4.5 - 親心子知らず
執務室のドアをノックすると「どうぞ」としゃがれた声の返事が返ってきた。中に入ると、総隊長──足心が机に向かっていた。
「失礼します。昨日の魔法発現訓練の報告書の提出に参りました。」
「待っておったぞ。どれどれ。」
足心は持っていた筆を置き、笑顔で八雲から報告書を受け取った。足心はこれがとても楽しみだった。厳密には足心に限らず、守護隊員にとって訓練生の実り具合を見るのは実に楽しみだった。
「優秀そうなのが結構いましたよ。現段階ではセンスが良いに留まりますが、訓練次第ではかなり伸びるかと。」
「そうかそうか。」
「ただ、一人気になるのがいまして──」
八雲が言いかけたそのとき、開け放された窓からひらりと風のように一人の老婆が入って来た。
「なんじゃ、面白そうな話をしとるのぅ。儂も混ぜえ。」
「蛍、貴様はドアから入ることを覚えんか。窓なんざ閉めとくんじゃったわい……。」
「小煩いジジイじゃのぅ。」
八雲はただただ苦笑した。この二人──総隊長の足心と参謀の蛍は守護隊の名物と言っても過言ではない。幼馴染らしく、幼少の頃から切磋琢磨してきた仲なのだという。この二人の前では、八雲などヒヨッコも同然だった。
「まぁいい……。八雲。気になるというのは誰のことじゃ。」
「あぁ、はい。真白です。」
「おぉ、真白か!」
足心より先にその名前に反応を示したのは蛍だった。パッと目を開き、嬉しそうに顔を輝かせている。
「さっき会うたわ、儂が面倒を見てやることにした。」
「はぁ!? 貴様また何勝手を言っとるか……。」
「してあの娘、魔法の方は何をやらかしたんじゃ。」
「はい……。初めての魔法発現で全属性発現。その後、全属性の切り替えも容易にやってのけました。」
「なんじゃと!?」
「ほっほっ、これは。」
思わず立ち上がった足心に反し、蛍は愉快そうに笑っただけだった。八雲は眉間に皺を寄せた。八雲も初めてのケースだったが、やはり普通ではなかったか。挙句上長の反応も真っ二つだ。これはどう転ぶか。
「こりゃ儂も鍛え甲斐があるってもんよのぅ。」
「ったく……。勝手にせぇ。八雲、ご苦労じゃった。これはゆっくり読ませてもらうぞ。」
足心は手にした報告書をヒラヒラと振ると机の上に置いた。足心としても様子見の段階なのだろう。八雲が肩の力を抜いたのも束の間、足心は何とも言えない表情で続けた。
「さて、ここからは親心で聞くんじゃが……。お前、個人的に真白のことをどう思っとる。」
「どう……とは?」
これには八雲も面食らって首を傾げた。
「各方面から報告を受けとるが、やたら気にかけておるらしいな。」
八雲は何人か心当たりがあった。余計なことをと思う反面、周囲から見てそれ程までに普段と様子が異なっていたのかと少し驚いた。真白にも言われたが、やはり気にかけすぎただろうか。八雲は返答に困って頭を少しかいた。
「ん〜……。なんですかねぇ……。」
「別に個人に肩入れしても構わん。どこで何の因果が結びついたやもしれん。それはお前の問題じゃ。ただ、平時と異なると聞いて心配しない親はおらんのでな。」
そう言って優しく笑った。八雲は苦笑した。成人して一人前になったつもりでも、親からすれば子どもはいつまで経っても子どもか。
「ただ放っておけないだけです。もしかしたらただの憐れみかもしれません。」
「……そうか。」
親を亡くし、故郷を失くした。自分と重なるのだ。そこに記憶喪失とくれば、どうしたって気にかかる。しかもそれを発見したのが自分で、あの子は自分のことだけを覚えていた。
足心の言葉を借りるならば、あの子との因果はどこかで絡み、すでに複雑に結びついている。そんな気がしてならなかった。
「大丈夫です。いざとなれば、いつでも殺しますよ。」
そう笑って見せると、足心と蛍は苦笑して頷いた。
「もうよい。ゆっくり休め、八雲。」
「はい。失礼します。」
八雲が退室した後、足心は頭を抱えて溜め息を吐いた。そんな足心に蛍は苦笑した。
「足心。お前……、育て方…間違えたんじゃないかの。」
「やはりそう思うか……。」
「儂のお気に入りの恋愛小説……読ませた方がよいかのぅ……。」
「物騒な言葉が出てこん題材のものにしてくれ……。」
これには蛍も「ほっほっ」と声を上げて笑った。




