4 - 曇天の出会い
今日は朝から曇り空が広がっていた。梅雨に相応しい空模様だ。雲の切れ間も期待できそうにない。せっかくの休日だというのに、どうしたものか。私はパジャマから着替えながら空を見上げて思案した。ランニングに出て雨に降られては厄介だし、今日は屋内外の演習場でできる範囲のトレーニングにしよう。そう決めて午前は自主稽古に励んだ。
*
「どうしよう……。」
退屈だ。私はボンヤリと外を眺めながら溜め息を吐いた。昼食を摂った後はさすがに体を休めなければと事実に戻ってきたものの……することがない。
百音を訪ねてみようか。でも出かけているかもしれないし、何か趣味を満喫しているかもしれない。だとしたら邪魔になってしまう。……そういえば私、一周目の頃もこういうときってどう過ごしていたんだろう。
「……。」
ダメだ、思い出せない。他愛もなさすぎて覚えていないんだろうか。……それか、休みらしい休みがなかったか。有り得なくはないな……。
「……散歩でも行こうしら。」
私は傘を手に寮を出た。外に出ると心なしか雨の匂いがした。曇天は朝から変わらないままだった。これはもうすぐ降り出しそうだ。
訓練所は首都の外れに位置している。訓練所には守護隊の寮や施設が隣接し、そのまま王城に連なっている。訓練所の裏手には月桂樹が植えられた丘がある。一周目の頃から私はなぜかこの丘が好きだった。
丘にはすぐに着けた。頂上に着く前に首都を振り返れば、その懐かしさに笑みが溢れた。そう、この景色が大好きだったんだ。
頂上に着くと先客がいた。月桂樹の下にベンチが置かれていて、そこに老婆が腰掛けていたのだ。
「おや、珍しいお客さんじゃな。」
老婆は私に気がつくとそう声をかけた。彼女に促され、私は隣に腰掛けた。
「墓参りかい?」
「いえ……。」
「お前さんみたいな若いのはあまり来んからのぅ、てっきり。」
「そうなんですか?」
「若いモンにとっちゃ、ここに来るのはちと辛いのかもしれないねぇ。」
そう言うと老婆は少し寂しそうに笑った。無理もない。ここは墓だ。そういう意味では私にとっては悲しい場所ではない。だって私には墓を参る相手も、悲しむ相手もいないんだから。
「私、首都を一望できるここが好きなんです。」
私は話題を変えようと、明るい声色で言った。
「守護隊に入りたい、そしてこの国を守りたいっていう思いを、再確認できるから。」
「ほぅ。お前さん、今は訓練生かい?」
「はい。あ、私、真白といいます。」
老婆に向き直って改めて自己紹介をすると、老婆は少し思案して言った。
「するってぇと、お前さんが八雲が保護したっていう、国境沿いの村の生き残りかい?」
「え……。」
そうきたか。私は「はい」と返事をしたものの、会話の続きに困っていた。この老婆、どこまで知っているんだろう。そんな私をよそに、老婆は優しく笑って言った。
「大変だったねぇ。よく生きてた。」
私には祖母はいない。けれど、おばあちゃんがいたらこんな感じなんだろうかと思った。温かさが胸の中にじんわりと広がって、涙腺を刺激した。一度死んだせいだろうか、いつの間にか涙が頬を伝っていた。
「っ……、ありがとうございます……。」
「何を言うか。守ってやれなくて、すまんかったなぁ。」
涙が堰を切って溢れ出して、次から次へと頬を伝っていった。あの死の場面と重なってしまう。総隊長を助けられなくて、八雲を目の前で死なせてしまった。一人で抱え込んでいたそこに、老婆の言葉が優しく沁みた。
「真白や。」
「はい。」
「お前さん、太陽の国に復讐してやろうなんて醜い感情は持っちゃいないだろうね。」
「え……。」
月の国の国民の大半が太陽の国への復讐心を胸の内に秘めているはずだ。それがこれまでの歴史から必至なのはこの老婆にだって分かるはず。
老婆は優しく笑うとベンチから立ち上がった。
「復讐は何も生みやしない。諸悪の根源を絶ったところで、あまりに深く傷つけあった心はもう治らん。そうならんよう、強く美しい心でおれ。」
「そっ……、そんなの綺麗事じゃ……!」
続けて私もベンチから立ち上がって気がついた。老婆の背丈は私の胸ほどまでしかなかった。
「綺麗事で結構。復讐心じゃ人の心は動かせん。強く美しい心を持つこと。努努忘れてはならんぞ。」
「っ……!」
老婆の言いたいことは痛いほど分かった。けれど総隊長や八雲を一周目同様失うようなことがあれば、私は間違いなく太陽の国を憎むだろう。復讐心を煮えたぎらせるだろう。
「ほっほっ。儂の名は蛍。これも何かの縁じゃ。まだまだ未熟なお前の心を鍛えてやろうのう、真白。」
「え……!」
「また会おう。」
そう言って老婆──蛍は守護隊隊舎に向かって丘を下って行った。
「……何者なの、一体……。」
私は呆気に取られたままベンチに再び腰をかけた。間もなく雨が降り出し、その日は散歩を切り上げて寮に戻った。




