5 - 野営演習
「よし、チームはできたか〜?」
進先生の確認に、皆から完了の返事が上がった。今日は実践演習だ。他チームが持つリボンを奪い合う、言うなれば鬼ごっこだ。期間は明日夕方までの約二日。
勝敗は持ち点で決まり、自チームのリボンが一点、他チームのリボンが三点だ。私は今回、飛鳥と青と同じチームだ。
「真白、青、よろしゅう!」
「こちらこそよろしくね。」
「よろしく、二人とも。」
「よっしゃ! リボン取りまくるでー!」
張り切る飛鳥を尻目に他チームを見渡す。百音と聖は同じチームのようだ。他に二人を加えた四人組を組んだらしい。今回のチーム分けは三〜四人との指定だったため、五人チームは組めなかった。ちなみに今回、共闘は禁止だ。
今回の会場は訓練所のすぐ隣に広がる森だ。森といっても、開けた平原や岩場もある広大な土地だ。水場も食料となる木の実や野生動物もいる。今回は野営練習も兼ねているので、自分たちで全てを賄わなければならない。
「それじゃあ、これから30分後に開始だ! 解散!」
進先生の掛け声を皮切りに、皆が方々散り散りに走って行った。私たちはあえて水場から離れた所を拠点にすることにした。程良く森の奥で、鬱蒼としていて身を隠しやすい。
「きっと水場周りは人が集中するから、拠点にするならこっちの方が正解だね。」
「真白が水属性魔法使えて助かるわ〜!」
「そうね。」
魔法で出した水も飲み水に使用できる。水属性魔法の使い手がチーム内にいない場合は水源確保が必須になってしまうから、使い手がチーム内にいれば選択肢は大幅に増やせる。
「飛鳥は火属性、青は土属性が得意なのよね。」
「おう! まだあんま使えへんけどな!」
「僕もそこまで上手じゃないけど、造形物を作るのは比較的得意だよ。」
うんうんと相槌を打ちながら鞄の中身と照らし合わせて、今日明日の食糧や身の隠し方を練る。水問題は解決した。寝床も土魔法でどうにかなるだろう。火があるから調理も問題なし。熟練度が異なるとはいえ、随分と助かることは間違いない。
「真白は属性制限があるんだよね。」
「うん。水属性しか使えないの。」
青にそう問われて苦笑したまま頷いた。結局私は全属性を問題なく扱えてしまうことが分かった。扱える属性が多いのは実践ではもちろん有利に繋がるのでとても良いことなのだが、この訓練ではハンデが大きすぎた。進先生と相談した結果、こうした実践形式の訓練の場合は使用できる属性を絞ることになった。今回は水属性だ。
「草属性が使えれば木の実や野菜を出せたんだけど…。」
「何言ってるの、水があるだけありがたいよ。」
「せや! 俺めちゃくちゃ食べ物見つけるの上手いんやで! 任せて!」
確かに飛鳥は野生の勘か何かで見つけるのが上手そうだ。私たちは拠点の確保ができたため、まずは周囲を探りながら腹ごしらえのための木の実を探すことにした。本当は肉を食べたいけれど、火を使っての調理はまだ避けたい。
宣言通り飛鳥が大量の木の実や果物を見つけてきてくれ、魔法で出した水と、持っていた乾燥肉を食べながら作戦を練ることにした。
「まずそれぞれが腰のベルトにリボンを挟んでいて、自チームのものであれば一点だったね。」
「このリボンを死守してもいいけど、他チームのリボンを取れば三点が加算される。もし自分たちのリボンが全滅しても、一本他チームのリボンを取れれば巻き返せる計算ね。」
「となると自分らのチームのリボン必死こいて守るより、他チームのリボン集めた方がええんとちゃう!?」
「最後にボーナスポイント! 最後まで死守してたら十点追加! とか言い出さなきゃそうだね。」
「うぐっ…! 確かにその可能性もアリやな…! 恐ろしいルールや…!」
結局私たちは自分たちのリボンを守りつつ、他チームのリボンを取りに行くことにした。自分たちの三点をただ守り抜こうとするチームも出てくるかもしれない。〇点のチームが出る可能性を考慮すると、最下位回避の可能性も出てくる。
ベルトに挟んだリボンを何の気なしにいじり始めたとき、刺繍が入っていることに気がついた。
「お花の刺繍が入ってるのね。」
「本当だ。桜だね。」
「すごー! 細か! 他のチームのも入っとんのかな!?」
「入ってそうだね。後で百音たちに訊いてみよう。」
白地の布に白糸で施された刺繍は決して目立つものではないが、華やかで素敵だった。
「桜の花言葉は純潔。素敵だよね。」
「青物知りだなー!」
「僕の家、花も育ててるから自然と覚えちゃって。」
「かっけー! 月桂樹は!?」
「勝利だよ。」
「勝利…。」
月の国の紋章は月桂樹がモチーフだ。太陽の国に勝つという心意気がその由来なんだろうか。ぼんやりと考えに耽ってしまっていると、飛鳥に声をかけられてハッと我に返った。
「そろそろ出よーや! この拠点がバレても厄介やし!」
「う、うん。」
いけない。今は目の前の演習に集中しなくては。私たちは荷物をまとめると拠点から離れた。
数時間後。敵の気配に気をつけながら森の中を移動していた、その時だった。
「待って。」
声をかけると、飛鳥と青はすぐに動きを止めた。
「誰かいるわ。」
「誰か!? なんで分かるん!?」
「匂いがする。」
声をひそめながらその匂いを辿る。その先にいたのは他チームの女の子だった。
「化粧品とかに含まれてる香料の匂いみたいね。」
「真白、鼻がいいんだね…。僕分からないや。」
「俺もや!」
相手は大した強さじゃない。だけど戦場では命取りだ。その感覚に肌がピリピリする。これは戦場で戦ってきた経験に基づく本能的なものだろう。
「他の二人も近くにおるよな! リボン貰わな!」
「うん。」
「そうね。」
彼らを捕らえる。そう考えた瞬間、私には躊躇いが生まれた。私はいま魔法の属性制限を受けている。つまり、私の魔法の実力は飛び抜けているのだ。その手前、魔法だけで相手を制圧してもいいのだろうか。例えばロープ状の水で手を拘束してもいい。水の塊で顔を覆ってしまえば呼吸を奪い、気絶させることも容易だ。だけど、抵抗する術を持たない相手には卑怯な気もする…。
モヤモヤと考えている私をよそに、青は女の子の一人を素早く組み伏せた。次の瞬間、女の子のチームの残り二人が飛び出してきた。私と飛鳥は咄嗟に残りの二人を組み伏せた。三人を持っていたロープで拘束すると、リボンを三本回収して撤収した。
「やりよったな!」
「訓練の賜物だね。」
青も飛鳥も見事な体術だった。飛鳥はただ嬉しそうだったが、青は険しい表情で私を見ていた。
「真白、さっき躊躇したでしょ。」
「……うん。」
「例えこれが本番でも?」
一瞬俯いた顔を慌てて上げると、青の表情はやはり険しかった。
「本番のとき、相手の力量なんて分からないよね。分かっても互角なんてまずあり得ないと思う。そういうときでも、同じように躊躇するの?」
「っ……。」
私は思わず俯いた。青の言う通りだ。
「え!? 何!?」
「さっき真白は、相手より自分の方が明らかに強いからって本領を出すのを躊躇ったんだよ。」
「あー! なるほどなぁ…!」
「練習でできないことは本番でもできないよ。」
青は柔らかく笑うとそう言いながらリボンを閉まった。どこかで少し休もうという青の提案で、木陰に腰を落ち着けた。
「俺考えたんやけど! 真白は本気でやってええと思う!」
不意に飛鳥が声を上げた。それを考えてくれていたのか。飛鳥は眉間に皺を寄せつつ言葉を続けた。
「確かに今の俺たちじゃ全然相手にならんくて、真白の一人勝ちが続くと思う! だけど、負けっぱなしでいい奴らばっかやないと思う! 真白に勝てるくらい頑張れたら、俺らむっちゃ強くなれるやん!」
「うん、僕もそう思う。先を歩いてる真白に追いつきたくて頑張るって、分かりやすくていいよね。」
飛鳥に続いて青もそう笑った。
「そして俺は総隊長になるんや!」
「……ふふ、そうね。ありがとう、二人とも。」
お礼を言うと二人は一つ頷いた。
「さて、整理しよう。今の持ち点は12点。点を稼ぐもよし、守るもよし。どうする?」
「稼ぐ! 真白が本気出したら何点稼げるんやろーな!?」
「あはは、確かにそれを検証するのもいいかも。」
「えぇ……。それはさすがに気が引けるわ…。」
「冗談だよ。」
それから私たちは何本かリボンを回収した後、日が暮れる前には食べ物を調達しつつ拠点に戻った。道中木の実や果実、うさぎを捕まえた。火で他チームに居場所がバレる危険性はあったものの、演習だからと開き直って夕飯の支度を済ませた。
「水属性と火属性の魔法が使えると本当に便利だね。僕は役に立たなくて申し訳ないなぁ…。」
「そんなことないわ。寝床は青のおかげよ。」
スープを啜りながらそう言うと、青は安心したように笑った。ここに草属性魔法があれば野菜なんかも作り出せるのに。それでいくと風属性は野営ではあまり役立たないが、一方で一番攻撃力が高いのは風属性魔法だ。火と水のサポートもできるし、使えない属性の魔法なんてない。
「なんでお前らそない普通なん!?」
青と和やかに話していると、飛鳥が少し泣きそうな顔で言った。見れば飛鳥はまだスープに手をつけていない。肉も入っていて、味付けも持っていた調味料でしたから不味いということはないと思うのだが。
「どうしたの?」
「……俺、あんな風にうさぎ殺すの初めて見てん…。」
「あ……。」
「そのショックを受けてたのか…。気づかなくてごめんね、飛鳥。」
「いや……。」
国内での貧富の差というのはどうしてもあるもので、それは地域性にもよるものなのだが、青は慣れた様子で捌いていたが飛鳥はダメだったようだ。明らかにションボリしている。
「二人は、平気なのか…?」
私と青は一瞬目を見合わせ、そして苦笑した。
「僕の家では自給自足が当たり前でね。農業や酪農をやってるものだから、それが当たり前の環境で育ったんだ。」
「私は純粋に抵抗があんまりない…かな。」
戦地で散々捌いてきたというわけにはいかないので、苦し紛れの言い訳になってしまった。村での生活の記憶がないというのもなかなか不便だ。
「俺、肉は肉屋で売っとるのしか見たことなかってん。もちろん解っとったけど…!」
「育った環境次第ではそうだと思う。でも守護隊でやっていくとなると、切っては切れない問題になるんじゃないかな。」
「そうね。干し肉だけで保てばもちろん問題ないけれど、そうもいかないときもあるだろうし…。」
飛鳥はぐっと詰まった後、やはりションボリと下を向いてしまった。
「じゃあ飛鳥は、もうお肉食べない…?」
そう問うと、飛鳥は勢い良く顔を上げた。そして首を横に振った。彼の好物は肉だ。よく知っている。だから彼から肉を取り上げることなんて無理なのだ。
「きちんと感謝しながらいただく。それでいいと思う。生きていくために必要なことだもの。」
「…おう。」
飛鳥は「いただきます」と手を合わせるとゆっくりとスープに口をつけた。私も感謝することを忘れないようにしないと。食べ終えた後、食前の分も併せて「ご馳走様でした」と手を合わせた。
その晩は見つけていた洞窟の中で三人で川の字で眠った。入り口は青の土属性魔法で塞いでもらったので、かなり安心して眠ることができた。
翌日は雨だった。昨日のように匂いを辿ることはできない。音もこれだけ雨音がするようじゃ少し難しいだろう。あとは視認しかない。
「どうしようか。」
辺りを見回していた青が眉尻を垂らして言った。
「俺目ええからたぶん見つけられるで!」
「本当? 飛鳥すごいなぁ。」
「そしたら今日は水が豊富にあるから、魔法でちゃちゃっと…ね?」
途中で言葉を切って笑うと、飛鳥と青が悪い顔で笑った。
「じゃあ僕の分以外のリボンは飛鳥に預けるね。飛鳥が見つけて、真白が拘束して、僕が回収。いい?」
「うん。」
「おう!」
「二人のサポートと自衛もするから任せて。」
「頼もしすぎるなぁ……。」
「お、俺も真白を守るからな!」
「うん、お願いね。」
こうして順調にリボンを回収したところ、演習時間が終了する頃にはほとんどのリボンが手中に収まっていた。
「真白の独壇場だったわけか……。」
腰に手を当てた先生は眉間に皺を寄せると深い溜め息を吐いた。結果は私たちのチームの圧勝だった。途中奇襲に遭い青のリボンが奪われたが、それでも問題なかった。
「次点のチームもかなりいい点数だな。」
次点のチームは百音と聖たちのチームだ。どうやら聖が大活躍だったらしい。飛鳥と聖は互いを称え合っていた。
「まぁ今日の本当の狙いは敵がいる状況下で、二日間野営することだからな! 勝ち負けは副産物だが、たくさんの課題が見つかっただろう! 改善点を各チームレポートにまとめて、次回授業時に提出するように! ……さて、今日は皆解散! 明日は休みだから、ゆっくり休めよ〜!」
進先生の言葉でその場は解散となった。先生は集計したリボンを片手に再び深い溜め息を吐いた。




