肖像画の娘
ー私が選ばれたのか。
緑昭は皇帝の後宮におり、三千人の中の一人だった。
皇帝は当然、そんなに対応できるわけがなく、緑昭はひっそりと暮らしていた。
他の女達は金を出し、肖像画を描いてもらい、皇帝の気をひいているらしいが、緑昭はそんなことはしなかった。
ーそんなことをしても無駄だわ。陛下のお子を孕むか分からないんだから。
諦めて後宮の隅で暮らしていようと思ったのだが、急に呼ばれてびっくりした。
もちろん呼んだのは皇帝ではなく、直属の者だった。
「緑昭だな?」
「はい。私が緑昭でございます」
墨で描かれた下手くそな肖像画と、実際の緑昭と比べ、直属の者は憐れみの目で見る。
「野蛮な異民族の元へ嫁いでくれるか?」
「…ご命令とあれば」
内心、冷や汗をかいていたが、緑昭には拒否権がないのは分かっていた。
しかも後宮から出られるなら、息苦しさから解放されるかもしれないと期待もあった。
「明日、出発するから用意しろ」
「はい。ただいま」
緑昭は深く頭を下げると、直属の者が去っていく。
部屋には誰もいなくなり、緑昭はふうと息を吐く。
「嫁ぐのか…。どんな人なんだろう?」
皇帝の後宮の三千人に比べれば、異民族の王でも相手をしたほうが、情が生まれるかもしれないと考えた。
ー強く生きなければ。私が行かなかったから、家族や一族に迷惑がかかる。
緑昭は腹を据えると、荷物をまとめ始める。
と言っても、ほとんど荷物らしいものはないのだが、それでも一つ一つ大事にしまっていく。
「あーら、どうしたの? 荷物なんかまとめて」
嫌な奴が来たと、緑昭は嫌な気分になった。
「ちょっと。教えることはできませんわ」
「陛下に嫌われて、夜逃げするのかしら? おほほ」
「ふふ。そうだといいですね」
軽く返すと、嫌な女はまだくすくす笑う。
「陛下に一度もお手をつかれていないのに、急に帰るなんて、ざんねーん。一人、好敵手がいなくなって幸運だわ」
「それは良かった。私も皆さんに迷惑をかけたくないので」
袖で口元を隠し、笑うと、嫌な女は飽きたのか、ふんと言って去っていく。
あれが後宮に残るのかと思うと、皇帝もどうなるか分からないなと他人のように思う。
ー賢い人だといいのだけれど、
まだ見ぬ夫となる人物の想像をしてみる、
私に優しくしてくれるだろうか、私と一緒に笑ってくれるだろうかと、期待が膨らんでいく。
時間は刻々と過ぎ、次の日、緑昭は皇帝に呼ばれ、拝をする。
「お前が緑昭か。悪いが、異民族の元へ嫁いでくれ」
「畏まりました。私は私の与えられた任務を果たすのみにございます」
そう言い、顔を上げると、皇帝が息を呑んだ。
肖像画だけが頼りなだけに、不細工とでも思っていたのか、実は美人だとようやく気づいたようだった。
しかし時は遅く、緑昭は覚悟を決めていた。
「必ずや任務をまっとうしてきます」
「そ、そうか…。…くそ、もったいない」
皇帝は後悔したようだが、緑昭には聞こえなかった。
ー新しい人生、新しい生活、新しい環境。私を待っているものは、全て新しいものだわ。
どうしてかすっきりしており、皇帝の驚いた顔が見られただけでもいいと思っていた。
ー事実はねじ曲げられる。正直なことを知りたかったら、面倒くさがらずに、自分で選ぶべきだわ。
少し溜飲を下げると、緑昭は拝をする。
「ーでは、行って参ります」
「あ、う、うん…。頼むぞ」
「はい」
力強く答えると、緑昭は立ち上がる。
その途端、光が彼女を包み込み、眩しさに皇帝が目を細める。
しかし緑昭は気にせず、踵を返すと、後宮を後にする。
ある意味、自由になれて良かったかもしれない。
ーでも異民族の王に気に入られず、殺されたら?
ふと思ったが、それはそれでいいような気がした。
肖像画一枚の関係。
破綻しなければいいのだけれどと、心の中で毒づくと、緑昭は馬車に乗り込み、進んでいくのだった。




