ? と二人が呆けている間にケビンは魔剣へ歩み寄った。
そして、魔剣を握り、止める間もなくそれを伯爵の胸から引き抜いた。
冷却魔法のおかげか、剣を引き抜いても血が飛ぶことはなかった。
赤黒く染まった剣が一瞬光ると、ケビンの手の中の魔剣は輝きを発しながら姿を変えた。
四人はそのまばゆさに思わず目を閉じる。
目を開くとそこには二十代ほどの男性が立っていた。
レミには見覚えがない顔だが、ケビンとレナにはある。
「……ハリー」
ハリー・レグナント。それは数ヶ月前、凶刃からケビンを守り、この世を去った彼の無二の相棒だった。
魔剣は持ち主の欲するものを読み取り、それを自身の形とする。
今最もケビンが求めているのはハリーという相棒だった。
それを読み取った剣が、ハリーの形を取ったのだ。
魔剣が人の姿になるというのは推理を超えた暴論だったが、これで証明された。
同時に、犯人もこれでわかった。
「さて、魔剣に問おう。伯爵を殺したのは君だな?」
『答えは是である』
魔剣は深淵に響く唸り声のような声で答えた。
「なぜ殺したんだ?」
『我は剣である。剣は人を殺すもので人を慰むものではない。主はそれをわかっていなかった』
魔剣は冷たくなった主に侮蔑の表情を向けた。
『我を亡き母君の姿へと変え、主は毎夜泣きついてきた。我は我が使命に従ってそれに付きあったが、我は我が自我には逆らえなかった』
使命とは主の役に立つこと、自我とは剣である自分の役目だと魔剣は語った。
「どうやって殺したんだ?」
『主がいつも通り我に泣きついてこようとしたのを我が腕で貫いた』
そういうと魔剣は自分の腕を見せた。するとその腕は瞬時に白銀の刃へと変化していた。
「どうして彼女が見つけた時には剣の姿をしていたんだ?」
『主が死んだことにより我は元の姿に戻った。ただそれだけだ』
「一体何だったのよ~。この事件は~」
「意思を持った魔剣による犯行、ってことだな。まさか魔剣が人の姿をとれるとは思わなかったが」
帰りの馬車で二人は話し合っていた。
結局捜査は打ち切りとなり、伯爵殺人事件は事故ということで処理された。
それも当然だ。魔剣は人ではない。ただの剣だ。剣が意思を持って人を刺し殺したとしても人間の法律では裁けない。
「……結局、魔剣伯爵は文字通り魔剣に殺されたのよね」
「……そうだな。ま、因果応報ってやつかもな」
これ以上は何も言うことはないとケビンは閉口した。
しばらく馬車は進み、ケビンたちの国へと入った。
そこで、レナは口を開いた。
「ねぇ、今回の事件、面白かった?」
「まぁ、面白かったよ」
「だったらさ、今度から私を相棒にしない?
ケビンは私立探偵だ。
家出猫の捜索から浮気調査まで何だってする。
金を積まれれば殺人事件だって調査する。
二人を事件が待っている。
企画小説 魔剣小説のための短編です。
文字数:3912文字
予定よりも大分文字数が多くなってしまいました。
個人的に魔法の絡む推理小説って成立しないんじゃないのかと疑問に思っていたので、ちょっとやってみました。
かなりきつめですが(笑)
推理として成り立たないかもしれませんね(笑)