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第8話 歌い手・リィナ

 そのとき、リィナは十一歳の少女に成長していた。

 三歳で実の親を亡くし、ユイルの両親に引き取られた彼女。しかし、その養親も七歳で失ってしまった。特に、熱心に歌を教えてくれた養母の死が、リィナの心に決して消せない影を落としたのだった。

 三歳年上の義兄ユイルはとても頼もしく、明日の不安から彼女を守ってくれた。リィナはユイルのことが大好きだった。

 その後は、義父の師匠だった老師に養われるようになり、安定した生活を送れるようになったのだった。

 ユイルの後を追いかけるのが大好きなリィナだったけれど、義兄が剣の修行に出かけると、空いた時間は亡き養母が教えてくれた歌を口ずさんで過ごすようになった。

 その歌声は、近所の人々の間で評判になるほど、愛らしく美しいものだった。


 早朝に目が覚め、リィナは散歩でもしようと家を出た。日は、まだ完全に昇りきっていない。

 リィナは、近くの小広場に足を運んだ。いつも時間のあるとき、歌を口ずさんでいる場所だ。

 広場に足を踏み入れて、リィナは気付いた。

(あれ? 誰かいる・・・)

 小広場の舞台に腰掛けて、赤く長い髪の女性が、一心不乱に歌を歌っていた。

(誰だろう、この人? 綺麗・・・。それに、すごく上手な歌・・・)

 聴き惚れていたリィナは、ある事実に思い至った。

(あれ? この曲・・・)

 遠い記憶が、リィナの脳裏に鮮やかに呼び起こされる。

(これ、母さんがあたしの小さい頃、歌ってくれてたやつだ!)

 瞬間、リィナの視界の中で、歌う養母の面影と、目の前の謎の歌い手の姿が重なっていた。

(難しい曲で、母さんも苦労して覚えたって言ってたのに・・・。その曲を、こんなに軽やかに、気持ち良さそうに・・・)

 そして、女性がリィナに目を留める。

「あら、おはよう、お嬢さん」

 とても優しい声だった。

「お、おはようございます!」

 慌てて挨拶を返すリィナ。

 リィナはあらためて歌い手の女性を見つめた。あでやかなその容姿は本当に美しく、赤い髪に合わせたのか、朱色の衣服を身にまとっている。

 女性も情熱的な赤い瞳でリィナのことを見つめていたが、何かに気付いたかのように、大きく目を見開いた。

「その青い髪に赤い瞳・・・。まさか、貴女あなた・・・。──リィナ?」

 意外にも、女性はリィナのことを知っているようだった。

「は、はい!」

 時を遡るように少し間を置いて、女性は名乗った。

「あたしの名前は、シェリル。あたしはね、リィナ、貴女のお母さんに、昔、とってもお世話になったのよ。貴女のお母さんが、あたしに歌を教えてくれたの」

 存外のえにしに、リィナは感動していた。

(この歌の上手な女性が、母さんの妹弟子・・・)

「あの、えっと、あたし! あたしも小さい頃、母さんに歌を習って歌うのが大好きで!

 その、えっと・・・」

 思いが溢れてきて、すぐには言葉が見つからなかった。

「そうなの、リィナ。じゃあ、聴かせてちょうだい」

「え?」

「貴女の歌を、あたしは聴きたいわ」

「聴いて、もらえるんですか?」

「もちろんよ」

「あ、ありがとうございます!」

 一番自信のある曲を、リィナは歌った。

 歌い終わると、シェリルはすぐに拍手をして言った。

「上手よ、リィナ! とても上手!」

 リィナは頬を赤く染めて、

「でも、まだまだで・・・。歌うとき、緊張しちゃうし」

つぶやく。

「緊張するのは、誰でも同じよ」

「でも一番の悩みは、自信が持てないことで・・・。どうしたら、貴女みたいに自信に満ちた感じで歌えるようになりますか?」

 シェリルがリィナを見つめて、

「それは──」

言いかけたとき、

「リィナ、ここにいたのか。そろそろ朝ゴハンだぞ!」

横合いから、少年の声がした。

「ユイル兄!」

 声の方を振り向いて、リィナはユイルの姿を認めた。

 そして、シェリルがユイルを見つめる。

「貴方がユイル・・・。そう、こんなに大きくなったのね」

 シェリルは、感慨深そうにささやいた。

「リィナ、この女の方は?」

「シェリルさん。今朝出会ったの。昔、母さんに歌を習ったことがあるらしくって」

「母さんのお知り合いでしたか」

「ええユイル。貴方のお母様に、とてもお世話になったの」

「そうでしたか」

「リィナ」

 シェリルはリィナに声をかけた。

「今日の練習は、ここまでにしましょう。お兄様たちと朝食を取るといいわ。自信を持つための答えについては、また今度にしましょう」

「は、はい! 今日はありがとうございました!」

 リィナは全身で礼を言う。

「じゃあ二人とも、またね」

 軽く手を振って、シェリルは小広場から去って行った。

 見送ったユイルとリィナは、家路を急ぐ。

「さあ、メシだメシ!」

「うん!」

 ユイルの早足に、リィナはスキップでついていくのだった。

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