第3話 はじめての“依頼品”と工房の価値
正式に“工房担当”という肩書きをもらった翌日から、レンの部屋の前には少しずつ人が来るようになった。
といっても大行列ではない。だが、壊れた留め具、緩んだ取っ手、歪んだ道具、閉まらなくなった箱――そんな「わざわざ専門職に頼むほどでもないが、放置すると困る物」が次々と持ち込まれた。
「便利屋になってきたな」
レンは苦笑しながらも、一つ一つ対応していく。
スキル《創造工房》は、解析→設計→再構成の流れが安定してきた。触れただけで内部構造が見える感覚にも慣れ、処理時間が明らかに短くなっている。
今日は朝から十件目だ。
「次、お願いします」
入ってきたのは補給係の青年だった。背負い袋から金属の筒を取り出す。
「水筒なんですが、ふたのねじ山が潰れてて」
「見ますね」
手に取ると、摩耗率と歪みが表示される。
(再設計+強化ねじ構造)
再生成。
「どうぞ」
青年は回して確かめ、ぱっと顔を明るくした。
「すごい、軽いし滑らかだ」
「素材配分を少し変えました」
「新品よりいいかも……ありがとうございます!」
去っていく背中を見送りながら、レンはステータス表示を確認する。
魔力消費は小。効率が上がっている。
「レベル補正か、設計最適化か……両方だな」
仮説を立て、検証し、結果を見る。この流れができるのが楽しかった。
前の世界では、検証前に締切が来た。ここでは、試せる。
昼前、リアナが勢いよく扉を開けた。
「忙しい?」
「あと二件で一段落」
「じゃあ割り込み」
「横暴だな」
彼女が置いたのは革の手袋だった。指先に金属プレートが仕込まれている。
「訓練用なんだけど、硬すぎて握りにくいのよ」
「防具と操作性の両立か」
「できる?」
「やってみます」
解析すると、防御優先で厚みがありすぎた。曲げ応力の逃げ場もない。
(多層構造+可動スリット追加)
「指の関節ごとに分割します」
再構成。
リアナは手にはめ、何度か握って開く。
「……おお」
「どうです?」
「動く。ちゃんと動くのに硬い」
「内部に柔軟層を入れてます」
「なにそれ便利」
「企業秘密です」
「もう企業なの?」
「気持ちは」
彼女は満足そうにうなずいた。
「今度、訓練で使う」
「壊れたらまた持ってきてください」
「壊れにくくしたんでしょ?」
「テストは必要です」
「職人ねえ」
その言い方は、以前よりずっと好意的だった。
午後になると、フィーナが少し真面目な顔で来た。
「相談があります」
「はい」
「備品庫のランタン、消費が激しくて」
「燃料ですか」
「ええ。明るさも足りません」
「改良できると思います」
現物を受け取る。
油式の単純構造だ。光量効率が悪い。
(燃焼効率+反射板追加+光拡散設計)
「これでどうでしょう」
点灯。
部屋が一段明るくなる。
「明るい!」
「燃料消費も減るはずです」
「量産できますか?」
「設計保存しました」
「もう?」
「よく使う物はテンプレ化します」
フィーナは少し笑って言った。
「研究者気質ですね」
「設計屋ですから」
「とても助かります」
“助かる”という言葉を一日に何度も聞く。くすぐったいが、悪くない。
夕方、思いがけない来客があった。
施設管理をしている年配の男性だ。
「君が工房担当か」
「はい」
「これを見てほしい」
運び込まれたのは、小型の荷車だった。車輪が片方だけ歪んでいる。
「交換ではなく、改善してほしい」
「改善?」
「段差で引っかかる」
レンは車輪を外して観察する。
接地面が平坦すぎる。衝撃吸収もない。
(弾性層+外周補強リング)
「新型、作ります」
再生成した車輪を取り付ける。
「試しても?」
「どうぞ」
廊下で押してみると、明らかに滑らかだった。
「おお……これはいい」
「振動を逃がしてます」
「正式に発注したい」
「発注」
「施設用に十台分」
レンは一瞬止まる。
「量産、できます」
設計保存済みだ。
「頼めるか」
「はい」
初めての“注文”だった。
夜、工房で一人になる。
静かな時間だ。
設計図一覧を開くと、登録テンプレートが増えている。
工具、補強材、照明、留め具、防具改良、車輪――。
「ちゃんと工房になってきたな」
机に向かい、次の設計を始める。
今度は依頼が来る前に作る。予測設計だ。
運搬用折りたたみ台、軽量収納箱、組み立て式棚。
作っては保存し、改良し、また保存する。
スキル通知が光った。
【創造工房 Lv4】
【機能:複合設計 解放】
「組み合わせ可能か」
単体ではなく、セットで設計できるらしい。
工房が、システムとして進化していく感覚があった。
レンは深く息を吐く。
「納期に追われない設計って、楽しいな」
誰に聞かせるでもない言葉だった。
だがその夜、工房の灯りは一番最後まで点いていた。
作る力は、確かにここで必要とされている。
それが分かるだけで、手は止まらなかった。




