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【コミカライズ】悪役令嬢は魔王になる

作者: 彩戸ゆめ
掲載日:2025/12/10

「……え?」


 王立学園の講堂に、間の抜けた自分の声が響いた気がしました。

 でも実際に声を出したのは、わたくしではなく隣の子だったはずです。ええ、たぶん。


 そして今、壇上で王太子殿下がやらかしている。


「公爵令嬢カトレア・ルーベライト! そなたの聖女エリスに対する殺人未遂の罪により――この場をもって、婚約を破棄する!」


 ピシィッ、と空気が凍りました。

 卒業式のはずの講堂は、全校生徒と教員でぎゅうぎゅう詰め。天井のシャンデリアは眩しく輝いているのに、わたくしの視界だけが、ぐにゃりと歪んでいきます。


 ――ちょっと待って。


 殺人未遂?

 わたくしが?

 誰を?


「陛下にもすでにお伝えしてある。エリス、怖かっただろう。もう大丈夫だ」


 殿下は隣に立つ、ふわふわ金髪に淡い緑の瞳をした少女――平民出身の聖女エリスの肩を抱き寄せ、優しく微笑みかけます。


 ……その光景を見た瞬間。


 脳内に、パアンッ! と何かが弾けました。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


『エターナル・メモリー』。


 平凡社畜OLだった前世のわたしが、残業続きの毎日を心の支えにしていた少女漫画のタイトルです。

 平民生まれの少女が、実は大いなる神に選ばれた聖女で、学園で出会った王太子と恋に落ちる物語。


 ……そして。主人公の恋路を邪魔する、意地悪で高慢でどうしようもない悪役令嬢。


 名前は、カトレア・ルーベライト。


(え、ちょっと待って。……わたくし、今、その名前呼ばれませんでした?)


 遅れて、ぞわりと鳥肌が立ちます。


 そうだ。

 わたくしはカトレア。

 ルーベライト公爵家の一人娘。


 王太子殿下の婚約者であり、「卒業後は王妃教育を本格的に」なんて、母に言われていた。


 けれど、そんな未来は『エターナル・メモリー』では存在しない。


 物語の悪役令嬢カトレアは、聖女を階段から突き落とし殺そうとした罪で断頭台行き。


 それを見た王太子が一筋の涙を流し「結局、君には僕への愛などなく、王妃の座が欲しかっただけなのだろう」とかなんとか言う、胸くそ悪いシーンがクライマックスだったはず。


 しかも聖女も隣で見物しているとか、どれだけ悪趣味なの。

 断頭台よ?

 首チョンパよ?

 普通の神経なら、絶対に見れるはずないと思うわ。


 それに……。 


(いやいやいやいやいや! わたくし、そんなことしてませんわよ!?)


 階段から突き落とすどころか、聖女エリスとはろくに話したこともありません。


 むしろ「王太子がまた平民の聖女と仲良くしている」と噂を聞いても、両親に迷惑をかけないために見て見ぬふりをし、自分の勉強と魔法研究に明け暮れてきたのです。


 ……なのに今、周囲の視線は一斉にわたくしへ。


「カトレア様、本当に……?」

「どうしてそんな……」


 クラスメイトの囁きが耳に刺さります。

 聖女エリスは、怯えたように殿下の胸元に縋りつき、震える声で言いました。


「わ、わたしは……カトレア様が怖くて……ずっと我慢してきました。でも、昨日、とうとう……階段から……!」


 ――あ、それ。

 漫画で見たセリフとほぼ同じ。


 ぞくり、と背筋が冷たくなって、同時に頭が冴え渡っていきました。


(なるほど。つまりここが、『エターナル・メモリー』のバッドエンド分岐点というわけですわね)


 ただ一つ違うのは――犯人が、本当に罪を犯しているかどうか。


 わたくしはやっていない。完全なる冤罪。


 でも。

 今この場で「やっていない」と叫んだところで、信じてもらえるでしょうか。


 殿下は、聖女の涙と自分の正義に酔っている。

 エリスは、物語どおりの「可哀想な被害者」を演じている。

 周囲だって、派手な悪役令嬢より、か弱い聖女の肩を持つに決まっている。


 そして――。


(殿下は『聖女と真実の愛に目覚めた王太子』ルートに行きたくて仕方ないんですものね)


 本来であれば一人娘のわたくしは婿を迎えて公爵家を継ぐ立場。

 なのに王太子と婚約したということは、遠縁から養子を迎えてでもわたくしを王妃にしたかったということ。


 今さら公爵家に戻されても、王家からいらないと言われ、後継者教育も受けていないわたくしの価値など、ないに等しい。


 わたくしの両親も、どうせ漫画どおり、「王妃になれない娘などいらぬ」と言って、わたくしを屋敷から追い出すのでしょう。


 ……だったら。


(先回りして、こっちから出ていけばいいんじゃなくて?)


 胸の奥で、小さな炎が灯るのを感じました。


 わたくし、学園での成績は殿下を抑えて常に首位。

 魔法の腕前にいたっては、王妃にならないなら魔法師団に来ないかと真面目に勧誘されたほど。


 王妃にならなければ生きていけない、なんてことはないのです。

 むしろ王妃なんて、重労働に決まっているじゃありませんか。前世のわたしはそれで過労死しかけたのですよ!?


 ――そう思った瞬間、ふっと肩の力が抜けました。


 王太子殿下が何かまだ演説を続けています。

 「罪を認めて詫びろ」とか「これからはエリスこそが」なんとかかんとか。


 うるさい。


 わたくしは、そっと背筋を伸ばしました。


「殿下」


 静かに、しかしよく通る声で遮ると、講堂の視線が再び集まります。


 恐怖? 悔しさ? もちろんあります。でも、それを真正面から受け止めるほど、わたくしは素直にできていません。


 悪役令嬢ですからね。


「……冤罪であると主張させて頂きますが、婚約破棄はたまわりました。ではここで、失礼させて頂きますわね」


 にっこりと、いつもの完璧な微笑みを浮かべて一礼した、その瞬間。


 わたくしは寮の自室に固定してある転移魔法のアンカーへと、意識を飛ばしました。


 光が弾け、世界が反転する。

 そして、わたくしは講堂ではなく、見慣れた寮の部屋の真ん中に立っていました。


「……ふぅ。成功ですわね」


 時間はない。


 卒業式の最中に転移したとバレれば、すぐに騎士団が動くでしょう。

 けれど、転移魔法陣の痕跡を追える魔法師は限られているし、そもそもわたくしが「逃げる」とは思っていないはず。


 ――今がチャンス。


「まずは、お着替えですわ!」


 わたくしはタンスを開け、ドレスではなく、こっそり通販……じゃなくて商会カタログで取り寄せていた軽装の冒険者服を取り出しました。


 いつかお忍びで街に出る時に使おうと思って買っていたけれど、このままタンスの肥やしになるはずが、こんなところで役に立つとは思いませんでしたわ。


 動きやすいパンツにシャツ、膝下まであるブーツ。

 ついでに幅広のさらしを取り出し、胸元をぎゅうぎゅうに巻き上げます。


「い、痛っ……でも仕方ありませんわね。悪役令嬢から冒険者に転職する第一歩ですもの」


 鏡の前に立つと、目立つ銀色の長い髪を高い位置でひとつに結い、さらにその上からフード付きの黒いコートを羽織りました。


 うん。

 一瞬見ただけでは、貴族令嬢には見えません。どこにでもいる新米冒険者の少年――そう、少年に見え……るはず。


 自分を励ましつつ、最低限の荷物を魔法袋に詰め込みました。

 予備の服、魔導書、ポーションの材料、そして貯金箱。


 ルーベライト公爵家の一人娘の財力を、舐めてはいけませんわよ?

 こっそりお小遣いを貯めていたのは、前世を思い出してはいなくても、社畜時代の「いざという時のために貯金をしろ」という教訓の賜物かしら。


 我ながら、グッジョブですわぁ。


 机の上に、さらさらと短い書き置きを残します。


『勝手ながら家を出ます。

 王妃になる予定はなくなりましたので、自由に生きさせていただきますわ。

 カトレア』


 ここまでしても、どうせ両親は殿下の味方をするでしょう。

 でも、後で「何も言わずに消えた」と責められるのは、すこーしだけ癪なので。


「……さて。目指すは迷宮都市、ロストラビリンス!」


 地図を魔法で呼び出しながら、わたくしはにやりと笑いました。


 迷宮都市。

 深き迷宮と魔物に囲まれ、腕に覚えのある冒険者たちが集う自由の街。


 そこならきっと、悪役令嬢でも、元王太子の婚約者でもなく――ただの一人の魔法使いとして、生きていける。


「ふふ。魔法師団に入ってくれと言われた腕前、見せて差し上げますわ」


 前世で心をすり減らしながら読んでいた漫画の世界で、今度はわたくしが物語を書き換えてやるのです。


 悪役令嬢?

 断頭台?


 そんな役割、こっちから願い下げですわ。


 ――わたくし、悪役令嬢はやめて、冒険者になります。


 そう心に宣言し、わたくしは王都をあとにしました。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 それからの毎日は、想像以上に――最高でした。


 迷宮都市ロストラビリンスに来て、わたくしは「カトル」という少年として冒険者ギルドに登録しました。


 最初は「魔法使い? ひ弱そうだな」と侮られ、雑魚スライム退治からのスタート。


 でも。


 魔法って、楽しい。


 敵の配置、通路の構造、自分と仲間の位置関係。

 それらを一瞬で計算し、最適な魔法を選び、魔力を流し込む。


 詠唱が決まった瞬間、ぞくぞくするような高揚感が走って、魔法が発動した瞬間には胸の奥がじわっと温かくなる。


 ……この感覚。


(たのしー!!)


 気がつけば、迷宮攻略はすっかりわたくしの娯楽になっていました。

 気分が落ち込む日も、前世や王都での嫌な記憶がよぎる日も、迷宮に潜って魔法をぶっ放せば全部スッキリ。


 ヒャッハー。


 というやつです。


「ファイアランス!」


 炎の槍が十数本、一度に生まれ、目にも止まらぬ速さで飛んでいく。

 標的は、迷宮の十三階層に巣食うオークたち。


 どごんっ! と派手な爆音と共に、オークたちはまとめて吹き飛んだ。


「やった!」


 わたくしが思わずガッツポーズを決めると、背後で組んでいるパーティの戦士さんがぽかんと口を開けた。


「お、おいカトル。あの……オーク、一匹倒せれば十分って説明、聞いてたか?」

「え? 聞いてたよ?」


 聞いていたけれど、楽しくなってしまって。

 だって、これだけ魔力が濃い環境ですもの。

 魔力の循環が気持ちよくて、つい……。


「数、数えられねえくらい吹き飛んだぞ……。しかも、全員頭と心臓だけ綺麗に貫通してる……」

「やりすぎた?」


 多いに越したことはないと思ったんだけど。


「やりすぎだ! いや、助かったけどよ!?」


 戦士さんは頭を抱えながらも、すぐに落ちてきた魔石を回収し始める。

 他のメンバーたちも口々に「すげえ……」「これで新人ってマジかよ」と呟いている。


 えへへ、と頬が緩む。


(魔法、楽しすぎますわ!)


 王妃としての魔法は、「いざというときに国を守るための備え」でしかなかった。

 でも今は違う。


 魔物を倒すたび、魔力が身体を巡って、頭の中のもやもやが晴れていくような気がする。

 あの断罪の場で感じた悔しさも、両親に対する諦めも、少しずつ薄れていく。


 ――わたくしは今、ちゃんと、自分のために魔法を使っている。


「次はあっちの部屋だね! さっさと片付けて、報酬ざっくざく!」

「お、おう……お手柔らかにな……!」


 そんな日々を過ごしているうちに、わたくしの噂は、みるみる迷宮都市中に広がっていった。


『十三階層でオークを一掃した新人がいるらしい』

『いや、二十階層のボスを一撃で消し飛ばしたって聞いたぞ』

『片手間にドラゴンを撃ち落とした』


 尾ひれどころか背びれ胸びれ付いてとんでもないことになっているけど、まぁ、細かいことは気にしない。


 さすがに単独でドラゴンは撃ち落とせませんわ。

 ――まだ。


 そしていつのまにか、わたくしはこう呼ばれるようになった。


『迷宮都市の魔王』と。


「魔王……?」


 ギルドの酒場で、隣のテーブルの冒険者たちの会話を耳にして、思わず振り返った。


「おうよ。黒いローブ着たちっこい魔法使いでな、魔力の塊みたいなやつらしいぜ。見た目はガキなのに、迷宮のモンスターを片っ端からぶっ飛ばしていくんだと」


 これもしかして、わたくしでは。

 でも、知らないだけで他にもそういう人がいるのかも。


「ひえっ……怖えな」

「でも、根は結構いい奴らしい。回復薬とか分けてくれたりするって話だし」


 ……あ、これ完全にわたくしですわね。


 黒いローブは、迷宮で汚れても目立たないからと選んだもの。

 身長が低めなのは、まぁ、生まれつき。いまさら伸びませんし。

 あと目の前で死なれたら気分が悪いじゃないですか。回復薬は自作しているので高くないし。


「魔王、かぁ……」


 こくりと、わたくしはテーブルの上のジュースを一口。


 ――悪役令嬢を経て、魔王。


 文字だけ見れば完全にろくでもない肩書きなのに、胸が妙にすっとした。


(王妃にはなれませんでしたけれど、魔王になれましたわね)


 なんだか、前世の自分に自慢したい気分だ。


「ふふっ。魔王、悪くありませんわね」


 ……などとほくほくしていた、そのときだった。


「――おい、カトル。王都からの定期便が着いたぞ。なんか、お前宛てっぽい手紙預かってるってよ」


 ギルドの職員さんが、封筒をひらひらさせながら近づいてきた。


「僕宛て?」


 誰かしら。

 この世界で、今のわたくし――新米冒険者カトル――のことを知っている人間なんて、そう多くないはずだけれど。


 受け取った封筒の封蝋には、見慣れた紋章が押されていた。


 ルーベライト公爵家の紋章。


「……はぁ。予想はしておりましたけれど」


 ため息をひとつついて、封を切る。


 中には、丁寧な筆致で書かれた文章が綴られていた。


 要約すると――


・わたくしの断罪後、すぐに行方が分からなくなり、慌てた王宮と実家が大捜索。

・調査の結果、聖女エリスの証言に矛盾が見つかり、王太子の証言とも食い違いが判明。

・再調査の末、冤罪の可能性が高いとされ、王太子と聖女の不正が露見。

・王太子は廃嫡の上、幽閉。

・聖女エリスは、神殿内での幽閉処分。

・ルーベライト公爵家としてはカトレアの行方を捜している。どうか戻ってきてほしい


 ――だそうだ。


「……ははっ」


 思わず笑いが漏れた。


 ざまぁ、と口に出したい衝動を、ぐっと飲み込む。

 いえ、ここは心の中で盛大に叫ぶことにいたしましょう。


(ざまぁ! ですわね、殿下。聖女様も)


 そうか。

 わたくしがあまりにもあっさり姿を消したから、「もしや本当に冤罪なのでは?」と疑われたのね。


 漫画のカトレアは、あの場でみっともなく縋りついた。

 だからこそ、誰も彼女の有罪を疑わなかった。


 でも、今のわたくしは違う。

 潔く身を引き、さくっと消えた。


 その結果が――これ。


(……前世の記憶さまさま、ですわね)


 胸の中で、静かにガッツポーズを決める。


 手紙の最後には、こう書かれていた。


『どうか、一度話をする機会を頂けないだろうか。王都に戻る気持ちがないのなら、その旨だけでも教えてほしい』


 戻る気持ち、ねえ。


 窓の外を見やると、迷宮都市の喧騒と、夕焼けに染まる空が広がっている。


 冒険者たちの笑い声。

 どこかの屋台から漂ってくる、美味しそうな肉の匂い。


 ここでの生活は、大変だけれど、楽しい。


 王妃としての責任も、宮廷のしがらみも、貴族社会の息苦しさもない。

 あるのは、魔力と、モンスターと、仲間と、自由。


「……戻る理由が、見当たりませんわね」


 便箋を丁寧に折りたたみ、封筒にしまう。


 そのとき、ギルドの扉が勢いよく開いた。


「失礼する! 迷宮都市の魔王殿はいらっしゃるか!」


 凛とした声に、酒場中の視線が一斉にそちらへ向く。


 立っていたのは、金髪碧眼の騎士らしき青年。

 その胸には、王家の紋章。


「……また面倒事がやってきましたわね」


 心の中でため息をつきつつ、立ち上がる。


「魔王殿とは、どなたのことだ?」

「さあな。黒いローブ着たちっこい魔術師だって話だが……」


 冒険者たちの視線が、じりじりとわたくしに集まってくる。


「……僕のことかな」


 すっと手を挙げると、騎士さんは目を丸くした。


「き、君が……? 想像より、ずいぶん小柄だな」

「余計なお世話」

「あ、ああ。すまない」


 騎士さんは素直に頭を下げた。

 ……殿下とはえらい違いですわね。好感度高め。


「それで、王家の騎士さまが、わざわざ魔王などと呼ばれる一介の冒険者に、いったい何のご用でしょう?」

「実は――」


 騎士さんの話によると、近頃、王都近郊に異常な魔物の群れが出現しているらしい。

 討伐隊を何度も派遣したが、被害は増える一方。


「そこで、迷宮都市にいる魔王の力を借りたいと、陛下が――」

「陛下が?」


 わたくしは思わず首を傾げた。


「陛下も、君の魔法の腕前を高く評価しておられる。それに……その、カトル殿の魔力の波長が、どこか――」


 そこで騎士さんは言い淀み、ちらりとわたくしの顔を覗き込む。


「ルーベライト公爵家の令嬢に似ている、と」


 ……バレてますわね、完全に。

 魔力の波長なんて、どこで計ったんだろう。

 あれは特別な魔道具がいるから、わざわざ調べることなんてしないと思っていたのに。


「あの、お聞きしても?」

「なんでしょう」


「カトル殿は――カトレア様、ですか?」


 ギルド中が静まり返る。


 否定しようと思えば、できた。

 このまま「別人です」と押し通して、迷宮の中で魔法をぶっ放しながら暮らしていく未来もきっとある。


 でも――


(わたくしは、もう『公爵令嬢カトレア』という立場に縛られたくはありませんわ)


 そう、はっきりと思った。

 だから、口にしたのは、少しだけ意地悪な答え。


「……そうだったかもしれませんし、違うかもしれませんね」


 騎士さんは、苦笑を浮かべた。


「陛下からの伝言がある。『もしカトレアが見つかったなら――国に戻る気がなくとも構わない。ただ、彼女の望むように力を振るえばいい。それが王都であれ、迷宮であれ』と」


 ……あら。


「随分と、都合の良いことをおっしゃいますね」

「陛下も、反省されている。君の力を、『王妃』という形に押し込めようとしたことを」


 胸の奥が、少しだけざわついた。

 でも、すぐに、さっき窓から見えた景色を思い出す。


 迷宮都市の空。

 冒険者たちの笑い声。

 魔法陣の光。


 そして――


『さあ、次はどんな魔法を試してみましょうか!』


 あの時の、心からのわくわく。


「……わたくしの望みは、もう決まっておりますの」


 顔を上げ、まっすぐ騎士さんを見据える。

 元公爵令嬢カトレアとして。


「王都に戻るつもりはありませんわ。ですが、魔物退治がお望みなら、少しくらいはお手伝いして差し上げてもよろしくてよ?」

「本当か!」


「ええ。ただし、報酬は弾んでいただきますわよ? そして、わたくしがどこで、どのように暮らすか――その自由は、何よりも優先して頂きます」


 これは、わたくしのささやかな復讐であり、宣言だ。


 もう二度と、『誰かのためのカトレア』にはならない。

 これからは、『わたくし自身のためのカトレア』として生きていく。


 騎士さんは、力強く頷いた。


「陛下にそう伝えよう。……ありがとう、カトレア様」

「冒険者のわたくしの名前はカトルですわ」


 にやりと笑ってみせると、騎士さんは目を瞬かせたあと、ふっと笑った。


「了解した。魔王カトル殿」




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 それからというもの、わたくしは迷宮都市と王都を行き来しながら、相変わらず毎日魔法をぶっ放している。


 王都近郊の魔物の群れ?

 まとめて吹き飛ばして差し上げましたわ。


 当初は「魔王が攻めてきたのでは!?」と騒ぎになったけれど、被害ゼロ・魔物だけ消滅という結果に、最終的には感謝された。


「魔王様、今日もありがとうございます!」

「魔王どの、今度の宴、ぜひ……」


 気づけば、子どもたちからは「魔王さま!」と懐かれ、商人たちからは「魔王様セット」と名を打ったお得な冒険者パックまで売り出されている。


 うん。もう『悪役令嬢』の面影なんて、どこにもない。


 たまに届く実家からの手紙には、また顔を見せなさいと書いてある。

 漫画では婚約破棄をされた後に放逐されていたけど、実際はそこまで無関心ではなかったみたい。


 わたくしがいなくなった後も、ずいぶん探してくれたらしい。


 今はわたくしが『魔王』と呼ばれることに頭を抱えているらしいけれど。


 前世のわたくしが読んでいた漫画の結末とは、まるで違う。


 王太子と偽聖女は、それぞれの罪の報いを受けた。

 わたくしは、断罪も修道院送りもされなかった。


 代わりに――


「えええええい!」


 今日も今日とて、迷宮の最深部で、とんでもなく大きなドラゴン相手に、全力で魔法を叩き込んでいる。


「ライトニング・ストーム!」


 天井から、無数の雷が降り注ぎ、ドラゴンを容赦なく貫いた。


 眩い閃光。

 耳をつんざく轟音。


 やがて、巨体が崩れ落ち、地面を揺らす振動が全身へ伝わってくる。


「……っはぁぁぁ……! たのしーーーーっ!!」


 思わず、叫び声が漏れた。

 どこまでも高く、どこまでも自由な、心の底からの叫び。


 あの頃のわたくしは、「正しくあらねば」と自分を縛りつけていた。

 王妃らしく、令嬢らしく、親の期待に応えられるように。


 でも今のわたくしは、違う。


 魔法が楽しい。

 戦うのが楽しい。

 生きているのが、楽しい。


 そんな当たり前の感情を、ようやく胸を張って抱きしめられる。


「さーて、まだまだ暴れたりませんわね!」


 肩を回しながら、次に現れるであろう強敵に思いを馳せる。


 王都のどこかで、今日も誰かが、「迷宮都市の魔王は」「あのカトレア様は」と噂しているだろう。


 でも、もう構わない。

 悪役令嬢としてのレッテルも、魔王としての異名も、全部まとめて引き受けてあげる。


 だって、それが――今のわたくしの、望んだ生き方なのだから。


「さあ、今日も世界を魔法で平和にして差し上げますわ!」


 杖をくるりと回し、笑みを浮かべる。


 悪役令嬢から魔王へ。

 わたくしの物語は、まだまだ『エターナル』に続いていくのだ。

もしも「面白かった」「続きが気になる」などと思って頂けましたら、

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どうぞよろしくお願いします!


いつも誤字報告をしてくださってありがとうございます。

感謝しております(*´꒳`*)

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