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俺はお前を愛さない? ええ、私もあなたを愛しておりませんのでご心配なく

掲載日:2026/07/15

「俺はお前を愛さない? ええ、私もあなたを愛しておりませんのでご心配なく」


結婚初夜。

寝台の上で、妻となった女は冷ややかな声でそう言った。

レオンは意表を突かれたように固まった。


「……何?」


「あら、聞こえませんでしたか? 私はあなたを愛しておりません、と申し上げました」


***


そもそものことの始まりは、半年ほど前に遡る。


レオン・アシュフォード侯爵は、社交界でも知らぬ者のいない美貌の持ち主だった。

陽光を思わせる金髪に、澄み切った蒼い瞳。長身で均整の取れた体躯に加え、若くして侯爵家を切り盛りする優秀さまで兼ね備えている。

そんな男を、世の令嬢たちが放っておくはずもなかった。

夜会へ参加すれば、ダンスの誘いを待つ令嬢が列をなした。庭園に出てみれば偶然の出会いを装った令嬢が待ち受ける。朝になれば机には恋文が山積みになり、季節の贈り物や手作りの菓子まで届けられる始末だった。

最初のうちはレオンだって、丁重に断っていた。しかし、断れば断るほど令嬢たちは燃え上がっていった。


「いつか振り向いてくださるはず」


「まだ私の魅力をご存じないだけよ」


涙ながらに想いを訴える者。行く先々で待ち伏せをする者。何度断られても諦めず、執拗に迫り続ける者。挙げ句の果てには、薬を盛って既成事実を作ろうと企てる令嬢まで現れた。

その頃には、レオンは女性そのものに嫌気が差してしまった。

彼の目には、令嬢たちは皆、自分ではなく侯爵夫人という地位を見て群がってくる存在にしか映らなくなった。誰も彼の内面を知ろうとはせず、目を向けるのは容姿や家柄ばかり。もはや恋愛とは相手を想うものではなく、自分の願望を押しつけるものでしかなく、そんな彼女らと恋愛など面倒事でしかない。

そのため結婚話はすべて断り続けてきた。


だが、それも長くは続かなかった。

ある日、王宮へ呼び出されたレオンは、国王から穏やかな笑みとともに告げられる。


「レオン。お前も二十六になった。そろそろ身を固めよ」


嫌な予感しかしなかった。


「……お断りいたします」


「却下だ」


間髪入れず返された一言に、レオンは額へ手を当てた。


「アルバルト様……いや、陛下だってご存じでしょう。私はどれだけ女性に嫌な思いをさせられてきたか」


アルバルトは苦笑した。

学生時代からの友人でもある若き王は、レオンの愚痴は嫌というほど聞かされてきたので、友として同情はしていた。


「お前の苦労はよく分かっている」


そう前置きしてから、国王はゆっくりと首を横に振る。


「だが、それとこれとは話が別だ。侯爵家に跡継ぎは必要だし、お前ほどの貴族が生涯独身という前例は認められん」


「親族から養子を迎えます。それでは駄目なのですか」


「駄目だ」


きっぱりと言い切られ、レオンは眉間に皺を寄せた。

国王は肩をすくめる。


「正直に言うとな。他の令息たちから苦情が来ておるのだ。令嬢方の視線が皆お前に向いているせいで、お前の結婚が決まらぬ限り、自分たちは縁談がまとまらないとな」


ますます渋い顔をしたレオンに国王は笑った。


「安心しろ。お前にぴったりの相手はもう決めてある」


レオンは諦めたように天井を仰ぎ、深いため息をつく。

……どうせまた、顔しか見ていない女だ。侯爵夫人になりたいだけで、金と地位が欲しいだけの。

そう思えば、期待するだけ無駄だった。


***


王命による婚約から、数か月後――。

レオンは王都でも評判の淑女と結婚した。


相手は、伯爵令嬢のエノレア・アルディス。美しい金髪に、宝石のようなエメラルドグリーンの瞳。気品に満ちた立ち振る舞いに、夜会では高嶺の花と呼ばれていた女性だった。

結婚式は盛大に執り行われた。誰もが二人を祝福し、羨んだ。


「ほう、美男美女の新郎新婦だね」


「なんてお似合いなの。きっと仲睦まじい夫婦になるわ」


レオンは心の中で苦笑した。

仲睦まじい夫婦、か。

たった数カ月の短い婚約期間。その間、一度として交流する機会もなかった。いや、正確にはレオンがすべて断ってきたのだ。彼女の顔をまともに見たのも、つい数時間前がはじめてだった。

そんな二人が、本当の夫婦になれるはずがなかった。


そして、その夜。

侯爵家の寝室でレオンは――。


「俺はお前を愛さない」


感情を押し殺した声でそう告げた。

王命で決められた結婚。それ以上でも、それ以下でもない。愛など求めるつもりはなかったし、期待もさせるつもりはなかった。だからこそ、最初にはっきりと線を引くつもりだった。

だが――。


「ええ、私もあなたを愛しておりませんので、ご心配なく」


寝台の縁に腰掛けたエノレアは、まるで「今日はよいお天気ですわね」と世間話でもするような穏やかな口調で言い放った。その声音には怒りも悲しみもない。強がりでもなければ、涙を堪えている様子もない。

ただ、事実を述べているだけ。そんな口振りだった。


「……何?」


思わず聞き返したのは、レオン自身だった。

今まで数え切れないほどの女性から愛を囁かれ、熱い視線を向けられてきた。だからこそ、結婚相手もまた、自分に恋焦がれている女なのだろうと勝手に決めつけていた。

最初に「愛さない」と宣言しておけば、余計な期待を抱かせずに済む。そう考えていただけだった。

それなのに。


「あら、聞こえませんでしたか?」


エノレアは小首を傾げる。

淡い金色の髪がさらりと肩を滑り落ちた。


「私はあなたを愛しておりません、と申し上げました」


あまりにもあっさりとした返答に、レオンは言葉を失う。


「……そうやって強がって、気を引きたいつもりなら――」


「ふふ、おかしな事をおっしゃるのね。王命で結婚しただけですもの。私も好きで嫁いできたわけではありませんわ」


くすくすと鈴の鳴るような笑い声を零す。


「むしろ、安心いたしました。レオン様もそのつもりだと分かりましたもの。ええ、陛下から伺っております。親族から養子を迎えて家を継がせるおつもりだったのでしょう?」


「あ、ああ……」


「愛するつもりがない、という事は夫婦の営みもするおつもりはないのでしょう?」


「い、いや……」


「予定通り、養子を貰ってくださいませ。私はそれで構いません」


彼女の碧の瞳には一片の執着も見当たらない。

まるで契約書の内容を確認するように淡々としていた。


「それでは失礼します。おやすみなさいませ、レオン様」


エノレアはすくっと立ち上がり、寝室を出て自室へと戻っていた。

取り残されたレオンは、しばらくその扉を見つめたまま動けなかった。

――何なんだ、あの女は。

自分の容姿にも地位にも興味を示さず、「愛さない」という言葉を、まるで歓迎するかのように受け入れた女性は。

レオンは初めて、自分の調子を狂わせる相手に出会った気がした。


***


こうして、奇妙な夫婦生活が始まった。

二人は夫婦というより、利害の一致によって結ばれた共同経営者のような関係だった。


寝室は別にし、互いの私生活には干渉しない。必要な会話だけを交わし、人前では理想の夫婦を演じる。

それが二人の暗黙の約束になっていた。


エノレアは侯爵夫人として申し分のない働きを見せた。

使用人には分け隔てなく接し、屋敷の采配も見事なものだった。社交界では侯爵夫人として堂々と振る舞い、貴族たちとの交流を広げる一方で、実家の商会とも積極的に連携し、新たな人脈を築いていく。

その姿は、まさに非の打ち所がなかった。


一方のレオンは、当初こそ彼女を疑っていた。

「愛しておりません」という言葉も、自分の気を引くための駆け引きではないか。いずれ本心を隠しきれず、他の令嬢たちのように甘い視線を向けてくるのではないかと、考えていたのだ。


だが、その予想はいい意味で裏切られた。

エノレアは必要以上に話しかけてくることもなければ、二人きりになる機会を作ろうともしない。レオンの容姿にも、地位にも、まるで執着がない。

あくまでも、侯爵夫人として果たすべき務めだけを淡々とこなしていた。


不思議な女性だ。

そう思って見ているうちに、気づけば彼女を目で追うようになっていた。執務室で書類に目を通す真剣な横顔。使用人へ穏やかに言葉を掛ける優しい笑み。商談の席では柔らかな物腰を崩さないまま、決して譲るべきでないところは一歩も引かない。

その凛とした姿には、これまで出会ってきた令嬢たちにはない気高さがあった。


――今までの女性とは違う。


それを理解した瞬間、レオンは奇妙な感覚を覚えた。

今まで散々追いかけ回されることを嫌ってきたはずなのに……。追われなくなった途端、なぜか落ち着かない気分になった。


それどころか、彼女が今日は何をしているのか。誰と会っているのか。そんなことが、以前の自分では考えられないほど気になるようになっていた。

以前の自分なら気にも留めなかったことが、気づけば頭の片隅を占めるようになっていた。


屋敷へ戻れば、無意識のうちに彼女の姿を探している。廊下の向こうに金色の髪が見えれば、それだけで視線が向いてしまう。

そして彼女が実家の商会の者たちと楽しそうに話している姿を見かけると、胸の奥が妙にざわついた。


久しぶりに二人で夕食を囲んだ席でも、何気なく尋ねてみる。


「先ほど話していた者は、どんな人物なんだ……?」


しかし、返ってきたのは当たり障りのない返事だけだった。


「実家の商会で番頭を務めている方です」


「そ、そうか。君とは……」


「父の代から商会を支えてくださっている、大切な従業員ですわ」


それ以上話が広がることもなく、会話は途切れる。何となく、胸の内にもやもやしたものだけが残った。


だが、その感情が何なのか、レオンにはまだ分からなかった。ただ一つ分かるのは、エノレアという存在が、自分の中で少しずつ大きくなっているということだけだった。


「しかし、今さら交流を持とうにもどうしたら良いのか……」


二人は夫婦でありながら、どこまでもビジネスパートナーのような関係だった。

夫婦でありながらも、ビジネスパートナーでしかない関係。最低限の会話しかしない。もちろん、夫婦生活としての営みもない。


実のところ、初夜もエノレアが「抱いてほしい」と懇願してくるのなら、そうするつもりではあった。結婚したからには、養子を迎えずとも跡取りを設けてもいいと、その程度には考えていたからだ。

もっとも、実際にはエノレアの方から初夜を断られたわけだが。


そして今。

仮にも夫婦なのだから、そういった営みを持ってもよいのではないかと、レオンの考えは少しずつ変わり始めていた。しかし、夫婦の寝室とエノレアの寝室をつなぐ扉には、いつも鍵が掛けられていた。さりげなくその話題を切り出してみても、彼女は笑顔のまま上手く躱すばかりだった。

初夜以来、一度として、その鍵が開けられたことはない。


「はあ……まさか、こんなことで悩む日が来るとはな」


かつては女性に追いかけ回されることを煩わしく思っていた自分が、今では妻との距離をどう縮めればいいのか分からず頭を抱えている。

なんとも皮肉な話だった。


そんなふうに思い悩んでいた、ある日のこと。

結婚してから3年もの月が流れていた。

執務を終えたレオンのもとへ、エノレアが訪ねてきた。


「少々、お時間をよろしいでしょうか」


「……ああ」


珍しいこともあるものだ。自分から話しかけてくるなど、3年間で数えるほどしかなかった。レオンは少しだけ胸を高鳴らせながら、彼女へ向き直る。

だが、その期待は次の一言で粉々に砕け散る。


「離婚していただきたいのです」


「……な、何だって?」


耳を疑った。

思わず立ち上がったレオンを前に、エノレアは少しも表情を変えない。


「何故、そのように驚かれるのですか?」


「何故って……!」


「元々、この結婚は王命によるものです。命に従い、一度は夫婦となりました。でしたら、役目を果たした今、離婚しても何ら問題はないでしょう。それに、私たちは三年間、白い結婚でした。離婚の理由としては十分かと存じます」


あまりにも冷静なその口調に、レオンは言葉を失った。頭の中が真っ白になる。離婚、その言葉だけが何度も反響する。

ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。


「……頼む。離婚は……考え直せないか」


その一言に、今度はエノレアの方が目を丸くした。


「考え直す、必要が?」


「そうだ」


三年前なら、離婚を切り出されれば迷わず承諾していただろう。だが、今は違う。

ここで彼女を失ってはいけない。ただその一心で、言葉を紡ぐ。


「必要なんだ……君が」


エノレアは困ったように微笑んだ。


「もしかして、跡継ぎのことでお困りになりました?」


「ち、ちがっ」


「ご親族から養子を迎えるお考えを改められたのでしたら……なおさら離婚した方がお互いのためですわ。私にはご協力できませんので」


「ま、待ってくれ!」


思わず声が大きくなる。エノレアはきょとんとした表情で彼を見つめた。


「違う。俺は……そんな理由で君を必要としている訳じゃない」


言葉を続けようとして、喉が詰まる。

レオンはゆっくりと胸元へ手を当てる。指先から伝わる鼓動は、自分でも驚くほど速く、胸の内で暴れる心臓は今にも飛び出してしまいそうだった。


エノレアの澄んだ瞳が、不思議そうにまっすぐ彼を見つめている。その眼差しに鼓動はさらに速まり、喉まで熱くなった。こんな気持ちになるのは生まれてはじめてだった。


それでも――何度も伝えようとしては勇気が出ず、胸の奥で温め続けた想い。

今日こそ、きちんと届けたい。


レオンは大きく息を吸い、震えそうになる声を懸命に押さえながら、まっすぐエノレアを見つめた。


「君を……愛してしまったんだ」


***


「離婚しないでくれ」と言われて、エノレアは困っていた。まさか、レオンの口からそんな言葉が出るとは思ってもみなかったからだ。


3年前、初夜で「俺はお前を愛さない」と言い切った男性である。互いに干渉せず、必要最低限の会話だけを交わす関係を望んだのも彼だった。

だからこそ、離婚を申し出れば二つ返事で了承してくれるものだと信じて疑わなかった。

それなのに、今さら「離婚しないでくれ」と引き止められるなど、まったく予想していなかったのである。


そもそもエノレアがレオンと結婚したのは、愛を求めてではない。別に目的があったのだ。

そして目的を果たした今、結婚を続ける理由はどこにもなかった。


エノレアの実家であるアルディス伯爵家は、代々「王都一の織物商会」を経営していた。

貴族でありながら商才に優れ、多くの職人や使用人を雇っている名門だった。

しかし数年前──。大規模な火災で工房が焼失。さらに主要取引先が倒産し、多額の借金を抱えてしまう。

屋敷を維持するだけで精一杯。

このままでは商会を畳み、何百人もの職人が職を失う状況だった。


そんなある日、王命が下った。


「レオン侯爵との婚姻を命ずる」


国王の話によれば、レオン侯爵との結婚が決まらないことが、思わぬところで社交界に影響を及ぼしているらしかった。

令嬢たちは皆、王国一の美貌を誇るレオンに夢中で、彼を諦めきれない。そのため、他の令息との縁談が思うように進まず、婚約話そのものが滞っているというのだ。


中でも頭を悩ませていたのは、国王の妹である王女だった。

レオンに一途な想いを寄せるあまり、隣国の貴族との縁談を頑なに拒み続けている。王家同士の婚姻は国同士の友好にも関わる重要な問題であり、このまま放置するわけにはいかなかった。


「まったく困ったものだよ。王族の一員だというのに、あの子はまだ子どものようでね」


国王は苦笑を浮かべながら肩をすくめた。


「無理に嫁がせることもできなくはない。だが、できることなら本人が納得した上で送り出してやりたい。未練を抱えたままでは、上手くいく夫婦生活も上手くいかないだろう?」


そのためにも、王女にきっぱりと諦めてもらう必要があった。

そこで白羽の矢が立ったのが、エノレアだったらしい。

彼女はかつて王太子妃候補に名を連ねたことがあるほど才色兼備の令嬢であり、家柄も申し分ない。レオン侯爵の妻となっても、社交界から異を唱えられることはないだろう。王女も諦めがつく筈だ。

それに何より、エノレアはレオンへ特別な想いを抱いていなかった。


「女性に追い回されることを嫌い、恋愛そのものを煩わしく思っているレオンにとっては、必要以上に執着しない相手こそ理想だと思うんだよ」


レオンの友人でもある若き国王は、にこにこと笑ってそう言った。

エノレアは他の令嬢たちとは違い、恋愛そのものにあまり関心がなかった。恋愛よりも理を優先するところがレオンと似ている。きっと似た者同士ならば夫婦として上手くいくと考えたのだ。


「君にとっても悪い話ではないと思うのだけど、どうかな?」


突然の縁談にエノレアは驚きはしたものの、嫌悪感は湧かなかった。

むしろ、それは願ってもない好機のように思えた。


アルディス伯爵家が営む商会は、多額の負債を抱え、今まさに存続の危機に瀕している。

侯爵夫人という立場を得られれば、失われた信用を取り戻せるのではないか。新たな取引先を開拓し、融資を受け、商会を立て直すことも夢ではない。


恋愛を求めて嫁ぐわけではない。これは家族と商会を守るための決断だ。

そう割り切れば、この縁談を断る理由はどこにもなかった。


エノレアは覚悟を決めると、国王へ恭しく一礼した。


「喜んで、その縁談をお受けいたしますわ」


――だから。

結婚初夜、レオンが「俺はお前を愛さない」と告げたときも、エノレアは少しも動じなかった。


(ええ、存じております。最初から、そのつもりで嫁いでまいりましたもの)


彼女は笑みを浮かべたまま、穏やかに答える。


「ええ、私もあなたを愛しておりませんので、ご心配なく」


その言葉に嘘はなかった。

恋をするために嫁いだのではない。家族を守り、商会を立て直すために、この結婚を選んだのだから。


そして、三年後である現在。

アルディス商会は見事に息を吹き返していた。

借金はすべて返済され、失われていた信用も取り戻した。新たな工房は活気にあふれ、職人たちの笑顔が戻っている。「もう十分だ。お前のおかげで商会は救われた」と父から聞いた瞬間、エノレアはどれだけ安堵したことか。


これで、侯爵夫人という肩書きに頼る必要はない。

幸いにも、この三年間で夫婦としての営みは一度もなく、世間でいう「白い結婚」が続いていた。十分すぎる離婚の理由になる。ようやく自由になれると、エノレアは安堵の息をついた。

レオンにとっても、この結婚は王命による不本意なものだったはずだ。初夜に「俺はお前を愛さない」と言い切ったほどなのだから、離婚を申し出れば二つ返事で応じてくれるだろう。エノレアは疑いもしなかった。


しかし実際に離婚を切り出すと……、

レオンの反応は彼女の予想を大きく裏切った。


「……頼む。離婚は……考え直せないか」


懇願するような声だった。

その言葉に、エノレアは「まあ!」と驚いた。


もし、結婚したあの日。初夜があんな終わり方ではなく、お互いを知ろうと歩み寄っていたなら。

この三年間、夫婦として言葉を交わし、少しずつ信頼を築いていたなら。

あるいは、今とは違う未来もあったのかもしれない。


けれど、現実は違う。

彼は自ら距離を置き、妻である自分を必要としなかった。だからこそ、エノレアの心もまた、とうの昔に彼から離れていた。

今さら恋愛感情など芽生えるはずもない。


むしろ彼女が覚えたのは、呆れにも似た感情だった。

自分は愛されて当然だと信じ込み、妻もまた自分に恋い焦がれていると決めつける。だから平然と突き放し、自分勝手に振る舞う。その癖、抱いてやってもいいという態度で、彼女が頑なに拒否していると「夫婦なのだから寝室を一緒にしてもいいのではないか」と遠回しに切り出してきて、正直に言ってしまえば「気持ち悪い」と感じた。

まるで、自分がその気になれば受け入れられて当然だと言わんばかりの態度。その身勝手さが、どうにも理解できなかった。


散々「愛さない」と言い放ち、妻を顧みることもしなかった人が、今になって「愛してしまった」と告げる。

そんな都合のいい話を、誰が素直に受け入れられるというのだろうか?

(しかも、恋しているご自身に酔っているようですし……)

その答えは、三年前の初夜と何ひとつ変わらなかった。


「申し訳ございません、レオン様……。それは無理なお話ですわ」


「離婚しないでくれ」というレオンの懇願に、エノレアは微笑を湛えて返事をする。


「私はあなたを愛しておりませんので」

「ああ、結婚生活はうまくいっているか? 夫婦としてはともかく、ビジネスパートナーとしてなら彼女以上の相手はいないだろう。……え、好きになってしまった? それは、おめでとう……と言えばいいのかな? え、離婚を切り出されている? ああ、そりゃあお前……今までどおり冷たくあしらっていたんだろう? なら、仕方ない。王命で結婚は命じられても、人の気持ちまではどうにもならないからね。もし次があるのなら、その人を最初から大切にするんだね」

「次なんてない、俺が妻にしたいと思う女性は、エノレアだけだ」

「いやあ……三年前、お前は『愛さない』と言ったんだろう? そんなのまさか流行りの恋愛小説の世界だけの話だと思っていたよ、ははっ。今更好きだと言うのは虫が良い話だよ。離婚してあげなさい」

結局、レオンは国王の説得を受け入れ、泣く泣く離婚届へ署名した。

離婚後、エノレアはアルディス伯爵家へ戻り、商会の再建に本格的に携わる。侯爵夫人時代に築いた人脈と経験を生かし、商会はさらに発展を遂げていった。やがてエノレアは以前から親交のあった商会の従業員の一人と結ばれ、幸せな結婚生活を手に入れた。

一方のレオンは、生涯独身を貫いた。エノレアの代わりになる女性は、最後まで現れなかったという。


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そして今日(7/21)、新しく短編作品を書きました!『お前を愛することはない? では、お友達からお願いします!』

今作と違い、ハッピーエンドの物語です。ギャップを楽しんで頂ければ幸いです。どうぞ、よろしくおねがいします。

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― 新着の感想 ―
主人公がとても素敵でした。 絆されないのもかっこ良かったです!
そんなに女性が嫌なら自分の顔に傷でもつければいいのに。領民を庇った傷とか理由をつけて。ような女性が群がり嫌がる素振りをする自分が好きだっただけの男です
初夜に暴言吐いたくせに、ちゃっかりやる事はやろうとしてたのがまじキモイ(´^o^`) こんなキモイやつに最後絆されんでよかったわ…… これで仕方ないですねーとかで終わったらまじ萎えるから……。
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